ようこそ地獄の一丁目

文字数 1,179文字

 今、俺の目の前で
 照明で輝くゴールド肌の色香を放ちながらミルクティーのような淡色した巻髪を揺らし、騎乗位で目線をくれるひとりの女。
 艶めかし腕を上げながら酷く物欲しそうに見つめている。
 ベッドの軋みが激しくなると甘い声が高らかに響き、リズミカルな声に卑猥な音と色が混じる。肉色の濡れ場。
 
 それがAV撮影の現場だ。

 AVの撮影は専用のホテルやスタジオで行われる。
 ここは鎌倉市内に向かう上り坂の途中にある庭付き一軒家。機材が入る前の内装を見れば俺でもわかる風景でグラビア撮影に使用される人気のスポット。
 今回はSM皆無の純粋なAV撮影。
 俺はスタッフとして現場に派遣された。
 人気AV女優の生本番が見れる興奮に包まれていたのは最初だけ、思っていたより本格的な空間に圧倒されていた。本番行為の一本撮りではなくシーンごとの撮影で照明の当て方からカメラワークの確認、女優本人もカメラ写りの確認をしながら水分補給やメイク直しをしてベッドに戻る。
 これだけ多くのスタッフに囲まれ、次々と派遣の男優を入れ替えながら感じまくる女の性を、恐ろしくさえ思う。
 
 道具の用意と後片付け、女優に突っ込まれた生々しい異形を手に取り洗浄消毒。
 大袈裟なバキューム音と男の台詞めいた歓声を背後に聞きながらローションをお湯に溶かす加減を教えてもらい、額に汗を滲ませる。
 例えギャラが弁当でも、事務所で社長と過ごすよりマシだ。
 暇さえあれば言葉でいじられる研修期間は地獄絵図そのもの。1日でも社長の顔を見なくて済む、ここは天国に一番近い陸の孤島と称賛するべく現場に忍び寄る靴音。

 社長の登場に、誰も挨拶しないのは意外だった。

 この業界で歌舞伎青嵐の名を知らない者はいない。
 実の正体は伝説や語り草で覆われているため、多くはイメージでしかないそれが現状。監督とプロダクション関係者が深々と頭を下げ始めた頃に女優が煙草の先に火を付け「ふぅーん?イケメンですこと」イケてるメンズではなく定年の爺。そこは年齢不詳ということで弁当を小脇に抱え逃げる、俺。
 しかし襟首を掴まれ、社長は監督と話しながら器用に俺の両手首に手錠をかけその上にスーツの胸ポケットからチーフを抜き取り、そっと隠す。
 まるで犯人扱いである。

 「私の小姓がお世話になりました」周囲が目を剥く一撃
 
 ばっさり落ちた弁当から唐揚げが飛び出す、相次ぐ悲劇に太刀打ちできない。
 なぜ社長がいきなり来たのか?
 訪ねたところ「あの監督、男日照りと聞いたから心配でね。親心だよ」見え透いた嘘をそんなことでわざわざ社長が外車を飛ばしてここまで来ると思えない。
 また俺を虐げるつもりだろう。
 ミステリーみたいに足を滑らせ崖から転落?
 それとも男の巣窟ハッテンバに全裸で置き去り?
 息をするだけで腹の虫が鳴く状況まるごと飲み込んで、俺は覚悟を決めた。
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