第49話 受け継いだ者

文字数 3,632文字

 都庁近辺の道路をパトカーの大群が塞ぐと共に、膨大な数の機動隊員と警官達が公園通り、東通り、南通り、公園通りなどで横並びになって、人や車の侵入を防いでいる。

「おい、いったいどうなっている?」次々と通りを通行しようとする車向かって迂回するように手振りで指示を出しながら、機動隊員が仲間に言った。

「こんな異常な数の隊員が駆り出されるなんておかしいぞ! これ完全に都庁の周辺を完全封鎖って事だよな」

 来た道を戻るよう指示を出した車の運転手に罵声を浴びせられた機動隊員が答える。

「俺もこんなのは初めてだが、ともかく俺達は命令通り人っ子一人通りの向こうに通さなければいい。封鎖された中でのドタバタは中の連中で始末するそうだ」

 自分らの後方で何か深刻な事が起きている事を確信しながら、機動隊員がおそるおそる聞いた。

「しかし何が起きてる?……さっきから都庁から聞こえてくるの……銃声だろ?……」

「ああ、だろうが俺達下っ端は何も考えずに発表された事をだけを鵜呑みにすればいい。後はここにいる機動隊員と警官の大群で閉鎖している向こう側の事を知られないように人を通すのを阻止するだけだ」

「しかし、何百人と追い払っても次から次へと人が来る。キリがないうえ、こんな東京のど真ん中でのパニック状態なんて隠し通せっこないぞ!」

「そこまで俺達が責任を持てるか! 俺達、下っ端はやれとやれと言われた事をやればいい。この後ろが地獄絵図になったとしてもな……そうだろ?」
 
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 相変わらず下階からの銃声は続き、鷹藤は床の上でぶるぶると震え続けている。

「ああ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、終わった、終わった、終わった!」

 須藤も緊張のあまりそわそわと大きく体を揺らす。怖くて逃げ出したくなってきた気持ちを懸命にこらえながら。

「…………」

 その横で事前準備するかのように体のストレッチ体操をしていた理沙が須藤に顔を向けた。

「マー坊……」

「はい……なんです?」

「私……今回の件が終わったら子供を育てたいな、うん、養子でいいからできれば女の子」

 須藤が銃撃の音が激化する足元を見ながら言った。

「あー……今、その話題ですか? 今はもっと他に優先すべき話が……」

「え、私のベイビーの話より優先すべき話って何よ? 巡査部長」

 須藤はお伺いを立てるように、おそるおそる尋ねる。

「では……そろそろ手を教えてくれませんか?」

「手?」

「え……いや、だから作戦ですよ。何か策があったからわざわざ都庁の展望台の中まで来たんですよね? これからどう信者達を迎え撃つつもりですか? 殺戮が始まったからには僕にも教団とどう戦うつもりなのか教えてください。どうやって巨大ロボットを使ったテロの阻止を?」


 と、理沙が摩訶不思議な話を持ち掛けられたと言わんばかりに目を点にした。

「ん?」

「いやいや、赤マントと武装した大勢の信者を迎え撃つからには、それなりの勝算がある計画があるからここまで来たはずです。知っての通り下の階は銃弾の嵐の戦場で、僕らは来た道を戻って外へ出られない状況です。だから僕らにはテロを阻止して奴らを倒すしか術がありません。ですから奴らを倒して都庁から脱出する策をお聞かせください、そのう、今ここで……」

 理沙は腕を組み、思案するように一度首を捻るとあっさりとした顔で言う。

「ん、ないよ、マジで」

「え?」

 一気に凍り付いたその場の空気を誤魔化そうと考えたのか、理沙がデヘヘへと笑った。

「いやあ~、ゴメン、ゴメン、正直、全然そこまで考えてなかった。全部その場の勢いのアドリブってやつで都本庁舎の中まで来ちゃった。で、どうよ、マー坊は? 何か策があるかなあ?」

「え?」

 戦慄で真っ青になった顔で須藤が言った。

「え?」

 と改めて言うと、最後に語尾を伸ばしてもう一回言う。

「ええええええええ~!」


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 友川が必死の形相で訴える。

「し、しかしそれでも都庁をミサイル攻撃するなんて、私は反対です! いくら国家機密の漏洩を防ぐためとはいえ、政府自ら多くの犠牲者を出す選択をするなんて!」

 議論の余地はないと言わんばかりに吉城と牧田は口を噤む。

 そこで友川は何か気づいたように沈着な物腰になる。

「ま、待てよ……考えてみれば、例え信者がコクピットにたどり着けたとしても、ロボットの操縦法を知る由もない。そもそもコクピットの場所さえあの巨大な建物のどこにあるか見当もついていないはず! そうだ、いくら信者が都庁を占拠してもその操作ができない! 違いますか?」

