第150話 相愛傘 Cパート

文字数 7,171文字



 愛想を尽かされたらどうしよう。嫌われたらどうしようと全てを話し終えた時、あの時の気持ちを少しだけ涙と一緒に零しながらビクビクしていたのだけれど、
「彼氏として愛美さんを守れなくて、愛美さんの親友である防さんの力になれなくてごめん。それなのに再び愛美さん専用の僕の腕の中に戻ってきてくれてありがとう」
 文句を言われるどころか、どの先生とも違う、他の誰とも違う私の親友の事まで気にかけてくれる優希君。
「優希君は私に呆れたりとか、怒ったりとかそう言うのは無いの?」
「注意したい事はあるけど、親友の為にそこまで出来る愛美さんに怒る理由なんて何もないよ。ただ男として、愛美さんの彼氏として、相手の男二人には二度と僕の彼女に近づくなって言いながら、殴らせて欲しいとは思ってるけど。むしろ僕の方こそ、愛美さんに見限られたかと思って不安だった気持ちはあったよ」
 本当に優希君はいつでもそうだ。ここ一番って言う時には私が欲しい言葉をくれる。その上、今に至っては私の頬に優希君が頬をくっつけてくれている。もしこれがお母さんの言っていた通り、優希君の私へのポイント稼ぎだと言う下心があったとしても、ポイントなんていくらでもあげて良い気になってしまう。
 だから優希君相手に一番聞き辛い事でもすんなりと聞けるのかも知れない。
「上半身に限らず、下半身も私、他の男の人に触られたんだよ? 私は雪野さんの胸に触れた優希君に対して、すごく取り乱したのに、優希君はそう言うの、無いの?」
 女の子にとっては性の一つの象徴でもあり、繊細な部分でもある。だから聞くだけでも勇気が要るし、こんな話、普段なら絶対に私からは振らない。ただもう優希君に恋している事をハッキリと自覚している私と、その気持ちに対する罪悪感。男の人の事も考えたら他の誰でもない、優希君の男の人としての気持ちはちゃんと教えて欲しいのだ。
「さっきも言ったけど、注意はしても怒る事はないよ。それに愛美さんに三つ。一つ目は愛美さんの服を無理矢理取ってしまう、脱がしてしまうって言うのは、準強制わいせつ罪だから

