第59話 ラスボス登場

文字数 3,135文字

 祐華は操作レバーに手を添えながら、意識を失わないように懸命に呼吸を整えていた。

 銃弾が残っている腹は感覚が麻痺し、もう痛みは感じなくなっていた。
 だが体中の体温が低下し、骨の芯まで悪寒を感じる。

 もう自分は長くない。このコクピットで息絶えるはずだ。

 覚悟を決めなくてはならないが、その前にすべきことをしなくては。

 祐華はゆっくりと首を伸ばし、コクピットのディスプレイではなく、その奥にある壁に埋め込まれている窓ガラスから己の肉眼で、これから巨大兵器を使って破壊すべき街の夜景を見つめる。

「…………」

 と、その時、祐華の携帯電話が振動しだした。

「やれやれ、感傷に浸る間もなしか……」

 残っている力を慎重に使うように、祐華はゆっくりとした動作で電話に出た。

「どうした、パンチを発射して以降、攻撃が止まったままだぞ。とっと街の中を走り回って破壊の限りを尽くせ!」

 その否応なく人を服従させる迫力を持ったその声の主はアカネ十字社の会長、鷹藤権蔵だ。100に近い歳ながらも、今現在もこの国の政財界で暗躍している権力者。己の富と権力を増大させる為に昭和の時代から記録的な数の人間を犠牲にし、アカネ十字社の悪行の数々と共に己の悪事の全てを闇に葬り続けてきた正にこの世の邪鬼とも呼べる老人だ。

「慌てるな、今からやるところだ……視界にあるものを全て破壊し焼き尽くす、そうだろ?」

「赤マントについてはよくやった。海外の上客連中から早速問い合わせが相次いでいるぞ」

「……それは私の手柄じゃない。クスリ屋の孫を褒めてやるんだな。今、どこにいるかは知らんが……」

「お前もこの私や上客から賞賛されるように最後まで働くんだ。分かっているはずだぞ、我が結社は成功したあかつきには最高の褒美をやるが、失敗した場合は躊躇なくその者を消すとな」

 その最高の褒美とは権蔵が幹部を務める世界的秘密結社に認められ、その一員になれるという事であり、失敗し期待に答えられなかった時は権蔵が言った通り抹殺の処分を受ける事になる。

「ああ、そういう約束もあったな……」

「我が結社を満足させろ。そうすればお前は

として組織に奉仕できなかった祖父や父親の無念を晴らす事ができるのだ!」

 世界的秘密結社イルミナティの日本でのトップ。それが鷹藤権蔵の正体だ。つまりアカネ十字社、そして日本の政財界は影で長きに渡ってその秘密結社に蝕まれ続けてきている事になる。まるで滑稽な都市伝説や陰謀論を地でいくように。

「お前は政府が国民に隠れて破壊兵器を製造していた事実を露呈した。ちょうど今、全世界にその映像が広げられている。後はそのままそのロボットでありとあらゆるものを破壊し、この国の全ての人間を恐怖と政府へ不審の海に沈めろ」

「そうだな……それでその後には何が起こる?……まだ聞いた事がなかったな」

 祐華がうつろな目で尋ねた。

「決まっている。現在政府が崩壊した後は、新しい政府、つまり我がイルミナティが新しいユートピアを作る! 陰ながらな。そしてその新しい政府は我が社の新薬を大量に購買して強い軍隊を作るのだ」

「……綺麗ごとを言っているが、新しい政府を使って裏からこの国を支配するってわけだな。イルミナティのお偉いさん?」祐課が軽蔑と皮肉を込めて言った。

「三十年も成長のないまま何もかも海外に追い抜かれ、貧富の差も広がったまま国の崩落を続けさせるような間抜けな政治家連中に国家を任せるよりはましだ、違うか? 」

「さあな、その結論を出すのは私でもお前でもないが……」

 しばし大きく体を動かさなかった事で、少しは体力が回復したのか、祐華は再び操作レバーを強く握る事ができた。

「ともかく約束は約束だ。最初の予定通り物事を進める事にするぞ……」

 言い、祐華は軽く身を前に屈めると、その背中を後ろに戻す勢いを借りてレバーを引っ張った。

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 都庁の巨大な両手が再びゆっくりと肩の位置向かって下げられていく。

