第148話 心と体と年齢と  Bパート

文字数 9,698文字


 少し迷いはしたけど、愛さんが家の特徴をメッセージで送ってくれたおかげで愛さんの家までたどり着けたんだよ。
 愛さんと交流を持ち始めておおよそ3年半。初めての愛さん宅に緊張するんだよ。特に今日はおばさまがいるはずだから、普通は第一印象が大切。わたしはちゃんと自分がお姉さんらしい格好が出来てるかどうかを最後に確認をしてから、“岡本”って書いてある表札の横の呼び鈴のボタンを押す。
 呼び鈴を押して程なく開錠の音と共に、ドアの隙間から愛さんが目だけでわたしを捉える。その隙間からでも見える白いシップみたいなのが傷の手当の後なんだろうなって分かってしまうんだよ。
「誰もいないので入って来て下さい」
 シップが見えた事に気付かなかったのか、そう言って家の中へそのまま引っ込んでしまう愛さん。
 その恥ずかしがる姿が、そのまま愛さんらしくてほんの少しだけ安心の笑顔を零す。
 そして恐る恐る扉を失礼して、玄関を跨がせてもらうと、
「愛さんのお顔が見えないとわたしは、とっても寂しいんだよ」
 玄関の正面にある階段の方を向いていて、わたしからは背中しか見えない。
「でも本当に今の私の顔。酷いですし――」
 わたしは左手にあるリビングであろう扉を横目に映し、後ろからふんわりと愛さんを抱きしめた時に、少しびっくりしたような反応を見せる。
「……愛さん。愛さんはわたしのお顔を見たくない? 声だけで満足できる?」
 その反応も少し気になったけど、まずはシップやら何かを塗っているみたいな愛さんのお顔を見てからなんだよ。人の笑顔が大好きな愛さんが、その瞳に誰の笑顔を映す事も出来ないのを、何とも思わない訳がないんだよ。
「満足なんて出来ませんけれど、2週間我慢すれば治るってお医者さまにも言われましたから」
 そんな体中に力を入れて、気持ちを押し殺してまで我慢しなくて良いのに。
 本当に愛さんに対して、乱暴と暴力を働いた男子2人には何もかもを通り越してただ悲しくなってしまうんだよ。
「愛さん。わたしは愛さんのお顔を見られるだけで、とっても嬉しくて笑顔になれるんだよ。だからわたしにお顔。見せて欲しいな」
 言いながら愛さんを抱きしめる腕に力を少しだけ入れる。もう少しだけ愛さんの温もりをハッキリと感じたくて。そして愛さんが自分からわたしの方を向いてくれるように。
「……朱先輩っていつもそうですよね。私の欲しい言葉、嬉しくなる言葉を言ってくれる。無理やり何かをされたとか、魔女じゃなくて大魔法使いだって思えてしまうから。だから私はいつだって朱先輩に秘密を作れないんですよ」
 そう言って瞼を痙攣させながらわたしの方に向き直って……
「ちょっと朱先輩? 何しているんですか? それ、私結構痛いんですけれど」
 正面を向いてくれた愛さんの頬を、シップだと思ってたガーゼごとそのお顔を頬ずりすると、すかさず愛さんから抗議の声が上がるんだよ。
「何をしても何も、愛さんのその痛みとお顔の腫れを、少しでもわたしが貰うことが出来れば愛さんの痛みが少しでも柔らかくなるだろうし、腫れが引くのも早くなるんだよ」
 それにしてもこれは本当に酷い。あの憎い妹さんの時の比じゃない。どうして愛さんみたいなとっても優しい女の子がこんな目に遭わないといけないんだろう。
 わたしを魔女じゃなくて魔法使いと言ってくれる女の子がどうしてこんな仕打ちを受けないといけないんだろう。
 本当にそれだけ腫らせてしまったら喋るのだって辛いはずなのに。
「そんな訳ないじゃないですか。取り敢えず飲み物の用意をしますから、2階の――階段を上がった右手奥の部屋で待っていて下さい」
 今日はわたしが愛さんのお顔が見て謝りたくて、押しかけて来たようなものだから、そこまで気を使わないで良いのに。
 それでも愛さんの部屋がどんな雰囲気なのか、気になってたわたしは、階段を上がった正面右側の廊下突き当りの部屋へと失礼させてもらう。
