第45話 巨大魔神

文字数 2,543文字

 抵抗する事を諦めたように、不貞腐れ顔で静かになった鷹藤に理沙が顔を近づける。

「さて聞きたい事がいろいろあるけど、今はテロを防ぐことが最優先だ。巨大魔神ってなに? やつらはこの建物を襲って何を得るわけ?」

 鷹藤は何か考え込むように間をおくと、突然、堰を切ったように笑い出した。

「へっ、巨大魔神か……話したところで信じやしねえさ。俺だってまともに信じてねえ。こんな狂った都市伝説は世界中どこを探してもねえはずだからな!」

「自分の感想を述べている余裕があったら、巨大魔神の事を吐いた方がいいと思うけど、ゲロ男爵よ」

 理沙が警告するように拳をポキポキと鳴らしだす。

「マジで!」

 すると、鷹藤は笑うのを止め、深刻な目で理沙の顔を見据えた。

「……そうかよ……分かったよ、教えてやるよ……」

 鷹藤はゆっくりと人差し指を立て、その先を床に向けた。

「これだ……こいつが巨大魔神だ……」

 言葉の意味が分からず、「はあ?」と眉を顰める理沙と須藤向かって鷹藤は続ける。

「分からねえのか?……だから俺達の足元、この都庁の建物そのものが巨大魔神だ! 俺達はもうすでに奴らの崇める巨大魔神様の腹の中にいるってわけなんだよ!」

 須藤が頬を引きつらせながら尋ねる。

「……つまりこの都庁の建物の事を巨大魔神と赤い福音は呼んでいると?」

「そうだ、教団はこの都庁を奪取して、自分らの操る兵器にする気だ。そのためにここにいる警備や職員を排除する大殺戮の皆殺しを始める。お前らも早く俺を連れてここから逃げた方がいいぜ。奴らは大量に買った銃器を全てここで使い切るつもりだからな!」 

 と、理沙が鷹藤の右の耳たぶを強く掴むと、天まで上がれ! と言わんばかりに勢いよく上に引っ張り上げた。


「そうか、でもまだ教団がここを襲ってなんの得があるかが全く見えん。もったいぶった言い方はやめて、分かりやく解説してもらおうか、このゲロ男爵!」

「ぐあああああああああああああああああ! イテエエエエエエエエエエエエエ!」

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 官房長官の吉城と副官房長官の友川が不安を押し殺すかのように寡黙のまま立っていると、そこへ勢いよくドアを開けて牧田が現れた。

「牧田君、やっときてくれたか……」

「長官、赤い福音が都庁を乗っ取るつもりです! それしか都庁の攻撃理由が考えられません。このままでは東京都は戦後のような死体と瓦礫で溢れる焼け野原と化します! あの東京都本庁舎によって!」

 初対面であるはずの友川に目をくれずに牧田が迫ると、吉城は諦念のこもった溜息をついた。

「……ああ、そういう事になるだろうな……」

 友川が委縮しながら吉城と牧田の顔を交互に見た。

「わ、私には訳がわかりません。長官……いったい都庁で何が起きるのですか? この私にでさえ隠していた秘密があるというのでしょか? それも都本庁舎に」

 説明しようと向き直った牧田を制するように、吉城がその胸を手で押さえた。

「……友川副長官、君は“環状七号線が有事の際に戦車が走行できる軍事転用を想定して作られた”という都市伝説を知っているか?」

「は?……」突然、脈略のない話題が出た事に、友川が戸惑いの表情になる。

 答えを急かすように吉城は友川に刺さるような視線をやった。

「……もう一度尋ねるぞ、友川副長官。君は“環状七号線が有事の際に戦車が走行できる軍事転用を想定して作られた”という都市伝説を知っているか?」

「……え、ええ、まあTVかなんかで都市伝説のネタとして出てきたのは覚えています。それが何か……」

 吉城が畏まるように咳払いをする。

「では……これは知っているかね、メトロ有楽町線は有事の際に軍事物資や人員を運搬するために作られたという都市伝説を?」

「ま、まあ……そ、それも聞いたことはあります……都市伝説の一つとして……」

 吉城が友川の顔から厳しい眼を逸らさないまま、重い口調で答える。

「いいや、都市伝説ではない……事実だ……環状七号線が軍事目的で作られた事も、有楽町線は有事の際に軍事物資や人員を運搬するために作られたという話も、共に偽りの話ではない」

「え?……」

 友川に向かって、牧田がその事実を認めるように首を縦にふった。

 動揺しているうえに官房長官と牧田の視線から威圧感を感じたのか、友川は目を左右に泳がせる。

「ええ?……い、いや、そ、その、こ滑稽な話ですが、と……とりあえず理屈が通っている内容かもしれません、考えようによっては。で、でも……その話が都庁といったい何の関係が?……」

 吉城がここから先を話すには覚悟が必要と言わんばかりに、息を大きく吸って吐いた。

「では君はこの都市伝説を聞いた事があるか?……東京都庁第一庁舎は海外の敵国からの攻撃、及びこの国に危機が及んだ時、国民を守るため巨大ロボットに変身し、敵を殲滅すると……」

「へ?」友川が一瞬、きょとんとした表情になった。

「聞こえなかったのかね?……では、もう一度言う、東京都庁第一庁舎は有事の際、東京都、いや、国の民を守るために巨大ロボットに変身し、敵を殲滅する」

「…………」

 数秒間、部屋の中が沈黙に包まれた。

 そして、理性を取り戻した友川が、裏返った大声を上げる。

「い、いやいやいやいや、待ってください、長官!……きょ、巨大ロボットって! 本気ですか?」

「何か問題でも? 友川副官房長官」

「い、いや……た、確かに都庁が巨大ロボットに変身するという都市伝説は聞いた事はあります。しかしそれは、数多くの都市伝説と違って確か漫画が発端の、一般人に留まらずオカルトマニアからもくだらない笑い話のネタと認識している都市伝説のはずです!」

 吉城が重い口調のまま告げる。

「そう……だったら

という事だ」

「え……」

「これは都市伝説ではなく事実だ。東京都庁第一本舎は大規模な攻撃を受けた時、巨大な防衛兵器に変形する。敵を殲滅する243.3メートルの超巨大ロボにな!」

 牧田が恐怖を表情から隠さず、友川に告げる。

「教団の真の目的は乗っ取った都庁、及び巨大ロボを操って、東京都を破壊、歴史上類を見ない大規模なテロを起こす、もうそう見て間違いない」
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