 そして、その強大な左右の拳が今度は熱を発するように強い光を放ち始めた。

 周辺で事態を見守る機動隊、マスコミ、野次馬らが一斉に悲鳴を上げる。

「また何か発射されるぞ!」人々の中の誰かが叫んだ。

「今度は光線を発している!」男のレポーターがカメラを気に止める余裕なく喚いた。

「こ、これはいくらなんでもヤバいだろ、おい! もうついていけねえ、俺は退散するぜ」警官の一人が言い、職務を放棄し、その場から逃げ出した。

「お、俺もそうする、み、みんな、に、逃げろ、早く、急いで! ちゅ、注意したからな」機動隊員の一人はそう声を上げると頭を振り警官をの後を追った。

 危険を感じた周辺の人々はもう足をその場に止める者はなく、大勢が一斉に我先にと走りだす。感情を抑えることなく悲鳴を上げながら。

 都庁の両拳はもはや肉眼で直視できないほどの強烈な光に包まれた。

「お、おい、邪魔だ、道を譲れ!」野次馬が前を走る老人の会社員の肩を引っ張った。

「押すな、バカヤロー、ぶっ殺すぞ!」女レポーターが人込みに揉まれながら男勝りの怒声を上げる。

 足を持つれさせた何人かがその場に勢いよく転倒するが、人々はそれに構うことなく逃げ、周辺は完全なパニック状態になった。

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 東京都本庁舎が再び両拳を発射するように上げた両腕を肩の位置に揃えていく。

 その猛烈に光る拳の映像を見ながら友川が戦慄の声を上げる。

「都庁からまた何か発射されます! しかし今回は前回と何か様子が違うようです!」

 吉城が感情を隠さず、鬼気迫った顔を牧田に向ける。

「戦闘機はもう出撃していない。都庁ロボットの今度の標的は一般施設の他にないぞ!」

「何がなんでも一般人から被害は出させんぞ、クソッ!」

 牧田は悪態をつくと、また携帯電話を手に取った。

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 不気味な声がした同時に、須藤は理沙に後ろから口を押えられ、勢いよく頭を廊下の床に向かって押し付けられた。
 
 その後にシーッという理沙の声が耳元に届く。

 須藤は状況を理解していると伝えるために、口を手で押さえながらブンブンと首を大きく縦に振った。

 なんてこった! なんてこった! なんてこった! と三連発続けて叫ぶのを堪えながら。

「モット、モット……」

 何かを捜しているようにその不気味な声の主は25階のどこかの部屋の暗闇の中を彷徨っている。

 ともかく存在を気づかれないまま赤マントが遠くへ去っていくのを待つしかないと踏んだ須藤は理沙と共に床に伏せながら、懸命に息を潜める。

「……………」

 葉咲も今は相手を教祖としてではなく怪物と判断しているのか、漆黒の視界の中、静粛を保っている。

 赤マントの距離が須藤達から離れていき、聞こえてくるその甲高い声の音が徐々に小さくなっていく。 

「………タリナイ……タリナイ……モット……モット……」

 逃げる機会が生じたと、須藤が身を起こそうとした時、胸のポケットに入れた携帯電話が激しく振動しながら着信音を発した。

「えっ!!」

 須藤が慌てて携帯電話の電源を切ったと同時に職員用エレベーターから光が漏れ、多くの人間の影が現れた。

「なんだ、こりゃ? 真っ暗だぞ。おい、誰か明かりをつけろ!」

 信者と思われる男が言った突端、多くの人影が照明のスイッチを捜すためか、25階の暗闇の中に潜っていった。

「おい、葉咲、藻菊だ。ここにいるんだろ? さっきは悪かった、皆、血迷ってたんだ。だから今、信者全員で助けに来たぞ。どこにいる?」
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