第151話 普遍の関係 Aパート

文字数 10,178文字



 「ところで防さんとは連絡取れてる?」
 雨降る公園の中とは言え、ずっと立っている訳にはいかないからと、空の広がる傘を、アームストラップの付いた、専用っぽい可愛いロゴの入った袋へ納めて、優希君が差して来た傘も畳んでしまう。
 その後で再び私の傘の中に入って来てくれた優希君が、私の傘を代わりに持って来てくれて先の一言。
「うん。昨日少しだけだけれど、蒼ちゃんとのやり取りは出来たよ」
 倉本君と違って、私の親友や友達の事まで気にかけてくれる。その優希君と雨曝しになったベンチの前まで移動して、長ベンチの上にビニールシートみたいなものを敷いた上に、座布団代わりのタオルを敷いてくれる。
 本当にこう言うさり気ない気遣いと言うか何と言うか、私の事を大切にしてくれるのがすごく嬉しい。

 ……もちろんその間は私が傘を持ったよ!

 せっかく優希君が私の為に敷いてくれたビニールシートとタオル。その上、私のスカート姿まで喜んでくれたんだから、この流れに乗って昨日朱先輩に教えてもらった事も少しだけ実践すると
「……」
 少し驚いた表情で見られていたのはやっぱり恥ずかしかった。
「優希君は座らないの?」
 ちょっと喜んでくれたのかどうかは分からないけれど、悪い印象はないはずだと思いながら、手に持つ傘を上げて優希君に声を掛ける――
「ありがとう。傘は僕が持つよ」
 ――と、私の横に腰掛けてくれるけれど、なんて言うか明らかに近い。
「もっと愛美さんの力になりたかったのにごめん」
 かと思ったら優希君の両肩が下がる。明らかにさっきの話題の切り替えがまだ出来ていないんだと分かる。そこまで私の親友まで気にしてくれて、その情の厚さみたいなのも垣間見ている気がする。
「ありがとう。その気持ちだけでも嬉しいし、謝らないでよ」
 優希君が持ってくれる傘の上から、私の手を添える。
「でも防さんの事は、僕も一度放課後に見た事があるだけにどうしてもね……」
 優希君が持つその優しさはもちろん否定しないけれど、
「でも蒼ちゃんの事は、私も気づいていながらあと一歩が踏み込めなかったし、その中身だって女子グループからのいじめだって的外れな当たりを付けてしまっていたんだから」
 それで優希君自身を責めて欲しくない。このままだと優しい優希君の事だから、私と蒼ちゃんの事でずっと責めてしまう気がする。
「気が付けなくて、後から知るのは辛いよ」
 降りしきる雨の中、あのごく稀に浮かべる守りたいのに守れなかった、贖罪のような表情をする優希君と共に二人で両肩を下げる。
 本当に生徒の為になる統括会でないといけなかったのに、自分の力不足をこれ以上ない形で痛感してしまう。
 力不足と言えば、
「金曜日……雪野さん。何か言ってた?」
 中学期(なかがっき)に入ってから、二年の誰とも喋っていないと一筋涙を零した雪野さん。
 先週の金曜日だって私が約束をすっぽかして、大急ぎで優希君に駆けつけてもらったはずだ。
「……特に何も言ってなかったけど、中庭で一人弁当持って愛美さんを待ってたよ」
「優希君。こういう優しさみたいな何かは要らないから正直に答えて欲しい」
 何となく言うのをためらったぽい優希君だけれど、あの雪野さんがお弁当一つ手に持って、黙って待っているなんてありえないと思う。そんなの雪野さんらしくない。
「……結局、岡本先輩もワタシに愛想を尽かすんですねって落ち込んでたよ」
 いくらこっちに事情があったにしても、一言雪野さんに言っとくべきだったと後悔する気持ちと、あれだけキツく言ったにもかかわらず、二人の行動にも変化が見られていなさそうな“二年の後輩”二人に対する“落胆”が加わる。
「ねぇ。優希君もあの二人には注意してくれたんだよね」
 優希君には昼休みにお願いして、私はその後の放課後に改めてキツく叱らせてもらったはずだ。
 にもかかわらず、また同じ事を繰り返しているのか。