 その失礼させてもらった愛さんのお部屋。広さは八畳ほどで入った左手にバルコニー付きの大きな採光窓。その採光窓にかけられてるのは水色の遮光カーテンと目くらましのごく薄い水色のレースのカーテン。
 その窓を横目で見るような感じで置いてある勉強机。そして私が入った正面に水色に雲の絵が描かれてるのか、所々に白い歪な模様がプリントしてあるベッドが置いてある。そのベッドと勉強机の間に本棚が置いてある。
 そして入ったすぐ左手壁面には、愛さんの着替えが入ってるのかな。大き目のクローゼットが目に入るんだよ。そしてベッドとクローゼットの間に小さなテーブルと、そのテーブルに合わせるように少し大きめのまあるい絨毯。
 そのどれもが愛さんの好きな寒色系。水色や青色で統一されてる。その所々には他の色も入ってはいるけど、全体的には愛さんらしく落ち着いた色合いの部屋なんだよ。
 しかもベッドの上とかにも、脱ぎ散らかした衣類なんかも見当たらない所を見ると、整理整頓もきっちりしてる。それでも部屋の中は愛さんの匂いが――
「ちょっと朱先輩。恥ずかしいんですから変な事しないで下さいよ」
 ――わたしが初めて入る愛さんの部屋の感想を心の中でまとめてたら、逆に失礼してしまったんだよ。
「座布団はありませんが、クッションならありますけれど使いますか?」
 トレイに乗せた飲み物をテーブルに置き替えた後、扉を閉めて、あれは鍵……なのかな。を掛けて、エアコンを入れて改めてクローゼットの中から、真っ白い雲の形をしたクッションを出してくれる愛さんが、そのうちの一つをわたしに手渡してくれる。
「なんか部屋に朱先輩がいるのって不思議な感じがしますね」
 見てて痛々しい表情で笑う愛さん。
「でも通い慣れたらそれも普通になるんだよ。でも、わたしの家にもお邪魔して欲しいんだよ」
 わたしの部屋にはナオくんと愛さんしか招いた事が無い。この二人にはいつまでも泊まって欲しいくらいなんだよ……
 ナオくんと愛さんが来るのは別々の日でないといけないけど。
「通い慣れたら……私、朱先輩に謝らないといけない事があって……」
 わたしは、これからも時間はいくらでもあると言うつもりで口にしたけど、上手く意味が通じなかったのか、わたしの方が謝らないといけなかったはずなのに、愛さんの目に涙が浮かぶ。
「……傷ついたのも愛さんで、辛い思いをしたのも愛さんなのに、どうして愛さんが謝るの?」
 ただ何かを思い詰めてる事は間違いなさそうだから、否定せずにいつも通りまずは愛さんに喋ってもらう事にするんだよ。
 と思ったら立ち上がって机の方に向かう愛さん。そして机の椅子から何かの衣類をって、あれが……
「ごめんなさい朱先輩。朱先輩からせっかくもらった大切なブラウスを、卒業してからも……私との付き合いをずっと続けたいって……言ってくれたブラウスを――」
「――良いんだよ。愛さんが無事なら、それは無くても大丈夫なんだよ」
 せっかく愛さんのお顔を見ることが出来たのに、涙なんて見たくなくてわたしは、立ち上がって愛さんを抱きしめる。
 本当にいつだってそうだ。弱い方が、傷ついた方が後になっても苦しむ。強い方や傷付けた方は法に裁かれて終わりだ。
 もちろん裁かれると言う事は、それ相応の代償も払うのだから、ただでは済まない。だから傷付けた方にどうして欲しいとかは無い。
 ないけど、ただこんなにも良い子の愛さんに涙顔なんて似合わないから、今すぐに笑顔にして欲しい。誰からも愛される愛さんの笑顔を返して欲しい。
「でもこれじゃあもう着る事も……」
 小刻みに震える、わたしのブラウスを握る愛さんの手。広げなくても分かる程にはボロボロになってるし、ボタンだって取れてしまってる。本当に男子2人が愛さんの体に、男の人の本気の力で乱暴しようとしたのだと後からでも伝わってしまう。
 男の人の事を知らなかった愛さんからしたら、何がどうなるか分からなかった分、本当に怖かったと思うんだよ。逆に知ってしまってたら、先の事に絶望したかもしれない。