なんてことはないよ」
 優希君が言っている事は分かるけれど、私は穂高先生みたいな杓子定規のような話が聞きたいわけじゃない。
 私が心の中で不満を零していると、私の気持ちなんて分かってくれていない優希君が、何故か私の方を笑顔で見ながら――
「ってちょっと優希君?!」
 ――突然私の瞳に口づけをしてくれる優希君。
「そして二つ目。愛美さんはその事を申し訳ないとか、罪悪感で今も悲しんでくれてるんだよね。本当にごめん。そしてありがとう。だから愛美さんのその気持ちが伝わるから、僕が怒るような事もないし、僕の方が申し訳ないなって気持ちだから」
 口付けには何かの魔法でもあるのか、さっきからの一通りの説明で、私から優希君に対する想いというのか、その気持ちをぴたりと当ててくれる優希君。  
 まるで朱先輩が二人いるみたいだ。
「え?! なんで? 何で私の気持ちを分かってくれるの? どうやって分かったの? それに優希君が申し訳ないなんて謝らないでよ」
 私だってその仲間に入れて欲しいのに。優希君に謝って欲しいわけじゃないのに。嬉しそうに返事はしてくれるけれど、答えまでは教えてくれない。しかも嬉しそうな中に本当に申し訳なさそうな表情まで混ぜられたら、さっきの杓子定規の不満まで一緒に押し流されてしまいそうだ。
「じゃあ優希君までどうして寂しそうなのか教えてよ」
 私に会えて嬉しい、優希君の腕の中にまた戻ってきてくれて嬉しいって言ってくれたその腕の中で、優希君を見上げる。
「これは愛美さん専用の、彼氏である僕だけの特権かな? それに彼氏だからこそ、愛美さんとの約束を守れなかった僕は謝りたいんだ」
 初めこそは嬉しそうに話してくれていたけれど、約束の話になってから優希君の元気がなくなる。約束って言うのは私とした約束の事だと思うけれど、どれの事だろう……これ思い当たる事がない私って良くない気がする。
「……」
 だから下手な事は言わずに、黙って先を促してしまおうと思っていたのだけれど、
「愛美さん……ひょっとして僕との約束を覚えてない?」
 優希君の表情がものすごく寂しそうに変わってしまう。
 どうしよう……これはやっぱり心当たりのない私がどう考えても悪い。これだけ酷い事をしてしまった私に対して、優しさを見せてもらったにも関わらず思い出せないというのが、辛い。
 だけれど、優希君が背中に回した腕を解いてくれないからどこへ逃げる事も出来ない。
「……愛美さんと始めてキスをした時、僕は愛美さんと約束をしたんだけど――」
 ああっ思い出したっ。だけれど、あの約束はどう考えても今回は当てはまらないんじゃないかと思う。
「――僕は愛美さんに触れようとする男から愛美さんを守る、守りたいって自分から言ったにもかかわらず、愛美さんがどう言う状況で、どうなっていたのかも知らなかった。愛美さんに女の人の事はお願いしていたのに、僕だけが守れないって言うのは、どう考えても僕の落ち度――」
 優希君の言葉を止めたくて、私は優希君の胸に添えていた手を優希君の背中へと回す。
「――優希君。その約束だったら私も覚えているけれどそれは違うよ。今回の事に関しては私も優希君には何も言っていなかった。その上で私の勝手な判断なんだから、優希君が罪悪感なんておかしいよ。それにその約束なら優希君は守ってくれてる。それはただ単に約束って言うだけじゃ無くて、あのメガネからも倉本君からも守ってくれてる」
 メガネに腕を捕まれた時も、すぐにはたき落としてくれたし、倉本君に関しては本当に文字通り私に触れてもいないんだから。
「だから、今回の事は優希君に悪いな、変な男の人に色々許してしまって本当に悲しいなって思うだけで、優希君に対する不満とかは本当に何もないから。だから優希君にはほんのわずかでも私の事で自分を責めて欲しくないな」
 それでも、何か思うところがあるのか、優希君の私を抱く腕の力が強くなる……と共に、私の鼻腔に広がる優希君の匂いが一層強くなる。
「愛美さんの気持ちを教えてくれてありがとう。でも僕だって男だから、愛美さんの始めては全部僕が欲しいんだ。しかも先に約束までしてる。今は学生の身で言葉にしか出来ないのに、その言葉だけでも守れなかったのが悔しいんだ。それにあの時、愛美さんは僕のものになってくれたのに、その僕以外にって言うのが僕自身どうしても許せなくて……あの時、愛美さんが雪野さんからのキスを頬に貰ってしまった時、どうして顔を洗ったか聞いた理由が分かった。やっぱり好きな人には自分以外の異性の痕跡なんて残したくない」
 私の気持ちに対して、優希君が赤裸々にその心の内“秘密の窓”を開けてくれる。何か昨日から二人で色々な窓を開け続けているような気がする。
「ありがとう。そこまで優希君が私を想ってくれてすごく嬉しいよ。だからこそ優希君には自分を責めて欲しくないし、もっと私の彼氏だって胸を張って自信を持って欲しいな」

 皮肉にもあんな事があったからこそ、私は優希君に女として求めて欲しいと思った。だけれど、それでは駄目な気がする。優希君が本当に私を大切にしようとしてくれているのが伝わるからこそ、安易にそう言う方向に逃げたらいけない気がする。
 もちろん私の方は、優希君とそう言う事をするのはハッキリ言って嫌じゃない。今も思ったけれど女として求めて欲しい。今日の私の格好に釘付けになってくれた優希君の視線は嬉しかった。
 だからこそ優希君が本当にその気になってくれた上で、求めてくれるなら私としては応えたい。
 だけれど、私から半ば逃げるような気持ちで“上書き”して貰うって言うのは、私の初めてを全て欲しいと思ってくれた優希君に失礼としか思えない。
 それならいつ優希君にそう思って貰えても良いように、自分自身で折り合いをしっかり付けて優希君と二人“そう言う先の事”の話が出来たらなって思う。
「だったらさ……僕に自信を付けさせて欲しいし、僕の気持ちを愛美さんに“行動で”伝えて、愛美さんも今の自分に自信を持って欲しいから、キスさせて欲しい」
 だから優希君が今、私との口付けを求めてくれるなら――
「って今?!」
 ――今の今でそう来るとは思っていなかった……事は、無いけれど驚いた……今日リップを引いていたとしても。
 どうも昨日の夜くらいから、さっきの優希君の気持ちも加味すると、私への積極性というか、気持ちを強くしてくれているみたいだ。でも、優希君から私を大切にしたいって言う気持ちが伝わるから、私の方に断る理由は何もないのだ
 けれど、どうも私の中のワガママが顔を出し始めている。やっぱり好きな人には“好き”を頑張って欲しい。
「じゃあさ、さっきの一つ目のお話なんだけれど、あんな決まり事の話じゃなくて、優希君の気持ち

