第150話 相愛傘 Bパート

文字数 4,430文字



 翌朝、本当は色々な事を考えて、もう一日だけお母さんと一緒にと思っていたくらいではあったのに、優希君と話してからは、今日の事が楽しみでそのまま寝入ってしまった。
 だからしっかりと寝られたし、本当なら気持ちの良い朝になるはずだったのに。
「……雨」
 これはどう言う事なのか。
 何で辛苦の果てに取り付けたはずの優希君とのデートの日に、青空がないのか。

題名:今日は雨
本文:雨の中での弁当は大変だから、今日は昼からにしよう。13時くらいに昨日
   教えて貰った公園に行くから。

 しかも信じられない事に、雨が降ったから会う時間が短くなった上に、優希君お手製のお弁当まで食べ損なった気がするのは気のせいか。なんとも釈然としない気持ちを抱えたまま、今からスカートなんて穿いたら大騒ぎになるからと一度部屋着のまま、階下のリビングへと向かう。


 いつも通り朝の弱い男二人を置いての朝の時間。
「結局今日の予定はどうなったの?」
「今日会う事にはなったけれど、雨降っているから昼からになった」
 お母さんに結果だけを伝える。
「何か会える割には不満そうね。そんなに雨のせいでデートが短くなったのがショックだったのかしら」
「ちょっとお母さん! 変な事言わないでよ! 雨だと色々準備が面倒なだけだって」
なのに、何で優希君のメッセージを見たかのような会話をすることが出来るのか。
「それだけ楽しみにしてたんだったら、変な意地張らなければ良かったのに」
 そのお母さんには何もかもを見透かされているようで、居心地が悪くなった私は
「意地なんて張って無いって! ただその分、午前中は家で勉強する事にしたから」
 朝ご飯だけを手早く済ませて、再び自分の部屋へと戻る。

 受験自体が迫っている事もあって、とにかく復習に焦点を当てたお昼時、優希君からもう少ししたら家を出るようなメッセージを貰う。
 それに合わせて優希君の前ではお腹は鳴らせないからと、お昼はみんなと一緒にする。
 すると昨日の事を気にしてくれているのか、私の方を時々見てくれるけれど、この後の事を思うと長くなりそうな話は出来ないからと、私からは決して話は振らない。
 そしてお母さんの方も、お父さんと喧嘩中だからか、口を利くような雰囲気でもない。当然空気を読んでいるのか慶も口を利くような事はしないけれど、やっぱり私の頬が気になるのか視線自体は時折感じる。
 その中で、お昼を終えた私が階段下の救急箱から、マスクを取り出して着替えようかというところで、
「今日はこんな天気なのにどこかに出かけるのか?」
 昨日とは違う、いつものお父さんの雰囲気で聞いてくれるけれど、馬鹿正直に言えるわけがない。私が近くまで出るだけの事を伝えると、代わりにお父さんが出るという。
 私の顔を気遣ってくれているのは分かるけれど、私の代わりに優希君に会って貰うわけには断じていかない。
「ずっと家の中にいるのも気が滅入るから、少し気分転換がしたいの」
 嘘にならないギリギリで断るけれど、いつものお父さんもまたしつこいのだ。
 じゃあお父さんと一緒に気分転換で散歩をしようと、今まで聞いた事のない提案に頭を抱えそうになった時、
「お父さん。愛美の事ばかり気にしてますけど、まさか愛美の学校の話を外でするつもりじゃないでしょうね」
 お母さんの冷たい声がリビングに木霊する。
「親父が駄目なら俺が行く」
 それだけでお父さんが何も言えなくなったところで、今度は慶がおかしな事を言い出す。
「はぁ? 何でお姉ちゃんが慶と外を歩かないといけないのよ」
「何でも何も、ねーちゃん一人誰にも会わないんだったら別に誰がいても良いだろ」
 この慶も何をお父さんみたいな事を言い出すのか。こんながさつな慶と一緒に歩きたいわけがないっての。
「……慶久は家で大人しくしてなさい。それと今度の試験結果でお小遣いの額を考えるけど、余裕があるって思って良いのね」
 結局今月はお母さんが家にいる間はお弁当を作るって言う事もあって、お小遣いは減額されたままになっている。
「……おい。慶久?」
 お母さんのたった一言に意気消沈となった慶に声をかけるお父さん。
 どうにも二人の間で何かの話をした事は間違いなさそうだ。
 私の話をしたのは間違いなさそうだけれど、それ以外にも何か底意自体を感じる。まあ、男同士だけでする話もあるだろうから、私もあまり深くは首を突っ込もうとは思ってはいないけれど。
「とにかく。私は出るから。夕方には帰ってくるから夜はまた一緒に食べられるよ」
 あまり時間がないからと、返事を待たずに一度自室に戻って昨日出しておいた服――スカートに穿き替えて、リップを引いた上で改めて玄関へと向かう。
「それじゃ愛美。しっかり頑張るのよ」
 私を見送りに来たお母さんが、私の格好を見て嬉しそうに言うから、それに煽られたお父さんがリビングから顔を出す。
「え? ちょっと愛美? やっぱり誰かと会うのか? その格好、そこら辺に散歩に行く格好じゃないよな」
 私の格好を見たお父さんが、疑いを深くすると同時に、慶の方も何か不満顔だ。
「じゃあ行ってくるね」
「気をつけて、しっかり気合いを入れるのよ。それと素直にね」
「?!?!」
 お母さんの煽る言い方と、お父さんの声にならない悲鳴を背に、大きい空色の傘を持って優希君との待ち合せ場所へと向かう。


