第145話 少年と成人の狭間  Aパート

文字数 9,993文字


 優珠希ちゃんの耳をつんざく程の、よく通る叫び声の後、その叫び声があまりにも大きかったためか、さっきまで泡を吹いて倒れていたはずの雪野さんの友達が身じろぎをする。
 本当なら優珠希ちゃんの耳をつんざく程の声量と透き通るような声に対して、感想とか、何でも良いから気持ちを紛らわせて、根付いてしまった恐怖心を取り除きたかったのにそれすら叶わない。
 私の体が嫌悪感と恐怖心、女として絶対の弱さを刻み込まれてしまったからなのか、過敏に反応してしまう。しかもその瞬間を優珠希ちゃんに見られた気がする。
 その証拠に再び禍々しい程の雰囲気を垂れ流しながら、雪野さんの友達の方へ向けるためか、女の子座りから立ち上がろうとした時、
「ってーな! おい! クソメス! お前! 犯して殺してや――」
「――な?! 何が起こって……っ! ちょっと岡本さん?! それに防さんまで?!」
「な……何ですかこれは! 何が起こったんですかっ」
 優珠希ちゃんの悲鳴を聞いたのか、昨日以上に頬を腫らせた腹黒と教頭が、部活棟内更衣室の惨状と、私たちのあられもなくなってしまった姿、私たちの腫れ上がってしまった表情を見て絶句する。
「ちょっと教頭先生! いくら教頭先生でも女生徒の今の姿を見るのは感心しません! 私がここで見ていますから何でも良いので、目隠しとなる物、着るもの、タオルなどを持てるだけ持って来て下さい!」
「……しかし、そこの生徒の体にある――」
 教頭先生の言葉に、体をびくつかせる蒼ちゃんと私。
「教頭先生。

私の指示に従って下さい! 良いですね!」
 私たちの反応を認めた腹黒が、男の先生である教頭先生相手に厳しく指示をして部活棟更衣室から一度退室させてしまう。
 と、同時に腹黒がためらいなくブラウスを脱いで、優珠希ちゃんに滅多打ちにされて転がっている戸塚や、起き上がった雪野さんの友達には全くかまう事なく私に手渡す。
「言いたい事も、聞きたい事も、文句も言い切れないくらいたくさんあるけど、まずはそこに男子がいるのと、人も集まって来るだろうから、少しでも隠しなさい。それと防さんも早く制服を着て」
 私もこの腹黒には、言いたい事も聞きたい事もあったのだけれど、このままだとどうしても恐怖心が無くならない。
 それに例え教頭先生相手であったとしても、優希君以外に見せるのも見られるのも嫌だと自覚してしまっていた私は、起き上がってしまった雪野さんの友達の嫌悪感を感じる視線から隠れるように、背中を向けて腹黒を障害物として、久しぶりと感じる一枚を羽織らせてもらう。
 一方蒼ちゃんも昨日は太ももに感じなかった腹黒の視線を受けながら、ノロノロと身支度を始める……無論腹黒が起き上がった男子生徒の衝立代わりになりながら。もちろんその間に、優珠希ちゃんにも男子生徒の目から隠すように言う事も忘れない。
「それから空木さんも。その下着、軽々しく人様に見せるものじゃないでしょ。身に着けておきなさい」
「はぁ? 先生正気でゆってるの? どこの世界にこんな性犯罪者に