教えてよ」
 今回は優希君の気持ちを私に教えて欲しいのだ……もう答えをほとんど言ってしまったようなものだけれど。
「ああ。それでさっき愛美さんは不服そうな顔をしてくれてたんだ。てっきり僕は愛美さんの天然って……ありがとう」
 いやちょっと待って欲しい。なんでここでそんな不穏な単語が出てくるのか。しかも何がありがとうなんだか。絶対分かっていたクセに。でなかったらあんなぴったりのタイミングで私の背中に回してくれた腕を強くしてくれるわけがない。これは天然の中身をちゃんと聞かない事には、今日の口付けはナシになりそうだ。
「優希君。その天然ってどう言う事?」
「だって、愛美さん自身が言った事をまた忘れて、僕に不満顔をしたってことだから。かな」
 しかも優希君の顔はこんな時に限って笑顔だし。
「またそうやって自分だけ分かって……優希君って本当にイジワルだよね」
「そりゃ好きな女にはイジワルしたくなるし……だったら僕の話を聞いて愛美さんが自分が言った事、天然だって認めれば今日のキスは諦めるよ」
 今日は本当に優しくして欲しかったのに、どうも私のワガママが顔を出した瞬間から流れが変わってしまった気がする。
 ただそれでも、私が認めなければ良いだけの事。
「それで良いよ。優希君の話ならいくらでも聞くよ」
「……」
 私が返事したのを受けて、優希君が嬉しそうにする……あれ。ひょっとしてこれって、私が天然だって認めれば恥ずかしいし、口付けが出来ない。その代わり私が認めなければ優希君の中でずっと天然と思われて、でも口付けは出来るのか……どうも私の気持ちを分かってくれた上で、ハメられたと気付いたけれどどう考えても遅い気がする。
「僕の中に数ある愛美さんの良いところの一つに、正しい優しさって言うのがあって――」
 突然の告白に、私の体だけじゃなくて頬まで熱を帯び始める。しかも暗雲まで立ちこめているような気がするし。
「その愛美さんが統括会の時に、あのムカツク倉本に“被害者である雪野さんが謝る必要ある?”みたいな事を言った事覚えてる?」
 ああ……何かそれらしい事を言った記憶自体はある。それでなくても『善意の第三者』たる雪野さんには、過失は無いと、みんなに説得したはずだ。
「それって、統括会の為を思って該当生徒の事も考えて動いた結果、被害者みたいになってしまった雪野さんと、親友である防さんの為を思って該当生徒に直接話を聞きに行った愛美さんが被害者になってしまったのと、どこが違う?」
 いや、どこが違うのかと改めて問われれば、反論に困るわけで。
「愛美さんが統括会の仲間の為を思って言ってた事を、自分で忘れるなんて僕は天然だと思うけれど、どうかな?」
 どうもこうもそう言う事、普通本人には聞かないよね。
「と言う事で、愛美さんが悪くないって、天然だって分かってもらえたところで――」
「――ちょっと優――っ?!」
 のんきに考えていた私に、言葉もそこそこに、私の心の準備も全く出来ないまま優希君の方から少し強引にマスクを取った上で、唇を奪ってくれる。
「――?!?!」
 だけじゃなくて、いくら雨降で二人一つの傘に入って周りからは見えにくいとは言え、公園の中で舌まで絡ませる口付け。
 しかも一番初めの時とは違って、お互いに口付けに少しは慣れたからか、少しだけ顔を傾けて息をしながらの長い口付け。
 しかもあの時以来、私の唾というか唾液と言うのかに、のどを鳴らす優希君。
 そして前の時、一番初めと同じくらいの長さでお互いの唾に粘度が増した時、やっとお互いの唇が離れる。
 当然そこにはお互い名残惜しむかのように糸を引きながら。
「ちょっと優希君。突然はびっくりするって。私だって心の準備、したいのに」
 途中で体の力が少し抜けたのは優希君には教えないけれど。
「僕とのキス、嫌だった?」
「そんな訳ない。優希君相手で嫌なわけがないよ。それに嫌だったら私からもこんな事絶対にしないよ」
 そう言って今度は私の方から、優希君の唇に合わせるだけの軽い口付け。
「でも、今の私の顔。マスク無かったら本当に酷いでしょ」
 だからこそ幻滅されるのが怖かったのだから。
「痛そうって意味では酷いけど、親友を想って行動した結果だから、僕からしたら愛美さんのその顔は、名誉の負傷かな?」
 言いながら今度は優希君から、私の左右の頬への口づけ――の邪魔になるから、マスクだけじゃなくてガーゼみたいなのも、シップみたいなのも全て取り払ってしまうのを、
「……」
 優希君がとても嬉しそうにしてくれる。
「じゃあずっとこの顔でも好き?」
 本当は優希君の額に口付けしたかったのだけれど、背が足りなかったから背が足りない悔しさを少し強い目の口付けを首元にさせてもらう。
「僕の気持ちは変わらないけど、いつもの愛美さんの顔でないと中々会ってもらえないから、早く治って欲しいかな」
 まずい。私に会いたいから私に早く治って欲しいなんて言い方を、耳に口付けをしながら囁かれたら、私の体の熱が優希君に伝わってしまう程になる。
「そんなに私に会いたいって思ってくれていたの?」
 私は、もう一回少しだけ背伸びをして、優希君の唇に私の唇を当てる。
「もちろん! それに二年のあの二人には言ったけど、僕は愛美さんの笑顔を独り占めしたいくらいには好きだから、出来れば毎日見たいくらい。だから早く今の顔を治して、また僕の大好きな愛美さんの笑顔を見せてよ」 (94話)
 私の顎に手を添えてのセリフの後にもう一度、私の唇へ優希君からの口付け。
 そんな言い方をしてもらえたら、もう嬉しすぎて優希君の背中に回した手に力を入れて、優希君の胸に顔をうずめる。
「ありがと」
 と、私の体の中も優希君の匂いで一杯になってしまうから、その吐息を吐き出すためにも小さく、短くお礼を口にすると、私だけに見せてくれる、だらしのない顔を久々に向けてくれる。
「……優希君?」
 その優希君に私を見て欲しくて声を掛けると、
「いや。

