第149話 それぞれの戦い Bパート

文字数 7,095文字



 二階に上がって来た気配がないからと、一回のリビングにいると当たりを付けた私が、何故か緊張しながら顔を出すと、
「ねーちゃん……昨日オヤジから聞い――誰?」
 やっぱり昨日から元気の無さそうな慶が私の顔を見て、途中で言葉を止める。
「お姉ちゃんと、とっても仲良くさせてもらってる船倉だけどわたしの事、覚えてるかな? 慶久くん」
 その慶の前に一歩踏み出す朱先輩。
「ハァ? そんなオレオレ詐欺みたいな事言われても知らねぇよ」
「ちょっと慶! いくらなんでも失礼すぎるでしょ!」
 その朱先輩に対して、なんて失礼な物の言い方をしてくれるのか。
「ハァ? だったらこの女も人の家に来て初対面の俺に対して失礼だろ」
 しかも自分から初対面だと言っておいて自己紹介すらもしないくせに、自分の事を棚に上げて屁理屈をこねる慶。今の私がこんな状態じゃ無かったら、間違いなく手か足は出ていたと思う。
「そっかぁ。三年前にあれだけ時間かけて、お姉ちゃんには優しくしないと駄目だって電話で説明したのにもう忘れてしまったん


 なのに慶の乱暴な言い方に気にかける事無く、朱先輩といる時には片時も忘れた事の無いあの三年前の話を、驚いた事に丁寧な口調で慶相手に確認すると、
「なっ?! おま――あの時の電話の女か!!」
 更に心底驚いたように私と朱先輩を交互に見ながら慌て出す慶。
「思い出してもらえて良かった

。ところであの時の約束の確認をしたいん

――愛さん。少しの間だけで良いから慶久くんとお話をさせて欲しいんだよ」
 もっと驚いたのが、電話で喋った事はあったにしても、間違いなく顔を見て話すのは初めてのはずなのに慶と二人で話す事があると言う。
「別にかまいませんけれど――慶。お願いだから朱先輩に失礼な事だけは言わないでよ」
 私の念押しに嫌そうな顔をするだけで、返事はしない慶。
「大丈夫なんだよ。あの時の電話の内容を覚えてる慶久くんは、わたしにはどうあっても反抗できないんだよ――

?」
「しつけぇ。あの時の話をまだ引っ張るのかよ」
「じゃあ今からする話、愛さんにも聞いてもらい

?」
 それ以上に慶の事を掌握しているっぽい朱先輩の言葉に、私の顔を窺う慶。
「くそっ! 何なんだよ。なんであの時からずっとねーちゃんとつるんでんだよ!」
「わたしとの約束を覚えてるのに、いつもお姉ちゃんにそんな言葉を使ってるん

?」
 その慶が何か一言口にする度に、朱先輩が黙らせていく。その慶が何も反抗しなくなったのを確認してから、改めて私にリビングで慶と二人きりにして欲しいと言う。
「わたしは慶久くんの部屋には入りたくないんだよ」 
 ナオさんがいるからか、他の男の人の部屋……例えそれが明らかに子供の、慶の部屋だったとしても入れないって意味だと思うけれど、普段の朱先輩からは考えられない……事もないのか。男の人のアレコレを断る時には結構キツめの言葉を選んでいる気がする。
 この感じならいくら慶でも朱先輩に失礼な事は出来ないかと思って、安心して二人がリビングに入って行くのを見送ってから、ここで立ち聞きをするのもアレかともう一度自室へと戻る事にする。


 せっかくだからと病院でもらった塗り薬を、少しでも早く腫れだけでも引くと良いなと思って少しだけ重ね塗りをして、普段あまり開く事の無いコンパクトミラーで、自分の顔を見つめる。
 もともと自分の顔に対して可愛いとか綺麗とか……そもそもが男子に興味が無かったのだから考えた事すらなかった。
 それを省いたとしても今の自分の顔は酷いと思う。そう言えば追って連絡をすると言っていた私たちの公欠の処遇はどうなるのか――の前に、お父さんを説得しないといけない。
 今朝はぽつりと一言零した、私を辞めさせるとか転校させるって言う話。私立でも出来るのかは知らないけれど、私としてはこのまま逃げるようになるのも嫌だし、何よりみんなと一緒にこの学校を卒業したい。蒼ちゃんとの約束、願いをあんな男子のせいで諦めたくない。その蒼ちゃんの所はどんな話になったのだろう。
 私の家もそうだけれど、とりわけ状態の悪い蒼ちゃんの事を考えると、とても他に連絡する余裕なんて無いのかもしれない。
 だったら私の方からでも落ち着いている今、せめてメッセージだけでもと蒼ちゃんに連絡を入れる。

