第51話 一つのお願い

文字数 2,649文字

 ガーディアン達の怒涛の銃弾の攻撃を受けても、まったくダメージを受けないまま赤マントは両手を組んで仁王立ちをしている。

「くそ、銃弾が効かないのか!」

 小池は空になった弾倉を捨てると、素早く弾を再装填し、他のガーディアンと共にまた赤マント向かって発砲を繰り返す。

「ワハハハハ、痛くもかゆくもないぞ! 好きなだけその陳腐な弾を我に撃ちこむがいいぞ!」

 百を超える弾丸を一斉に浴びながらも胸を張って高らかに笑う赤マントを盾にしながら、祐華ら大勢の信者がエレベーターから薬莢が飛び散らかりまくっている25階のフロアに足を踏み入れた。

「まとまってきたぞ、この場で食い止めろ!」

 小池が仲間に向かって叫ぶと、赤マントが机のバリゲートの隙間から、非武装の人間達がいる事に気づいた。

「ほほう……」
  
 赤マントは拳を振り、左右にいたガーディアンの頭部を丸ごと潰すと、その場から勢いよく跳躍してバリケードを蹴り散らし、一般市民らが固まって身を潜めているすぐ目の前に着地した。

「くそっ! 化物が飛びやがった!」ガーディアン達が焦燥し、銃口の向きを背後に変える。

 赤マントはその極太の指で腰を抜かしている十代の女性社員の顎をつまむと、品定めをするようにその女子の顔を左右に向ける。

 小池達が女子社員を助けんと赤マントの巨大な背中に向かって撃ちまくる。

 赤マントは何事も起きていないかのように、ゆっくりと体の向きを変え、ガーディアン達を睨んだ。

「……この我と女子の戯れを邪魔するとは……身の程知らずどもが」

 怒り猛った魔物が宙を舞い、ガーディアン達に向かって飛びかかった。

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 下の階から凄まじい機関銃の一斉射撃の音が轟いた。

 須藤は冷や汗まみれになった顔で理沙に尋ねる。

「言ってみてください……そのたった一つの願いって、何ですか? 警部」

 理沙は下の階の騒音を気に止める事無く、穏やかな表情で言う。

「……私を解放するんだ、マー坊……」

「え…………」

「もう時間がない。今すぐこの私を解放するんだ、真の意味で。赤マントと教団がここにやってくる前に」

 何を言われているのか分からないとばかりに須藤は今度は当惑の表情を見せた。

「知ってのとおり、今の私の姿は昭和の全盛期の頃とは違う。マー坊が知っている都市伝説の怪物とは見た目も中身も打って変わった生き物……」

 理沙がそこで真剣な目になり、須藤に伝える。

「だから今から私が昭和の都市伝説の怪物・口裂け女として復活する。本当の姿で」

「え?…………」

「だけど今の状態になってから半世紀近くの時間が経過している。もう一人じゃ元の姿に戻れない、協力者が必要だ。だから今から口裂け女を解放する言葉を唱えるんだ、マー坊!」

「……こ、言葉っていったい何を……」

「簡単だ、世間様もマー坊も知っているお馴染みの口裂け女とのやりとりの言葉だ。いい? 今から私がマー坊向かって、“私キレイ?”と尋ねる。そしたらマー坊はお約束どおり“キレイ”って答える。それだけでいい! それで私は解放される」

 怪しむように須藤は目を細めた。

「そ、それだけ……ですか? それで本当に昔の姿に……」

「そう、それだけで私の体が昭和のあの頃を思い出し、私は元の昭和の都市伝説の怪物に戻って赤マントとやり合える! もう私達にはそれしか闘う策がない。いいから手を貸すんだ、マー坊!」

 須藤は即答せず、思案をするように間を置いた。

 そこへ、鷹藤がヒステリックな物腰で口を挟む。

「おい、何を躊躇ってる? こんな所でくたばりたいのか? ぐずぐずしてると赤マントが来るぞ! とっととその呪文の言葉を言って、クソ女怪物を目覚めさせろ!」

「今のゲロ男爵の口のきき方は気に入らないけど、確かに躊躇うところじゃない! もう一度言う、私らが闘う手はそれしか手がない! さあ、口裂け女とのお約束の言葉を言って!」

 理沙が言い、間近の距離から須藤の目を見据えると、須藤は困惑した表情ながらも理沙と鷹藤の主張を認めるとばかりに、小刻みに頷いた。

「わ、分かりました……その言葉を唱えます……初めてください……」

「よし、いいね、それじゃ行くよ、マー坊!……私……キレイ?」

 と、須藤が会話を制するように右掌をあげた。

「……あ、その前に一つ確認したい事が」

「おい、こらあああ!!!!!!!! とっとと言葉を言え! 時間がないんだぞ!」

 往生際の悪さを咎めるように、そう鷹藤が怒声を上げると、理沙はイライラしながらも腕を組んで話を聞く体制をつくる。

「あー……この期に及んでなんだ、マー坊。聞きたい事があるんなら早く言ってくんないかな。こんな税金の無駄遣いの建物の中で赤マントと教団に殺されたければ別だけど……」

 鷹藤と理沙の批判に答えないまま、須藤がおずおずと尋ねる。

「そのう……

?……」

「は? その後?」

「そうです、警部が純粋な口裂け女に戻って事件が解決された後、警部はまた今の姿の今の人間性で戻ってくるんですよね? また昭和の怪物の姿を捨てて……」

「…………」

 返答しない理沙に対し、須藤が戦慄した顔になる。

「ま、まさか……」

「うん……たぶんそれはなしだ……今度戻ったら私はもう戻ってこれない。今後も永遠に昭和の都市伝説の怪物のままになる。むしろ、今でも理性を保っているのが不思議なくらいだしね。もう今の私と会うのはこれが最後になる」

「え……そ、そんな……」

「マー坊、お別れ話や先の話の事よりも、今の事を考えるんだっつの。このままじゃ私達は全滅して、教団はこの建物を巨大ロボットにして街を破壊しまくる。奴らの狂気を阻止するには本物の私を解放するしかない!」
 
「…………」

「さあ、もう一度仕切り直すよ、マー坊! 私、キレイ?」

 須藤は数秒間、狼狽するように大きく顔を歪めるが、決意を決めたように大きく頷くと、理沙の顔をじっと見つめた。

「…………」
 
 そして、須藤が微かに口を開いた瞬間、展望台室に銃声が響き銃弾が理沙と須藤を襲った。

二人は慌ててお土産の商品が並べてある棚の後ろに勢いよく飛び込む。

 非常階段付近から銃弾を放った老人が、若い狙撃手と共にライフルを構えながら叫ぶ。

「やめろ、若造。その言葉を唱えるな! そいつを信用するんじゃない!」

 そして、照準を定めながら、老人が若き狙撃手と共に展望室の中へと突進してくる。

「そいつは怪物だ。騙されるな、本性を現す前にここで始末するんだ!」

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