第147話 親の想い父の想い  Bパート

文字数 6,317文字


 結局先生と言葉を交わさないまま、お母さんを含めた家族全員が揃う。
「愛美! お父さんから電話で聞いたけど、愛美の可愛い顔が大変な事になってるじゃない!」
 帰って来たお母さんが私の顔を見るなり、悲鳴じみた声を上げて出迎えた私を抱きしめて頭を撫でてくれる。
 最近色々な人に抱きしめられている気がするけれど、裏を返せばそれだけ周りに心配をかけてしまっているって事も実感してしまう。
「心配かけてごめんなさい」
 両親の気持ちを受け取った私は、そのままもらい泣きみたいな状態になってしまう。
「心配はしたけど、愛美が悪いわけじゃ無いんだから、謝らなくても良いのよ。無事で、元気でいてくれたらそれだけで十分なのよ」
「うん。元気は元気だから……ありがとうお母さん」
 だから少しでも安心してもらおうと、涙声は諦めて私からもお母さんの背中に手を回す。
「慶久。お父さんとお母さんはもう一回この先生と話をしないといけないんだ。だからあと少しだけ部屋にいてくれるか? その代わり今日はお父さんが慶と一緒に寝るから、その時何がどうなったのかもちゃんと話してやる」
「分かったけど一つだけ良いか? ……俺のねーちゃんはお人好なんだ。そんなねーちゃんをこんな目に合わせた奴を、俺は絶対許さねーからな」
 お父さんの言葉に返事をする代わりに、穂高先生に精一杯の文句を言う慶。こんな慶の姿を私は昔から知っているから、慶を嫌いにはなれないし、酷い事を言われてもやっぱり大切な家族には変わりないのだ。
 その慶の言葉を聞いたお父さんが、びっくりした後、慶の頭をポンポンと撫でて、自分の部屋へと誘導する。
「……それで愛美の事、話してもらえるんですね」
 それを確認してから、改めてさっきの話をお母さんも受ける事になる。

 一通りの説明を聞いた後、お母さんの反応はお父さんとは対照的だった。
「だから母さん。本当に愛美が無事かどうかを見てやって欲しいんだ。愛美が俺たちに心配をかけさせまいと隠してないか看てやって欲しいんだ」
 涙しているお母さんに、お父さんも目頭を押さえながら、電話口でしていたらしいお願いをする。
「分かりました――愛美。こっちにいらっしゃい」
 でもマズい。今、私の胸部についてるあざとまでは言わないけれど赤み。これを見られたら確実に事態は悪化する。
「大丈夫だから。見る必要なんて無いって。それにお母さん相手でもやっぱり恥ずかしいよ」
 理解した瞬間、私も蒼ちゃんと同じように拒んでしまう。
「本当に大丈夫って言うなら、確認させて安心させてちょうだい」
 ――私に袖をめくって安心させてよ――
 そして自分が蒼ちゃんに対して言い続けていた言葉も同時に思い出してしまう。
 結局両方の気持ちを同時に理解出来てしまった私に出来る返事は、一つしかなかった。

 お母さんと二人、脱衣場内の鍵をかけて向かい合った後、一枚ずつ服を脱いで、最後のブラを取った瞬間、
「愛美これって……本当に……」
 お母さんに泣かれてしまう。
「……」
 実際色々な恐怖心や悔しさを味わって、そこに動かないアザと言うか赤みがあるのだから、言い訳なんて思い浮かぶわけもなかった。
 それを分かっていただけに、辛い気持ちの中、身支度を整えてお母さんと二人、脱衣所から出る時、
「いくらお母さんだからって言って、確認するような事をしてごめんなさいね。その胸の所の事は、お母さんがうまく言うから愛美からは細かくは言わなくて良いわよ」
 お母さんが私の気持ちを掬い取ってくれる。
「うん。こんなの誰にも知られたくないよ」
 本当ならお母さんにも知られたくない。もう完全に蒼ちゃんの気持ちを理解出来た瞬間だった。
「ええ。お父さんにはぼかして言わないといけないけど、慶久には言わないわよ。それじゃあお父さんが気にしてるから一度戻りましょ」
 蒼ちゃんの気持ちを理解した私たちは、もう一度リビングへと戻る。

