第147話 親の想い父の想い  Aパート

文字数 8,177文字


 今日は穂高先生も一緒に来ると言う事だから、近くの駐車場に止めて自分の家の前の玄関に改めて立つ。涙は浮かべただけのはずだから、目元は大丈夫だとは思うけれど穂高先生の元気が無くなっているのは少し気になる。
「……先生。朱先輩とどんな話をしたのかは分かりませんが、今だけは私、先生を頼っても良いんですよね?」
 頼って欲しい、何も考えなくても良いと先生が言ってくれたのだから、私が先生を頼る事によって、少しでも気持ちの変化があったらなと思っての事だ。
 しかも駐車場に車があるから、お父さんはもう帰っている事は間違いなさそうだ。
 色々な状況と自分の状態に足踏みしそうになる心を奮い立たせながら、思い切って玄関のドアを開ける。
 私の小さなあいさつに続いて穂高先生が
「夜分遅くに失礼します」
 と声に出して、玄関を跨ぐ。
 幸いと言って良いのかどうかは分からないけれど、慶の靴がない所を見るとお父さん一人だけみたいだ。
「おかえり愛美。今日も学校忙し……愛美?! その顔はどうしたんだ?! 誰にやられたんだ? まさか男か?! それとその後ろにいるのはどちら様だ? 友達って言う訳じゃ無いんだよな?」
 私の予想通り、私の顔を見てびっくりしたお父さんが私を抱きしめてくれる。
「学校の養護教諭の先生」
「改めて養護担当をさせて頂いております穂高と申します」
「ちょっと待ってくれ! 学校の先生が来るって言う事は愛美のその顔は学校での事と言う事なのか? まさか学校側が愛美に手を上げて、体罰を加えたとかそんな話じゃないだろうな」
 穂高先生が渡そうとした名刺を受け取る前に、お父さんがいぶかしむ。もちろん何も知らないお父さんからしたら、こちらも昨今問題になっている体罰問題。真っ先に疑うのは考えられる事だった。
 そのお父さんが穂高先生から私を守るように背中の後ろへと私を隠そうとする。
「今日はその事に関するご説明のために、お邪魔させて頂きました」
 そのお父さんに深々と頭を下げる穂高先生。
「おい! 俺の質問に答えろ。愛美のこの顔は学校側からの体罰なのか、そうじゃないのかどっちかはっきりしてくれ」
 解答次第によってはそのまま帰ってもらいかねない勢いで穂高先生に詰め寄る。
「違うよ。この怪我は学校側の話でもましてや先生からの体罰でも無いよ。これは部活していた男子から、今日暴力を受けた痕なの」
 穂高先生を頭から責めるような口調のお父さんに、私が後ろから口を挟ませてもらう。けれど私の話を聞いたお父さんの雰囲気ががらりと変わる。
「部活してる男子からって……まさかその顔。男子から手を上げられ――そう言えば愛美の着てる服って、いつもの服と違う気がするんだが……それは?」
 そしてさらに遅れて、私の着ている制服がいつもと違う事。私があれ以来ずっと肌身離さず持っているブラウスに視線を送る。
 だけれど今更ながら、やっぱり今日の話をとてもじゃないけれど、私から今のお父さんを含めた両親にする勇気なんてない。
「愛美。学校の先生の事も、養護教諭だか知らないがこの先生の事情も、俺たち家族の事も何も考えなくても良いから、何をされて、今の愛美がいるのか正直に言いなさい」
 いつも間違った方向や形で、心配してくれるお父さんが私の両肩を激しく揺すって聞いてくれるけれど、今ですらこの剣幕なのに、全て話してしまったらどうなるのか分からない。
「愛美っ!」
「お父様。娘さんにそんな乱暴な事をしたら――」
「――乱暴? 愛美が学校で乱暴されて、暴力を振るわれたのはお前たち教師の監督不行き届きじゃないのか!」
 記憶にある限りでは、こんな剣幕のお父さんを見たのは初めてで私がびっくりしていた所に穂高先生が口を挟んでくれるけれど、私の時と、いや、それ以上に強い口調で穂高先生を一蹴してしまう。
「それに説明すると言っておきながら、何の説明もないじゃないか! 愛美に怪我をさせておいてどう言うつもりなんだ!」
