宵闇の美しさは地獄の四丁目/2

文字数 2,489文字

 
 さて、ここからが本題。

 一概にルームシェアといっても家賃と光熱費は、折半で。
 当面は少ない預金を切り崩して自分の食い扶持だけでも収める。
 生活費の一切は申し訳ないが暫くは頼む。でも夜働けるとこ見つかったら請求してくれても構わないと話を切り出したのは自分が厄介者だと思われたくないから。
 「夜働くって、店に出るの?」
 「アナスタシアは無理だろ。時給いいバイト探して、昼職に差し支えない程度にやるよ」
 「本気で言ってるの?」
 「俺、収入無いんだ。迷惑かけないから…いい?」
 腕組みする玲音は顔を伏せて
 「それは賛成できない」首を横に振った。
 「無理して働くこと無いよ。体壊して辛い思いをするの、自分だよ?」
 「保険証ないから、それは重々…」
 玲音は大人だ。それに比べて俺は社会人とは言い難い下っ端、金を稼ぐことの大変さを実感した物の言い方ではない。反対されても自分の誠意を伝えたくて引き下がることはできなかった。
 「折半といってもここは青嵐様から借りてる物件だから家賃は無い。もし払うならふたりで割って30万、それでも払える?」
 公務員のボーナスに匹敵する数字に目が泳ぐ。
 じゃあ生活費だけでも玲音の負担にすることないと押したが一向に了承しない。
 意外と堅物だな。もうちょっと俺の意見を汲んでくれ。
 「夜はだめ。もっと自分を大事にして」
 真っ直ぐな瞳、言い返せない。
 油断して怯むと顔が近づいてきて、俺と額を合わせる。そのままの姿勢で首の後ろに添えられた手に優しく撫でられながら、玲音が続ける。



 「心配するな。俺がいるから」



 ……お、俺?初めて聞いた。

 とろけそうな過剰スキンシップに骨抜き。
 普段とは違う、俺の前では柔らかい男言葉というギャップ。短いリーチで微笑む癖。離れた分だけ距離を詰めて来るから逃げられない。
 まるで外国のチョコレートみたいに甘く絡みつく男、玲音。
 「やめろって、そんなことするから誤解されるんだぞ!」
 厚い胸板を力いっぱい突き飛ばしたら、眼下で玲音が尻もちついてた。
 びっくりした顔で見上げる玲音
 俺も、びっくり。早く謝れって、俺…ほら、俺がんばれって。
 「急に近づくなっていつも言ってるだろ。男同士だぞ?勘弁してくれ」
 「悪い。そんなつもりじゃ…」
 「またそれだ。思わせ振りで、そのうち恨みでも買う気か?」
 上から目線でフンと鼻で笑った後に背を向け、心で号泣。
 一度でいいから素直に謝って、あの広い筋肉クッションの胸に飛び込みたい。
 ボタンぶっ飛ぶくらい前を引き裂いて激しくまさぐりたいのに…
 俺ホント根性ない男です、反省。

 玲音を厭らしい目で見ている。

 俺は変態、俺はへ・ん・た・い…
 アイツは至極ナチュラルに生きてる、それだけ。
 だから風呂上がりは腰巻きタオル(ノーパン)で背筋を見せつけ紙パックに口を付けオレンジジュースを喉仏の下に送り込み、汗ばむ肢体をソファーに投げ出す。濡れて艶めく無造作な黒髪を掻きながら頭の後ろで手を組み、上腿を起こせば胸キュン腹筋6個パック、夢のタイムセールに突入。

 その格好で
 「ん…昌、新聞取って?」喋り出し、どエロ過ぎる。
 誰か、この男を何とかしてくれ。
 
 「さすがレン。無意識にプレッシャーを与えるとは、隅に置けないね」
 「俺どうにかなりそうです。社長、助けて…」
 「ここでは私をご主人様と呼びなさい」チッ、舌打ち。
 誰のせいでヤバい(強制エロ三昧な)生活になったんだよ!この野郎…
 「私を挑発するとはいい度胸だ。おいで、これをあげよう」
 医療用と思わしき細いゴム管に身震い。
 用途を知ってるだけに痛くて縮まる俺は鎖に繋がれ、グリップを握る社長に運命諸とも委ねる。ここはアナスタシア六本木支店。
 改装中の本店(事務所)に代わり人手の足りない支店のヘルプに呼ばれる日々事務職から離れ、SMの実務経験を兼ねて只今ご奉仕キャンペーン実施中。
 いわゆる現場で起きてる非現実的な行為は、嗜虐の極み。
 快楽の基、人間の本質が露見する壮絶な光景に足がすくみ耳を塞いでも聞こえる断末魔の絶叫と媚薬の香りが随まで染み込んで取れない。
 バカと下手の横好きにSMはできないというが、その通りだ。


 俺の生きている世界は「鬼の住処」


 居候中の家では、玲音に魅了されっぱなしで逃げ場のない俺。
 それでも一番癒されるのは、玲音の笑顔に他ならない。
 無人島に何を持って行くか?
 質問されたら俺は間違いなく「玲音」の二文字を掲げるだろう。
 逆に出会わなければ、普通に女と恋愛結婚してたのか…
 女にモテないから男に走ったのか、俺?
 恋愛も、その…経験もしたことないからわからないけど、始まりは衝撃的な直感が働くという。優しさが浸透して好きになる事もあるだろう。
 相手が同性でも人を好きになることは素晴らしいこと。
 しかし、それを誰に言えるだろう。
 正しいとは言い切れない
 でも、過ちだと告げられたら俺はきっと怒りで我を忘れるだろう。
 無かったことにはできないし、ずっと関係が続くと信じてる裏側で不安が募る。
 嫌われたくないんだ。いつも上手く言えないけど、俺…お前のこと。

 脱力した瞬間、頭が湯船に沈んだ。

 居眠りが原因で、溺死寸前。
 間一髪で難を逃れたかと思いきや玲音の声が聞こえて慌てる。
 やばい鍵をかけ忘れた。
 「入って来るな、いいから」
 いや、だって元アスリートの玲音から見たら俺の体はさぞかし貧相で…

 『仕事だから、優しくしてやってるだけ』

 そんな顔されたら俺もう二度と立ち直れない。
 「何でもない。今、上がるから」
 「そっか…じゃあ俺先に寝るね。おやすみ」
 磨りガラスの向こう側から手を振ってみせる玲音の影に今日の別れを感じて目に焼き付けようとする。遠ざかる音が止む頃には、張り詰めた緊張を解放し頭の中で玲音を追いかけて引き留めて…
 乱暴に、俺の都合で体を貪る。
 罪悪感はない。好きなヤツのこと考えながらして、何が悪いっていうんだ。
 俺は、恋愛正統派。泣けるほど切ない今夜の出来事は秘密の内に線を抜き取り渦巻きながら排水溝に全部流した。
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