第33話 イケメン女子幹部と都市伝説の女

文字数 3,151文字

 笹原という特殊組織対策室の女刑事に連れられ理沙と須藤が暗室に入っていく。

 その部屋の中では岸川の部下達の他、様々な部署から来た各担当の刑事達が厳めしい顔をしながらマジックミラーの向こう側にいる被疑者の女に注視をしている。自分らの経験ではまったく手に負えない奇異な生き物を見るような目で。

 牧田と岸川が続いて部屋に入ってくると、ドアが閉められた。

 まるで音を立てるのが厳禁とばかりに挨拶の言葉もなく、室内の刑事達は寡黙なままガラスの向こうの教団の幹部の女の動向を窺い続ける。

 警察に拘束されるというのにその女は教団のNO.2に相応しい堂々とした態度で向こう側からマジックミラー越しにこちらに視線を添えていた。

「いやいやいや、おいおいおい、マジか!」

 と、その緊張した空気をぶち壊すように理沙が大声を上げた瞬間、他部署の刑事の皆がビクッ!と仰天し、体を跳ね上げらせた。

「え、なになに、あのイケメン女子! いや、ほんとゲキマブでヤバいんですが!」

 刑事達の抗議の睨みを気にすることなく、興奮した理沙が笹原の胸倉を鷲掴みにしながらそう質問した。

「あ、あの女が赤い福音のNO.2の祐華だ。歌舞伎町の広場で20名の信者を指揮し、実銃を乱射していたところを警官に拘束された」

「祐華?」

「教団での名前だ。まだ高校生にも満たない歳から赤い福音に出家していた事だけは確認されているが、本名その他の素性はまったく不明。ここにいる我々がどんな手を使ってもずっと口をつぐんだまま雑談にも応じない。次のテロまで時間がないのは我々も承知している。なんとかあの女からテロについて情報を引き出してほしい。被害者が一人でもでないうちに……」

「フム……」

 理沙は笹原の胸元から手を放すと、改めてミラーの向こうの祐華を見つめる。

 警察の手の内に閉じ込められているというのに、その小さい顔の中に収められているキリッとした眉毛と凛とした瞳は畏怖で揺るぐ事なく、両手を組んでどっしりと構えている。

「で、取り調べという事は……私たちはあの素敵な小娘と小さな部屋で水入らずになれるって事だよね?」

 岸川が忌々しそうな顔で答える。

「我々がここから全て監視、そして録画するがな」

「え~、いやいや、そこはプライベートって事で遠慮できない? 十五分でいいからここにいる皆、席を外して私と彼女だけにしてもらえると取り調べも捗ると思うんだ、うん、ほんとに! あ、いや、別にいやらしい事を狙っているわけじゃないよ。あと照明も落としてくれると助かるんだけど、いや、マジで!」

「ふざけるな、なに

! これはテロの取り調べだぞ! 選ばれた優秀な捜査官なんだろ? だったらあのキ〇ガイカルト女からテロの全てを吐かせてこい、ただし安全対策はとらせてもらうがな!」

 岸川は強引に理沙の右手首を握って手錠をはめると、もう片方の手錠を反対側の手首にはめた。

「なっ!……」

 陰湿な目で岸川がほほ笑んだ。

「正体は都市伝説の怪物なんだってな、え? 俺は信じないが容疑者を負傷させたり、逃げられちゃ大変だ。心配すんな、取り調べがすんだら手錠を外してやる。だから、とっとと行ってこい、この怪物女が」

 岸川の嫌がらせのような行為に対し、抗議を促すように須藤が牧田に視線を向ける。

 牧田は相手にするなと言わんばかりに首を横に振った。

「おいおい……マジか」とげんなりとした顔で自らの手にはめられた手錠を見る理沙。

笹原が急かすように取調室につながるドアを開けると、岸川が顎をしゃくった。

「ほら、時間がないぞ。早く行ってテロの情報を聞き出せ。奴の気が変わらないうちにな。それと気をつけろ。これからここでの取り調べは全て録画されて警察の記録に残る。せいぜい恥をかかないようにな、秘密捜査官の素人ども」