女の人と相

傘をしたけど、本当に嬉しくて」
 何とも嬉しくなりかけたけれど、今までは面倒臭い私でも最高の一時だったのに、今の一言だけはちょっと寂しい。
「優希君と相

傘をしたのは初めてじゃないよ! もしかして忘れちゃったの?」
 仲直りの時の図書館デートの帰り、確かに雨降ったからと言って私は優希君の傘の中に入れてもらったのに。(78話)
 あの時は真っ赤になった顔で家に帰ったから、お父さんの騒ぎ方が本当に大変だった。だから余計に印象づいて覚えていたのに。
「あの時確かに、僕が傘を手に持って愛美さんと相合傘をしたけど、今は傘の絵の中に僕たち二人の名前を書く、あの相愛傘だよね」
「?」
 顔を赤らめた優希君が自信満々に言ってくれるけれど、何かごまかされている気がする。
「あの図書館の時は、僕が傘を持って一本の傘を差し

った相

傘。それに対して今の僕たちは、相愛傘の絵の通り、どっちも手に触れてない。だけど抱き合って密着した僕たちの体に支えられて、一つの傘の中にいる。僕と愛美さんの二人で一本の傘を支え合うくらいには密着してる。これって二人の共同作業みたいじゃない? それにこんなにしっかりと密着する程、抱き合うってお互いに好き同士で

し合ってないと出来ないと思うから、今してるのは相愛傘かな……なんてね」
 なんか私より女の子しているんじゃないかと思うくらいには乙女的な事を口にする優希君。しかもその顔も珍しく照れているのか、たれ目な上に顔を赤くする優希君。
 言葉だけだと分かりにくい相合傘と相愛傘。
「それでも、私以外の女の子と、相合傘も相愛傘もしたら浮気だからね」
 そこまで考えてくれるのは嬉しいけれど、やっぱりどっちも私だけにして欲しい。
「もちろん! これも前に言ったけど僕は愛美さん以外の女の子に触れても嬉しくないよ」
 私の方が女の子出来ていないかとは思っても、口に出さずにはいられなかったのだけれど、降り続く雨の中の公園で、面倒臭い私の気持ちも全て、優希君が包み込んでくれた。

――――――――――――――――――次回予告――――――――――――――――
   二人の“秘密の窓”を開け合って、更に仲が進み、理解を深め合った二人。
         その二人とは別に、いまだに諦められない会長。
         その会長の思いもよらない考え方に驚く愛さん

          その全てを否定して、優希君と笑い合った二人。
         その頃、家でも予想だにしない事が起きていて……?

       「私。みんなが反対してもあの学校に最後まで通うから」

               151話 普遍の関係
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