下着を身に付けるはしたない女がいるのよ。わたしに先生みたいなハレンチな事なんて出来るわけないでしょ。先生みたいな貞操感も女としての品位もない人と一緒にしないでちょうだい」
「無理矢理って……」
 先生は気を使って言ってくれただけだろう一言に、これでもかと言うくらいふてぶてしく受け答えする優珠希ちゃん。
 でも優珠希ちゃんの言う通り、私だって戸塚に無理やり脱がされた下着を身に着ける事なんて出来るわけが無いし、そもそも身に着けようって言うか、もう触れる気にすらもなれない。と言うか見る度に今日の事を思い出してしまうであろう私には、捨てる以外の選択肢がない。
「おいセンコー。そこのクソメスに殴られた俺の事は無視かよ」
 色々な姿を見損なったからか、それとも本当に自分の事を放っておかれたからなのか、はたまた優珠希ちゃんに何かをされて伸びていて状況が変わった事に気が付いていないからなのか、腹黒相手に卑しい視線を向けながら凄む雪野さんの友達。
「無視って……貴方が殴られるような事をしたからよね。貴方、自分のした事分かってる?」
「はぁ? 先生。今の自分のカッコ見てから言ってもらえます? それだけ誘っといてよく被害者面出来ますね」
 私にブラウスを貸してしまったが為に、肌着姿になってしまった先生に対しても、その姿勢と言うか言動を変えない雪野さんの友達。雪野さんの友達も、女の子に対して、性の対象でしか見ていない事の片鱗を窺う。
「それと、俺もそこの貧乳に殴られてるんですけど? 後、そっちのクソメスに気を失わされてたんですけど、そこんとこ先生としてはどうなんです?」
 その合間合間に私にも視線を感じるけれど、私の方にはとてもじゃないけれどこの男子に視線を合わせる勇気なんてない。
 本当ならその優珠希ちゃんに対するあんまりにもの言い方に、文句も言いたかったのだけれど、さっきの今で声を上げられない。
 だけれど、さすがに私よりも更に気の強い優珠希ちゃん。あの園芸部の御国さんに対する暴力や嫌がらせをしていた事を覚えていた優珠希ちゃんが、その全てを繋ぎ合わせてしまう。
「おい人の事をクソメスとかゆってるそこの性犯罪者。何勝手な事ばっかりゆってるのよ。性犯罪者がわたし達園芸部にし続けてた事はしっかり覚えてるわよ」
「お前か?! 初学期の時に俺を停学に追い込みやがったのはっ! このイケ好かねえ貧乳の先輩じゃねえのか?」
 腹黒がいる事も、この腹黒がどのくらい黒いのかも理解しないままペラペラと決定的な事を喋り続ける雪野さんの友達。
 三度お互いが一触即発になった時、更衣室外にさっきの優珠希ちゃんの声によって野次馬が集まって来ていたのだろう。
 教頭先生の声がしたかと思いきや、小さく空いたドアの隙間から教頭先生と生活指導の先生が滑り込んで来る。

 さすがに腹黒がいるからと言っても、上にたった一枚羽織っただけの姿を見られる事に抵抗を覚えた私は、腹黒や蒼ちゃんを通して受け取った衣類に、今度は腹黒と蒼ちゃんの二人に衝立になってもらって、再びみんなに背を向けて最低限とまではいかない身支度を整える……のもまた優珠希ちゃんに見られていた。なんか満足そうな表情で。
「おい貴様! これはお前らの仕業で良いんだな」
 どう言って良いのか分からないけれど、良くも悪くも全く私たちの事を気にしないで雪野さんの友達に詰め寄る生活指導の先生。
「ハァ? 何でケガしてる俺に言うんだ――」