 それでも、その中でもわたしのブラウスを、わたしとの縁を、そこまで深く想ってくれるなら、
「愛さん。もう一回そのブラウスをわたしに預けて欲しいんだよ。それでどこまで治せるかは分からないけど、何とか頑張って治すんだよ」
 わたしだって愛さんの気持ちに少しでも応えたい。
「でもそれだと朱先輩の時間が……」
 なのにこんな時まで他人を優先する愛さん。
「愛さん。今日はもう一回言うんだよ。ううん。何回でも言うんだよ。愛さんは何にも悪い事してないのに、こんなにも辛い思いをしてる。それでもわたしを大切に想ってくれてる。だったらわたしにだって少しくらいワガママもお願いも言って欲しいんだよ。だから愛さんはもう少しワガママになっても良いし、わたし

には遠慮して欲しくないんだよ」
 本当に愛さんとの合言葉を作っておいて良かったんだよ。わたしは本当に色々なところでナオくんに守ってもらってる。
 それを今度は愛さんに紡げてる。この繋がりがわたしにとってはどうしようもなく安心出来て、自分と言う芯が強くなるのを感じる。
「ありがとうございます……それで……あの……」
 それで愛さんが少しでも笑ってくれるなら、わたしはとっても嬉しいんだよ。
「その前に愛さん。涙する時は濡れタオルなんだよ」
 愛さんが持って来てくれた冷たい飲み物の入ったコップが掻いてた汗で、持ってきたハンカチを湿らせて愛さんに手渡す。
「それで愛さんは何を言いかけたのかな?」
 愛さんが私のハンカチを目元に充てたのを見届けてから、続きを促す。
「あの……朱先輩は、いきさつとか今日の事とか、昨日の穂高先生の事とか……何も聞かないんですか?」
 そんなの今すぐにでも聞きたいに決まってるんだよ。でも昨日から今日にかけて本当に傷だらけになって、同じ説明を学校とご家族の方にしたであろう愛さんに、これ以上同じ事を聞くのは愛さんの一番の理解者としてしたくない。
 その代わり月曜日に、穂高先生の顔を見に行ったときに、イチから十までどころか、骨の髄まで全部喋ってもらうんだよ。
 その上で昨日の愛さんの気持ちを、これ以上ないくらいの形で分かってもらおうと思うんだよ。
「そのブラウスを見たらどんな状況だったのか、おぼろげでも分かるし、お顔を見れば何をしようとして何をされたのかも何となくは分かってしまうんだよ。だから愛さんは辛い事、しんどい事は何も無暗に喋る必要は無いし、逆に溜め込んでしんどくなったら、愛さん。わたしとの間では遠慮は無しなんだよ。本当にいつでも何時でもどんな事でも連絡をくれて良いから。わたしの前では取り繕わずに喋ってくれたら良いんだよ」
 だから愛さんには心の赴くままに、心に一切の負担がかからない様に。むしろ本当ならわたしの方が愛さんに謝らないといけないんだよ。
「ごめんなさい。そしてありがとうございます」
 愛さんのお顔を見てからこっち。ずっと愛さんに触れっぱなしなんだよ。
「そしてわたしからも愛さんに、本当にごめんなんだよ」
「私、朱先輩に謝ってもらうような事は何もされていませんよ? それにこれだけ色々私の事を考えてくれて、私の所にまで会いに来てくれた朱先輩の事、私が感謝こそしても謝るとか辞めて下さいよ」
 本当にこの子は……そこまで恐縮されてしまったら、こっちが悪い事をした気になってしまうんだよ。まあ今回は本当にわたしが悪かったからおかしくはないけど、愛さんにそんな顔をはさせたらダメなんだよ。
 しかも本当はわたしとも会いたくて、空木くんとだって会いたい気持ちも透けてしまってるんだよ。
 本当ならすぐに空木くんのお話もしたかったけど、これはわたしの一つのけじめだから、ちゃんと理由を付けて謝らないといけない。
「そうじゃないんだよ。あの穂高先生は信用出来るって、愛さんに紹介してしまった事なんだよ」
「確かにあの先生に対しては思う所もたくさんありますけれど、でもあの先生も不器用なりに私たちの事を考えて、行動してくれているんですよね」
