破滅的にイキ過ぎる奴隷の主従契約

文字数 1,999文字

 「ご主人様」声に意識を取り戻す。

 しゃがんだ姿勢で自ら縄を解く男に、手渡される。

 「いつも丁寧なお縄を頂き光栄です。何か思う所があるようですが、私はご主人様が居てくれるから、激務をこなし妻との関係も良好でいられます」
 「そうですか」
 「はい…ですから、次はもっと勢いのあるプレイをお願いします」
 「承知しました」
 「初めて会った時の激しさがどうにも忘れられません」
 「塚口様は、もっと強めの方がお好みですか」
 「いえ、まだお若いのですから元気よく!ということです」

 この通り客に気を遣わせる始末。
 人生の先輩を相手に踏んだり蹴ったりしてる俺の方が聞きたい。
 どうすれば性愛に、ひたむき立ち向いて行けるのか。
 どのような趣をもって心を重ね、どこに辿り着くのか…まぁSとMでは方向性が真逆なんだろうけど。

 「お気遣い痛み入ります」
 「ご主人様、私と契約しませんか」

 残り5分、突然な申し出に二つ返事で喜べない自分がいた。

 「専属の奴隷になる覚悟はとうに出来ております。お声かけを頂ける機を待ってましたが、もう辛抱堪りません」
 「塚口様は理想のご主人様を探していると、最初に言いましたよね。それが…」
 「昌宗まさむね様です。プレイヤーとして成長する貴方を見守り、心から支えたい」

 個人契約は…
 俺の一存で決めて構わないが、この人に自分が相応しいと思えない。
 今ここで決めなくても、もっと深い関係になってからでもいいと結論付けた上での回答。

 「落ち着いてください。今なら取り消せますよ」
 「もし、引き受けてくださるのなら…私はいつでも喜んで」
 「検討します」
 「その際は一点だけ、約束をして頂きたい」
 「まだ…何か?」
 「プレイ中は私のことだけを見ていて下さい。私は全てを投げ打ってここへ来ています。明日、死ぬやも知れぬ老いぼれの短い生涯をこの時に捧げているのですから」




 「私だけを愛してください」

 床に三つ指揃えて額を当てる、懇願。




 純真を簡単に受け入れられるほど貪欲になれないのは、俺の性格だな。
 悪いがこの話に検討の余地はない。
 好いた男ひとり、守れず…
 手に入れることもできない俺に「元気を出せ」とは何事だ。
 余計なこと抜かしやがって殺すぞ、この爺。
 冷淡さだけを残して立ち去る俺は不機嫌に動揺を滲ませ、今日と別れを告げた。

 時計の針は進む。残酷な秒は止まらない。

 「ああ、塚口?財閥の生き残りにお妾がいると便利だぞ」
 「俺には荷が重すぎる」
 「嫌なら切り捨てればいい」
 「だったら最初から無かったことにしたい」
 「私情を挟むな。仕事を選べるだけ偉くなったつもりか?」

 言い返せないでいると
 「甘ったれが…」苛立ちの言葉をぶつけて、青輝丸は眼鏡を外した。

 「予約で完売にならないお前が客にどうやって示していくつもりだ。本指が増えているなら、その中から選んで契約を取れ。自分が商売道具だって事を、忘れるなよ」

 兄師えし、青輝丸の言葉は鮮烈で、あらゆる側面から現実を突きつけられ、足元から崩れ落ちる感覚に目を閉じて耐え忍ぶ。

 「男なんて星の数ほどいる。いちいち答えしていたら身が持たないぞ。それとも何か?一人に固執して多くを犠牲にするのが美徳か。自分が傷つきたくないだけだろ」

 それのどこがいけないんだ?
 心が摩耗して、全も悪も区別なく己を亡ぼすことが正しいとは思えない。
 俺は…自分が可愛いし、大事にしたい人達がこんなにも沢山いるのに何もしてやれない不甲斐なさに涙を滲ませ、唇を精一杯に噛みしめる。


 「やめなさい」麗子の一言で、叱咤が止む。

 
 「ああ、もう見ていられない…こんな綺麗な心を持った子をどうしてお父様は連れて来たのかしら?私達と一緒に生きるのは苦しいでしょう。いいのよ…泣いても…私が許してあげる」

 麗子の稀に見る母性に潜む、何かの暗示に聞き入る。

 「セフレ君もね?きっと貴方と同じ気持ちでいるはずよ。寂しい気持ちは言葉にできない分、連鎖して紡がれていくの。私達は神が創りたもうた愚かな人形。独りでは生きられないから仲間を呼ぶ。ここが唯一の拠り所になってくれたらいいけど…」

 壊れてしまった心を寄せ集めても、元に戻すのには時間がかかる。
 戻ればいい。でも、痛みを繰り返すのは嫌だ。

 「お父様に慰めて頂いたら、どう?」
 「やめてくれ。折角、調子が出てきたのに引き戻すとか」
 「だってこのままじゃ可哀想じゃない」
 「冗談じゃない。何の権限があってそんなことを」
 「昔、お父様に情けをかけてあげなかったからお母様は死んでしまったのよ」
 「その話は…」
 「同じことになるわ。この子は……死ぬ……」

 ピタリと言い当てる、夜巫女(よいちこ)の予知に誰よりも驚いたのは俺自身だった。

 死ぬ……のか、俺?
 できればそうしたいと願ったこともあった。
 この命くれてやると定めた相手が待つ、未来も危うい今…途方に暮れる。
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