 友川は警察組織内での都市伝説事件担当の牧田に顔を近づけて迫った。

「ああ、都庁のコクピットの場所とその操作法を知っているのは、防衛相が自衛隊員から選択した限られたエリートの2名のみ。その者らの名も操縦法と共に極秘とされ、この自分でもどこの誰が現在の都庁の操縦手に任命されているか分からないほどだ」

「だ、だったらなおさら、教団に都庁を奪取される事を恐れる事はないじゃありませんか! ミサイル攻撃だって不要です。都庁の中に残っている人々から無駄な死者が出す事はありません……」

 畏怖に若干の希望が混ざってきた顔の友川とは違い、牧田は固まった表情を崩さない。

「……だが、この発狂した巨大ロボット計画に真の開発者がいた。まさに漫画に出て来るような絵に描いたようなマッドサイエンティスト親子だ。開発者だけに巨大ロボの操縦法を誰よりも熟知している」

「マ、マッドサイエンティスト?……その親子は今どこに? まさか今都庁の中に……」

「いいや、平成の時代の最中に死亡した。一応自害したされているが、都庁の情報の漏洩防止の政府に消されたという噂もある。だがもう真実を証明する証拠はとうの昔に葬られ、調査のしようもない」

「し、死亡したからにはその親子から東京都庁の操縦方法が受け継がれていない、そうですよね……」

 友川が緊張を和らげる間もないまま、牧田がすぐ首を横に振る。

「……このマッドサイエンティスト親子には一人、娘がいた」

「え?……娘?……」

「そして、その娘は祖父と父親亡き後、忽然と姿を消し、どこかのカルト教団に出家したという未確認情報がある……」

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 鮫山を含んだガーディアン達と赤い福音の信者の遺体が散乱している一階ロビーに祐華が無言のまま到着した。
 
「…………」

 ロビーでの闘いで勝利し、生き残った約40人近くの信者達は、その姿に気づくと一斉に膝をつき、祐華向かって深く頭を下げた。

 己の勝手な指示で身内から多くの死者を出した事を咎められるのを恐れているのか、葉咲が頭を伏せ、歯を鳴らしながら震えている。

「ひっ…………」

 しかし、祐華は葉咲に一瞥をくれないままその前を素通りすると、天井向かって片手を上げ、何かを愛おしむように微笑んだ。

「……お爺ちゃん、お父さん……ついに二人の最高傑作、巨大魔神の中へ来たよ……」

 言おうと、上げたままの手の拳を強く握った。

「最後にした約束の通り、この私が二人に代わって巨大魔神を世界に知らしめて、政府とこの世への復讐を終える……」

 亡き家族への語り掛けを終わえと、祐華はいつもの冷淡な表情になり、背中越しに葉咲に声をかける。

「葉咲……」

「ひぃぃぃっ!……」

 そして、葉咲と自分に向かって膝まずいている信者達向かってゆっくりと振り返った。その目は無駄に信者を死なせた怒りよりも、仲間の死への悲しみの方が強く感じ取れる。

「……もう、仲間に特攻じみた無謀な事をさせる事もする事もない」

 罵声が飛んでくるのを想定していたかのように身を縮ませていた葉咲が「え?」とだけ声を出した。

「他の者もだ。約束する、ここにいる皆は必ず精霊になれる、必ずだ。だから今、ここで無駄に死に急ぐことはない」

 祐華は言うと、前方でガーディアン達の遺体の血と臓器をむしゃぶるように喰らっている赤マントに顔を向けた。

「我々には大神がいるのだ。上でも敵が待ち伏せしているだろうが、もう恐れる理由はない。皆、大神の後ろにつきながら一緒にこの建物を上がって行く。そうすれば敵は全て大神が始末してくれる。多勢に無勢だろうと一人残らず残虐にな」

 信者達はロビーの隅で死体をむしゃむしゃとむさぼると同時にさらに筋肉ごと肉体を膨大させていく赤マントに目を向けるが、その視線はかって教祖だったものへの尊敬の眼差しではなく、魔物へ向ける畏怖のものへと変貌している。

「う……」と信者の中の数名が小さな声で呻いた。

 祐華が信者達を先導するように、前に進みだす。

「藻菊とここにいる半数はこのロビーで新手の警察が来た時の対応をしろ。残りの他の者は私の援護を頼む! さあ、コクピットに繋がる秘密の通路がある25階まで進むぞ!」
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