第18話 少女たち

文字数 3,208文字

 体中に血を浴びた真澄、安奈、公子が放心状態のままゆっくりと、駐車場にいた二人の中年男に踏みよって行く。

 この二人は信者達とは違い、赤い服を着ていない。確実に教団とは全く無関係の人間だ。

「た、助けて……助けてください! わ、私達を助けてください!」

 真澄が激しく震える手を中年男二人向かって差し出した。

 ほんの十数分程前、監禁されている地下にいつもの信者が三人の食事として豆のスープを運んできた。

 期待どおり腰に鍵の束をぶら下げながら。

 三人は事前に取り決めたように前後横からと一斉にその信者の巨体に飛び掛かった。

「早く、ここの鍵を取って!」真澄が叫んだ!

 しかし、相手の信者は巨体な上に全身が筋肉で覆われている程、屈強だった。 

 まず安奈が床に地面に叩きつけられた。そして公子が拳で顎を叩かれ床に崩れた。

「悲しい、悲しい、悲しいぞ、お前ら! 真師様にお供をする清き精霊にならなくてはならないのに、なんたる不貞! この汚れた売女達め、許さん、許さん、許さんぞ!」

 真澄は降り飛ばされないように何とか背中にしがみついた姿勢を保っていると、信者がズボンの前と腰のベルトに大型の拳銃を挟んでいる事に気が付いた。いつもは銃なんて持っておらず、なぜ今日に限ってベルトに挟んでいるのか分からなかったが、真澄はそれを素早く抜き取ると、自分が危害を与えられる前に夢中で引き金をひきまくった。

 超至近距離だったため、信者の頭部が爆発したように吹っ飛び、大量の血と肉片がばら撒かれるように飛び散った。
 
「お願いです、助けてください。け、警察を……」

 車から飛び出したばかりの中年の男が駆け寄ってきた。

「お、おい、何があったんだ? まさか体じゅうのそれ、血か?」

 ショック状態の抜けていない少女達は震える足ながらなんとか前進する。

「クソ、尾上! この娘らを頼む。俺は講堂の中へ突入するぞ」

 男が叫ぶと車の中にいたもう一人の中年が窓から首を出して喚きだす。

「ダメだ! 待ってろ、今、電話で娘達の救護の応援を呼ぶ……」
 
 その瞬間、車の窓から首を出していた男の額に大きな赤い穴が開いた。
 
 そして、続くように車への一斉射撃が始まり、流れ弾が公子の喉を引き裂いた。

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 狙撃手の一人が叫んだ。

「講堂の外にいる信者達が発砲。公安の刑事一人と少女に被弾しました!」

 城島が双眼鏡を覗きながら悪態をつく。

「クソったれが!」

「公安の車も続けて狙撃されて、タイヤが全てやられました。信者の連中、この村から誰一人逃がさない気です!」

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「あとついでにかわいい弟子達にその機関銃を捨てるように言ってくれると助かるんだけどな、昇麻の先生」

「お、お前ら武器を捨てろ! 早く! 俺は異教徒の悪魔に銃を向けられてるんだぞ!」

 上草を含めた短機関銃を持った信者四人はどうしたものがお互いの顔を見合わせるが、拳銃を頭に突きつけられている昇麻の姿を見ると、ゆっくりと短機関銃を舞台の床の上に置いた。

 このまま無事に帰さないというメッセージのこもった鋭い視線を理沙と須藤に向けながら。

「いやあ、幹部思いのいい信者達でよかったじゃないかい、昇麻! では信者の皆の衆、今度は後ろに下がって道を開けてくれないかな?」

 昇麻を人質に取られている以上、他に術はないと判断したのか、信者達は理沙と須藤を憎悪溢れる目で睨みながらもゆっくりと舞台から離れ始めた。

「よし、マー坊、行くよ」

「は、はい!」

 理沙は昇麻を羽交い絞めにし、銃を突きつけたままゆっくりと舞台の階段を降りていく。

「さてさて、信者の皆の衆、もういい時間だ、そろそろ私達はお暇させていただくとしますかね」
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 死体となった尾上と公子の姿を見て、安奈が嘔吐した。

