第23話 道玄坂へ行け!

文字数 3,840文字

 縫うように前方を走る車を次々と追い抜きながら、須藤は車をかっとばす。
 生まれてからこれ以上制限速度違反をした事がないとばかりにその顔全体を冷や汗まみれにしながら。

「何してる、マー坊! もっとスピード出せ! 平和な一般市民の危機が迫ってるんだぞ!」

 助手席にいる理沙が苛立ちながら檄を飛ばした。

「無茶言わないでください、今何キロで走っていると思ってるんですか? これ以上スピードを出すと確実に事故ります!」

「いいからケチケチせず180キロだしてみろっつの! テロに間に合わなくなるぞ! そういえばサイレンはどうした? こういう時こそ使い時じゃん!」

「仮にも僕らは秘密の捜査官です。あんな派手に警察を自己アピールするグッズなんて支給されるわけがないじゃないですか!」

「クソ! 何があっても奴らの好き通りに祭りはさせないぞ!」

 理沙はまだ拭き取り残した血がついている携帯をダイヤルした。

 するとワンコールも待たないうちに伊瑠沙が電話に出た。

「おい、報告がなかったぞ。何をしている! このクズどもが!」

 伊瑠沙の怒号に怯む事なく理沙が切迫した現状を伝える。

「赤い福音の連中はすでにテロの現場に向かっている! 大勢で山ほどの武器と共に!」

「なんだと……どういう事だ?」
 
「イヤな予感は的中! 奴らやっぱりテロを起こす気だった。村はすでに信者達が大量の武器を持って現場に出発をした後で、残っていた二軍連中は村で集団自殺、今、死体の山となって、もうゲロゲロって状態になってる」

「つまり?」

「奴らは現場で準備ができ次第テロを起こす。内容は分からないけど都心の大勢の人間のいる場所で! もう今すぐ騒ぎが起きてもおかしくない状態だ! 急いで何とかしないと大勢の罪のない一般市民がテロにあうわ、私は不合格で永遠に地下牢に戻らなくちゃならなくなわで、最悪の事態になる!」

 電話の向こうから一度小さく息を吸って呼吸を整えた音が聞こえると、伊瑠沙はまた女王様に相応しい冷徹な態度に戻る。

「……それは都市伝説という怪物のスーパーナチュナルな能力による予言か?」

「いやいや……残念ながら口裂け女にはそんな予知能力の機能は搭載されていません! ともかく状況を見たところの私の個人的な推測だけど、危機感持ってパニックった方がいいね! 手遅れになると街のあちこちに死体が転がる事になる。因みに私はもう十分パニック状態だ」

「奴らがテロを起こす目的はなんだ? 巨大魔神の正体は?」

「そこはまだ掴んでない。けど今はそれを考える事よりキ〇ガイ集団を止める事に集中した方がいいね!」

「で、お前は今どこにいる?」

「マー坊と一緒に渋谷に向かって車ですっ飛ばしているところ。もうじき到着する」

「渋谷? 一体何をしにそんなガキのたまり場に向かってるんだ?」

「一先ず手掛かりがあってね。おくたばりになった教団No.3が仄めかしてた、道玄坂を教団色に染めるってね。だから慌ててそのヤバい臭いのする場所へ直行してる最中だ。しかしそれも確実な情報じゃないから正直一か八か、現場で武装したキ〇ガイ信者が待ち構えている事に乞うご期待だ!」

「美尻の新人は?」

「今、車の運転をしてる。制限速度無視で高速をぶっ飛ばさせているところだね」

 言うと、理沙は右耳に携帯を当てながら、運転席の下に潜り込むんで左手を伸ばした。

「わーっつ! アクセルを踏んでる足を手で押さないでください! 本気で事故りますって!」

「大丈夫だ、私はマー坊を信じてる! だから180キロ飛ばせぇぇぇ!」

「信じてもらっても危険なもんは危険なんです、いや、だから本気でアクセルを踏んでる足を押さないでください! 事故る、事故りますって!」

「いいからケチケチせずにスピード出せ、マー坊! 男の子だろ!」

 と、携帯から須藤の耳にまで届かんばかりの伊瑠沙の怒声が響く。

「おい、もし新人がスピードにビビってるトロトロ走っているのだったら、もっと気合を入れて運転をしないと、てめえのケツの穴にバットを突っ込んでてめえの口と同じ大きさにしちまうぞ、クソが! と私が言っていると伝えろ。因みに私は本気でやるぞ! 初めての事じゃないからな!」

「それより伊瑠沙ちゃんはできるだけのつてを当たって警官を渋谷に突入させて。そして街の人達をマッハで遠くへ避難よろしく!」

「物的証拠も時間もないからにはSAT(特殊急襲部隊)はすぐに動かせないし、間に合う保証はないが、可能な限り周辺にいる警官を道玄坂に向かわせられるよう動く。何か分かり次第また連絡しろ!」