 その上、お父さんとして私を心配してくれる気持ちは分かるけれど、やっぱり男の人に大きな声を出されると怖いのだ。
「ちょっとお父さん! そんな言い方したら喋る物も喋りにくくなるって。それにこんな玄関でなんて、近所にも聞こえるから、せめてリビングで話をしてよ」
「でも、大切な愛美の顔をこんなにした人間を家にあげるのは……」
 今の私の顔を見る度に、その思いを強くしてくれているのは伝わる。だけれど穂高先生に対しても今日までの事で言いたい事もたくさんあるけれど、みんなが言う通り根っからの悪人ではないのだ。
「お父さん。玄関で話していたら慶も帰って来るんじゃないの? 私、今の顔を極力誰にも見られたくないよ」
 だから腫れて喋りにくい中、先生が綺麗な姿勢で玄関に立つ中、何とかお互いに話す側、聞く側の体勢だけは作ってもらうようにお父さんに言葉を重ねる。
「……分かった。ただしリビングまでで、愛美はお父さんの隣に座るんだ」
 そしてそこに何の意味があるのかは分からないけれど、私がお父さんの横に座ることを条件にようやくリビングへと場所を移す。


 さっきのお父さんの剣幕が効いているのか、また別の理由なのかあれから穂高先生は一言も口を開かない。
「それでいつになったら何の説明をしてくれるんだ!」
 それにもまた、痺れを切らせたお父さんの口調が強くなる。だから今度は女としてお父さんを窘めようとした時、先生が重い口を開く。
「昨日学校で行われた健康診断の際に、別の女生徒がクラスメイトやそれ以外の生徒からいじめを受けている事実が判明しまして――」
「少し待ってくれ。その別の生徒のいじめと、今回の愛美の話。どう関係があるんだ? それにその生徒のいじめが発覚したのはどう言ういきさつなんだ」
「該当生徒の体の広範囲にわたって、アザが認められたからです。その今回のいじめの発覚が今日の引き金になったのです」
 あの蒼ちゃんのアザを思い出すだけでも辛い。私の家は今さっき始まったばかりだけれど、渦中の蒼ちゃんの家はもう少し前から始まっているはずだけれど、どうなっているんだろう。
「……その時に該当生徒と、関係生徒に残ってもらった上で聞き取りをした際に、岡本さんを含む別の生徒たちも標的にされていた事が分かりました」
 先生の簡潔な説明に驚く。私たちが時間をかけて長々と説明していたのがまるで嘘のように、短くまとめられている。
「愛美を含むって……愛美まで標的になっていた事に、お前ら教師は誰一人気付かなかったのかっ!」
 お父さんがリビングのテーブルに、作った拳を打ち付けて穂高先生を責める。けれど、本当に毎回びっくりするから辞めて欲しい。
「申し訳ございません。私も別件で――」
「別件ってなんだ! つまりお前ら教師は愛美の事は後回しって事なのかっ!」
「ちょっとお父さん! そんな言い方無いよ。気付かなければ本当にどうしようもないんだって。それに先生は私も標的だって判断したけれど、私はあんな奴らに負けるわけ無いし、一人で私の所に文句すらも言いに来れないような奴らに何をされたって関係ないよ!」
「負けるわけがないって、愛美の可愛い顔をこんなにまでされて……お父さんとして、このまま放っておく事なんて出来ないんだってくらいは分かるな。それに愛美。暴力は勝ち負けじゃないんだ。ケンカで“お互い”つい手が出てしまう事はあっても、暴力は振るった時点でどう言い訳をしても駄目なんだ。愛美はまだ世の中に出てないから知らなくてもしょうがないが、昔から“喧嘩両成敗”と言って、喧嘩に関しては“お互い”の話になるが、暴力は違うんだ。最近は言葉による暴力も含めて、直接の暴力と言う行為は、卑劣な行為とされるんだ――お宅の学校はそんな事も教えてないのか! それに愛美を標的にしたって言う男子生徒はどうしたんだ!」
 お父さんから私の知らなかった世の中の話を聞かされて、私自身も暴力とまでは言わないとは思うけれど、あの天城さんにやり返してしまっていただけに体をびくつかせてしまう。
