第146話 大人の責任・子供の権利  Bパート

文字数 7,409文字


 二人きりで無言の車内。どうしても今日の事に後悔は無いけれど、お父さんの事を考えると申し訳ないと言うか、何とも言えない気持ちになってしまう。そう言えば前に頬を腫らせた時には朱先輩にもたくさん心配をかけてしまった。
 この分だと明日の活動はどう考えても参加できないし、あの私に懐いてくれている男子児童の事も気になってしまう。
 そう考えたらまたひとつ気がかりが増えてしまった。そう考えると私一人ではやっぱり何も出来ない、責任を取る事が出来ないんだなって実感してしまう。
「……どうせ岡本さんは私の話なんて聞いてくれないだろうから、これは私の独り言ね――あーあ。岡本さんには言いたい事とか文句とか一杯あったのに、私たち学校側がほとんど把握できてなかっら事にまで目を向けてくれてたから全部明るみに出せたのよね。だから文句も言いたい事も一杯あるのに先に感謝しないといけないなんてホント岡本さんにどんな嫌味を言われるのかしらね。その辺りも本当に嫌になるくらい統括会役員の鏡よね。その上で周りの友達の事にまで一生懸命になって、深い心で思いやって……その上、いつの間にかあの空木さんとも仲良く打ち解けて、園芸部の方まで何とかしちゃうんだから。本当に、こっちが教師だっていう自信が無くなっちゃうわねー」
 どこが独り言なんだか。しっかり私宛ての名前も入っているし、自分だって言う主語も入ってるんだっての。
「それに、それだけ顔を腫らせてせっかくの可愛さも台無しよね。彼氏も残念だろうし心配も目一杯してるんでしょうね。あーあ。ここでの学生生活もあと少しなのにもったいない」
 その上、私が気にしている事を的確に突いて来る穂高先生……まあ、可愛いって言うのは主観だから余計だとは思うけれど。
 でもさっきまで考えていたお父さんの事とか朱先輩の事。それにあの男子児童。それだけでも十分に気が滅入っていたのに、そこに優希君。ある程度は優珠希ちゃんから聞いて把握はするんだろうけれど、やっぱり会うのは当分先になりそうだ。
 本当に……可能ならば今日一日だけをやり直ししたい。
 私が深いため息をついたのを聞き咎めたのか、今度は独り言じゃなくて私自身に話しかけて来る。
「……前の鼎談の時に出した質問覚えてる? “どうして私が岡本さんに知ってる事、全てを教えなかった”のか」
「それはさっき優珠希ちゃんが言っていた通り、“私たち子どもを危ない目に遭わせないため”ですよね」
 言われて悔しかったけれど、今の自分の状態とこれから先の事を想えば、どうしても納得せざるを得なかった。
「それでも半分正解で、半分は不正解なのよ。本当に岡本さんにしても空木さんにしても、驚くほどよく考えてるのが分かるから、私なんていつも驚かされてばかりよ。本当に貴方たちには私たち教師なんて要らないんじゃないかって思う事もあるくらいよ。でもね、岡本さんにしても空木さんにしても、やっぱりまだまだ子供なのよ。それは単なる子供って言う意味じゃなくて、私たちに比べたら圧倒的に経験が少ないのよ。その上、行動範囲や世界もまだまだ少ないし小さい。精々が学校と塾、それに予備校や部活動を通じた他校との繋がり、生徒もかな」