 朝起きた時には雨天に文句を垂れていた私だけれど、今日は雨降りで良かったかも知れない。
 日曜日なのに外を出歩く人が少ないのだ。これならマスクをしていようがどうしようが、そんなに悪目立ちはしないかも知れない。
 それに雨音が耳にはつくけれど、地面を叩く雨粒が跳ね返って靴下までは濡らさない程の雨足の中、この分だと確実に利用者も少ないであろう公園へと足を向ける。
「あ。愛美さん……それにその格好」
 私が公園に足を踏み入れて傘を持った優希君を見つけるのと、優希君が私を捉えたのはほぼ同時だったと思う。
 少し垂れ目で目尻の下がった、その優しそうな優希君の表情。そして男の子っぽく短髪で清涼感のある優希君の顔を見て、お母さんや朱先輩とはまた少し違う程度の、ホッとする自分がいる。だけれど、どうしても今の自分の顔が気になって、優希君の元まで行く勇気が出ない。
 その上、傘の小間で自分の顔を隠してしまっていたから、その靴が見えるまで気付かなかった。
「せっかく会えたんだから。可愛い格好をしてる愛美さんと、その顔を見せて欲しい」
 優希君はいつも通り優しそうで、遠目に見ただけでも格好良かった。
「優希君がそう言ってくれるのは嬉しいけれど、私の顔は今酷いから……」
 一方私の方は塗り薬を付けて、湿布みたいなのも貼って、その上にマスクまで付けて。
 目の前に広がる傘の中は真っ青なのに、私の心は今の天候と同じ雨模様で、その足下にある優希君の靴しか映せなくて……。
 近くにいるはずなのにその存在を遠くに感じていると、優希君が何か物音を立て始める。それでも顔を上げる勇気、小間をどける勇気を持てないまま、その瞳に優希君の靴と地面だけを映していたのだけれど、優希君の方から物音がしなくなったと思ったら、小間に隠れて俯いていた私の視界いっぱいに突然広がる真っ青……雲が広がる青空が私の瞳に映り込む。
「――?!」
 びっくりして傘を持ち上げて優希君の方を見ると、傘の内側が私に見えるように広げた傘を仰向けに置くようにして手に持った優希君が、本当に嬉しそうに安心したように、今の私の顔を全く気にする素振りすら見せずに、熱のこもった視線で見つめてくれる。
「愛美さんびっくりしてくれた? って言いたいけど、僕もびっくりしたからおあいこかな」
 久々に見る優希君の、いたずらを成功させたような表情。でも、その視線もやっぱり男の人で、私の顔じゃなくて、スカートの方ばかりに視線を向けてくれている。
「びっくりはしたけれど、私の顔を見たいって言ってくれたのは嘘だったんだ」
 もちろん、女を意識してしまってから初めてのスカート姿。その姿を優希君に見てもらえて嬉しいに決まってはいるけれど、やっぱり初めは顔を見てお話がしたい。
「ああっ! いや、そうじゃないんだ。ただ愛美さんのその姿を見るのが久しぶりで嬉しくてつい……」
 照れながら、嬉しそうにしてくれながら私の顔を見てくれる優希君。その表情のどこを取っても私の顔を気にしている様には見えない。
「……びっくりはしたけれど、この傘どうしたの?」
 優希君とわずかな時間見つめ合った後、優希君の手に差している傘を見ながら訪ねてみる。その間に地面に顔をうつむけるも、私の視界いっぱいに広がる、雲と一緒に広がる晴天。
「どうしたのって、愛美さんにプレゼントしようと思って」
 そしてこっちも久々に見る、自信にあふれる優希君ってそうじゃなくて。
「こんな良い傘を私に?」
 よく見れば内生地と外生地で作られた傘。その内生地にはさっきから雲と一緒に広がる晴天。そして外生地には群青と言うのか濃紺というのか。そんな二枚の生地の上に、取っ手の部分は木製だったりする。明らかにそこら辺りで売っている傘じゃな気がする。もし売っていたら私が目にして、その場で買ってしまっていると思う。
「良い傘かどうかって言うよりも、今までのデートを見てて本当に空が好きそうだったから。だから僕の力で愛美さんを笑顔にするならこれしかないと思って。だから僕の気持ちを受け取ってくれたら僕も嬉しい」
 気付けば私の鼻腔一杯に広がる優希君の匂い。自分の差していた傘を放り出した優希君が、いつの間にか私の傘の中に入ってきて、私の背中に手を回してくれる優希君。だからいつものように私も優希君の胸元に両手を添える形になる。
 二人きりのデートの時、はしゃぐ私とは違ってどこまでも私を見てくれている優希君。そんなの嬉しいに決まっているし、私だって優希君の気持ちだって言ってくれるなら欲しいに決まっている。
 だけれど、それは私が優希君に話さないといけない事を全部話した上で、優希君がどう思うかの後の話だと思うのだ。
「私がそれをって……優希君?」
「前にも言ったし、何回でも言うけど僕の腕の中は、愛美さんしか迎え入れる気は無いから。だから逃げようとしないで欲しい」
 ただ私の背中に腕を回してくれただけじゃなくて、ためらった私の心ごと抱きしめてくれる優希君。
 やっぱり優希君の腕の中、胸は居心地が良くて、優しくて。
「分かった、ありがとう。じゃあこのままの方が嬉しいけれど、私の話を聞いて欲しいの」
 私は優希君に秘密を作りたくなくて、雪野さんの時には私だけが騒いで涙して。その上、自分の時には都合良く優希君に甘えてしまって。その罪悪感というのか、言葉に出来ない感情と共に、木曜日に行われた健康診断からの出来事を全て話す。

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