「母さんどうだった?」
 お父さんの質問に少しだけ顔を伏せた後、
「この事、警察に届け出てるんですか?」
 先生に驚きの質問をする。
「いえ、警察ではなく市役所や教育委員会への連絡をしています」 
【いじめ防止対策推進法:第三十条:


 それに対して淀みなく言い切る先生。そう言えば昨日の健康診断の時にそんな事を言っていたかもしれない。
「どうして警察へは連絡しないんですか? いくら子供とは言え、愛美にした事は犯罪ですよ!」
 お母さんが無き寝入りの心配をしてくれているのは分かるけれど、話を大きくして欲しくない私と蒼ちゃんからしたら、それはそれで困るのだ。
「同じ女性として、もちろん私も同じ気持ちですけど、彼らもまた少年法で守られていて、未成年の場合は家裁送りにしかならない事がほとんどなんです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 少年法 VS いじめ防止対策推進法 第二十三条 6項 (難しい議論の一つ)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 でも先生が悔しそうな表情で答えるのを聞いて、安心したところに、
「俺たちはそんな杓子定規の話なんてどうでも良いんだ。一度向こうの親と話をさせてくれ」
 お父さんが言葉をかぶせる。
「すみません。それも出来ないんです」 
【いじめ防止対策推進法:第二十三条 5項】
 それに対しても即答する先生。あれはしない、これは駄目、あれも駄目……どうしてそこまでして、私たちじゃなくて女子グループを含めた加圧側ばかりが守られのだろう。
 私はともかく、蒼ちゃんの暴力、性暴力まで戸塚の事も、あの女生徒たちの事も、何もなく終わってしまうとしたら、あまりにも浮かばれ無さすぎる。そう思ってしまうと、蒼ちゃんの事まで考えてしまうと、今はマズいと分かっていてももうどうしようもない。目に涙が浮かんでしまう。
 被害者だからって声高に何かを主張するような事はもちろんしないけれど、どうして私たちばかりが譲歩しないといけないんだろう。
「愛美……」
 私の顔をお母さんが隠してしまう。
「――っ。あれも出来ない、これも出来ない……お前たち教師はこの子の涙を見て何も思う事は無いのか!」
「本当に申し訳ございません」
 それに対して、私に色々話してくれた時とは打って変わって、謝るしかしてくれない先生。
「分かった。こっちで学校で受けた暴力と犯罪の分は被害届を出させてもらう」
「それは考え直して――」
「考え直せって、いったいそちらは今日何をしに来たんだ! 俺たちの気持ちを逆撫でしに来たのか!」
「すみません。今日の所はお引き取り下さい」
 私が大急ぎで警察の話だけは辞めてもらおうと口を開きかけた時、お母さんが話を終わらせてしまう。
 それに合わせるように先生の方も無言で帰る準備をして、私たちに深々と最後に頭を下げて一人帰って行く。


 玄関のドアが閉まるのを確認した後、
「俺は慶の所に行って、今日の説明をしながら、今後どうするのかも含めて頭の中を整理させてくれ。その代わり愛美の事は――」
「――当たり前です」
 お父さんとお母さんでまとめてしまう――前に。
「お父さん。私、警察に言うとか被害届を出すとかは嫌だからね」
 蒼ちゃんと同じ気持ちかどうかはまでは何とも言えないけれど、少なくともこれ以上は大ごとにはしたくない。
「分かった。その辺りの今後も含めて一晩俺に考える時間をくれ」
 考えるも何も、私は警察に言うのなんて絶対に嫌なのに。
「そしたらお母さんも用意だけしたら愛美の部屋に行くから、先に部屋に戻ってやることがあるなら先に済ませちゃいなさい」
 私の気持ちをどこまで分かってくれたのか、曖昧な返事をしたお父さんを見送って、私もまた自分の部屋へと戻る。