「したよ。友達が追い込まれて行くのは楽しいかって。今回の彩風さんの行動は役員云々じゃなくて、人としてどうかと思うよって。それから、いつも友達を大切にする愛美さんから見たら、あるまじき行為だから、今回は本当に怒ってたよ。とは言った。あと、中条さんには愛美さんがお願いした統括会の事は無視するつもりなのかって聞いたけど……本人的にはそんな事した覚えは無いって突っぱねてたよ」
 私の気持ちとか性格を、優希君が分かってくれているのはとても嬉しいけれど、それでもあの二人には伝わっていないのだと思う。
 まあ、私も彩風さんを涙させるくらいの事を言ったにもかかわらず、これなのだから、これも優希君の言い方だけの問題じゃない。紛れもなく彩風さんの統括会としての意識の問題になって来てしまう。
 だったら今度こそ、先輩として同じ恋する女の子として、彩風さんに分かって貰えるようにしっかりとお灸を据えないといけない。
「ねぇ優希君。私の顔が治ったら彩風さんに雪野さんを任せておけないから、私と倉本君で雪野さんを全面フォローしても良い?」
 本当に不本意ではあるけれど、私と倉本君。二人で一つの目標に向かうと言うのがどう言う事なのか、お互いに協力し合うと言うのがどう言う気持ちの変化を生むのか。それを倉本君の性格が分かっているはずの彩風さんの目の前で見てもらうしかないと思う。
 優希君に女の子の気持ち、彩風さんがずっと倉本君に想いを寄せていた事を教えることが出来ないのだから他に方法が無いと思うのだ。
 これで倉本君が私にもっと本気になったり、優希君と喧嘩みたいになったら、その時はまとめて彩風さんに当たらせてもらう。
「それは駄目。それなら僕と愛美さんで雪野さんのフォローをする。大体なんでいつも愛美さんは倉本を気にするの?」
 ところが私の一言で、がらりと優希君の機嫌が悪くなる。なんで彩風さんの気持ちを第一に考えての提案で、優希君と喧嘩みたいにならないといけないのか。これだと早速彩風さんに文句を言わないといけない。
「私がどうのって言うより、二人で一つの目標に向かうと、どう言う気持ちになるのか、相手にどう言う意識を持つように――」
「――ごめん。倉本の話なんて今日は聞きたくないし、気持ちが通じ合うとか言うなら話したくない」
 だけれど言い出した手前、私の真意を優希君に伝えようとしたところで、止められてしまう。
「それだったら僕と愛美さんで雪野さんのフォローをして、彩風さんには僕の方から文句言っとく。あるまじき彩風さんの言動で愛美さんと倉本が接近しそうだって。この責任どうしてくれるんだって」
 本当に倉本君に対しては不満そうって言うのか、優希君の気持ちをむき出しにしてくれるけれど、私には本当にそんな気はないのだ。
 第一友達を大切にしてくれない倉本君なんてお断りに決まっているんだから、ついついその事が抜けてしまう。
 倉本君はそれほどまでに私の中ではもう対象外なのだ。
 だけれど、やっぱり優希君はそう思えないでいてくれるのか、それとも男の人ならではの何かがあるのか、優希君にしては珍しく本気で怒ってくれている気がする。
「ごめん優希君……怒ってる?」
 せっかく今日もすごく優しかったのに、それを自分が台無しにしてしまった。
「……さすがに」
 その証拠に全く見向きしてくれない優希君。私の為に会いに来てくれて、私の笑顔のためにプレゼントしてくれた私への想いがたくさん詰まった贈り物。そして、私の親友まで気にもかけてくれていたのに……。
 この根本の原因は彩風さんなのだから、たくさん文句を言わせてもらう事にする。ただ、今は私の為に会いに来てくれた優希君だ。
「どうしたら許してくれるの?」
「……」
「私、せっかく優希君に会えたのに喧嘩するなんて嫌だよ……」
 今回も私の方が悪いのは間違いないけれど、明後日の方を向いたままの優希君に、私の方を向いて欲しくて、傘を持ってくれている優希君の腕を揺らす。
 好きだからこそしてくれる嫉妬での喧嘩。これもまた好きの一つの形なんだろうけれど、やっぱり好きな人と喧嘩なんてしたくないに決まっている。
「……倉本から電話あった?」
 一つ大きくため息をついた優希君があり得ない事を聞いて来る。
「倉本君からの電話って……なんでかかって来るのかも分からないし、そもそもかけようが無いと思うのだけれど」
