第42話 都市伝説の女と愉快な悪の黒幕②

文字数 3,905文字

 部屋に入り込んだまま出てこない小林商事のゲロ社員にしびれを切らしたか、理沙が目を尖らせてイライラし始めた。

「はいはい……呼んで来ますよ」

 須藤がそう呟き、物臭そうな顔でドアをノックしようとした時、ゲロ社員が堂々と胸を張りながら部屋から出てきた。

 頭がテッカテカに光るほど異様な量の整髪料を塗りたくって。

「は?……」と理沙と須藤はただ静かに唖然とする。

 ゲロ社員は整髪料まみれの頭に指をさしながら、攻撃的な目で理沙を睨んだ。

「どうだ、怖かろう、苦しかろう、口裂け女!」

 そしてその整髪料に埋まった髪の毛を撫でると、これから必殺技を決めるかのように両掌を盾に構えポーズを作った。

「ポマード、ポマード、ポマード、ポマード!!」

 理沙は

で強い衝撃を受けたように、これ以上ないほど目を大きくかっぴらいた。

「…………」

 須藤も同じく

で強い衝撃を受け、あんぐりと口を大きく開けた。

「…………」

 理沙がまだ立っているのを不審に思ったか、ゲロ社員は改めて自分のポマードまみれの頭に指をさし、攻撃の呪文を唱える。

「死ねえ! 苦しめえ! ポマード、ポマード、ポマード!」

 と、とたん理沙が勢いよく床に倒れ、悶え始めた。

「ああああ、ポマードはダメだああ、ポマードだけは弱点だああ、うおおお負ける~~」

 棒読みで苦しむ演技をはじめた理沙に向かって、鷹藤が高らかに笑う。

「ウハハハハハ、どうだ、この鷹藤家の血を引くこの俺が口裂け女なんかに負けると思ったか? ポマード、ポマード、ポマード!」

「あああん、苦しい~~、ポマード、怖~い、誰か助けてええええええ」

 くだらない猿芝居を見かねた須藤が二人の間に割って入ろうと一歩前に出る。

「あのう、ちょっと警部……今はそんなコントをやっている場合じゃ……最終テロがすぐそこまで……」

 と、須藤が困惑の表情を浮かべた瞬間、理沙が油断して自分の近くまで迫った鷹藤の背後に飛びかかり、その首筋にギロチンチョークをキメた。

「へええ、いろいろと

のようじゃん、ゲロの兄ちゃん、たっぷりと話を聞かせてもらうよ!」

 言い、理沙は鋭い目で鷹藤の首に絡みつけた腕を強く絞った。

「ぐえええぇぇぇ……」

*************************************

 都庁から間近くにある高層ビルから機関銃の大合唱が轟いた事に、通行人達が不審そうに上空を見上げる。

「え、な、なに、さっきから鳴っているの銃声?」上司と思われる男と歩いていた女営業員が唖然と言った。

 他の通行人達も騒然とし、中には携帯で動画を撮影しだす者も出てきた。

 と次の瞬間、再び機関銃の発砲音が鳴りだすと、通行人たちは慌ててその場から退き出した。

「な、何が起こってるんだ?」

「おい、誰か警察呼べ、警察!」

 と、次の瞬間、また証券会社のフロアから銃声が轟きだす。

「お、おい、ほんと誰か早く警察を呼べ!」

*************************************

「く、く、く、く、苦しい、は、放せ、貴様、この俺を誰だと……」

 がっちりと首を絞められている鷹藤が顔を真っ赤にしながら声を出した。

「さあ、いったい誰でしょうかね? 今の私を見て誰だか分かっちゃううえに、アカネ十字社の関係者だというからには

おもしろい話がいっぱい出てきそうだねえ」

「や、やめろ、俺は何も知らない……は、放せ!」

「いいから今回のテロに関する情報、すべてさっきのゲロみたいに吐きだしちまえ! もう今更遠慮はいらないだろっつの、もう!」

 と、さらに理沙が鷹藤の喉に腕を食い込ませ、鷹藤の顔が紫色に変わってきた時、机の上に畳まれていたノートパソコンから着信の音楽が流れ始めた。

「!!」と理沙と須藤と鷹藤、三人の視線がノートパソコン一斉に向けられる。

 鷹藤が理沙に絞められながらもノートパソコンに向かって手を伸ばした。

「マー坊、出て!」

「や、やめろ、出るな!」鷹藤が赤い血管まみれの目で叫んだ。

 須藤は慌てて机の前まで駆けノートパソコンを開くと、おもむろに置かれていた狼のマスクを被り、画面に表示されているビデオ通信のダイヤルボタンを押す。

「クスリ屋、私だ。都庁まで迫っているが少し問題が生じた!」

 通信が始まるやいなや、そう深刻な顔で訴える祐華の姿が映し出された。

「えっ!」と須藤が思わず仰天の声をあげる。

 理沙は「!」と、驚きの表情で鷹藤の首を絞めている腕にさらに力をこめた。

「ぐうぇぇぇぇ!」

 事務所内の状況に気が付づいてないように、祐華は通話を続ける。

「大神が赤マントになってから力が有り余るばかりか、周りの人間、特に女を中心に襲いまくっている。初代の赤マントのごとく」

「あ、赤マント?……」

 理沙が床の上で鷹藤の喉にチョークを決めながらも、須藤向かって空いた掌を振って、落ち着けと言うようにジェスチャーする。

 その時、上半身と下半身を切断された通行人の体が、映像の祐華の背後の空を通過した。

「うえええええっ!」と思らず声を出す須藤。

「この有様だが、何とか大神を最終地である都庁に導いて前進している。一先ずスポンサーに祭事が始まる時間がもう少し遅れる事を報告しておく。だが都庁はもう視界の中。我々の最終決戦は必ず実施される!」