「――馬鹿モンがっ! 元来女に手を上げるのは何ひとつうだつの上がらん男の弱いもんイジメと相場が決まっとるだろうが!」
「おいセンコー! ふざけんじゃねぇぞ! 誰に向かってうだつが上がらないって言ってんだ? 二年でサッカー部のレギュラー取った――」
「――男のくせに言い訳するな! 大体貴様! 初学期の時に一度停学処分になった事を忘れたとは言わさんぞ! 確かあの時も、女子供に対する乱暴だっただろか! こんな立て続けに二度も同じことをするとは貴様。この後の指導がどうなるか分かってるんだろうな」
 何だろう。この“男はこうだ”とか“女はこうだ”と決めつけるこの感じ。それにあまりにも生活指導の考え方に対して、時代錯誤の考え方も甚だしく、とても共感できる考え方じゃないはずなのに、適度に私たちの事を把握した上での筋の通る指摘。
「先生。今はそのくらいにして続きは生徒指導室へ。それから穂高先生も、もう一枚上を羽織って下さい。曲がりなりにもここは学校内です」
 しかもあの教頭先生も、生活指導の剣幕をそっとなだめるだけで、何一つ異論をはさむことなく話を進めようと一同場所を移すことに。
「それは良いけど、この歩く性犯罪者はどうするのよ」
「それは俺が担いでいくが……それは、どうにかならんのか」
 すると今までの勢いはどこへ行ったのか、生活指導の先生が少しだけ顔を赤くして戸塚の周りにあった――ああ、私と優珠希ちゃんの衣類を指さす。
 当然私には女の先生がいるとは言え、男の人の前で自分の衣類に手を伸ばす勇気なんてない。
 ただ、今日着て来た朱先輩のブラウスだけは手から離さずに、自分の下着類は諦める。
「私が拾いますから、少し他所を向いていて下さい」
 と同時に、私の目に今更ながらに涙が浮かぶ。
 せっかく学生生活が終わったとしても、私と付き合いを続けたい、交流を続けたいと願ってくれた、私に言ってくれた朱先輩。
 その証となるブラウスがこんなにも引き裂かれてしまった事に対して悲しくて。申し訳なくて。
「愛ちゃんありがとう。もう大丈夫だから。そのブラウスがとっても大切なら私が縫い直すよ」
 私が朱先輩に対して申し訳なく涙を浮かべていると、蒼ちゃんが再び私を抱きしめてくれる。抑えきれない恐怖心を表すかのように、小刻みに体を震わせながら。
「ありがとう。でもごめんね。このブラウスだけは替えも効かないし、くれた人に聞いてからでないと何とも言えないの。ホントにごめんね」
 だけれど、あんなの怖くて当たり前だし、私も全く恐怖心が抜けていないのだから、意味の無い指摘はしない。
 私の涙声に聞く耳を持たないで穂高先生が私たちの衣類を拾い上げて、生活指導の先生が改めて担ぎ上げる前に、
「お前らっ! 何を野次馬根性を出してる! お前らが根性を出すのは部活の練習と大会だろ! それとも俺と一緒に生徒指導室で根性を鍛え上げるか?」
 扉の外にいたであろう生徒たちを蹴散らしてくれる先生。 
 時間が経てば経つほど顔が腫れて行くのが知覚出来る。それ程にまで顔全体が熱を持ち、喋り辛くなっている。この顔で人前に立つのは避けたかった私からしたら、今日の生活指導の先生は頼りになる先生に映る。
 その先生の一喝で外にいた生徒が散り散りになったのを確認してから、戸塚は生活指導の先生が担ぎ上げ、雪野さんの友達には腹黒が付き添う中、最後尾に教頭先生が付き歩き、その真ん中に私たちが挟まれる形で一度保健室へと向かう。