 理沙は物臭そうに吐息をつくと、怒るそぶりも見せずに手錠をはめたまま岸川の前を横切って取り調べ室の中に向かう。

「やれやれまったく……」

 須藤はその後に続くと、失望と軽蔑の感情のこもった視線を岸川にやった。

「無意味な事を……」
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「はいよ、こんちは~」

 と手錠をはめられた両手首をぶらつかせながら、理沙は不機嫌な表情で取り調べ室に入室する。

「いや~、なんかちょっと寒いね、この部屋。エアコン効いてないんじゃない? それとも容疑者には無駄な電気代かけられませんってやつかね? まったくクラウンをパトカーに使ってるくせに予算の使い方滅茶滅茶だねえ、国家権力は。そう思わない、マジで?」

 軽口を言いながら理沙が祐華の前のパイプ椅子座ると、須藤はテロリストであり教団の幹部を警戒するかのように、緊張した面持ちでその横に座った。

 と、感情を見せずに表情を固め続けていた祐華が理沙の手にはめられたその手錠を見て、不審そうに眉をひそめた。

「……たしか私は村にいた刑事を呼んだはずだが?……どっかの犯罪者じゃなく」

「え? ああ、この手錠? いやいや違う違う、誤解だ、誤解」

 言いながら理沙は両手首を机の下に潜ませてもぞもぞと動くと、解錠した手錠を背後にポイと放り捨てた。

「仕事で追い抜かれた中年男の下種なやっかみでね。まさかこのご時世にこんな子供じみた嫌がらせを受けるとは。ありえないにもほどがあるね、ほんと」

「ほお、それは災難だったな」

「まあ、これが女性が働きやすい国世界ランキング主要国29か国中、28位の国の実態だね。やれやれだ」

「私もここに連れてこられてきた時、最初の坊主頭の中年刑事にさんざん性的な侮辱の言葉を浴びせられたぞ。卑猥なものだけではなく殺すだの二度と歩けなくするだの脅しの言葉もたっぷり混ぜ込んでな。まあ、相手にしなかったが」

「え、マジで? ちょっと待って、その坊主頭の中年の刑事ってさ。もしかしてこのオッサン?」

 と、理沙は岸川から盗み取った財布から、運転免許証を取り出して祐華に見せた。

「またいつの間に人の財布なんか……もう……」須藤が呆れ顔で言った。

「ああ、そうだ。このハゲ頭だ」

 祐華が頷くと、理沙は口に両掌を添えてメガホンのようにし、カメラや録音マイクだけではなくマジックミラーの向こうにいる刑事達に届くように大声を上げる。

「ああ、なんてこった。取り調べ中に刑事による容疑者の虐待の証言を偶然得てしまったあ! 特殊組織対策室の岸川が容疑者への言葉による虐待だなんて不祥事を! ああ、この取り調べは録画されて警察の記録に残るというのに! 岸川が容疑者虐待の不祥事を!」

 そして今度は岸川の財布から一枚の会員証を抜くと、理沙はカメラに映るように手にとって大きく掲げた。

「ああ、しかも偶然、岸川の財布から“ロリ娘専門へルス・姪っ子倶楽部”の会員証が出てきてしまったあ! なんてこった、この取り調べの映像は後で本庁の捜査本部のお偉いさん達が見るというのに! 特殊組織対策室の岸川が池袋にある風俗の姪っ子倶楽部の会員ナンバー16番だなんて! しかも会員名が“足ながおじさん”だとは! もう一度大きい声で言う、特殊組織対策室の岸川徳助がロリ娘専門ヘルス・姪っ子倶楽部の足ながおじさんだとは、ああ~なんて衝撃的事実!」

 向こう側で岸川が怒り狂っているのか、それとももうやめてくれとメッセージを送っているのか、マジックミラーがバンバンと叩かれたように揺れた。

 話が脱線している事を注意するように須藤が咳払いをした。

「警部、今は人の性癖なんかよりも、急がなければいけない話があるはずです」

「ああ、そうだったね」

 岸川の財布も背後に放り捨てると、理沙は仕切り直すように一度背中を伸ばしてから祐華に向き直った。
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