 何かそれだけ聞いてそれだけたくさんあっても少ないとか小さいとか、じゃあ大人ってどのくらいの経験を積めば胸を張る事が出来るのだろう。
「私、家と学校と統括会くらいしか行動範囲も所属している集団もありません。そうしたらあの戸塚っていう人の方が部活やって他校の人とも繋がりがあって、将来も決まっている分、大人だって事ですか?」
 もし私の考えた通りだったとしたら、私よりあんな男子の方が大人だって事になってしまう。そう考えたらまた悔しくて目に涙が溜まり始める。
「そんな訳ないじゃない。私たちからしたらみんな同じなのよって言うか、岡本さんの方が大人だと思うわよ」
 だけれど先生が苦笑い一つでその全てを吹き飛ばしてくれる。
「あのね岡本さんにしても空木さんにしても、特にあのサッカー部の男子にしてもそうだけど、今挙げた集団、コミュニティは全部年齢が近いか、下手をしたらみんな同学年でしょ? つまり個性と言う考え方としてその思考は違ったとしても、みんな考え方は似てるのよ。だから何人集まっても色々な考え方を持ってはいても、その先にある《視点の違い》までは中々到達できないのよ。私も学生時代にそう言う事を教えてもらったのだけど、同じような人間ばかりが集まってもどうにもならない例えに“白紙のノートは何冊集めても白紙のままだ”って言うらしいのよ。これはテスト対策をする際に、分からない人間が何人集まっても分からないままな事には変わりないって言う所から来てるらしいわよ」
 先生の言う事の筋も通るけれど、そうすると今度は実祝さんのお姉さんの言う言葉との矛盾が出てしまう気がする。
「それだったら学生時代の友達は意味ないって事ですか?」
 だとしたらあまりにも寂しすぎる。今の私たちって何なんだろう。そう思っていたら先生が更に苦笑いを深くして、
「そんな訳ないじゃない。今の友達はこれからも大切にしなさい。その友達は、それぞれ進学ないしは就職したら、新しく別の場所で経験も積めるだろうし、社会人になったら色々な人と会って喋るじゃない。それは言い換えると、今はまだ白紙でしかない貴方たちのノートには、これからどんどん書き込むことが出来るじゃない。そのノートを、時々にでも、何年か後にでも仲の良い友達と見せ合いっこするのは楽しいわよ。しかも仲の良い友達と頻繁に会って見せ合いっこ……つまり近況の話なんかをしてたら、助言も貰えるし見せ合ったノートにもし間違いがあったらすぐに教えてもらえるし、指摘もしてもらえる。つまり相談に乗ってもらえるし欲しい時には応援、勇気も貰える。だから友達は多いに越したことはないけど……それだけが全ての答えじゃないわよ。まぁ、今の話には関係ないから割愛するけどね」
 本当に。初めて先生と思える事を口にしてくれる穂高先生。
 だけれど、それだとまだ質問の回答にはなっていない。
「でもそれだと、結局私たち同年代と同じ集団との関わりに変わりないじゃないですか」
 そう。結局は場所が変わったとしても年齢区分は同じになってしまうんじゃないのか。
「そんな事は無いわよ。もう一回、今度は強弱をつけて言うわね。“今のコミュニティ・集団はほぼ全員が