 一行保健室へ着いた私たちは、まず蹴られ殴られた顔と体の手当てを受ける……けれど、指導看護師と言う肩書なだけあってその手際は驚く程だった。
 一方戸塚と雪野さんの友達の方には教頭先生と生活指導の先生が付いて、まずはパーティションに区切ったベッドの上で話を始めるみたいだ。
 こうしてそこそこの広さを持つ保健室内、女子四人、男子四人での話が始まる――とは言っても、どっちもそれどころの状態でもないけれど。
 ただ、時折パーティションの中から響く怒声に身を竦ませる中、腹黒の目に涙が浮かぶのを初めて目にする。

「どうして? どうして今日一日だけで良いから家で大人しくしててくれなかったの?」
 私の頬の手当てを済ませた先生が、一番初めに私にかけた言葉はやっぱりだった。
「今日一日って……今日一日大人しくしてたらどうなったんですか? 戸塚やサッカー部の事までちゃんと調べてくれたんですか? 蒼依のアザの根本の原因までしっかりと目を向けてくれたんですかっ!」
 ただその事は巻本先生からも同じように言われていたのだから、指摘を受けてもそこは仕方がないとは思っている。
 それよりも昨日の話の中では、咲夜さんがセミ声に語ってくれたにもかかわらず、一切戸塚の事も、サッカー部の事も出て来なかったのだ。だったら今度こそ親友……じゃなくて断金の……何だったかの関係の蒼ちゃんを放っておく訳にはいかなかった。
 長袖に違和感が無くなってしまう季節に進んでしまうまでに、何としてでも戸塚のしている暴力を全て白日に晒す必要に迫られていたのだ。
「だったら昨日、月森さんの後にでも説明してくれたら良かったじゃない。みんなの前で言いにくい、話しにくいって言うのなら私と二人きりになった時にでも良かったし、何なら電話番号を書いた名刺も渡してあったんだから、いつでも連絡をくれれば良かったじゃない。そこまで私は頼りにならない? 信用ならない?」
 痛む頬の中、朱先輩のブラウスを握りしめながら穂高先生に反論すると、涙を浮かべながら逆に反論を受ける。
「話す? 話すって……今までさんざん私にだまし討ちをして来て、蒼ちゃんの腕にもこれ見よがしとばかりに露骨な視線を送って。昨日は私の事をガキだって言った先生に、昨日の時点で戸塚やサッカー部の話をして、本当に信じてもらえたんですか? どうせ証拠証拠って言って信じてくれなかったんじゃないんですか?!」
 頬も口の中も切っていて腫れている分、本当に喋りにくい。
「昨日もそんな事言ってたけど、私が岡本さんを一回でも疑った事あった? それに私は子供だなんて馬鹿にした事なんて無いわよ。私にだって子供だった時があるんだから、バカにするわけないじゃない! そうじゃなくて子供の間は素直になれば良いじゃない。それはバカにするような事でも恥じる事でもなく、何でもないじゃない!」
 先生も私の握り込んでいるブラウスが気になるのか、時折視線が外れるのを感じる。
「……あのねぇ先生。どうして大人と子供で分けたがるのよ。そんなゆい方じゃ、愛美先輩には全く届かないわよ。そんな事ばっかりゆってるからわたしにもゆいくるめられるのよ――愛美先輩。この先生は愛美先輩が思ってるよりずっと口下手なのよ。だから大人とか子供とか自分の立場を利用したような話の展開しか出来ないのよ。ただこの先生がゆいたいのは、出来る限り困っている生徒の力になりたいから、知ってる事は事前に全部話して欲しい。その上で対策を立てて、養護教諭としてわたし達の安全を脅かすような事には巻き込めないから、話す事、内容は取捨選択するわよって言いたいだけなのよ。ちなみに今朝、愛美先輩の事を聞こうとした時に、愛美先輩の行動を少しは予想してたからか中々話してくれなかったから大喧嘩したのよ」
 あくまで私は信用できない……と言うより子供なんて相手にならないのかと歯噛みしていた所に、優珠希ちゃんからの助言と言うか一言。
「そうは言うけれどね優珠希ちゃん。この腹黒、いじめや暴力があった事を知っていて、証拠証拠って言うだけで何もしてくれなかったんだよ。大切な親友が傷つけられる気持ち、優珠希ちゃんなら分かってくれるんじゃないの?」
 蒼ちゃんの温もりが欲しかった私は、朱先輩のブラウスはそのままにその腕を掴ませてもらう。
「あんたねぇ……お兄ちゃんの話だけじゃなくてわたしの話もちゃんと聞きなさいよ。さっきゆったでしょ。学友の為にそこまで出来るなんてって。気持ちを分かって無かったらそんな事ゆう訳ないじゃない。それとアンタ。天然を出すのはお兄ちゃんの前だけにしておきなさいよ。この先生が把握してたのはわたしたちとゆうか、佳奈の暴力だけよ。その事は今朝この先生から問い詰めて吐かせた内容だから間違いないわよ」
 優珠希ちゃんが言い切ったのに対して、すぐに窘めようとする腹黒。当然それに黙っているような優珠希ちゃんじゃない。
「だいたい先生がそうやってすぐに隠そうとするから、こんな事になったんじゃないの? 何で自分だけが腹に抱えたままで信用して貰えると思ってるのよ。その

に大人だとか子供だとか言い訳を持って来る限り、このオンナは先生の事を信用しないし、わたしも二人の仲を取り持つのは辞めるわよ」
 でもちょっと待って欲しい。そもそもの前提がおかしい。
「優珠希ちゃん。この先生は蒼ちゃんの腕のアザの事は知っていたんだよ」
 腹黒が手渡してくれた濡れタオルで頬を冷やしながら反論すると、
「そのアザのいきさつを知りたかったのに、私の事は信用しないって言って頑なに口を開いてくれなかったのは岡本さんの方じゃない」
 自分の事を棚に上げて、私の責任にしてくる腹黒。これだからこの腹黒は信用できないのだ。確かにあの放課後の保健室内で話はしたのだから……だから私が直接あの戸塚と話をしようとした。
 知った上で今みたいにあくまで知らなかったと言い張る要領で、知らない間に蒼ちゃんが悪いだなんて万が一にも言い出したら、私自身何をするか分からなかったから。
「ちょっと待って下さい。愛ちゃんのせいにするんだったら、私にだって拒んだ責任があるって事なんですよね。私が愛ちゃんだけのせいなんて認めませんから」
 私が如何にこの腹黒は信用出来ないかを心の中でまとめていたら、蒼ちゃんまでもが私に力をくれる。それに対してやっぱり何も言い返して来ないこの腹黒。
「ね。優珠希ちゃん。これで私の言った事分かってくれる? この腹黒、私の話だけは全く聞く気が無いんだよ」
 だからこそ今日の私の行動なのだ。どう考えても私の方は何もおかしな事を言っているつもりは無いのに、優珠希ちゃんからまさかの半眼をもらう。
「あんたら二人。どこまでそっくりでお似合いなのよ。どうしてそこまでして二人共が周りに気を使えるし、周りを見る事が出来るのに、お互いの話