 私、倉本君の電話番号なんて知らないし、逆に倉本君の電話番号なんて教えた事もないのに。
「……何か金曜日に愛美さんが休んでたから、お見舞いに行くとか言ってたよ」
 いやちょっと待って。お見舞いに来るってまさか私の家にまで来るつもりだったのか。そこまで親しい仲じゃあるまいし、いきなり家に来るなんて発想はちょっとおかしいんじゃないのか。
 それにどうやって私の家にまで来るつもりなのか。それに一日休んだだけでお見舞いに来るとか言うのも何か変な気がする……まあ、その相手が優希君なら、雨の中でも外に出るくらいには嬉しいのだけれど……。

 あ。もちろんいくら優希君でも、家族みんながいる前で私の部屋に入ってもらうなんて恥ずかしい事は出来ないからね。

「って言うか優希君。何でそんなに驚いているの? 私、学校以外では倉本君と会う気なんて全く無いよ?」
 ひょっとして私の言葉が発端で疑われたのかとも思ったのだけれど、どうも本当にびっくりしているっぽい。
 それにその休みの日の時間は私じゃなくて、彩風さんと共に過ごす時間として使って欲しい……今日喧嘩みたいになった文句だけは言わせてもらうけれど。
「……ふふっ。一日に二回も愛美さんの天然を見られたのは久しぶりかな。下手したら愛美さんと付き合い始めてからは初めてかも」
 再び私の方に笑顔を向けてくれたのは嬉しいけれど、その理由が私の天然を見られた事って言うのがどうにも腑に落ちない。
「そんな顔してるけど、愛美さんの携帯の中に絶対倉本の連絡先も入ってるよ」
 そして二度目あり得ない事を言う優希君。
「え? 何で?」
 私は一度だって倉本君に気持ちが流れた事なんてないのに。
「今年の春先に実施した服装チェックの時に――」
 ……思い出した気がする。
「――僕たちの連絡ミスで、期限を切り忘れた時に、今度からは緊急の連絡でも取り合えるようにって全員の連絡先を交換し合ったよね」
 確かにそんな話もしたっけ。その時も雪野さん一人だけ後回しになった気がするけれど、本当に倉本君の連絡先なんて忘れてた。
「でも私、倉本君からお見舞いの連絡をもらっても絶対断るよ?」
 でもまあ、久しぶりに優希君の鈴が鳴るような笑い声と共に、私の方に笑顔を向けてくれたのだから、今回の天然も良い事にする。
「倉本からの電話で、デートの誘いがあったとしても受けないで欲しい」
「そんなの当たり前だって。そもそも倉本君とは学校以外では会う気は無いって今言ったばかりだよ」
「でもさっき、倉本と二人で気持ちを通じ合わせるみたいな事を聞いたばかりだし……」
 驚きの話の上に、また不機嫌になる優希君。本当に二人きりのデートの時に他の異性の話なんてするもんじゃない。
 分かってはいても、ひょんな事から話が出てしまうのだから、私も気を付けないといけない。
「本当にごめん。デートの時は、もう私から倉本君の話はしないから。それにどうあったとしても、女の子ってそう簡単に男の人を家に呼んだりとか、ましてや部屋に上げるなんて事は無いよ」
 一番のプライベートなんだから、お父さんだってもちろん慶だって入れていないのに。
「分かった。じゃあ倉本の話はこれで終わり」
 私と二人でいるのに、これ以上は他の男の人の話なんてしたくないと言ってくれる優希君。以前に私も、雪野さんの話を二人きりの時にするのは、面白くないと感じた事があるのだから、優希君の気持ちは理解できる。
 今後は私からも倉本君と言うか、他の男の人の話はみだりにしない様に気を付けようと、心の片隅に置いておく。本当に今回は反省だ。
 その後は二人で、雨の中の公園デートを穏やかに楽しむ。
「じゃあ愛美さん。明日からの学校とかどうなるのかまた教えて欲しい。それと来週も愛美さんと会うつもりはしとくから」
 そのデートの終わり際。珍しくも優希君の方から、次のデートの約束を、私の唇に視線を送りながら取り付けようとしてくれる。
「顔が治っていなかったら図書館デート出来ないけれど良いの?」
 優希君の気持ちは、今日一日でたくさん伝わったけれど、女として人前に立てる顔って言うのは必ずある。優希君の視線に答えるように、急いで唇を湿らせながら優希君に私としての女心を伝える。