宛元:朱先輩
題名:明日
本文:いつでも良いから愛さんの都合の良い時に連絡が欲しいんだよ。
   そして愛さんに謝らせて欲しいんだよ。

 届いていた朱先輩からのメッセージの確認をして、咲夜さんからも着信が入っていたけれど、とてもじゃないけれど今日は電話なんて出来る状態でも無いし、そんな場合でもない。だから

宛先:朱先輩
題名:分かりました
本文:明日できるかどうかは分かりませんが、落ち着いたら改めて連絡します。
   それと、朱先輩が謝る事なんて何もありませんから。ブラウスの件、本当に
   すみませんでした。

 朱先輩への返信メッセージだけ送ったところで、お母さんが顔を出してくれる。
「愛美本当に大丈夫? 無理してない? もっとひどい事とか本当に大丈夫?」
 そのお母さんが部屋の鍵をかけて、私のベッドに腰掛ける。
「大丈夫って言える状態じゃないけれど、そう言う意味では最悪の事態には本当に至ってないよ」
 ただあそこに優珠希ちゃんが来なかったらって思うと、せり上がって来るような恐怖心は簡単に蘇ってしまう。
 その時を思い出した私の体が震えるのをお母さんが見咎める。
「愛美……やっぱり……」
「違う。それは本当に大丈夫だったの。ただ男の人の力ってあんなにも強いんだなって、今になってもどうしてもその時の恐怖が抜けなくて……」
 あれは、一時期酷かった時の慶の比じゃない。クラスの女子たちともまた全然違った。いくら馬乗りされていたとは言え、本当に私の力じゃなびくともしなかったのだ。あの時の膨れ上がる恐怖心は言葉にはするのは難しい。
「……」
 無言で私を抱く力を強くするお母さん。
「……じゃあ、本当に女としての最後の尊厳までは大丈夫だったのね」
「うん。それは本当に信じてもらって大丈夫だから」
 本当はあの時の恐怖が今も抜けないし、多分ずっと抜けないと思う。だけれどこれ以上お母さんに心配をかけるのもいやだったし、話を大事にもしたくなかった。
「良かった。本当に良かった」
 それでもお母さんの声が、たちまち涙声に変わってしまう。お母さんの顔を見てからずっとお母さんの涙声ばかりだ。
 だからお父さんがいない今、私の気持ちを改めてお母さんに言っておきたい。
「お母さん。私も蒼ちゃんも同じ気持ちなんだけれど、昨日今日の事は全て学校に任せて、警察には言いたくないの。私自身が性被害に遭ったなんて言いたくないし、知られたくないよ」
 もちろん戸塚や雪野さんの友達の事を考えての発言じゃない。あくまで女としての私個人の気持ちなのだ。
「分かったわ。愛美と友達の二人の意見だって言うなら、お母さんからはもうその話はしない。それよりも顔は痛む?」
「うん。正直喋ると痛いし熱いし喋りにくい。でもお母さんとも話がしたいの」
「愛美……」
 普段なら何でもない会話。だけれど今に限って言えば何でもない私の事まで気にかけてくれると分かる会話。
「今日の暴力沙汰を優希君は知ってるの?」
「妹さんから聞いて多分知っていると思う」
 って言うか、昨日のいきさつも知っていて、今日の出来事も優珠希ちゃんから伝え聞くだろうし、知らないなんて事は無いと思う。
 ただ、言われてみれば優希君からの連絡があったかどうかは、咲夜さんの着信履歴しか見ていないから正確には分からない。
 ただもう一回確認するにしても、お母さんの前で確認するのはいくらなんでも恥ずかしすぎる。
「彼氏と連絡とるなら、お母さん席外すわよ」
 ただそれ以上に問題なのが、仮に優希君から何かのお誘いがあったとしても、今の私の顔じゃとてもじゃないけれど、優希君の前には立てない。
「ううん。今日だけはお母さんにいて欲しい」
 その事がとても残念で寂しくはあるのだけれど、それ以上に今日怒鳴られた恐怖心が抜けないし、圧倒的な力の差が私の身体の震えを拭い去ってくれない。
 だから今日一人で寝るのはしんどくてどうしようかと思ってはいた。
「分かったわ。じゃあ今日は愛美のお布団にお邪魔して寝るわね」
 私のお願いに一切の理由は聞かずに、そのまま私のベッドに潜り込むお母さん。
 この年になってお母さんと一緒に寝るっていう気持ちもあったのだけれど、やっぱり今日あれだけの恐怖に襲われた私の心は弱り切っていたから、本当に久しぶりにお母さんと一緒の布団の中で、安心して寝る事にする。