 銃声は止む気配もなく、全てのタイヤをパンクさせられたにとどまらず、エンジンを破壊せんと車のボディを蜂の巣にしていく。

「クソ! ここで地面に這いつくばってるだけじゃ狙撃される! 姉ちゃんら走れるか!」

 必死の表情で叫んだ元木に向かって、真澄と安奈が恐怖で歪んだ顔で小さく頷く。

「よし、一気に走るぞ!」

「どこまでですか?」真澄が叫んだ。

「あの講堂の中まで突っ走るんだ!」

「で、でもあそこには大勢の信者が!」

「いつまでもここにいたらヤバい。狙撃されておしまいだ! 講堂まで一気に走り抜けるぞ、後ろを振り向くなよ! 行くぞ、1、2の……」
 
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 講演会の会場から出た理沙と須藤は昇麻を盾にしながらゆっくりと講堂の通路を後ろ向きで進む。

 理沙を背後にしながらも昇麻が凶相で怒りをぶちまける。

「畜生! なめやがって、異教徒が! いいか、このまま逃げ切れると思うなよ! お前らまとめて皆殺しだ! 信者は外にもいるんだ。じきまとまって教団の幹部の俺を助けに来る! もう泣いて詫びても許してやらねえ! 

同様にな、覚悟しろ!」 

 距離を置きながらも、理沙と須藤を逃がすまいと信者達がぞろぞろと追ってくる。

「あー……その、お見送りは結構だって、信者の皆の衆。いや、そりゃあ、名残惜しいのは私も同じだけど、教団の教えと私の考えはちょい合わないみたいでね。今回の入信はパスだ。まあ、そこは縁がなかったって事で!」

 両掌と脇に短機関銃を抱えながら須藤が小声で尋ねる。

「警部、これからどうする気で?……」

「この講堂から出たら車まで突っ走って、昇麻を連れて教団の敷地からとっとと消える」

「そのう……僕の気のせいでなければさっきから表の駐車場で銃声が鳴りまくってるようなのですが……」

「……気のせいじゃなくてバンバン鳴りまくってるね。何が起こってるか分からないけど」

「え、だったら外へ出たら危険じゃないですか!」

「けどいつまでもここにいたこっちもヤバいし、それしか手がない。もう命を捨てても構わないってくらい信者の皆の衆は激昂してるようだからね。次こそは一気にまとめて来るよ。一先ずここから出ないと……」

 と、後ろ向きに進みんでいるとやっと玄関にたどり着き、理沙が後ろ手でそのドアノブをひねろうとした瞬間、そのドアが勢いよく開き、元木と少女二人が構内に突っ込んできた。

「え、なんだ!」と理沙が驚愕の声を上げる。

「おい、なんだ、こりゃ!」と信者達の群れが殺気だった目で集まっている様を見て、元木も驚愕の声を上げた。

「また、異教徒が襲ってきたぞ、皆、神具を構えろ!」

 一人が叫ぶと、信者達全員が新たな来襲者に向かって隠し持っていた拳銃を抜いた。
 
「みんな、反撃の準備だ!」

 その号令と共に、信者全員がまとまって理沙と元木に向けている銃の撃鉄を起す。

「お前ら、待て待て待て!」と動転した声を上げながら、元木も慌てて銃を構えた。

 理沙が昇麻の背後から銃の向きを信者達に変える。

「処刑人の方、私の横に!」

 元木は女子高生二人を背中にしながら移動すると、理沙と共に信者達に銃口を向けて睨み合う。

 自らも銃を向けられながらも、異教徒の敵相手に信者達はまったく怯む様子はない。

「くそくそくそ! こんな事になるんだったら駐車場に残ってるんだった!」

 銃を撃つのを堪えるのも限界とばかりに手を小刻みに震わせながら信者達が怒りと威嚇の声を上げる。

「この悪魔め、よくもこんな恐ろしい事を。許さん、許さんぞ! 銃を降ろせ!」

「ふざけやがって、異教徒ども! この村から逃がさないぞ、まとめて嬲り殺にしてやる!」

「お前ら全員、地獄落ちを避けられない! 人も銃の数も違うぞ! 今から我々が地獄へ叩き落してやる!」
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