「愛美さんと会えるなら、僕はどんな場所でも良いよ」
「ありがとう優希君」
 お互いの意思を伝え合えたところで、お互いの唇だけじゃなくて、お互いの舌も触れ合えるような口付けを交わす。
「それと最後に。この傘は日傘としても使えるから、色々な場面で使ってもらえたら嬉しい」
 そう言って改めて私に、青空の広がる傘をプレゼントしてくれる。
「大切にするね」
 私への気持ちがたくさん詰まった優希君の想いに嬉しくなった私は、もう一回。今度は唇が触れるだけの口づけを交わして、今度こそ家に帰る。


 結局会う前は色々な不安とか後ろめたい気持ちもあったけれど、会ってみたらいつも通りの優希君ですごく優しかったし蒼ちゃんも気にしてくれた。しかも今の私の顔を優しさだって言ってくれて、たくさん口付けもしてくれた。
 別に優しいって言われたいわけじゃないけれど、私の気持ちを分かってくれる優希君が嬉しかった。本当に今の私の顔でも気にしないんだって、行動でも示してくれた優希君に触れてからは、あれだけ気にしていた腫れた顔の事もガーゼを取ってしまった今でも全く気にならない。
 ただ優希君が、私の笑顔を見たいから、もっと私と会いたいからって言ってもらえたから、早く治したいって素直に前向きになれた。
 そして駄目押しが今、私が手にしている雲の合間に見える青空の広がる傘だ。他の女の子にも優しい優希君だけれど、私を一番よく見てくれていると分かった事がどうしようもなく嬉しかった。
 色々考えたり足踏みしたりもしたけれど、今日は優希君に会えて本当に良かった。
 私はまだまだ育つ優希君への思いを胸に、家の中へと足を踏み入れる。


 良い気分で家に帰ると、
「おかえりなさい愛美……って、その表情だと聞くまでも無さそうね」
 行きしなの事を思えば、お父さんがすぐにでも飛んで来そうだったのに、お母さんがすぐに出迎えてくれる。
「聞くまでもなくって……ただとても良い気分で散歩が出来ただけだよ」
 その散歩の途中で寄った公園で、すごくゆっくりしていい気分になれただけで。
「……その散歩の途中で愛美からのポイントを稼ぎに来たのね」
 手首に引っ掛けた傘に目をやるお母さん。
「ちょっとお母さん! 優希君はそんな人じゃないよ! ちゃんと私を気遣って、私を一番に見てくれるんだって! それにお父さんに聞かれたらいやだから辞めてよ」
 ポイントとか下心を伺わせるような事を言って、今の私の気持ちに水を差すのは辞めて欲しい。
「お父さんならまた機嫌が悪いから、先に二階へ上がって着替えて来なさいな。その格好を見たらお父さん大騒ぎして本当に学校を転校させるわよ」
 冗談じゃない。残りの学校生活をここで過ごして、みんなで卒業しようって決めているのに。それに優希君とだって……。
「お父さんの機嫌とか、私を転校って……また何かで喧嘩したの?」
 水を差されるどころか、冷や水を浴びせられたような気持になる。少なくともお昼家を出る時には、いつもの弱いお父さんに、しつこいお父さんと強いお母さんだったはずなのに。
「これから喧嘩になると思うけど、今はまだ喧嘩じゃないわよ」
 どうしてこれから喧嘩するって分かっているのに、そんな表情が出来るのかな。私が優希君と喧嘩するって分かってしまっていたら、絶対笑えるわけがないのに。
 今日は気持ちの落差が激しいなと、私は寂しい気持ちを持ちながら一度自分の部屋に戻って、優希君からの贈り物の傘を部屋干しにしてから、再びリビングへと向かう。

「愛美。今月一杯で転校しなさい」
 私がリビングへ足を踏み入れた一言目がこれだった。
 今のお父さんには、お昼出て行く時の雰囲気は微塵も残っていない。
「嫌。私は今の学校を卒業する。それは昨日話した通りで、私の気持ちは変わらないよ」
 たった数時間で何でここまで態度と言うか、雰囲気が変わってしまっているのか。まさかとは思うけれど、優希君との逢瀬を見られてしまっていたのか。もし私の後ろをついて来たとかなら、それは大喧嘩では済まない。
