俺とお前…或るいは地獄の五丁目/2

文字数 1,958文字

 取り急ぎ探したバイトの面接3件アウト
 郵送した履歴書の審査が通れば後日連絡が来るのが2件。

 クリスマス前は製菓の製造ライン募集が猛ラッシュ。
 短期で20:00~翌6:30日給9500円
 他、シフト制5時間、生産数により多少時間の変動があるため残業手当別途支給、交通費支給、制服等貸与という待遇もある。
 他にも繁盛店のカラオケや、大手グループの繁忙期に備えた高い時給が目白押し。
 夜はだめと言われても受かったら説得して働くつもりだ。
 いい返事が来ることを祈って…
 某風俗店の休憩室で、弁当箱を広げる。
 「おーすげぇ今日は幕の内だ」
 俺を横目に煙草をくわえるメイク後の風俗嬢に「あ、どうぞ」煙草を勧めて尻を退かす。化粧の香料と煙にまかれて飯を食うのは嫌だけどヘルプの仕事を貰ってるから仕方ない。

 ここは電車通りにある高架下の小さな店。
 昔ながらの三色ねじり棒が回る床屋の奥にあるストリップの並び。雑な空間だが庶民を支える立地に看板を置くアナスタシア系列店はショットと呼ばれるリーズナブルな風俗店を配置している。
 狭い店内はパネルで仕切られ3畳にも満たない空間が縦に並ぶ。
 カーテンの向こう側から卑猥な音を立てるのは、金で時間を買った男性客から指名を受けた風俗嬢たち。本番なしの箱ヘルスではソフトSMが10分単位3000円~別途オプションで楽しめる。

 高級クラブとは違う、場末な雰囲気だ。

 ここに来た理由は「社会見学を兼ねた視察」
 関東ブロックのアナスタシアがどのような風俗経営をしているか、自分の目で見て確かめた上で幾つかある項目をチェックして部署に報告。アナスタシア各支店は支配人代理の幹部が配置されているのに対して、系列店また加盟店はそれぞれに経営者(店長)と支援する

がいる。
 営業スタイルが異なることから警察に目を付けられる原因となる未成年の採用や覚醒剤の乱用など摘発を逃れる為アナスタシアは独自の警らである、覆面調査員を各店舗に導入する。
 内部告発や裏金も動くので、表向きには秘密の部署。名前もない。
 調査員は肩から足首まで刺青(タトゥー)の強面から一介のサラリー風や大学生、男女問わず数名ワンクール2ヶ月で総入れ替え。ボスと呼ばれる部長はスーツを着崩した無精髭の男。禁煙が喧しい俗世なんぞ全く無視の方向で構えるヘビースモーカー。

 俺が初めて会った時
 デスクに足を乗せてフライドチキンを食ってた、佐川恭一。
 
 「おいおい、そんな仔猫ちゃん置いてかれても困るぞ。青嵐」
 そう言って煙草を噛みながら火を点ける、眼光の鋭さに背筋が寒くなった。
 付き合ってみれば人の良さが伺える大いなる中年、20歳年下のJKと恋愛してる純情派(あくまでも本人談)まぁそれはそれで訳ありっぽいけど。
 「店内の清掃と衛生状態C…んーで?これは何」
 「先月辞めた3名のうち1名妊娠が原因だと報告がありました」
 「商売道具になぁーにしちゃってるワケ」
 椅子の背もたれに寄りかかり、顎を撫でる佐川の一声で立ち上がる組合員の2人は目で合図して部屋を出た。
 警察の手が入る前に動員される第二派の組合員は、団体関係者。
 警らはあくまでも対象の店舗に営業に関する問い合わせをした上で、確かな情報を組合に提供する繋ぎ役。風俗店の裏側リアル、仕事とはいえ…些か特殊である。
 次第に過度なストレスを蓄積する俺
 だけどポストに投函された朗報に、拳を握って肘を下に引く。
 バイトの一次審査通過!いよいよ来週、面接して金になる仕事ゲット!!
 幸運のチケットにキスする現時点ですっかり面接通った気になり浮かれていると頭上から現れた玲音に上から封筒を奪われ「夜はだめって言ったのに…」苦言を漏らし内容に目を通す。

 「日給1万。俺の給料10日分が1日で稼げるの、すっごくない?」
 「凄くない。ここ場所どこ?」
 「都内…じゃないから、大崎まで歩いて始発で帰ってくる」
 「いつ寝るの?」
 「電車の中で。だめ?」

 封筒に手紙を戻してテーブルの上に滑らせると、そのままの姿勢でわざと音を鳴らせて両手をつき俺に覆い被さる玲音は「だめ、行かせない」顔を近づけて囁く。
 そんなことするから、俺も本音が出る。
 「お前に意見される覚えはない。俺なんか…別にどうなってもいいだろ」
 「どうしてそう思うの」
 「勝手なことしたら花形としてのお前が困るから?」
 玲音は眉間に皺を寄せて唇を振るわせた。
 それを見ないようにして壁にもたれ頭を横に倒す、沈黙。

 ああ…えっと…ちょっと言い過ぎた?

 拳を握って俺から離れる玲音が、長い睫を何度か上下させる姿は俺にとっても気まずくて、さすがに謝ろうと踏み出すと先に切り出された。




 「理屈じゃない、好きなんだ」




 言ってすぐ
 静まりかえるリビングに、玲音の息が漏れる。
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