「誠に申し訳ございません」
 穂高先生が再度深々と頭を下げる。
「俺が直接話をするから、謝る前にその男子生徒を連れて来いと言ってるんだ!」
 お父さんがこんなにも怒りをあらわにしているのを始めて見た。そのお父さんの姿に私への気持ちがゆえだと言う事は分かってはいるけれど、笑顔が大好きな私が泣き顔はもちろんの事、怒り顔だって好きなわけがない。
「お父さん。私がクラスで揉めていたのは、男子生徒じゃなくて女子生徒で、今日みたいな事は無かったよ」
 だから気持ちを落ち着けてもらうためにも、先生の言葉に補足をさせてもらう。
「それにしても、愛美みたいな良い子がどうして標的にされないといけないんだ」
 そう言えばお父さんって親バカでもあったっけ。
「女の子同士って面倒くさい事もたくさんあるから、その辺りの事情はお父さんには話せないよ」
 私ですらも嫌気がさすくらいなのだから。
「……それで昨日いじめに参加しておりました生徒の名前を全員分確認をして、今日一日該当生徒全員に話を聞いてたのですが、今日は公欠指示を出していた岡本さんが――」
「ちょっと待ってくれ! 何で何もしてない被害者側の愛美が学校を休む必要があったんだ! バカにしてるのか!」
 一言先生が話し始める度にお父さんが毎回止めてしまうから、話が中々進まない。
「私もそこは疑問に思ったし、お父さんの気持ちは嬉しいけれど、まずは先生の話を聞いて」
 だから一通りの話は聞いてもらおうとお父さんを窘める。
「でもな愛美――」
「――でもじゃなくて、先生の話をじっくりと聞くためにリビングに上がってもらったんじゃないの?」
 それでも私を第一に考えてくれるお父さん。でもこのままだと穂高先生が何も喋れなくなってしまうからと、何か言いかけたお父さんをもう一度窘める。
「先生。話して下さい。先生が話してくれるんですよね」
「……学校側が把握できてなかったクラスメイトのアザのもう一つの原因、根本を知っていた岡本さんが、今日の放課後に直接話をしに行って、岡本さんがサッカー部男子二名から暴力を受けました。その時に男子生徒から制服を含む衣類を破り取られています。そして殴られた状態があまりにもひどかった為、該当生徒三名に病院で診察を受けてもらった後に、岡本さんの状況の説明にお伺いさせて頂きました。この度は大切な娘さんにお怪我をさせてしまい大変申し訳ありませんでした」
 そう言って穂高先生が再度お父さんに深く頭を下げるけれど、お父さんは額に手を当てながら大きく息を吐いて、
「服を破り取られてって、それはイジメじゃなくて犯罪じゃないのか? それを説明とか、申し訳ございませんとか……俺たちがどれだけ愛美を大切にして来たのか、分かって軽々しく説明とか言ってるのかっ!」
 お父さんが椅子から立ち上がって激昂する。
「それにアザがあるかどうか知らないが、もう一人のそのクラスメイトのせいで、愛美が犯罪に巻き込まれたんじゃないのか? そのもう一人の生徒もどうしたんだ!」
「もう一人の生徒も本当にひどい状態で、とてもこちらにお邪魔出来る状態ではありませんで……」
「酷い状態って……愛美が受けた犯罪は軽いとでも言うのか!」
 お父さんも激昂しているからか、受け取り方が極端になり過ぎている。
「お父さん少し落ち着いて。もう一人の女生徒って蒼ちゃん、蒼依の事なんだよ。しかも蒼依の状態は本当に酷いの。私は今日一日だけの暴力で全治3週間。でも蒼ちゃんの場合は私も含めて本当に長期間気付けなかったの。その間に繰り返し受け続けた暴力で、全治三か月……その上、生活にも一部制限もかかってるし、治るまでに今年一杯はかかる本当に大変な事になっているの」
「蒼依って……あの時々手作りのお菓子を持って来てくれる礼儀正しい子の事じゃないのか?」
 ご承知の通り、蒼ちゃんとは中学以来からの付き合いだから、当時から両親も蒼ちゃんの事は良く知っている。
 だから名前一つで色々繋がったんだと思う。お父さんが肘をついた両手で顔を覆った後、再びテーブル席から立ち上がる。