「了解! そっちも騎兵隊の準備ができたら連絡よろしく!」
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 部下の狙撃チームと共に移動するバンの中で、城島はノートパソコンで通信をしている相手向かって憤懣の視線をぶつけていた。

「どうした、何か疑問があるような面をしているな」

 そう言ったその画面の中の男は顎と目がむき出しになった狼の仮装マスクを被っており、声はボイスチェンジャーで人間の声の質感が消えた電子的なものに変換されている。
 使っているパソコンもそのアカウントも実在しない人間のものに違いない。

「ああ、お察しの通り疑問を持たせてもらってる。もどかしくて吐き気がするくらいな!」

 例え今、その姿を隠していても城島は己の雇い主の正体くらい城島は承知していた。

 戦前から名を馳せてきた医薬メーカー“アカネ十字社”の創立者の一族であり現会長の孫、鷹藤弘毅、これが画面の中で狼のマスクを被っている男の正体だ。まだ三十初めの歳とは聞いているが、名門一族に生まれた権力者が醸しだすお高く留まった眼力をもうすで携えている。

「改めて確認するぜ、あの昭和の怪物を始末させるために俺達を雇ったんだよな?」

「そうだ。だが、それも我が社が指示を出した時の話だ。まだ後の話になるだろうがな」

 城島は気にくわないと言わんばかりに、あからさまに音をたてて舌打ちをした。

「分からねえ……今回、あの昭和の怪物を地下牢から出したのはあんたの会社の会長さんだろ? 警察庁のHPにも公安委員会の五人のメンバーの一人としてあんたの会社の会長様、いやあんたの爺さんの名が乗っている。政界の古狸どもにも太い繋がりを持っている政財界の大物なだけに警察の常識ではありえない話を強引に通せたわけだ」

「……遠まわしな言い方はやめて、要件を言え」

「早くあの怪物女の始末をさせろ! 昭和の時代に奴が姿を現した時から、奴の体が研究材料として欲しかった、そうだろ? そしてやっと念願かなって奴を地下から外へ出せた。なのに何を躊躇っている?」

「当社にもいろいろ計画があってな。それに昭和と今じゃ会社の事情が違うんだ。奴の死体を頂くのはとしても、それは計画の最後の方になってからだ」

 城島が恐怖と焦燥の入り混じった表情でさらに大きな声を上げる。

「よく聞け、あの怪物、教団の村で一瞬、眠らせている正体を現しかけやがった! 今のうちに始末しないと昭和時代のあの狂った殺戮がまた繰り広げられる事になる! 次はもう誰にも奴を抑える事はできないぞ」

 鷹藤は数秒ほど画面の向こうから城島を見据えると、当てつけるように欠伸をかいた。

「心配ない。こっちもあの昭和の都市伝説の事は計算済みだ。お前らはその計算が狂った時に活躍してくれればいい。その時は思う存分活躍し、奴の死体を回収してもらうぞ。だがそれは我が社の他の実験のタイミング次第だ。今すぐの話ではない」

「何の実験だが知らねえが老兵の進言は真に受けた方がいいぜ。恐ろしい事が起きちまう前にな」

「私の祖父と我が社を怒らせると口裂け女よりもはるかに恐ろしい存在になるぞ。それを承知しているのなら無心になってただ指示に従うんだな、爺さん。警告したぞ」

 傲慢な態度で言い、通信を切ろうと手を伸ばしたところで、鷹藤はふと思い出したようにその手を元に戻した。

「ついでだ……お前らにも教えておいてやる。今夜、キ〇ガイの宗教団体によるテロが起きて最後には教祖が怪物となって出現する。奴らは大神様と呼んでいるがな」

「なんだと?……いったい何の話だ?」

「言っておくがこの怪物は口裂け女よりもはるかに強くて危険だ。だから目の前でその怪物と遭遇しても無視して逃げろ。分かったな?」

 鷹藤の言葉の意味が読み取れず、城島は困惑したように顔をしかめた。

「さっきから何を言ってるんだ? テロ? 怪物? 訳が分からねえ!」

「いずれ分かる。ともかくお目らがその怪人に八つ裂きにされて、口裂け女の仕事ができなくなったら我が社に不利益が及ぶから教えてやっただけだ。いいな、何があってもこれから復活する大神とそのお供をする四匹の処女だけには近寄るな、狂暴にも程があるからな」

 そこで、話の裏が読めた城島は驚嘆した表情で首を横に振る。

「そうか……おまえの会社、あのキ〇ガイ教団と繋がっているんだな! いいや、スポンサー様ってわけだ?……そういう事なんだな?」

「親切で情報をやったんだ。詮索はやめておけ」

「いったいあのキ〇ガイ教団に何を提供した? 武器を買う金か? 薬品か? いいや、その両方だ!」

「それじゃ引き続き仕事を頼んだぞ。騒動に巻き込まれて死ぬなよ。少なくとも口裂け女を処分する仕事を行うまで」

 言うと鷹藤は一方的に通信を切る前に一言付け足した。
 
「それもこっちが指示を出した時のみでな」
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