宛先:蒼ちゃん
題名:蒼ちゃんどうなった?
本文:私の所は、今週お父さんが帰って来てくれたんだけれど、穂高先生の説明の
   途中でお父さんがお母さんも呼び戻して、今は両親共に帰って来てる。その
   結果お父さんが転校させるって言ってるけれど、蒼ちゃんと卒業したいから
   って、徹底抗戦するつもりでいる。子供の私にはこれくらいしか出来る事が
   浮かばないけれど、私はどんな結果になったとしても、蒼ちゃんとは親友を
   辞めるつもりは無いし、これからも断金の交わりだから。

 これで使い方が合っているのかは分からないけれど、私の気持ち、こっちの状況が少しでも伝わればなって思う。
 そして一番の親友の次に考えると言えば優希君の事に決まっている。今となっては優希君のいない生活なんて考えられない。
 私は引き出しの中から、次に優希君と会う時に引いて行こうかどうしようか迷っている、あの桜の花びらが描かれたリップを取り出す。
 これを引いている時か、私から唇を湿らせた時が、私から口付けを求めるサイン。逆に優希君からは私の唇に視線を固定してくれた時が優希君から求めてくれる時のサイン。
 あの星降る夜に二人だけで決めたルールと言うか、サインだ。これなら学校の中でも街中でも、人前でも中々他人には分かりにくいと思う……実祝さんにはバレてしまったかもしれないけれど。
 だから、私がこれを引いて行けば、どこかのタイミングでしてくれるとは思うけれど、今の私の顔を鏡で見て……もしも、この顔でしたくないと思われたら……とても引く気にはなれない。
 私の中の色々な思いが邪魔をしているのは分かるけれど、せっかく好きな人との口付けなのだから喜んで欲しいに決まっている。
 夕方から完全な西日に変わったであろう光が、部屋中に映り込んで黄昏色一色になった頃合い、私の部屋のドアがノックされる。
「ごめん。お待たせなんだよ」
 それは朱先輩が慶との話を終えた知らせだった。

「あの、朱先輩。慶と何の話をしたんですか?」
 本当は聞かないでおこうと思ったのだけれど、今度はあまりにも恐怖対象として朱先輩の事を見ている気がしたから聞くも
「愛さんは何も気にしなくても良いんだよ」
「そうなんですか? 慶の奴失礼な事言っていませんか?」
「大丈夫なんだよ。それよりも慶久くんが愛さんに乱暴な事を言ったら、今日のお話も教えるんだよ」
「ちょ――おま……話が違うじゃないですか!」
 リビングで聞いていたのか、大慌てで慶が出て来る。
「……今なんて言おうとしたんですか?」
「……お姉さん、話が違うんじゃないんですか?」
 信じられない。どうやったらこんな短時間で慶をしつけることが出来るのか。これは蒼ちゃん以上じゃないのか。
「慶久くんがわたしとの約束を守ってさえくれれば、わたしも約束は守りますよ」
「分かりました」
 ……気持ち悪い。駄目だとは思うのだけれど、普段と違い過ぎる慶はやっぱり違和感だらけだ。
「分かったから慶。お姉ちゃんには今まで通り普通で良いけれど、朱先輩には失礼な事はしないでよ?」
「……分かった! ねーちゃん」
 驚きの表情で私を見る慶。
「良かったね慶久くん――それじゃあ本当にこれ以上は迷惑になりそうだからもう帰るけど、くれぐれもご両親によろしく言っておいて欲しいんだよ」
 結局慶の事は何も言わずに帰って良く朱先輩。本当なら外に出て見送りたかったのだけれど、この顔だからと泣く泣く諦めた。


 いくら身内とは言え、今の私の顔はやっぱりみられたくないからと自室にこもって勉強していると、やっとお父さんとお母さんが帰って来てくれたのか、慶の嬉しそうな声が聞こえる。
 それに合わせて私も下へ降りて出迎えようとしたのだけれど、それよりも早く二階へ上がってくる足音。
 私が何事かと身構える暇もなく、
「愛美、お母さんよ。今大丈夫かしら」
 ノックに続いてお母さんの声が。私が急ぎ鍵と扉を開けると、
「愛美。今日はお母さんと一緒に夜ご飯を食べましょ」
 手提げ袋の中に入ったそれは、お寿司なのかな……を見せてくれるけれど、
「大丈夫よ。今の愛美でも食べやすいように握り中心だし、どうしてもなら