「えっとお父さん。どこに行くの?」
「今からお母さんにも帰って来てもらう。そして今の説明を母さんにもしてもらう」
 そんな事をしたら、この先生の帰りがものすごく遅くなるんじゃないのか。
「お父さ――」
『知恵か? 悪い、突然電話して。ちょっと愛美の事で俺もどうして良いのか分からないから、知恵の話も聞きたい。だから悪いけど今すぐ帰って来てくれ』
 私が何かを言う前に、お母さんに電話し始めるお父さん。
『いやそっちじゃない。それは何も気にしなくて良い』
 そっちじゃないって、私に関する事で他に何か不安でもあったりするのかな。
『ああ。今学校の先生もお見えになってるんだが、その先生の話によると、愛美が今日学校で男子2人から暴力を受けて顔が酷い事になってる。しかもその際に、愛美の服にも手をかけたらしい』
 お母さんだけ秘密にするとか出来る訳は無かったけれど、少しずつ実感として話が大きくなってしまっているのが分かる。
 お母さんであろう電話口で、さっきの話の概要だけを説明して行くお父さん。
 一方穂高先生は一人項垂れている。大人たちの姿や態度から、もちろん他の誰よりも大切な蒼ちゃんの事、後悔は絶対ないのだけれど、改めて自分の軽はずみな行動に対して気持ちがしんどくなる。
『それは多分大丈夫だ。ただその事も含めて、知恵に帰って来てもらって、俺では分からない愛美を見てやって欲しい。それから今後の事も少し話したい』
『ああ。近くまで来たら駅まで迎えに出る』
 そして今週は結局両親共に家に帰って来てもらう事に。
「……ただいま。わりぃ。色々あって遅く……ねーちゃん、その顔……」
 その上、慶もそこそこの時間になってやっと姿を見せる。
「慶久。今日はまた遅かったんだな。お父さん、今はお姉ちゃんの学校の先生と話をしてるから、少し自分の部屋へ行っててくれるか?」
「……オヤジまで俺をのけ者にすんのかよ」
 ただいつもの慶の様子と何か違う気がする。
「そんな事ないぞ。お母さんも何も聞いてないって言うか、話を聞くために今から緊急で帰って来るし、お父さんも今聞いたばかりでまだ整理出来てないんだ。だから後で一からちゃんと説明してやる。それにお父さんから慶に言っておきたい事もあるからな。だから少しだけ辛抱してくれ。出来るか?」
 先生相手とは全く違う、優しい声音で話しかけながら、慶の頭をポンポンと撫でる。
「スマンな。慶にとってもきつい話になりそうだが、ちゃんと家族みんなで考えような」
「分かった。じゃあ後で絶対話してくれよ!」
「もちろんだ。それと慶久。学校でやみくもに暴力は振るってないだろうな」
「してねーよ」
 お父さんの確認に対して、私の方を心配そうに見やりながら返事をする慶。
「慶。お姉ちゃん、今日こんなだからご飯作れないと思う。今日はお母さんも帰って来てくれるから、それまでは冷蔵庫の中の物で我慢してくれる?」
「俺の事は良いから、自分の事をもっと気にしろよ」
 その慶に空腹はキツイだろうからと声を掛けるけれど、懐いているお父さんだったからなのか、幾分慶の元気が出たようにも見える。
「それから愛美も。お母さんにその格好を見せたら余計な心配をかけるから、一度自分の部屋で着替えて来なさい」
 そう言われて慶同様、私もリビングを出る形となる。

 今まで気付かなかったのだけれど、着替えた際に、二年の男子に乱暴された時の赤みが胸部に出来ていたのを見つけてしまって、更にショックを受けながら改めて下へと降りると、慶は自分の部屋にいるのかリビングには元通り。穂高先生とお父さんだけだった。
「愛美。今この先生から聞いたんだが、二年でも暴力事件があったのは本当なのか?」
 私が着替えている間に、先生がその背景と言うのか、初学期の話にまで遡っていたみたいだった。
「うん。本当の話。でもそっちの事件はもう完全に解決はしたんだけれど、その時もサッカー部だった」