 その事でも謝らないで下さいよって言いながら、今更になってあの先生を信用し始めてる愛さんに内心歯噛みをする。
「あの先生を信用するかどうかの話は朱先輩を始め、担任の先生からも聞きましたし、口下手だけどって言いながら優珠希ちゃんもあの先生は悪い先生じゃないって言ってましたよ」
 しかも愛さんのお顔を一番初めに腫らせた憎い妹さんも、穂高先生を信用してるって言う。本当にあと一歩の所で中々噛み合わない。でも、愛さんの気持ちは最大限尊重したいしどうしよう。
「……愛さんは、わたしと穂高先生ならどっちを信用してくれるの?」
「そんなの朱先輩に決まっているじゃないですか」
 だったらかなりずるいけど、少しだけ着地点を変えてしまって、その分の文句も合わせて月曜日にまとめて穂高先生にぶつけてやるんだよ。
「じゃあ、憎い妹さんとわたしだったら?」
「憎いって……それでも朱先輩に決まっているじゃないですか」
 それで手打ちにして、わたしが愛さんの一番の理解者の立ち位置に立たせてもらうんだよ。
「じゃあ最後。わたしと担任の先生だったら?」
「朱先輩。それ分かってて聞いていますよね。朱先輩に決まっているじゃないですか」
 それでやっと、今日初めて愛さんがくすぐったそうにしてくれるけど、愛さんが名前の通り愛らしく笑うと、どうしてこんなにも可愛いんだろう。
 だから今日の目的の半分はこれで達成。でも、ナオくんもわたしの好きなようにしてくれて良いって、何かあったら何とかしてくれるって言ってくれたから、あと少しだけ勇気を出してみるんだよ。
「じゃ愛さん。あの先生よりも、憎い妹さんよりも、穂高先生よりもわたしの事を、もっともぉっと信用して欲しいんだよ」
「……分かりました。元々は朱先輩が言ってくれなかったら、あの先生には言って無かったわけですから、穂高先生への信用は程々にしておきますね」
 もう……本当にこの子は。こんなにもわたしの言いたかった事を分かってくれるんだから。
「わたしはどんな愛さんでも大好きなんだよ」
 わたしは体全体を使って愛さんへの気持ちを表現する。
「私も朱先輩の事は本当に好きですよ」
 わたしはナオくん以外ではした事が無い、体全体を使っての好きの気持ちを表現したのに、愛さんは控えめにわたしの背中に手を回してくれただけ。痛々しい中にも、はにかんで可愛らしい愛さんの表情からして、恥ずかしいんだとは思うけど、どうにもわたしより上に、空木くんと親友さんがいるような気がするんだよ。
 でも、空木くんには愛さんの絶対の味方になってもらうのと、この後の説得で空木くんには頑張ってもらわないといけないから、愛さんがとっても大切にしてる親友さんと含めて、今は涙を呑んで引いておくんだよ。

「それからご家族の方は?」
 さっきの電話では居るはずで、わたしが来ることも知ってるとは思うんだけど……何故か愛さんが恥ずかしそうに視線を逸らすんだよ。
「……愛さん?」
 恥ずかしがるって言うのは、辛い話とかそんなんじゃないとは思うけど。だから、もう一歩だけ踏み込んで聞く。
「……朱先輩が変な事を言うから、お父さんの耳に入らないようにするから、しっかりと朱先輩に説得してもらいなさいって言い残して、二人でどっか行ってしまったんですよ」
 そう言ってベッドの布団に埋もれるようにして顔を突っ伏してしまう。
「……それって空木くんとのデート?」
 受話器越しの愛さんを通してした、おばさまとの会話を思い出すんだよ。
「私、この顔で優希君と会いたくないんです。さっきの電話でも言った通りもし、万一今の私の顔を見て、引かれたらどうするんですか?」
 かと思ったら顔を上げて、寂しそうにする愛さん。
 本当にこの子は空木くんの事が好きなんだって分かる、伝わる。しかもその“好き”も、もっともっと育ってる。
 それほどまで空木くんに嫌われる要素、可能性を減らしたい気持ちがにじみ出てる。
