今宵限りのアバンチュールは地獄の六丁目/2

文字数 1,761文字

 昨日の今日で、まだ心の準備が…

 「だめだって」
 「どうして?嫌だなんて言わせないよ」
 「そんな、急に言われても…俺、初めてなんだぞ?」
 「一度乗ってみたかったんだ」

 あ、またお前
 簡単に手を握って…玲音が指さす先に目をやる。


 「観覧車。キレイだね」


 確かに。街の灯りを映す空は遠くが霞み
 物悲しいけど、玲音の背後から放たれる幻想的な花火は水面に反射して目が眩むほど鮮明な美しさを送り続ける。
 左手にチケット
 右手に玲音の温もりを感じる俺は、人目を気にしてマフラーで口元を隠した。

 横浜のシンボル、世界最大の時計機能付き大観覧車。
 約15分の空中散歩は玲音に導かれ、始まった。

 丸形の客席はガラス張りで、角度によっては人の顔が見える。
 夜は男女のカップルが多く並んでいる時から男同士って俺たちだけ?
 随分と気を揉めた。
 でも乗ってしまえば肩を並べて眼下に広がる夜景を眺める。
 「すげぇ!今、何メートルだろ」
 はしゃいで振り返る俺を見つめる玲音の瞳は絶景と称される夜景の輝きを瞳に吸い込み、ただ美しく佇む。好きだから、そう見えるのか…誰が見てもイケメンだと思えるのかは一目瞭然。

 「俺と居て、愉しい?」
 「ここ男同士で来る所じゃないけど、玲音となら…別に」
 「そっか。俺のこと嫌いなのに、優しいね」

 あーうんうんそーだねぇ、て
 流暢(りゅうちょう)な空返事するところ踏み止まる。はぁ?思わず声に出た。

 「そんなこと一度も言った覚えないけど」
 「気を使わないで。本当のこと言ってくれて構わないから」
 「だから嫌じゃないし。何て言うか…」

 今、ここで手込めにしてやりたいです(人間失格)

 「俺、子どもの頃から水泳の英才教育を受けて来たからいつも褒められるよう努力して自分に価値を見つけながら生きてきた。競争社会で勝ち取る勝利は俺の中で絶対の快楽だったのに…この業界を知って、全てを捨ててもいいから自分の人生やり直したいと決意した。決して楽じゃなかった…けど、それまでと同じで認められることが嬉しくて。思えば俺の人生、他人に否定されたことが無かった。その代償が今…だと思う。自分が情けないよ」
 
 そこまで言い切って、玲音の頬に涙がこぼれ落ちる。
 濡れる睫毛は艶やかな束になり釘付けになる俺は息を浅く溜め込み、蜻蛉みたいに揺らめく感情を抱いた。
 アナウンスが流れて頂上を通過したことを知る。
 あと5分足らずで夢みたいな時間は終わってしまう。これは警告だ。
 この時を逃したらもう次はない。
 「あ、あのさ…」
 握れば滴るほどの手汗、俺は恋の病に蝕まれる。
 どうすればいいのか、誰も教えてくれない。
 だから答えは自分でみつけないと
 病むならいっそ、恋の業火に燃やされながら地獄に堕ちてやる。それでもいい。

 玲音が…





 「俺、お前のこと好きなんだ」目を離さないでいてくれるなら。




 奥歯を強く噛み合わせ
 膝の上で手を握る。寒くもないのに膝が震える俺は、恥ずかしくて今すぐ錠を上げて扉を蹴り真下の海に飛び込みたい衝動を堪えて言葉を続けた。
 「契約違反…だよな、解ってる!迷惑だってお前思うかも知れないけど、マジだから…」
 「……え?」疑惑の瞳を向けられ、息詰まる。
 「だから今までのは気持ちの裏返しっていうか…ごめん」
 頭を下げたら熱い息がマフラーにこもって切なさが、自分に跳ね返ってきた。
 今までにないくらい心臓が膨らんで痛い。
 その動きに逆らうようにして自分を停止させようとする。爪が真っ白になるくらい強く握りしめ、結んだ唇は小刻みに震えた。
 今まで散々に玲音を傷つけた俺が何を言われるか?
 最悪のケースに耐えられるよう想像を巡らせる。

 今までだってそうだったじゃないか。

 俺が一生懸命にやろうとすることは…
 全て笑われ、貶される。
 本性を暴かれたところで、裏切られるのが世の常だ。
 しかし、惨憺たる状況であっても俺自身が希望を捨てないことで見つけられる、優しさや救いがあることを玲音は教えてくれた。
 「ごめんね、俺のせいで…」
 床に膝をつき俺の名前を繰り返す。
 辿り着いた先に開かれる扉の向こう側で、順番を待つ人の列が左に揺れながら移動してることに気がつき、立ち上がり、苦し紛れに泣き笑い。そして自分の足取りがこれからどこに向かうのか、知る余地もなかった。
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