第31話 内部の敵②

文字数 2,847文字

 三下のハゲ頭に構っている時間はないとばかりに、伊瑠沙は胃痛を堪えるように横腹に手を当てている牧田に顔を向けた。

「捕まえた信者の身を私に預けてもらいたい。テロの概要から何もかも吐かせてみせる」

「吐かせる? お得意の拷問でか?」

「今は一刻も早くテロの全容を把握する事が優先事項だろう? 確保した教団の中で一番地位のある奴とその他下っ端を2、3名私に貸せば確実に多くの情報を吐かせてやる。



 岸川が憤怒を取り戻したように声を荒げる。

「ふざけるな、この署で拷問でもする気か! これ以上、お前みたいな変質者に警察の名誉を汚させんぞ!」

「愚か者、ここじゃない、私の捜査本部でやる。秘密の捜査本部となっているからにはその正体を知る者は僅か、取り調べに丁度いい場所じゃないか。それに誤解を受けているようだが、私はこれまで取り調べで拷問など下種な手法は使った事はない、今後もだ。嘘じゃない、誓ってもいい」

 牧田が見定めるようにじっと伊瑠沙の冷血な表情を注視する。

「待ってくださいよ、警視。まさかこんな頭のイカれた変態女の言葉を信じる気じゃないでしょうね! 今、この署で私の部下達が教団のNO.2の女を含めた信者達に取り調べを行っている最中です。ここは私らに任してください!」

 牧田は大きく嘆息をつくと首を横に振った。

「今後はお国のトップ主体に捜査が動くからには俺も下手な事はできんし、残念ながら権限もない。それに教団の連中は皆これから本庁に搬送して捜査本部のしかるべき人間が取り調べを行う事になっている、もちろんNO.2も含めてだ。本庁から迎えの人員が来たらここにいる全員の出番は終わりだ。だが……」

そこで牧田はいったん言葉を区切ると、横目で伊瑠沙に視線をやった。

「……信者の

。お前がお前の責任で皆の目を盗んで勝手に容疑者を連れだして尋問したという事にするんだったらな。どうだ?」

「やむを得ん。本来ならNO.2の女と戯れたかったが、上がそこまで話を決めているのなら下っ端の信者で妥協しよう」

 伊瑠沙が感謝の気持ちが伺えない無表情な顔で言うと、納得がいかないとばかりに岸川が牧田に喰らいついてくる。

「警視、正気ですか? このイカれ女が普通に取り調べを行うわけがありません。後で信者達から裁判を起こされるだけです。だったらその2、3人でも我々が正式な手続きを済ましてから取り調べを……」

 と、これまで他人事のようにスマートフォンをいじっていた理沙が、顔を上げた。

「無駄だと思うね。テロの情報を警察に知られないように喜んで自分の頭を吹っ飛ばして集団自殺をするような連中だよ。警察の取り調べなんかで喋るわけないって。約束された来世が無しになっちゃうし、大神様から怒りを買っちゃうからねえ」

「やけに静かにしてると思ったが、いったい何をしてるんだ?」牧田が訊いた。

「え、いや、だって私達、もうお役目ごめんでしょが? だったらいつまでもこの署にいても仕方がないし、せっかく渋谷まで来たんだからマー坊においしいもんゴチになろうっていい店を捜してたところ。いや~ほんとお店が多くて迷うねえ、渋谷って」

「ふざけるな、この非常時に!」岸川が怒声を上げた。

「いやいや、ふざけちゃいないよ。真面目だよ。今、言ったように教団の情報を警察に捕まれないために喜んで自分の頭を吹っ飛ばす連中だ。脅しや説得なんて全く無意味、ずっと頑なに口を閉じるよ。それにカルト教団にとっちゃ国家権力なんて忌まわしい敵以外のなんでもない。きっとどんな取り調べの名人が試みたってお手上げだ。どだい素人の私なんかなおさら無理だね。うん、絶対お手上げだねえ」

「自称口裂け女の精神異常者が生意気な口きくじゃないか、え? 警察を舐めるなよ。本庁に搬送するまでに教団のNO.2からテロの全てを吐かせてやる。うちの部署の人間の手でな!」

 理沙は敵意の籠った目でそう吠える岸川に向かって嘲るように鼻で笑うと、またスマートフォンに視線を戻した。

「はいはい、そうでござんすか。まあまあ、がんばってくださいな。もう私には関係のない事だし、すでに私の関心事は夜食を中華にするか焼肉にするかって事になってる。教団のNo.2はどんな警察のノウハウを使っても間違いなく何も喋らないだろうから、あとは伊瑠沙ちゃんがどれだけ下っ端からテロの情報を引き出せるかがポイントになるんじゃないかなっと?」

 そこで、理沙はスマートフォンをジャケットのポケットにしまうと、快活な笑みを浮かべながら言う。

「はい、これで一先ず警部さんの出番は終了。私はこれからマー坊に焼肉を奢ってもらうとたった今決めたので、後は皆さん、がんばって平和な一般市民をキ〇ガイのテロの大殺戮から守ってくださいな、ってな事でよろしく!」

 言い、理沙がその場を占めるようにぴしゃんと掌を叩いた時、疲れ切ったような表情をした女が廊下から顔を出した。

 何事かと部屋にいる全員がその女を注視する。

「おい、笹原、どうした、こんな所に? 本庁の人間が引き取りに来るまでNO.2の女の取り調べをしているはずだろ?」

 岸川が不審そうに廊下に近づくと笹原と呼ばれた女刑事はその耳元で囁いた。

 するとショックを隠し切れないとばかりに、岸川が愕然とした表情になった。

「な……何だと……そんなバカな! 本当に教団のNO.2がそう言ったのか?」

「はい……すみません。我々ではもう手に負えません……」

「だからって何でそんな訳の分からない要求を言ってきた? ありえない、それは何かの間違いだ!」

 動揺のあまりか岸川が甲高くなった声を上げると、理沙と須藤、そして牧田と伊瑠沙は「え、何事?」と言わんばかりに互いの顔を見た。

 岸川は敗北感に苛まされるのを堪えるように数秒間、歯を食いしばりながら天井を仰ぐと、鋭い目で理沙と須藤を順に睨んだ。

「……教団のNO.2の女がお前ら二人となら話をしてもいいと言っている……」

「へ?」と理沙と須藤。

「へ、じゃねえ! クソ野郎が……今言った通りだ。教団のNO.2の女が村に最後までいた刑事達となら話をしてもいいと言ってるんだ」

「はああああああ? 私達?」

 と思わず須藤と共に仰天の表情をした理沙に向かって、岸川が険しい表情で答える。

「まったくもって不本意で納得いかないが状況が状況だ。奴の気が変わらんうちにお前らにNO.2の取り調べをさせてやる、畜生が!」

「はて、でもなんで私達よ? まだお互い顔も合わせた事もないのに?」理沙が素直に疑問を口にした。

「俺が知るか! 向こうが村にいた刑事となら話をするって言っているんだ。いいか、だからって己惚れるなよ。取り調べでヘマをしてテロが起こったら全てお前ら二人のせいだ。破壊行為から死傷者も含めて全てお前らの責任となるからな。その時はただで済むとおもうなよ。さあ、取り調べのお手並み拝見といこうじゃないか、秘密捜査官さんよ!」

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