第14話 潜入捜査

文字数 2,317文字

「さあ、そろそろ講演会の会場に着きますよ、警部。気を引き締めてください」
 
 須藤はハンドルを切り、軽自動車を東京ドームの4倍にもあたる250,000m2もの広さの“赤い福音”の私有地となっている村の道路に入って行った。
 その教団の私設内には建物の周辺に聖母や天使の彫像が壁のあちこちに設置されている聖堂と思われる大型の建築物が一つ、あとは周辺を信者達が住んでいると思われる壁の全てを赤く塗りたくられ、犬小屋と例えられてもおかしくないほど小さな木造の平屋が50棟ほど見受けられる。
 
 講演会の来客用の駐車場で車が停まると、助手席に座っていた理沙が飛び出すように外へ出て周辺を見回した。

「さあて、元口裂け女さんがキ〇ガイの村に到着ってわけだ!」

 東京から高速を利用して一時間という関東圏内というのに山村は都会の近隣とは思えない程、閑散としており近辺には駅やオフィスビルどころか住宅さえほとんど見受けられない。

「言葉使いは気をつけてください、警部! どこに信者の耳があるか分からないんですから。いきなりこんなところで激怒した信者に襲われるのは御免ですよ! それに僕らは入信目的で講演会に参加するって話なんです! ちゃんとその人物設定どおりになりきってください」
 
 と須藤が理沙に注意をしているとワゴン車がその隣に停まった。

 スマートフォンが振動し、須藤が電話に出ると憮然とした尾上の声が聞こえる。

「ひとまず俺達も到着したがお守りもここまでだ。あの変態の女王様がなんと言おうが教団の潜入捜査まで付き合えねえ。あくまでも俺達の仕事は口裂け女の逃亡時の処刑だ」

 須藤はちらりと理沙を横目で見る。

「ええ、監視も自分の仕事ですからしっかり口裂け女の逃亡阻止に努めます。昭和の悪夢を繰り返させないように」

「そうしろ。こっちはちょい車の調子が悪くなったらから、この駐車場で様子を見させてもらっているって筋でいくから、お前は直接俺達に話しかけたり助けを求めたりするなよ。赤い福音なんて宗教団体かテロ組織だが分からん組織名の奴らに俺達まで目を付けられるのはごめんだからな。それで特別手当がでるわけでもなし」

「了解しました。ご迷惑をおかけしないようします」

「……で、こんな話をしていてなんだが、口裂け女の奴は大丈夫なのか? パーキングエリアでラーメンにカレーライスに焼きそばにソフトクリームまとめてドカ食いしてたが……」

 その現場を思い出し、須藤がげんなりと溜息をつく。

「……ええ、捜査前だっていうのに食べたいって言う事きかないんですよ、いやはや……おかげで30分の到着遅れ。もうすでに講演会開始の時間を過ぎてますよ……」

 言い、手足を伸ばしながらストレッチ運動をしている理沙に抗議の視線を送る須藤。

「いや~、昭和の時代からサービスエリアも随分豪華になっちゃったじゃないか、ほんとこの国の経済の進展の一端を見れて、警部さん大満足だ! 帰りも寄ろうね、警察の領収書切って」

 そう快活に笑いながら言う理沙の声が届いたのか、電話から尾上の舌打ちの音が響いた。

「だったら、とっととあの金髪のヤンキーを講演会の会場に連れてって捜査を開始しろ。最初からトラブルを起こすと最後の最後までケチがつく捜査になるぜ、以上だ」

 通話が切れ、須藤がため息をつきながら携帯をポケットにしまうと、体を慣らし終えた理沙が大聖堂向かって歩き出す。

「さあ、行くよ、マー坊。潜入捜査を開始して教団のありがたいお話を聞かせてもらおうじゃないの!」

 人生で初めての本格的な捜査に思わず須藤は思わず緊張で顔を強張らせる。

「はい、了解しました!」

 気合をいれて強く言うと須藤は掌で両頬をピシャンと叩き、紗希の後を追っていく。

「もうただのお巡りさんじゃない。イレギュラーとはいえ刑事なんだ、しっかりしろ。堂々と胸をはって捜査に挑んでやるぞ!」

****************************************
 
 森林の中からライフルのスコープ越しに紗希の行動を見つめる城島。

「こんなカルト教団の村にまでご苦労なこったな、口裂け女め」

 その横では5人の狙撃手がそれぞれ木の陰に隠れながらアサルトライフルを構えている。
 狙撃手の一人が引き金に指をかけながら城島に確認を取ってくる。

「今なら絶好の位置です。確実にあの怪物を仕留められます。許可を!」

「いいや、あの女を仕留めるのは指示が出た時、そういう命令だ。それに警察の捜査を邪魔してこっちが目をつけられても問題だ。時が来るのを待て」

「しかし、今ならあの怪物女が人を襲う前に全てを終わらせられます! またとないチャンスです。警察の捜査なんか知ったこっちゃありません。あの怪物が正体を現して暴れる前に射殺の許可を!」

「ダメだ。攻撃の指示が出ていない。奴を仕留めるには奇襲しかない。タイミングを誤って失敗したらもう終わりだ。二度目の奇襲攻撃のチャンスをくれるほどあの怪物は甘くない。だから上からの指示が出るまでは勝手な真似はするな、いいな!」

 語気を荒くして命じると、城島は今度は同情するような目で言う。

「お前の祖父が昭和の時代にあの怪物女に酷い殺され方をした事は知っている。俺も当時、家族同然だった仲間達を奴に殺された。約束する、必ずその報いは受けさせてやる。だが今は堪えろ! それでも無理なら俺達を雇ったのが

だという事を思い出せ。奴らならここにいる全員の人生なんていともたやすく捻り潰せるんだぞ。家族も巻き添えにしてな!」

 狙撃手は冷静を取り戻すように大きく呼吸をすると、ゆっくりと頷いた。

「了解しました……」
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