は聞かないし、信用しないのよ」
 しかも出て来た言葉は更にまさか。
「ちょっと待って優珠希ちゃん。こんな

と一緒にするのは――」
「私、岡本さん程

なんて――」
 私、いや、私たちが同時に否定したら今度は何故か蒼ちゃんまでもが私に向かって“しょうがないなぁ”の表情を向けてそのまま抱きしめてくれる。
「あのねぇ。じゃあ聞くけど、あんたがこの先生に何をゆったのかまでは正確に知らないけど、本当にあのクズらが付けたビッチのアザの事、本当に全部ゆったの? 信用出来ないって頑なに話すのを拒んでたようにわたしには見えてたけど、保健室へのお願いすらも、渋ってたあんたに対してどうやってこの先生は、そこのビッチの体についたアザを知る事が出来たのよ。それに先生も。前にもゆったけど、先生が生徒(大人が子供)を守るのに、何で理由がいるのよ。先生もいくらゆっても全然分かっても聞いてもないじゃない。それじゃあこのオンナは信用しないって何度ゆえば分かるのよ」
 抱きしめてくれた蒼ちゃんに気にかける事無く、私とこの腹黒に半眼を向けたまま、私たちを黙らせる優珠希ちゃん。
 確かに前にそんな事を言われた事は覚えている。 (120話)
 その上、確かによくよく考えたら、あの時本当に戸塚の話をしたのか。アザの話といじめのターゲットの話しかしていないような気もする……と言うか少し記憶があいまいになっている。ただ蒼ちゃんが受けていた暴力の話をした事には間違いない。
「愛ちゃんはそこまで私の事を考えてくれてたんだね。本当にありがとう」
「ううん。そんなの気にしなくて良いよ。大体同性同志でも自分の体にアザがある事なんて知られたくないし、理由によっては辛いんだから、大切な親友の事、慎重になり過ぎるくらいで丁度だし、蒼ちゃんはもっと自分の事を考えても良いんだよ」
 何はともあれ私は優珠希ちゃんに視線を送りながら、でも蒼ちゃんの背中に腕を回す。
 本当にお互い酷い状態ではあるけれど、お互いの温もりだけは感じる事が出来る事に今は感謝したい。
「……本当に愛美先輩は優しいんだから――愛美先輩がその先生とは違うってゆうのなら今、わたしも聞くから、この先生の前で改めて話してよ。先生に話すのが気に食わないってゆうのなら、この後の事もわたしは付き合うから、事の発端から話してよ」
 私たちがお互いの心を確認し合った頃合いを見計らって、優珠希ちゃん相手に事の発端の話をしてくれたら良いと言い出す。この子は信用するのも信用して貰うのも本当に大変な子だけれど、一度信頼「関係」が出来上がってしまうと、本当に情の厚い子だなって言うのは身を持って理解している。
 それに私を慕ってくれる“とっても可愛い後輩”が、体を張ってまで守ってくれた上でのお願いなんだから、聞かない訳にはいかない。
 私の考えがまとまったのが抱きしめてくれている蒼ちゃんにも伝わったのか、小さく“良いよ”と貰ってから、改めて私は優珠希ちゃんに向かって口を開ける。