「あんな無責任な学校の上に、あんな情けなくて常識のない担任に、とてもじゃないが、愛美を預けられん」
 いやちょっと待って。どうしていきなり巻本先生が出て来るのか。全く話の流れが分からない。
「今日ね。愛美が気分転換の散歩に出かけた後、愛美のクラスの担任の先生がお見えになったのよ」
「いや先生がお見えにって……」
 何がどうしてそうなったのか。
「休日の人様の家に押しかけるだけでも十分失礼なのに、突然押し掛けたと思ったら愛美の事ばっかり気にして、この前の養護教諭と言い、愛美の学校の教師は一体どうなってるんだ!」
 何でかは分からないけれど、先生が何かの理由で家に来てくれた事だけは分かった。
「どうもこうも、私たちの病院に付き添ってくれたのだから、様子を見に来てくれたんじゃないの?」
 そして、私は先生の味方をするって決めているんだから、ここは先生のフォローをさせてもらうけれど、
「それは本当に赤の他人が、何の連絡も無しに突然来宅する理由になるのか?」
 まあ先生の私を想う気持ちを知っているだけに、私としてもその底意が分からないでもないけれど、どうもお父さんの言い方が気になる。
「じゃあお父さんには他の理由があるように見えるって言う事? あの先生の事だから、改めて週末の話をしに来てくれたとか言う事じゃないの?」
 私の様子を気にしてくれている事と、先生からも説明をしてくれる事の二つの理由を考えればそれほどおかしい話でもない気がするのだけれど。
 でもまあ、その話をするんだったら、あの不器用な先生の事だから少し頼りなく見えるかもしれない。
「……あの先生とも仲が良いのか?」
 私の返事には反応してくれないで、気になるお父さんの言い方が明瞭になって来る。って言うか、あんたは私の親かって言うくらいに私の周りの男子に敏感すぎる……って私の親か。
「仲が良かったら何なの? 誰に対しても仲が悪いより良い方が良いんじゃないの?」
 何となく私を想う先生の気持ちが漏れ出たような気がするんだけれど、それこそお父さんには関係のない事だ。お父さんが私を心配してくれるのは嬉しいけれど、いくらなんでも度が過ぎている。
 それに私は先生をもう一度応援するって決めてもいるのだ。
「仲が良いって、今回の件の学校の対応にしろ、あの頼りない教師にしろ、あの学校の男子は一体どうなってるんだ!」
「何それ。何でこんなところで男だとか言い出すの? 男だったら何なの?」
 第一、一番初めにお父さんに説明したのは養護教諭の先生――女の先生……穂高先生だったし、その時も夜も遅めの時間だったにもかかわらず、さんざん大きな声を出して文句を並べ立てていたんじゃないのか。
「どいつもこいつも愛美を色目でしか見ないからじゃないか」
 色目って……お父さんこそ、自分の事を棚に上げて私に対して、いつも男の人を結び付けているくせに。
不器用なりにも頑張ってくれている先生に対して、なんて失礼な事を言い出すのか。
「お父さんいい加減にして。確かに先生も失礼だったかもしれないけれど、お父さんのそのものの言い方も失礼だし、何よりもこんな時に、男だとか女だとか言われたこっちはものすごく不愉快」
 それに、私が男子から好かれるのは認めないって言う雰囲気も感じる……まあ、優希君以外は私もお断りだから、別に男子に好かれたいわけじゃないけれど、人の気持ちは強制できないはずなのだ。
「……愛美。お父さんは今回みたいな目に遭うのは二度とごめんなんだ。だから、今回だけはお父さんの言う事を聞いてくれ」
「だからって何? 私が転校したら確実に今回みたいな事は無いって言いたいの?」
 お父さんが私を心配してくれる気持ちはよく分かる。でも、転校先で馴染めなければ同じような事も起こるだろうし、この受験前に転校なんてしたら、私も不安でしかたなくなる。
「少なくても、あんな頼りない、非常識な担任はいないはずだ」
「まさかお父さんの中で、あの先生まで私にそんな事すると思っているの?」
 最低だ。いくら先生の私への気持ちが漏れ出たとしても、まさか自分のお父さんがそんな下世話な事ばかり考えているなんて思いもしなかった。
