お色気地獄の三丁目

文字数 2,729文字

 ある晴れた日のこと

 Something+4再訪。
 二丁目の魔女・ブラッディマリーの美穂が経営する<Something+4>
 ここは男→女またその逆を開発する特別支援プログラムを展開。
 LGBT+Q(同性愛者や性転換者などの呼称)他セクシュアリティで悩める人達を対象にカウンセリングを中心とした個別指導、インターンによるプロモーション活動など専門スタッフが完全サポートするソーシャルワーカーとして90年代から活動を始めNPO法人や多くの支援者が加盟する組織的な団体。
 世紀末覇者と呼ばれる美穂は日本を代表するジェンダー、絶賛恋人募集中。
 俺(ノンケ)個人が関係者にどのくらい理解を示しているかなんてお構いなしに髭の生えてるオネェ軍団のおもちゃにされる罰ゲーム。

 「今日はどんな風にされたいの?」

 舌舐めずりする濃厚オイリー加齢臭を放つ恰幅のいい髭女の猛威に晒される俺は悲鳴をあげることさえ許されず、魔女たちの拷問を受ける。

 何度もいうが俺はノンケ。
 社長の薬を取りに来てるお遣い風情、好きで足繁く通っているわけではない。
 しかし、俺に拒否権を与えるはずもない社長の企みは用意周到。
 「玲音!次はアタシの番よ!!」
 ギャーだの、オラァァだの血気盛んなオネェ軍団のイケメン争奪戦(殺し合い)にジャッジを入れるべく仕置き人の任務を遂行中。
 無神経な程フェロモン垂れ流しの玲音(本人自覚ナシ)を悪食から身を挺して死守する様命令された俺だけど、玲音は野獣と化した軍団を次々と甘い言葉で撫で回しあしらいつつゲス共に切ない恋頃を抱かせるスゴ技を見せつけられ、嫉妬で狂いそう。

 あの男は俺の花形なんだぞ?気安く触るな、話しかけるな。

 お(オカマ共)
 ま(マジで)
 え(えー加減にせぇーや)
 ら(ラッシュて、何?)

 仲良く地獄に堕ちろと心の中で親指かっ下げる
 何はともあれ心は錦な、俺。

 5時を過ぎれば濃紺の闇が忍び寄り、頭上に灯る白い電球の羅列は水先案内人のように駅までの道程を照らす。
 前ばかり見て急ぐ俺は通行人に何度もぶつかりながらも、なお足を速める。
 後ろから聞こえてくる声に振り向きもせず。
 「待って…」後方から腕を捕らえられた瞬間の出来事
 「お前は車で帰ればいいだろ。俺は電車に乗るから、いいって」
 「だから、どうして?」
 そんな顔して俺を見る玲音、お前のせいだ。
 俺達を避けて通る人の群れがくれる視線は男同士の喧嘩?大概そう思うだろう。
 実際に足を止める見物人もいるくらい周囲からの視線を集めることで不安に掻き立てられる。

 玲音が、誰かに取られてしまう。

 そんなありもしない被害妄想から逃げようと必死だった。
 勘違いな俺、悪いのは俺…
 だけど謝るのが許せなくて、力任せに腕を振り解き踏み出した先でついに正面衝突。相手の男から頭ごなしに怒鳴られた。
 「(まさ)、大丈夫?」黙り込む俺の変わって謝る玲音
 激昂して腕を振り上げる男と俺の間に飛び込む玲音を見た
 誰かの一言「あれ…帆谷じゃない?」続いて男が玲音の顔を覗き込む。
 声高に驚く「世界水泳の帆谷だろ。うわ、すげぇ本人?」誰ということなく連鎖反応でスマホのカメラを向けてくる無神経な傍観者を無視して俺の手を引く玲音は繋いだ手をそのままに人並みを掻き分けた。
 背中を撫でる手がいつものように嬉しく思えない戸惑いは、曇りながら胸の奥に沈む。


 帆谷 悟(ほたにさとし)


 ニュースで紹介されるスポーツコーナーを見る程度に留めている俺は水泳の知識もなければ選手の名前も知らない。
 でも、世界水泳の帆谷は記憶にある。
 俺が高校生の頃に家族一丸となって応援した選手の名前だ。
 それまで第一線だった選手陣が体力の限界と表明、世代交代を迎えた日本タイトルからアジア選手権、世界大会連覇を成し遂げた懐かしい感動が甦る。その功績を讃えられた帆谷は大手スポーツブランド社や製薬会社のイメージモデルに採用され水を掻く勇姿から王者の貫録を遺憾なく発揮する一方で、女性週刊誌にセミヌード扱いされて話題になった著名人。
 最後に出場した世界大会での引退宣言は衝撃的だった。
 世界を舞台に日の本が再び活躍する機会を失ったと連日報じられ、帆谷は時の人となった。
 あれから数年、どのような経緯で花形を勤めることになったのか?
 知りたがるのは不謹慎だろう。
 しかし、堪りかねた俺は社長に言ってしまった。

 「さっきから俺の皿に、グリンピースを入れないで下さい」
 「好き嫌いしないの…ね?」お前がな、お前が…
 声にはしない相づちを送りひと呼吸おいてからフォークを横にする。
 「玲音のことですが…」
 「居ない人のことは話さない方がいいよ」
 そう言われてしまうと切り口から先を見つけられず、また食べ始める。


 「恋バナなら、聞くけど?」


 ブーッと吹き出す、鼻の痛みに貫かれ耳まで真っ赤になった。

 「…う、苦しい。アンタ突拍子もないことを」
 「恋の病で苦しいのかな?大丈夫だよ」俺の肩にポンと手を置く社長の真摯
 「初恋は処女膜のように儚く破れるものだからね」
 意味が違う已然にフラれること前提という釘刺し。
 お墨付きどSっぷりに感服するが、災い転じて社長とメイクラブ?
 ああ、それって断末魔。
 同じ男でも格差が生じるってことは、俺の中で恋愛対象の男は玲音ただひとり。
 他の誰でもない
 玲音じゃなきゃだめな自分が棲みついて今夜も悪さばかりを仕掛けてくる。
 一線を越え、目指す先に辿り着くまで…あっという間だ。
 大きな波に飲み込まれるようにして包まれた中に、灯る熱情。
 理不尽だらけの言葉に縛られる俺の琴線はただ震えるばかりで唇を閉じても溢れる声を堪えるため、枕の下に手を差し込み、ゆっくりと頭を埋めて肩を張る。
 布団を頭まで被った後で膝を開き、血液の流れを体感しながら名前を呼ぶ。
 欲しくて堪らない
 「好きだ」ひとりぼっちの欲情と切なさを放つ。
 息みから解放された俺はイメージと現実の着地点にどこか安堵にも似た感情を覚えながら飽くなき欲望を剥き出しに指を急がせ、再び魅惑の刻に溺れてゆく。

 青い水面を突き破りながら進む、勇ましいその姿。
 競泳水着の下から盛り上がる躍動感は飛沫に叩かれながら、照明の光を妖しく照り返す。より一層男のシンボルを象るラインをじっくりと這う汗の滴が疎ましい。
 プールサイドに残されたのは、綺麗な形をした足跡。
 それは絶対に消えない焔
 何度も形を変えながら許に戻る、火のように、水のように
 俺も…俺も、そうなれたら。

 「好きだ」目を閉じて、玲音と手を繋ぐ。

 俺の指だけがゆっくりと折れて空を掴む。
 そんな夜想に暮れて、幸せな初夜を過ごしたように安らかな眠りについた。
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