「ただですら雪野さんからした、優希君への頬の口付けだけで大泣きしてしまった私が、優希君以外の男の人に下着を見られて、取られて……上半身も触られて……愛想を尽かされても仕方がない状態なのに、優希君に会える訳ないじゃないですか……」
 そしておばさまが席を外した理由が何となくわかる。
 ――私たちには、家族には言えない事もあると思いますので、娘の笑顔の為に、私たちの代わりに話を聞いてやってください―― (105話)
 ついつい愛さんの腫れてしまってる頬にばかり目が行きがちだけど、それよりも愛さんの心と体を襲った恐怖心と言うか、男の人の本能に直接触れた愛さんの心の状態も、当然ちゃんと考えないといけない。
 しかも何が引き金になったのかも分かりにくいけど、愛さんの女の子としての心持ちも変わってるような気がする。
 穂高先生の話を聞いてないから、何が引き金でどう変わったのかが分かりにくいし下手な事が言い辛い。
 確かに言える事と言えば、空木くんは愛さんに対する強い独占欲も見せてくれてる。これ一点だけで男の人が分からないわたしには、空木くんがどう取るのかが読み切れない。
 それにわたしだって、ナオくん以外の男性に肌を晒してしまったら、罪悪感も手伝って言えない気がするんだよ。
 ……とびっきりの愛さんを見てる空木くんなら大丈夫だと思うけど、これは本当に難しいんだよ。
「……誰とか、昨日の事とか関係なくして、愛さんは空木くんに会いたくない?」
「優希君は私をとっても大切にしてくれるんですよ? そんなの毎日会いたいに決まっているじゃないですか。でもこの顔と体でどうやって会えば良いんですか?」
 夏休みのお盆に入る本当の直前に、突然かかってきた電話。
 その電話で、初めて空木くんとキスをした事を本当に嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに話してくれた愛さん。
 しかもその時に、雪野さんとのキスは空木くんがものすごく抵抗してくれた事もあって、唇同士じゃなくて頬。そのいきさつを話してくれた時、感極まったのか、涙声になった愛さん。その愛さんが、雪野さんがキスした部分の頬を捻り上げて、愛さんからの頬へのキスで上書き――あっ……これなら行けるかもしれない。
 愛さんからのとっても幸せな話の中で浮かんだもう一つの可能性。時折束縛に近い、囲いと感じるくらいの独占欲を見せてくれたと愛さんの口から時々出る空木くんのお話。
 自分がした事なんて全部ポイして、ただ一心、とびっきりの愛さんだけを見続けた空木くん。
 わたしは覚悟を決めるんだよ。
「愛さん。ウエディングドレスが何で白いのか知ってる?」
 本当はこう言うのは愛さんの心の準備と、体の準備が整った上で、空木くんと二人で話し合いながら、お互いの速度でゆっくりと進んで欲しかったのだけど、また今度は余計な男の人のせいで愛さんは苦しんでる。
「ウエディングドレスって……そんなの私、まだまだ学生ですよ」
 だけど、言葉一つで顔を赤らめる愛さんに、そんな寂しそうな笑顔なんて似合う訳がなくて。
「でも、ウエディングドレスが白の意味って……まさか朱先輩?」
 でもやっぱり愛さんも女の子。その意味くらいは調べた事があるのかな。腫れ上がったお顔以上にその頬を朱に染め上げる。
「そうなんだよ。今すぐじゃなくてもちろん良いし、愛さんなりの速度で構わないから、少しずつ空木くんに触れていってもらって、空木くん色に染まって変わっていけば良いんだよ。もう愛さんの中で空木くんの事はもうこの人! ってなってるんだから、心だけでなくて体もゆっくりと深めて行けば良いんだよ」
「ゆっくりと深めてって……」
 何を想像してるのかな。愛さんの目が潤んでるんだよ。
 こんなにも可愛い愛さんをポイしてしまうんなら、今度こそ空木くんの方が鍵付きのゴミ箱の中にポイなんだよ。
「……でも、こんな私でも優希君に触れてもらえるのかな?」
 わたし自身も愛さんと同じような貞操感を持ってるから、その気持ちはよく分かるんだよ。