 そして少しだけピロートーク。
「愛美の事だから先にお母さんから言っておくけど、今日の愛美の行動自体は間違ってもないし悪いとも思ってないわよ。結果としてはお母さんも胸が潰れそうな程、心配はしてしまったけど、あの蒼依って言う友だちの為に動けた愛美の行動自体は人としてとても立派だとは思うわよ。ただ行動する前に誰かに相談するなりはして欲しかったわね」
 本当にその通りだ。親友の為だって一人突っ走って、その結果これだけ周りに迷惑と心配をかけて、人としては立派かも知れないけれど、子供としては最低だったと思う。
「それからその顔。ちゃんと治るのよね? そう言えば病院代はどうしたの?」
「うん。治るのは治るって言ってもらえた。ただ蒼ちゃんの方は本当に酷くて、妊娠は大丈夫だったけれど、全治3か月くらいはかかるって言われていたみたい。それと病院代は先生が出してくれたから分からない」
 健康保険証を持ち歩いていなかったのだから、かなりの高額になる気がする。
「分かったわ。それは明日以降お母さんの方で何とかするから、愛美は気にしなくて良いわよ。後、今週と来週くらいはお母さんが家にいる事にするから、愛美はゆっくり休んでくれたら良いし、家の事は一切何も気にしなくて良いわよ」
「ちょっと待ってよ。それでお父さん一人でも大丈夫なの? ずっと二人でやって来たんだよね?」
 お母さんはサラッと口にしたけれど、中学三年の時以来、ずっと夫婦二人でやって来たはずなのに。
「何言ってるのよ。こんな時くらい素直に甘えたら良いのよ。慶久と喧嘩した時もお父さん言ってたんでしょ。あなたたちの幸せが何よりも大切だって」
 確かに慶に性的な目で見られた時に、そんな話をされた記憶がよみがえる。
「だから愛美は何も考えなくても良いから、ゆっくり休みなさい。それから明日か明後日に彼氏に会って来て、気分転換して、思いっきり甘えて元気でも貰ってきなさいな」
「優希君に会うって……この顔で会える訳ないよ……」
 さっきも二週間はこの顔を見せたくなくて、会えないってそれらしい事を優珠希ちゃんに言ったばかりなのに。
「何言ってるのよ。男ってそう言う生き物じゃないわよ。優希君は愛美のとびっきりの笑顔と可愛さを知ってるんだから、むしろ庇護欲を掻き立てられるか、ポイントを稼ぎに来るかで露骨に優しくなるわよ」
 なのにそんな事を言われたら、好きでも何でもない男の人に体を見られて、触られて、ただですら顔を合わせ辛いのに明日優希君に会って、優しくしてもらって、甘えたくなるに決まっている
「……分かったら早く眠って、いい夢を見なさいな」
 そんな気持ちを持ったまま、夢の世界へと(いざな)われ、私にとってとても長かった金曜日がやっと終わる。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
    愛さんの気持ちと連動するように、不安にさいなまれ続ける朱先輩。
      その朱先輩のよりどころである“ナオくん”に甘える朱先輩。

        そして朱先輩とナオくんの間だけでの取り決め。
        抱え込ま

、塞ぎ込ま

、一人で泣か


             この【(さん)



        そのナオくんの優しさを胸に、朱先輩は……

    「愛さん。ウエディングドレスが何で白いのか知ってる?」


           次回 148話 心と体と年齢と
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