なの。そしてこの先進学でも、社会人になるにしても、全員が

”なんて事、あると思う?」
 もう一回言ってもらって理解した瞬間、私の体全体に鳥肌が立つ。
「ちなみに岡本さんが無事進学を果たした先の四年制の学校で、みんながみんな現役なわけがない。1年~2年。学校によっては下手をしたらそれ以上、更には予備校に通ってから入学してくる学生もいる。もしその人が今4回生だとしたら年齢は6歳も違うのよ。しかも“院”まで考えると……もうその先までは言わなくても分かるわよね。それにただ単に年齢だけだと、そう変わりは無いのかもしれないけど、その年々で国の教育方針も変わる。この学校は進学校だからそれ程ではないけど、少し前までは“ゆとり教育”と言われるくらいには教科書も薄かったし学力もそれなりだった……もちろんそれに合わせて塾や予備校に通ってた人も多かったからそれが全てじゃなかったけど。その前は“詰め込み教育”と呼ばれ、受験戦争とまで呼ばれてた。そのもうひとつ前には月曜から土曜までが学校で日曜日だけが休みだった。休みは週に一回しかなかったのよ」
 その上、先生の補足部分の説明に関しては考えた事も無かったし、知らなかった事だ。しかも土曜日まで学校だったなら、私は朱先輩とも出会えていなかったし、出会ってから三年半、こうやって町美化活動に参加する事も無かった。
 そしてこの活動のもう一つの意義を偶然にも見つけてしまう。そう。同年代は私一人しかいないのだ。後は朱先輩だけれど、どう考えても学府は違うし、朱先輩からは信じられないくらい色々な事を教えてもらって学ばせてもらっている。
 それに後の参加者たちも、あの怖い年上の男の人もいるけれど、大方は社会人やどこかのオバサンだったり、年上の(かた)が多いのだ。それほどまでに年齢がバラバラだって言う事を、以前意識した事がある気がする。
「だから色々な考え方と年齢層、その二つが揃って初めて違う視点で物を見ることが出来るようになるのよ」
 私が考えている間にとてもきれいに答えをまとめてしまう。
「だから子供の間の今くらいは大人を頼れば良いのよ。その上できちんと正解を述べるとしたら『知ってしまえば、そこに責任が出来る。だから子供の間は大人に甘たら良いし、任せてしまえばいいのよ』もちろん岡本さんが想う親友への気持ちは大切なものだし、その事については誰も邪魔はしないし、否定もしない。だけど、岡本さんよりも大人で経験もたくさん持ってるお父さんとお母さんはどう? 大切に育てている岡本さん自身が傷ついて、今さっきタメ息ついてたみたいにして、自分の責任だって、自分の力不足だって、お父さんお母さんに悪いなって、自分を責めるのを見てご両親は喜ぶ? 今の岡本さんの顔を見てこの学校に預けていて大丈夫だって本当に信じてくれると思う? 信用、信頼「関係」は築けると思う? 岡本さんだって中々私の事を信用してくれないんだから、その辺りの事はよく分かるんじゃないかしら。それだけでも大変なのに、今回みたいに岡本さん自身の体に傷が付いて、女として深いトラウマも付きかねないような状況だった事を、私たちは岡本さんの御両親になんて説明したら良い? これが保身からの言葉じゃない事くらいはさすがに分かって貰えるわよね。確かに私立だからお金はかかるし、生活指導の先生はお金の話も少し口にしてたけど、やっぱり人との信頼「関係」はお金だけじゃないのよ。岡本さんならこんな事今更だろうし、これ以上お金の話はしないけど」
 私が内心で懸念していた事と言うか、思っていた事を次々と順に言い()いて行く穂高先生。
「それと、岡本さんが優秀なのは認める。それはあの教頭先生ですらも手放しで認めてる。けれど、さっきの理由でまだまだ子供なの。さっきも言った通り子供の間は大人に甘えればいいの。そうやって自分が本当に大人になった時に、同じようにして子供を守ってあげたら良いのよ」
 本当に、本当に、朱先輩の言う通り、この先生の事をちゃんと信用すれば良かったのかもしれない。そうしたら今日こんな事にはなっていなかったのかもしれない。こうならないとこの先生を信用する気にならなかったとは言え、本当に皮肉さを感じる。
 それと同時に、いかに自分が子供だったのかがよく分かった。本当に私自身の周りの事ですらまだまだ知らない事ばかりだ。
「先生……私、人の笑顔を守れるような、泣いている人・子供たちを笑顔に出来るような職業に就きたいなって考えているんです」
 先生が言ってくれた、子供を守ってあげたら良いって言ってくれた言葉に感化されただけかもしれない。それでも先生が私相手に初めて向き合ってくれたのだからと、私自身の中にそれに応えたくなった気持ちがあったから、喋ったのだと思う。
 実際この言葉を口にしたのは、朱先輩、両親に続いて三人目だ。
「そう……本当に良い夢……ううん。目標を持っているのね」
 私の突然の告白に驚いていた先生が、穏やかに私の話を聞いてくれる。
「だったら尚の事、あの子たちには私たちから大人として、相応の罰を与えるわ。その責任もまた罰を与える大人が持つものなのよ。特に今日のサッカー部の二人はいくら少年法があるからと言っても、下手をしなくても刑事責任は問われると思うわよ。それに刑事責任って事は実刑判決も出るだろうし、もちろん実名報道だけはまだできないだろうけれど。それでも少年院ないしは家庭裁判所送りにはなるだろうから、前科はもちろんの事、あの男子の将来も大きく変わるわよ。でもこれはこうなるまで、岡本さんが文字通り体を張ってまで親友を守って、教えてくれるまで気付けなかった大人が責任を取る事。だから岡本さんには、これから先の、もう決して夢物語じゃない目標に向かってまずは、その顔を体を治してから残りの学生生活、この学校で宝物を見つけて欲しいわね」  【少年法及び改正少年法:近況参照】
 そう言えば本当に今更ではあるけれど、穂高先生からの前回の聞き取りの時にも、私に気に病む事も責任を感じる事もないって言ってくれていたけれど、あの時もそう言う事だったのかもしれない。 (100話)