「昨日私の友達『っ』も教えてくれたんだけれど、私の大切な親友がさっき優珠希ちゃんに乱暴しようとしていた戸塚とお付き合いを始めた頃から私の親友に対する暴力が始まったの。
 でも私が疑い始めたのはもっと後で、期末試験が始まる前あたりだったかな。私は蒼ちゃんに何回かその時から聞いてたんだけれど、私に打ち明けて巻き込みたくなかった蒼ちゃんは頑なに言ってくれなかった。
 私は以前巻本先生に、蒼依の別件での相談をした時にあしらわれたのを、この穂高先生が見てくれていて、後日先生に相談に行ったの。その時に私の質問には応えずに、証拠証拠って言って私の話だけを聞こうと応接室に軟禁されたの。
 それからも穂高先生は信用しても良いて言ってくれた人もいたんだけれど、学力テストの時にはだまし討ちで試験監督はされるし、蒼ちゃんの腕をみんなの前で凝視するし、さっきの優珠希ちゃんの話だと、知っていたのは御国さんのあの園芸部の事だったんだろうけれど、挙句の果てに、鼎談の時には知っているとだけ匂わせて肝心の内容は何も話してはくれない。
 そんな中である放課後の日に、蒼ちゃんが女子たちに囲まれていたのを、優希君と見つけて、その時に蒼ちゃんに対する暴力を確信したの。それでもその時、蒼ちゃんはやっぱり頑なに話してはくれなくて……でもその気持ちも分かってしまって……その葛藤の中で遭遇したのが、二回目の放課後の昇降口での暴力。その時に蒼ちゃんの前腕についたアザをたまたま目にしたのが、本当の始まり。その時から何度も先生に相談しようって思ったんだけれど、さっきの理由から中々先生を信用出来る、話そうと踏み切れる最後の一歩を踏み出すきっかけをつかめずにいた。
 その中で迎えた初学期の最終日。『健康診断』の時の配慮が欲しかったら、初学期中に言いに来いって言われてたから、保健室に顔を出したんだよ」
「ああ、あの時、さっきの言葉を言った時の事ね。まあ、あのゆい方じゃあ確かに話す気になれないのは分かるわよ」
 私の説明にすぐに思い当たる優珠希ちゃん。本当に頭が賢いと言うのか、話を綺麗につなげる事が出来る回転を持っているんだなって分かる。
「ただ私も蒼ちゃんに対して戸塚が、暴力とまではいかなくても、かなり乱暴に嫌がる事をしていたのも目にはしていたし、高圧的な態度を取っていたのも見聞きしていたから相当事態はひっ迫しているとは思っていた。
 だから蒼ちゃんの事も待ったなしの状態だったから、優珠希ちゃんの助けも借りて何とか配慮の取り付けだけは済ませた。ところが夏休みになっても戸塚から蒼ちゃんへの暴力、性暴力は続いたって言うより、凄絶さを増したって言う方が正しいのかもしれない」
 一度ここで一息つかせてもらう。蒼ちゃんも私に抱きついたまま動く様子は無いし、いつの間にか穂高先生も私の話をじっと聞き入っている。パーティションの中からも物音がしない所を想像するに、私の話に聞き耳を立てているのかもしれない。
「そして迎えた昨日の健康診断の時、私の友達はそのほとんどを語ってくれたけれど、サッカー部や戸塚との事は口止めがあったのか、それとも脅されていたのもあったのか……それとも被圧側に立たされていてまだ言えなかったのか、いずれにしてもどちらも名前が出ただけで具体的な話は少ししか出なかった。
 だからなのか、戸塚が一芸を持った生徒だからなのか、学校側は友達が少しだけでも戸塚の事を口にしてくれたのに、一切動く気配も、何かをしてくれる気配もなかった。蒼ちゃんの体中についたアザは、女子たちが付けたものだと言う認識になりそうだった。でも、私は今まで見聞きしていた事から、絶対に戸塚とサッカー部が絡んでいる事は昨日友達が言ってくれていた事も思い出すと、間違いないと踏んでいた。
 だから昨日蒼ちゃんと話をした時に、事の仔細まで教えてもらった。そこから出てきた話は、そんなものじゃなくて、何かあれば私の大切な親友に手を上げて、暴力による恐怖心で何も言えなくなっているような状態だった事が分かったから、もうこれ以上はどう考えても私の大切な親友を、戸塚なんかに任せられないと、このままだと蒼ちゃんが卒業するまで戸塚に弄ばれてしまうと、戸塚とサッカー部のした事が闇に葬り去られると危惧した私は、今日戸塚に蒼ちゃんと別れてもらう為、暴力を今後一切辞めてもらうために直接話をしようとしたの。その結果が今なんだよ。これが私の知る全貌」


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