 本来なら言わなくても良かった事なのかもしれないけれど、話に出てしまった以上、中途半端にしてしまうと返って後がややこしくなるだけだと話してしまう。
「それとさっきも聞きましたが、どうして何の落ち度もないはずの愛美や愛美の友達が学校を休まないといけないんだ! 停学なり退学なり処分されるのは向こうの方じゃないのか! お宅に大切にしてる娘を傷つけられた親の気持ちが分かるのかっ!」
 お父さんの声に震えが混じり始める。
「愛美はな、本当に優しくて、気立てが良くて、どこに出しても恥ずかしくない子なんだ」
 初めてお父さんの目に光るものが浮かぶ。
「勉強だって俺たちよりよっぽど真面目に取り組むし、俺たちに文句ひとつ言わずに家の事だってしてくれる。友達とも遊びたいのも我慢して、慶久――弟の面倒も見てくれてる。そんな俺たちにとって大切な愛美を傷つけられたこの痛みが分かるのかっ」
 それ以来お父さんが両手で顔を覆って再び黙ってしまう……時折肩を震わせながら。
「すまん愛美。お父さんも気持ちの整理をしたいからちょっと慶久の所に行って来るけど良いか? もちろん慶久には後で説明するって言ってあるから、愛美がここにいて欲しいって言うならここにいるぞ」
 心持ち声を張っているお父さんが今どう言う気持ちなのか、子供がいるわけの無い私にはやっぱり想像の域を出なくて。
 でもこのままの状態が続けば、お父さんはずっとこの穂高先生を責め続けるのは目に見えていたから、一度慶の所に行ってもらう事にする。
 それに慶の元気が無かった事も気にはなる。私だけが家族でない以上、やっぱり慶の事もちゃんと気にかけて欲しい気持ちと合わせてむしろ私からお父さんにお願いと言う形をとる事にする。
 あんな慶を見るくらいなら、いつもの口が悪い慶の方がよっぽどマシだと思いながら。


 私の返事に、私の顔を気にしながら一度慶の部屋へと足を運ぶお父さんを見送って、再び私と穂高先生だけになったリビング。
「岡本さん。本当に家の事一人でしてたのね」
 ぽつりと穂高先生が零す。
「週末はお母さんかお父さんが帰って来るから、ずっと一人って訳じゃ無いですよ」
「それでもこれだけ台所のスッキリ整理整頓まで出来てるんだから、十分だと思うわよ」
 先生の瞳が弱々しく私をとらえる。
「これを目の当たりにすると、私もやっぱり年だけ取ってしまった子供ね」
 その中で目を真っ赤にした先生が項垂れる。
「……岡本さんの事。ガキだなんて言ってしまってごめんなさい」
「別に良いですよ。私もこうなるまで、両親の気持ちを全く考えなかったんですから」
 実際車内で聞かされた先生の話に納得したのも私の方なのだから。
「違うのよ。先生、今は実家暮らしだから家の事は全部親にやってもらってるのよ。私はただ家に帰ったらご飯食べて寝るだけ。強いて言うなら養護教諭としての資料を作ったりとかそう言う事をしてるくらいね。だから自分の育ててる子供の事を言われた時、本当に何も答えられなかった……」
 それに比べて私は今年受験にもかかわらず、家事も熟してるとだけ言って再び項垂れてしまう先生。
 一方慶の方はどうしているのか、一度だけ大きな音がしたかと思ったらそれっきり物音一つもしなくなってしまっている。
「そう言えば先生。かなり遅い時間ですけれど大丈夫ですか?」
 朝の早い御家庭だと、そろそろ寝入る時間に差し掛かった(とき)、一応先生に聞くも、
「私の事は良いから、病院で処方してもらった飲み薬とか、外用薬、シップとか替えるなくても大丈夫?」
 私を優先する先生。仕方なくではあるけれど先生の事についてはこれ以上触れるのは諦めて、一通りの薬を服用する。

 それからしばらくして、固定電話を鳴らすのに失礼になりそうな時間になってお母さんからだろう呼び出し音が鳴る。
 その電話の後、慶をお風呂に入れて、お父さんは私に一声かけて、お母さんを迎えに出て行ってしまう。

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