「そう言えば、岡本さんのご両親はいつ頃お帰りになるの?」
「多分もうすぐ帰って来ると思いますが、今週はお父さんが帰って来てくれるはずです」
 そして一通り私に大人と子供の話を終えた先生の口調が変わる。
「今週はって、いつもご両親がいる訳じゃ無いの?」
 案の定驚いた先生に、週中(しゅうなか)は両親共に仕事が忙しくてなかなか帰って来れないけれど、逆に週末はどれだけ忙しかったとしても、粗野な弟と二人きりにはさせておけないと言う事で、お父さんかお母さん。もしくは両親共に帰って来てくれる旨の話と、それに合わせて二つ年下のとても口の悪い反抗期真っ盛りの弟がいる事を話すとさらに驚かれる。
「じゃあいつも家の事……お弁当かは?」
「大体私がやっています」
 もはやお約束の問答。慶がしないのだから私がやるしかないし、大体慶に家の事をされても私が困るのだ。
 だから、私としては普通の話をしただけなのに、先生の顔色が悪くなってそのまま車を止めてしまう。
「ごめんなさい……少し気持ちを落ち着けて良いかしら」
「別にかまいませんが、体調が良くないのなら――」
 看護師相手に聞くのもどうかと思ったのだけれど、体調の急変だと思って声を掛けたら
「……あの更衣室の時からずっと離さず手にしてるそのブラウスって、岡本さんより年上の人からもらったものだったりするの?」
 時折気にし続けていたブラウスに関する質問をここでされる。
 さっきまでの会話で、少しは穂高先生の事を理解できた気はするけれど、前から言っている通り、蒼ちゃんと朱先輩だけは本当に特別だから、何となくの予感はあるけれど、おいそれと答える訳にはいかない。
「それは今の話と関係があるんですか?」
 だからその質問に対しては拒否の意を示すと、
『――船倉さん? 私、穂高だけど今、少し時間は大丈夫かしら』
 何と私の目の前で朱先輩に電話をし始める。
『えぇ……どうしても知らせておきたいと言うか、知らせておかないといけない事が出来てしまって……』
 穂高先生には私の手にしているブラウスが、やっぱり朱先輩からの物だと分かっているからなのか、私の手に視線を置いたまま通話を続ける。
『そうね。学校での事ね』
『ごめんなさい。船倉さん。私、船倉さんも岡本さんも傷付つけるつもりは無かったの! 船倉さんの事を忘れた訳じゃ無かったの!』
 朱先輩が何を言ったのか分からないけれど、、穂高先生の感情が揺れている事だけは分かる。
『私が何かをした訳じゃ無い! この言い方だと語弊があるわね……私が何もしなかったから……出来なかったから――』
 その上、言葉を途中で止める穂高先生。
『……岡本さんが、破り脱がされたブラウスを肌身離さずずっと手から離さなくて……ひょっとしたら――』
『それはサッカー部の男子で、一人は――』
『それは大丈夫。叫び声を上げてくれた女生徒のおかげで間一髪最悪の事態にまでは至ってないわ。ただ、船倉さんが岡本さんの事をとても大切にしてたのは知ってたから、今もずっと離さず手にしてる船倉さんのブラウスの事と合わせて――』
 朱先輩のブラウスの話をしてしまったって事は、朱先輩も悲しんでしまうんじゃないかな……そう思うと、本当に私自身軽はずみな事をしてしまったんだなって正に“後悔先に立たず”を体現してしまう。
『え、えぇ……今、私の隣であなたのブラウスを握ってるわ』
 ……辛い。本当は自分で言わないといけなかった事なのに、違う形で朱先輩が知る事になって……私の事、なんて思うのかな。
 朱先輩を一体何のやり取りをしているのかは分からないけれど、ハッとして涙を浮かべた私の顔を見たかと思ったら、
『そんな事言ったって、岡本さんの事を大切にしてる船倉さんにも今日の事――』
『え?! ちょ、ちょっと船倉さんっ!!』

 しばらく電話口で黙り込んでいたかと思ったら、突然電話口で叫び出してそのまま通話の終わったっぽい電話の画面を凝視する先生。
 その先生の顔を見ていると、最後の会話から想像してもとてもじゃないけれど気持ちが落ち着いたようにも見えないし、むしろ電話前よりも調子自体悪くなったようにも見える。
 でも私の方もそれどころじゃない。本来なら私が自分で言わなければいけなかった朱先輩から貰ったブラウスの事を言ってしまった。
 大切な話を、大切な人の話を、他人から聞かされる辛さを私は優希君と雪野さんの口づけの事件の時に、身を持って理解していたはずなのに……
「……ごめんなさい岡本さん。信じてもらえるかどうかは分からないけど、岡本さんをどうこうする気は無かったの。ただ岡本さんの……違うわね。今から私が岡本さんのご両親とお話をさせてもらうのに、どうしても勇気が欲しかったから」
 さっきからの先生の話で、私たち子どもにはまだまだ分からない事があったのだろう事だけは分かった。
「それじゃあ、あまり時間が遅くなっても迷惑になるだろうし、そろそろ行きましょうか」
 結局先生は気持ちを落ち着けないまま、私は朱先輩の気持ちを抱えたまま、穂高先生と共に家に帰る。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――お父さんが帰って来る週末の金曜日。そして文字通りお父さんが娘の顔を見て目を剥く。

当然娘のそんな表情・姿を見て冷静でいられる訳もなく……
大きく取り乱し、それを養護教諭に当たるお父さん。
更にお母さんを呼び戻すお父さん。

  「……じゃあ、本当に女としての最後の尊厳までは大丈夫だったのね」


            147話 親の想い・父の想い
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