新たな黒歴史

文字数 2,093文字

 二学期になってすぐに、市内の公会堂で演劇鑑賞があった。ウチの学校だけではなく、他の学校も一緒である。最近会った時に演劇鑑賞の話をしたら、和臣くんのところも来ると知った。
 休憩を挟んで二時間は上演しただろうか。見る前はかったるいと思っていたのに、俳優さん達の熱演に引き込まれてしまう。
 演劇鑑賞の後は、現地解散となった。全員部活は休みということで、私と優海ちゃん、和臣くんに翔くんの四人でお昼を食べる。
 駅近辺のファミリーレストランまで、自転車組の私と和臣くんは先に向かった。席を確保してしばらくすると、優海ちゃんと翔くんが現れる。
 私は熱々のシーフードドリアに苦戦しながら、三分の一まで食べた。上顎を火傷したかも。優海ちゃんが海老とアボカドのパスタを食べながら、私に話し掛けてくる。
「夏休みの最後に翔くんとケーキバイキングに行ったって、教えたよね」
「制限時間ギリギリまで食べて元を取ろうとしたんだっけ」
「残念ながら、全種類制覇出来なかったけど。その時に撮った写真って、菜乃に見せたかな」
 私が首を横に振ると、優海ちゃんはスマートフォンを操作して寄越す。デザートプレートに五種類のプチケーキが載っていた。
 撮り方が上手だから、どのケーキもおいしそう。和臣くんも隣から覗いてきた。
「ヤバい、デザートの追加注文をしたくなった」
「他にも撮ったから見ていいよ」
 私はスワイプして、次の画像を表示させる。チョコレートフォンデュだ、パリピがウェイウェイと喜びそう。お次はプリンやゼリー、杏仁豆腐。
 マカロン、カラフルだな。ソフトクリームもあるのか。次々とスワイプをしていったら、とある画像が目に飛び込む。
「はうっ」
 シュバッと、優海ちゃんのスマートフォンを背中に隠した。羞恥心で全身が熱くなる。
「さっきの、何」
「見た?」
 和臣くんは可哀想な子を見る目付きだ。「AIらぶシュガー」を公開プレイした時よりも地獄である。
「優海ちゃん、消さなかったなんて酷いよ」
「ああ、あれか。ゴメン、忘れていた」
 優海ちゃんは、悪びれもなく平謝り。私は和臣くんに背を向けて、コソッと画像を確認する。
「青葉さん、あれはいつ撮ったの?」
「八月はじめに、菜乃がウチへ遊びに来た時だよ」
「どんな流れになれば、菜乃さんが制服姿で女豹のポーズをするようになるの?」
「二人共、何をしているの」
 和臣くんの言葉に反応して、翔くんがドン引きしている。翔くんの反応は真っ当だよな。
「お兄ちゃんが買った週刊少年漫画誌を菜乃と一緒に見ていたんだけど、グラビアページの子より菜乃の胸が大きいんじゃないかって、私が言ったの」
「そんなことはないって私は反論したんだけど、優海ちゃんがグラドルはサイズを盛りがちだからって、撮り比べることになりました」
「君達、面白いね」
 和臣くんはハハッと笑うけど、頭の悪いことをやっていると呆れただろうな。言い訳するけど、優海ちゃんは乗せるのが上手なんだよ。
 オロオロするうちに優海ちゃんの制服を着せられて、グラビアと同じ格好を取らされた。胸元が露わになるくらいシャツのボタンを外して、太腿を露わに四つん這い。それから指を咥えて上目遣いしたり、風俗サービスのチラシみたいに手で目元を隠したり。
 可愛いよ、セクシーだねと優海ちゃんにおだてられて、私はノリノリになる。ストッパー役がいなかったせいで、かなり際どいものを撮られてしまった。
「菜乃さん、見せて」
 断固拒否。プイとそっぽを向くと、フッと笑う声がした。
「青葉さん、君が食事した分は俺が払うから見てもいい?」
「どうぞ、どうぞ」
「ちょっと、優海ちゃん」
 私が優海ちゃんに気を取られている隙に、スマートフォンを奪われてしまった。取り返そうとしたら、片腕で抱き込まれる。固まる私をよそに、和臣くんは片手で器用にスマートフォンを操作した。
「うわ、恥ずかしい格好」
 クールでドライな笑みと口調に、私はダメージを受ける。正しく、後悔先に立たず。
「そんなにマズい写真なの?」
「翔は見ない方がいい。ねえ、青葉さん」
「そうだね。我ながらエッチに撮れたから」
 一通り見たらしい和臣くんは、優海ちゃんにスマートフォンを返す。同時に、私は解放された。
 筋肉質の体に拘束されて、心臓が壊れるかと思った。私は呼吸を整えると、ジトッと優海ちゃんを見る。
「今すぐ削除願います」
「了解」
 優海ちゃんは操作した後、私に確認させる。危うく黒歴史を放置するところだった。
「クラウドにバックアップしていないよね」
「そこまでして保存する写真じゃない」
 優海ちゃんはバッサリ言い切った後、小さな声をあげる。他にも変なやつを撮ったかしら。
「紹介する前に見せた臣くんの写真を送ってあげる」
「えっ、ちょっと」
 着信音が鳴ってメッセージアプリを開けば、和臣くんの画像が届いていた。腹が立つくらい、写真写りが良い。
「臣くん、消していい? 翔くん以外の男子が映っているものをいつまでも残せないから」
「遠慮なくどうぞ」
 和臣くんは優海ちゃんに人の良い笑みを向ける。私の元に自分の画像があることを、和臣くんはどう思っただろうか。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

鈴原菜乃(すずはら・なの)

普通科高校に通う二年生。

内向的で自己評価が低い。

インドア派で運動は苦手、中学時代はミステリ小説にハマっていた。

現在はスマートフォンのアプリゲーム「AIらぶシュガー」に依存中。

藤堂和臣(とうどう・かずおみ)

菜乃と同じ中学校出身で、進学校に通う。

中・高共にバレーボール部所属のハイスペックイケメン。

体を動かすことが好きな一方、ミステリ小説を好む。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み