「大丈夫なんだよ。倉本君と仲良くするだけで怒ってくれるんだから、下手をしなくても愛さんに触れる! って下心を見せて喜んでくれるかもしれないんだよ」
 それに愛さん自身も、空木くんの頬に愛さん自身が自分で心の整理を付けて上書きするように頬にキスをしたんだから、当然愛さんの影響を受けてる空木くんだって、同じような事を考えてもおかしくないはずなんだよ。
 その上、何の知識も持たない愛さんをその気にさせて、キスまでした空木くんなら。何がきっかけかは分からないけど、愛さんの女の子としての変わり始めた心持ち。その二つを考えても別に不思議でも何でもないと思うんだよ。
「だったら白い服……の方が良いのかな?」
 それに対してあの恥ずかしがり屋さんの愛さんが、普通に大好きな人に触れてもらうところを想像して顔を綻ばせる。
 本当にいつも思うけど、愛さんにここまで想ってもらえる空木くんは本当に果報者なんだよ。
「それでも良いけど、夏の強い日差しに白い服、色の薄い服って言うのはアレだから、いつもの愛さんの服で良いと思うんだよ」
 女の子にとっては時々悩む種になる問題。もちろんそれもあるんだけど、白い服だと今の愛さんの腫れ上がった顔との色差が大きくなってしまうからと、言い方を変えて着る服の修正をしてしまうんだよ。
「――っ! 確かにそうです。これ以上他の男の人に意識されるのも嫌ですし、優希君と喧嘩なんて絶対したくないですしね」
 だったらこのままお顔の事は忘れてくれた方が、愛さん的には良い気がするし、何でも全部を言う必要も無いと思うんだよ……なんだか増々女の子から色々な所に気を使い始めて、女性になって行く愛さん。
 この子は間違いなくわたしと同じ学府まで来た時、大変な事になるんだよ……そうなった時、間違いなく空木くんはハラハラで仕方がない気がするんだよ。
「それと朱先輩……一つお願いがあるんですけれど……」
 愛さんからの久しぶりのお願い。もうどんなワガママだって聞くんだよ。
「あの……私、親友の蒼ちゃんからも友達からもよく言われて注意されていたんですが、どうも私って男の人から見たら“隙”が多いみたいなんですよ。だから、その男の人が喜ぶような隙を全部無くしたいなって思うんです。それを優希君に対する今回の私の反省と気持ち、行動にしたいんです」
 もうその全てが空木くんの為。しかもそれはちゃんと愛さん自身の為にもなってるし、愛さんの安全の担保にもなってる。
 本当に空木くんの存在は、依存じゃなくてちゃんといい方向に向いてる。
「分かったんだよ。愛さんを小さなレディから立派なレディにして、増々空木くんを夢中にさせてやるんだよ」
 だったら、やっぱり愛さんに幸せになって欲しいわたしは、協力の選択しかないんだよ。
 本当に悔しいけど愛さんのおばさまや親友さんは、愛さんの性格を良く分かってるんだよ。でも、わたしだって愛さんの一番の理解者のつもりなんだからと、痛そうに笑う愛さんを見て、改めて心の中で気合を入れ直すんだよ。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
         そうして続く優希君とのデート実施への説得。
   それでもなかなか首を縦に振らない愛さんに対して、少し方向性を変え、
            “隙”の対策と家庭教師をする事に。

     程々の時間になり、弟の慶も帰って来て初めて邂逅する二人。
         ここでも蒼ちゃん以上の影響力を見せる朱先輩。

          そして、朝から喧嘩していたっぽい両親。
              でも、その行く先は……

        「ごめん。私、自分の部屋で少し考えて来るね」

            次回 第149話 それぞれの戦い
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