第26話 反乱

文字数 2,295文字

〈第二の祭事場〉

 森口は腰を抜かし失禁していた。

 自分を拉致したキ〇ガイ連中が時計の針が6時を回ったと同時にリーダーらしき女の「さあ、皆の者、祝祭を開始する!」という号令と共に、広場にいた人間に向かって機関銃を乱射し始めたからだ。

 夜空に大量の機関銃の銃声音と人々の悲鳴が一斉に響き渡る。

「さあ、大勢の人間を派手に祝福するんだ!」

 銃弾の火薬が爆発する音が絶え間なく轟き、鉛の弾は逃げ回る人間向かって飛び交うだけではなく、あちこちの店のショーウィンドーのガラスを粉々にし、跳弾が壁や地面に火花を放っていく。

「おい、ニュースリポーター、そんな所で何をやってる?」

 教団の狂気が続く中、祐華が森口向かって銃声音に負けない大声を上げた。

「もう配信が始まってるんだ。テレビでやっているみたいに現場リポートをするんだ。いつまで腰を抜かしているつもりだ!」

 撮影係の信者が森口にカメラを向ける。

「さあ、我が教団から世へのメッセージを中継しろ。我々がこの世の一般的常識という狂気から解放した人々の亡骸の山を中継し、人々の心に永遠に赤い福音の記憶を刻みこんでやるのだ! 現場リポートをしないというのなら、お前も亡骸になってもらうぞ!」

 森口は相手が自分の体躯よりも小さい女ながら、恐怖で大きく体を震せる。

「わ、わかりました……い、いう通りにします。し、しかし……その亡骸はどこに?」

「なんだ?」

「い、いえいえいえいえ、お、怒らないでください! しかし、お言葉ですが、その世間に見せつけてやる亡骸の山がこの広場のどこに? 一つもありませんが?」

「何を言っているのだ! おまえ、目の前で起きているこの大殺戮の光景が目に入らないのか?」

「も、もちろんよく見えますです、はい……ですが、そのう……実際、死体の一つどころか、怪我人も見当たらないのですが?……」

「はあああ? いったい何を素っ頓狂なことを言っている?」

 祐華が疑心に満ちた顔で周辺を見回す。

 信者達は機関銃の発砲を続け、あちこちに大量の銃弾をばら撒いている。

だが、森口の言った通り、亡骸どころか銃撃を受けて怪我を負った人間の姿は見られず、血の一滴さえも飛び散った痕跡がない。

「え……なんだこれは?……」

 発砲し続ける信者向かって、祐華が怒りの表情で叫ぶ。

「発砲止め!!」

 耳をつんざくほどの大量の銃声が鳴っているというのに信者達は祐華の声を聴き分け、銃口を下に降ろした。

「これはどういう事だ? まさかおまえら人に当たらないようにわざと外して撃っているのではあるまいな? おい葵深、どうなってる!」

 葵深がすまなそうに下を向きながら前に出た。

「申し訳ございません、祐華様……」

「何を謝罪しているのだ、これは祝祭だぞ。人々の魂を解放してやるんじゃないのか! なんだこのザマは! どういう事だ!」

 葵深はしゅんと下を向いている信者達に一度目をやると、祐華向かって深く頭を下げた。

「申し訳ございません、やっぱり、俺達、テロとか罪のない人を殺すなんてできません!」

 葵深がそう叫ぶように言うと、他の信者達もならうように一斉に気を付けの姿勢で深々と頭を下げた。 

「え、あれ……ウソ、え? なに、まさかこの期におよんで?」

「本当に申し訳ございません!」信者達は頭を下げながら声を合わせた。

「はい? な、なんで?……なんでなんで?……ちょ……ちょっとちょっと、どうした、おまえら! こんな時になって……これは真師と教団からの指示なんだぞ! それに大神を怒らせると素敵な来世を与えられないぞ! いいのか、また現世のようなDVまみれの底辺の家庭に生まれ、酷い人生を繰り返す事になって? 大神はそんな不公平からお前らを脱出させてくれるんだぞ。どうなんだ、芽土!」

 芽土は悔しさを堪えるように体を小刻みに震わせながら答える。

「た、確かにここにいる俺達は親が給食代を踏み倒してパチンコへ行くようなろくでもない家庭に生まれ格差社会の闇のような人生を送ってきました。俺達からも高い税金を取るくせに政府はまともな政策をとってくれず、バイトの給料は携帯代と生活費で消え、ブラック企業でさえも就職できれば良しという最悪な人生しか選べないと諦めるしかなかった。しかし、真師様がそんな考えは間違いだと教えてくれた、こんな俺達にも可能性の光があるとおっしゃってくれた時はとてもうれしかった……」

 リポーターという生業に就き、まれに社会問題も扱ってきているからか、森口の目から信者達への恐怖の色は消え、今は同情心溢れる優しいものになった。

「君たち……そうだ、その通りだ! 真師様、いい事を言うじゃないか!」

そこで中年信者の茎陽が涙目で話に加わる。

「そう、真師様は言った。嘆く事はない、君達には来世がある。今の現世の自分じゃもう手遅れで何をしようが無理だけだけど、来世なら輝ける人生が期待できる! 今の負けた人生はもう諦めて来世に賭けようと!」

 世間の常識という狂気の中で生きてきたためか、森口は信者達の言葉にただ素直にドン引きの表情をつくった。

「ええーーー……」

「正直、俺達、真師様に出会わなかったら永遠に希望のない人生を送っていました!」

「だったら、教団の計画に従え、お前らが躊躇う理由などどこにもないはずだ! 恩を感じているのなら行動あるべき! さあ、まだこの場から逃げ遅れている一般市民が多数いるぞ、早く精霊にしてお前らも大神様に祝福されろ! その実績を買われ望んでいた来世を大神から頂くんだ!」

 祐華は声を荒げて命じるが、信者達は目線を下にむけたまま動く気配を見せない。

「ええ?…………」
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