「さっきから黙って聞いてたら……また、愛美と喧嘩したいんですか? どうしてお父さんは愛美を信じないんですか?」
「俺が、娘を持つ男の気持ちが分からない母さんは黙っててくれ! 俺は今、愛美と話してるんだ」
 更にお父さんが信じられないようなあしらい方をお母さんにする。
「……そうですか。じゃあ私はこれ以上何も言いませんけど、愛美と大喧嘩になっても知りませんから」
 しかもお母さんも一言文句みたいなのを言っただけで、そのまま引き下がってしまうし。
「愛美。親って言うのは子供の安全を第一に考えるものなんだ」
 お父さんの気持ちは分からないでもないけれど、それにしてもお母さんにあんな言い方は無いと思う。
「だから、あんな非常識で頼りない担任だとか、世間の事を何も分かってない無責任な学校の事なんか忘れて、もう一度転校する事を考えてくれ」
「非常識って、何も知らないくせに失礼な事ばっかり言っているお父さんの方がよっぽど失礼じゃない」
 これじゃあ倉本君と何も変わらない。どうして倉本君と言い、お父さんと言い、優希君みたいに周りの人を見て大切にしてくれないんだろう。
「良いか愛美。愛美はまだ子供で俺たちの考えなんて分からないかも知れないが――」
「――俺たちって言うけどお父さん。お母さんの言う事なんて何も聞いてないじゃない! 何でお母さんの言う事すら聞いてくれないの?」
 仮にも自分のお嫁さんなのに、何でそんな自分勝手な事ばかり言えるのか。
「愛美。聞きなさい! 親って言うのは子供の事を大切にしたくなるものなんだ。それに一度失くした信用を取り戻すのはそう簡単な事じゃない。だから――」
「――だから何? さっきから聞いていれば男とか女とか、大人とか子供とか。お父さんがあの学校を信用出来ないのは分かった。でも私も、お母さんに対してそんな冷たい言い方をするお父さんの言う事なんて信用できない。女って言うだけで、何でお父さんもそんな言い方になるの? ちゃんと説明して」
 だんだんムカついて来た。自分勝手な事ばっかり言って、お母さんを蔑ろにして子供には大人を盾にして無理やり聞かそうとして。こんな勝手な事ばっかり言うお父さんのどこが良いのか、お母さんにじっくり聞きたい。
「さっきから俺が愛美と話してんだろ。だったら母さんは後で良いじゃないか」
 しかもその言い訳も話にならない。
「お母さんは後で良いってなんでよ。お母さんも私たちの家族じゃないの? お父さん一人で家族出来るの?」
「母さんとはいつも喋ってるじゃないか。じゃあたまにはお父さんと愛美でじっくり話しても良いんじゃないのか?」
 何で大切な話を家族でするのに、優劣や後先が関係するのか。人の色々な考え方を集約できる優希君が、隣にいてくれたら、ひょっとしてお父さんの真意も分かるのかもしれないけれど、もうこれ以上は話しても無駄な気がする。
「分かった。もう勝手にしたら良いけれど、ハッキリ言って今のお父さんよりも学校の方がよっぽど信用出来るし、あの学校には友達も、可愛い後輩もいる。なのに子供って言うだけで、女って言うだけで私の意見もお母さんの意見も聞かないって言うなら、もうお父さんとは口利かない」
 結局自分には常識があって、世間の事は何でも知っているとでも言いたいのだろうか。
「聞いてるじゃないか。ただ、最終的な判断はお父さんがする」
「何それ。なんだかんだ言って結局、私たちの話なんて聞かないって事じゃない! お父さんが進路については私の好きなようにしたら良い、遠慮なんてしなくて良いって言ってくれた上に、この前の穂高先生の時には、何で私が休まないといけないのかって言ってくれていたから、私の気持ちを分かってくれているって思ってたのに。嘘つきっ! 最低っ!」
 その上極めつけは、私が何を言おうがお父さんの判断一つで今後の私が決まってしまうって事だ。
「愛美! どこへ行くんだ!」
「お父さん。今回、私は全面的に愛美の意見に賛成ですから、フォローする気はありませんからね」
 その事がとても悔しくて、両親の言葉を背に私は自分の部屋へと再び戻る。

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