今宵限りのアバンチュールは地獄の六丁目/1

文字数 1,397文字

 

 「理屈じゃない、好きなんだ」


 突然の出来事に、返す言葉が見つからない。
 逃げるようにバスルームに飛び込み、耳の奥から熱い鼓動が振動して頭が揺れる。ああ…目が痺れる。


 俺のこと、す、す……好き……て、言わなかった?(要確認事項)


 人生初の告白が男からでも
 玲音なら 全 然 O K 
 ありがとう
 ありがとう。拍手(このシーンどっかで見たぞ?)
 鬼畜だらけの地獄めぐりに差す希望の光に相応しい神の恵みを授かりたい。
 俺だって好きだ、やりたい疼きは炉心融解(メルトダウン)
 
 落ち着け、情報をきちんと整理しよう。

 冷たい水で顔を洗って、拭き取りながら平常心を取り戻す。
 海外では家族にも恋人にも「愛してる」と愛情の表現をするそうじゃないか。程度でいえばホストの挨拶みたいなもの?恋愛感情ではなく弟や飼い犬を愛でる程度の好きかも知れない。だから真に受けることはないとタオルを置いた。

 あの色っぽい唇から…
 言われてみたい単語が出てくるなんて、まるで都合のいいファンタジーだろ?

 「それ、自傷行為だね」
 「言うと思った。社長は本当に俺の期待を裏切らないお方です」

 にっこり笑いながらフォークの先を熟成肉に貫通させる。
 誰にも言えないから社長に相談すればスーサイド呼ばわり。この男は掟破りの優しいギャップなんか微塵もない鬼畜そのもの。これが世界を魅了する最強サディストの貫録。勢い余って殺傷能力の高いファールボールを喰らい今回ばかりは本気で心が折れそうだ。
 俺が人間であることを解ってんのか、この男。
 「レンは嘘をつけない男だから、好きなように受け取るといいよ」
 「ありがたく頂戴できるものならしたいですよ。俺だって…」
 そこまで言って肉を飲み込んだまま言葉を詰まらせる。
 花形が新造を可愛がるのは至極当然の子守り。それとは別件だというのなら俺も素直に春を待つが如く期待もできよう。
 でも、玲音の心にはいつも親の存在がいる。
 切っても切れない永遠を約束した親との愛が前提、だったら俺は?
 好きの意味が知りたくて意識する俺は愚かな男だろうか。
 自分が好きだから相手にも同じ気持ちでいて欲しい。男の心理を確信したからこそ社長に告白したのに、俺の覚悟を踏みにじる性悪サディストは昼間から高級青ラベルのワインを豪快に飲み干す。
 まず第一に俺の話を聞く気があるのか?問いたい。
 「まともに給料貰えたら、こんな事にはならなかったのに…」
 「嫌なら辞めれば?」
 「玲音と離れて、難民に戻る気はありません」
 勢いに任せて口走ったことを瞬間、後悔が押し寄せて、伏し目を上向きに放つ。
 その先で社長が嬉しそうに微笑む。
 また嫌みを言うのかと思ったら残りのワインを注ぎながらため息混じりに、こう言った。
 「私に言わないで、レンに言ってあげたらどうだ」
 食事中だけど肘をついて黙ってしまう。
 どうにも視線を上げられない。なぜなら社長の背後のドアが開き渦中の人が静かにその姿を現し、こちらを見ているからだ。緊張と逸る感情が入り交じる。
 「迎えが来たようだね。私はここで失礼するとしよう」
 躊躇う俺の前に手を出して一度振り返ってから顔の向きを戻す。

 「玉砕したら私が慰めてあげる、約束だ」俺の掌に、唇を落とす。

 頭のてっぺんまで悪寒が駆け抜ける。
 死の烙印を取り消したい一心でフィンガーボールに手を突っ込み入念に汚れを落とし、呪いの言葉を呟く。
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