もあるわよ」
 気にするところが違う気がする。
「お母さんと一緒にって……お父さんと慶は?」
 まずもって、桶みたいな大きさの容器に入ったお寿司なんて食べきれるわけがない。
「あんな分からず屋なお父さんなんて後回しで良いのよ」
 なのにお母さんの反応は更に、にべもない。明らかに朝の喧嘩が本格化しているのは丸分かりだった。
「分からず屋って……お父さんも私の事を考えてくれているんだよね?」
「愛美の事を考えてくれてるって、愛美は転校しても良いの?」
「それは絶対嫌だし、通うって決めてはいるけれど……」
 さっきまで朱先輩と話をして、蒼ちゃんの事も優希君の事も再確認したばかりだし。
「だったらお父さんなんて放っておいても大丈夫だから、手だけでも洗ってきなさいな」
 結局お母さんに押される形で、手だけは洗いに一度下へと降りる。
「……愛美? 愛美ならお父さんの気持ちも分かってくれるよな?」
 洗面台で手だけでなく、昨日お風呂に入れていないのもあって、顔と前腕も一緒に洗い流していたら、昨日とは打って変わって弱々しく話しかけてくるお父さん。
 目の前で大きな声を出されるのも怖いけれど、これはこれでびっくりするから辞めて欲しい。
 夜中だったらびっくりし過ぎて絶対声を上げていたと思う。
「分かるって……学校の事だったら私は辞めるのも転校するのも絶対イヤ! もう二年半通ったあの学校を卒業したい」
 それはさておき、私の気持ちだけは明確に伝えておかないと、昨日のあの剣幕なら本当に押し切られかねない。
「愛美の気持ちも分かるけどな、愛美の体の事も心と合わせて将来の事も心配なんだ」
 そんな事は今更言われなくても分かっている。でも私だって、今回も色々な人に心配もかけたし、迷惑もかけてしまっているけれど、子供なりに考えだって、想いだってちゃんと持っている。
「私の事を心配してくれるのは本当に嬉しいけれど、私の気持ちは? 志望校だって決めた私の進路とそれこそ将来は? 私の事を考えてくれるなら、私の周りの事も考えてよ」
 だけれど穂高先生が言うように、本当に子どもの間は大人に甘えても良いのなら、今回の事も大人に甘えさせてもらって、私は私で今の学校を続けたい。子供を盾にさせてもらって失敗を許して欲しい。
「お父さんなりに考えた結論なんだ。お父さんはな、今回みたいに愛美が傷つくところなんて見たくないし、愛美の親としてあんな学校を信用するわけにはいかないんだ」
 だけれど、穂高先生が言っていた事を口にして、親心って言うのかな……を見せてくれる。
「それでもみんながみんな、お父さんが思っているような先生ばかりじゃないよ。ちゃんと私たち生徒の味方になってくれる先生もいる」
 そう。巻本先生のように。
「生徒の味方って、それは愛美に暴力を振るった卑劣な男子生徒もって事じゃないのか?」
 だけれど、昨日からお父さんの取り方が極端になったままだから、中々私の気持ちが伝わらない。
「愛美……お父さん。これはどう言う事ですか? まさかとは思いますけど、私がいない間にこの子を説得しようとしたんじゃないでしょうね」
 そして洗面台の所で話し込んでいたら、中々戻らない私の様子を見に来てくれるのは道理で、怖い顔をしたお母さんが、私とお父さんを見てオカンムリになる。
「ああそうだ。あんな何も出来ない、謝る事と説明しか出来ない学校に愛美をやれるわけがないだろ」
 だけれど珍しくお母さん相手に強気に出るお父さん。
「分かりました。ここだと落ち着いて話なんて出来ませんから、リビングで話しましょう――愛美もいらっしゃいな」
 そして話し合いの場はリビングへと移る。

