第8話 警告

文字数 2,486文字

 非常事態の発生に元木が全速力で階段を駆け上がる。

「おい、部屋の中はどうなってる?」

 尾上が右耳のイヤホンに手をあてながらその後を追う。

「今、新人が襲われている最中だ。くそ、また悲鳴が聞こえた!」

「ふざけやがって、あの女! 初日から新人を殺して逃げる気かよ!」

「畜生、安物の盗聴器のおかげで雑音まみれだ。だが間違いなく新人はヤバい状態だ! 殺られるぞ!」

 二人は走りながら懐から拳銃を取り出した。

「急げ、あの女が逃げ出す前にこの場で仕留めるぞ!! 俺は奴の心臓に三発ぶち込む。お前は奴の頭に三発ぶち込め!」

 そして捜査本部のドアの前に到着する。

「昭和の惨劇を繰り返させねえぞ、怪物のクソ女が! たっぷり銃弾をぶち込んでやる!」
 
 尾上が鍵でドアを開けると、元木が銃を前に構えながら部屋の中へ突入した。

「動くな、怪物!」
 
 その後に続き、尾上も銃の撃鉄を上げて突っ込んでいく。

「新人、床に伏せろ!」

 だが、その目の前の光景は自分達が想定していた血の惨劇とは大幅に違うものだった。

 口裂け女とされる女は元木と尾上を待ち構えるように椅子に座ってテーブルで頬杖をついており、新人刑事はなぜかストリップショーのごとく服の前をはだけさせながら、情けない顔でポールに抱き着いていた。

「え、なにこれ……?」と尾崎と元木がハモった。

「さてとさてと……」と口裂け女は呟くとじい~っと自分に向けられている拳銃を見つめる。

「ん、なるほど……なるほど……さいですか……」

 そううんざりとした顔で言うと、口裂け女はそのままテーブルにつっぷした。

「そうかあ、やっぱいくらなんでもそこまで寛大に都市伝説の怪物を自由にしてくれるわけはねえってかあ~~、ったく!」

 まったく事態が呑み込めず、銃口を上げたまま呆ける元木と尾上。

「いやいや、ほんと口裂け女への監視が新人の刑事一人なんて話が甘いと思っていたら、そうですか、さいですか、ハイハイ! やっぱりもしもの非常事態に備えて他に保険をかけてたってわけだ。ったくちょっとおふざけしてカマをかけたらこの有様だよ、まったく!」

 そこで元木と尾上、図られた事を悟ったように大きく口を開け

「……クソッ!」「……チッ!」と声を漏らした。

「はああああ……しまった……」

 と、遅れて事態を察知した須藤がそう情けない声をあげる。

 口裂け女はまた頬杖をつき、げんなりした顔でぼやく。

「いやあ~まあ、逆に考えればこの程度でよしかもしれないってやつかなあ……うん、大隊に囲まれてるってわけじゃなし……いやいやいや、待て待て、実はこの二人は私を油断させる囮で、他に私対策のもっとやばい処刑用の兵隊が大勢配置されているかも……う~む、あり得るなあ……」

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 捜査本部と同じ地区の閉鎖したオフィスビルの一室で待機している狙撃部隊のリーダーの城島聡が舌打ちした。

「公安のアホ二人組が怪物に正体を見破られたぞ」

 城島はオフィスの窓から双眼鏡で捜査本部の様子を伺うと、老体となった自分とは対照的な若き精鋭の狙撃手5名に命令を出す。

「各自、このままの体制を維持だ。気をつけろ、見てのとおり奴は利口だ。人間の女の恰好をしているがその本性は鬼畜の怪物。時が来た時はためらわず始末しろとの命令が出ているが、それまでは奴に気づかれないように監視を継続だ」

 狙撃隊員達はアサルトライフルの照準を紗希の額に合わせながら答える。

「了解しました!」

 勇ましい声を聞くと城島は再び双眼鏡を覗き、老兵に相応しい重みのある眼光で理沙かの顔を睨んだ。

「口が裂けてないうえに下品な見てくれになったが、お前は若いままなんだな……口裂け女よ」

 言うと、城島は憎悪を発散させるように力強く拳を握った。

「昭和の時代にお前に殺された罪のない人々や仲間達の仇は必ずとらせてもらうぞ。覚悟しろ、この都市伝説の怪物め!」
 
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 理沙はむしゃくしゃする思いを発散するように髪の毛をバリバリと掻きむしると、一先ず落ち着いたように大きく吐息をついた。

「やれやれ。どこに何がどれだけ私専用のハンターが隠れているか考えたってキリがない。とりあえず今はこれでよしとするか……たく、ほんとに……」
 
 開き直ったのか尾上と元木は紗希の向かい側の椅子にそれぞれ腰を落とした。

「おい、正体が知れたとはいえ状況が変わったわけじゃねえぞ、今後も俺達二人は怪物の処刑係、そしてお前はこの世の人々にとって脅威で敵、そして忌み嫌われる危険な怪物だ! 秘密捜査かなんだか知らねえが調子に乗ると正義の味方に退治されるってわけだ」

「そういう事だ。もしお前みたいな嫌われ者の怪物が捜査を捨てて逃亡を図ったり、俺達の目の前から逃亡するような事があれば容赦なくお前を始末する、平和な人々を恐怖の怪物から守るためにな!」

 本気だぞと脅迫するように二人は目をむいて銃身の長い拳銃を理沙に向けた。
 
 理沙はがっくりと両肩を落とすと、いじけるような物腰で言う。

「いやいや、偏見ばかりで怪物はかわいそうだねえ……ほんとトホホってやつだ。けどまず、期待にお答えする事はないよ。時代も変わって都市伝説の怪物も改心していい子になったってわけだし、これから刑事として善良なる人々を悪の組織から守るって使命もある事だしね」

「ほう、そうか? ならいつまで人間のふりをしていられるか見物だな、怪物!」

 尾上が敵意丸出しの物腰で言うと、元木も拳銃を構えたまま冷たい目で理沙を睨む。
 
「覚えてろ、怪物。次は撃つ! 躊躇いも容赦もなくだ。昔のように都市伝説の怪物の噂で市民が踊らされるのも、TVや新聞が下らねえ怪談話で溢れるのも御免だからな」

「だねえ……そいつには私も同感だ!」

 と、過去にそれらの騒動の原因となった当の本人が軽く受け流すように言うと、元木と尾上は理沙を憎悪と殺意を目から打ち消さないまま拳銃を懐にしまい、二人そろって事務所から出て行った。
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