 須藤がマスクの下をびっしりと汗まみれにしながら尋ねる。

「さ、祭事?……最終決戦?……と、都庁で?……」

 その時、須藤の目が泳いだ事を見過ごさなかったか、祐華の目が猜疑心溢れる鋭いものになった。

「き……貴様、クスリ屋じゃないな? 何者だ!」

 その迫力に思わず須藤が「ひっ」と一歩後ろに下がった時、鷹藤から締め技をほどいた理沙がノートパソコンの前に立つ。

「ハ~イ、祐華ちゃん。お久しぶりぃぃぃ~!」 

「うっ!」

「どうやら警官の大群の中からうまく逃げたようだねえ!」

 と、かわいく両掌を横にパタパタと振った理沙に向かって、祐華は一度、頬を引きつらせるが、すぐに沈着した姿勢に戻り、じっと敵の顔を見据えた。

「またお前か……なぜここに? と尋ねたいところだが、ここまで来たらお互いもうどうでもいい事だな」

「そうだね、あんたらの最後のテロの場所も分かった事だし。教祖様が赤マントに変身した話も聞けたしね。後は都庁で夜のデートでもいくかな、祐華ちゃん?」

「クスリ屋は?」

「奴なら、今まで首を絞めてたから、床の上で鯉のように口をパクパクさせて悶えている。話がしたいなら変わりに私がするよ。私と祐華ちゃんの間だ、遠慮はいらないさ。で、都庁のどこで待ち合わせをする? 残りの武装した100人の信者達と都庁でどんな遊びをするわけ?」

「遊びではない、神事だ!」

 そこで理沙が祐華に対して初めて敵意を込めた眼光を送る。

「ふざけるなっつの、テロだろ、かわいい顔してまったく、もう! 次会った時は容赦なくチョメチョメしてやる、本気だぞ! それが嫌だったらキ〇ガイどもを連れて警察署に出頭するんだね。最後の警告だよ、マジで!」

 挑発に乗らないまま、祐華が冷静な顔で理沙の顔を見据える。

「……忠告するぞ。命が惜しくば我々の祭事の邪魔はやめろ。そして都庁には近づくな。仲間に連絡をして大勢の警官やSATを都庁に突撃させるのも止めといたほうがいい。全員死ぬ事になる。都庁に近づいた者一人残らずな」

「ほお、皆、待ち構える残りの信者100人に一網打尽にされると?」

「いいや、目覚めた巨大魔神の餌食になる。大量の死人を出したくなければできるだけ多くの人を都庁から退避させろ」

「いや~、今回の件、巨大魔神ってワードが何度も出てきてるけど、巨大魔神っていったい何? 都庁のどこに隠れているわけかな? 後でちゃんと紹介してくれる?」

「これでお互い顔を合わす事はないだろう。一人でも多くの命を救いたければ都庁に人を近づけるな。いいな、忠告はしたぞ」

 理沙の質問に答えないまま、祐華は一方的にビデオ通話を切った。

「教団のテロの最終地が……都庁?……」須藤が愕然としながら言った。

「そうだね、ついている事に奴らだけじゃなく私達も今、都庁からすぐ近くにいるわけだ」

 理沙は頭を振ると、鷹藤に鋭い視線をやった。

「さて、この小林商事の事務所を西新宿に構えたのも、教団の最終テロの場所を考慮しての事かな?」

「う……」

 もはや計画を隠し通す事が不可能となっておどおどする鷹藤の首根っこを理沙が掴んで立ち上がらせる。

「よし、都庁へ急ぐよ! ここにいる皆まとめてね」

「え……ま、待て、や、やめろ、やめてくれ、俺を連れて行くな! 俺は外から眺めているだけでいいんだ! スポンサーらしく!」

 心の底から怯えるような表情で叫ぶ鷹藤の首元を強引に引っ張りながら、理沙は事務所の出口に向かって進みだした。

「いいや、付き合ってもらうよ、スポンサー殿。ついでに途中でいろいろ話を聞かせてもらいましょか! マー坊、ここから都庁までどのくらいでいける?」

「裏道を使えば10分もかかりません!」

「よおし、うまくやりゃあ祐華ちゃんより先に都庁に到着して、教団を待ち構えられるわけだ。急ぐよ、ついでに牧田のとっつあんと変態の伊瑠沙ちゃんにも報告だ! 奴らの最後のテロの場所が分かったってね」

 理沙に引きずられながら、名門一族の血を引く男が叫び声を挙げて懇願をする。

「や、やめろ、お願いだ。ま、まじめに俺を連れて行かないでくれ、い、いやだ、今夜だけは都庁に行きたくない! 頼む! 今夜だけは本当に都庁はヤバいんだ! 俺だけじゃない、お前らもその場にいる大勢の人間と一緒に死ぬ事になるんだぞ!」
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