 てっきりさっきも声はしていたから、リビングに慶がいるものとばかり思っていたのだけれど、
「慶久にも夜ご飯は渡したから、自分の部屋で食べてるんじゃないかしら」
 いつの間にか自分の部屋へと戻ったみたいだ。
「……それでお父さんは、愛美の言う事には耳を貸さずに本当に辞めさせるか、転校させてしまうおつもりなんですか?」
「耳を貸さずにって……愛美の志望する進学先は保証してもらうし、今の愛美に合わせた学校の転校も手配してもらうつもりだ」
「お父さん。そんな都合の良い話がある訳ないに決まってます。それに今、環境が変わる方が愛美の将来に響くんじゃないんですか?」
 当の私を置いてきぼりにして話だけがゆっくりと進んでいく。でも二人共に忘れて欲しくないのが、
「私、親友も友達もいる、そして朱先輩も卒業しているあの学校だからこそ卒業したいの。それに私が悪い事をした訳でもないのに辞めるなんて納得出来ない。だから私はあの学校に絶対通う」
 蒼ちゃんと約束をした三年間。それに私を慕ってくれる“とっても可愛い輩”と“可愛い後輩”そして何より優希君の存在が大きい。
 紡げた縁は少ないかもしれないけれど、それでも咲夜さん実祝さんを含めた繋がりはすぐに切れてしまうような弱い縁じゃ無いと信じられる。
「愛美……どうしてもお父さんの心配する気持ちは分かって貰えないのか?」
「お父さんいい加減にしてください。どこの世界に子供の話に耳を傾けない親がいるんですか」
「そんな言い方は無いだろ。じゃあ逆に聞くけど、どこの世界に子供の心配をしない親がいるんだ」
 私の気持ちを伝えてから、二人の雰囲気が更に悪くなる。その二人共が別々の考え方ではあるけれど、私の事を考えてくれているのが伝わるだけに辛い。
「心配を盾に話を聞かない、決めつけるって言うのは愛美を信用してないのと同じじゃないんですか?」
 彼氏がいる事がお母さんにバレた時に、勝手に不順異性交遊だと決めつけられて大喧嘩をしたと言っていた話を思い出す。
 今ならそれは娘を想う親心なんだなって分かるけれど、心では納得出来ない。
「信用出来ないのは愛美の方じゃなくて学校側だって言ってるじゃないか」
「お父さんが本当に私の事を信用してくれているんだったら、転校させるとか辞めさせるとか言わないでよ」
 それに、そんな事を言われ続けると、こっちだって不安で勉強が手につかなくなってしまうのに。
「良いですかお父さん。誰がなんて言おうと、愛美の希望通り学校には通わせますからね」
 お母さんが私の頭を優しく撫でながらきっぱりと言い切ってくれる。
「よく分かった。じゃあ母さんは愛美の事は心配じゃないって事だ」
 一方、お母さんに対してかなりひどい事を言うお父さん。
「子供の話に耳を傾けられないお父さんに、そんな事を言われる筋合いはありません」
 人の笑顔が大好きなはずの私のせいで、二人に怖い顔をさせているんだなって思うとやっぱり辛い。
 かと言って今の学校を辞めるのは絶対に嫌だ。そこだけは曲げたくない。
「ごめん。私、自分の部屋で少し考えて来るね」
 結局今の私では何の解決方法も浮かばなかったから、両親の怒っている顔を見たくなかった私は一度自室へとこもらせてもらう。


 部屋に戻った時、お母さんが準備してくれていたのだろうお寿司が、ちゃぶ台の上に綺麗に並べられていたのだけれど、
 とても今の気持ちで、ましてや一人で食べようと思えなかった私は携帯を手に取ると、昨日に続いて咲夜さんからの着信と、

題名:私と同じだね
本文:連絡できなくてごめんね。私の所も学校辞めさせるって。こんな事になる
   なら、本当に初めから私の希望通り料理学校に行かせておけば良かったって
   言われた。だから今通ってる料理学校の方は来春まで続けて、料理専門学校
   に改めて行かせてくれるって話になってる。でも私も、あと半年は愛ちゃん
   と一緒に通いたいって思ってるから、分かってもらえるまで言い続ける
   から……お互い頑張ろうね

 勇気を貰えるような蒼ちゃんからのメッセージだった。
「蒼ちゃん……私も頑張るよ」
 しかも蒼ちゃんの方が私よりもひどい状態で大変なはずなのに、力も与えてくれるようなメッセージ。だったら私も両親の怖い顔に負けている場合じゃない。絶対蒼ちゃんと一緒に卒業するんだって決めて

題名:元気出た
本文:お父さんが中々分かってくれなくて辛かったけれど、蒼ちゃんからの
   メッセージで元気出た。私も蒼ちゃんと一緒に卒業したいから、徹底抗戦
   するよ。ありがとう。

 私の気持ちをメッセージに乗せる。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
      自分の気持ちを伝えるけれど、中々分かって貰えない両親。
      その理由がお母さんから伝えられた、出せていない笑顔……

    だから笑顔が出せるようにと、優希君とのデートを進めるお母さん

         結局お母さんと朱先輩に絆された末、
    優希君とのデートを迎えた愛さんは……一つの決意をする

            「私の話を聞いて欲しいの」

               150話 相

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