第22話 一か八か

文字数 3,132文字

 天を仰ぎながら理沙はまた両手で髪の毛を搔きむしる。

「あああああ、嫌だ~~! 不合格は嫌だ~! マジで捜査の失敗を理由に地下牢に戻される~! また何十年も地下牢でTVだけが友達なんて人生は本当にもう嫌だ~~! 昔と違ってもう“水曜スペシャル”も“いいとも”も“水戸黄門”も“みなさんのおかげ”もないんだぞ! 全チャンネルこぞってクソみたいなグルメレポート番組かどれもコンプラで去勢されたドラマやお笑いを垂れ流してるだけだっつうのに! そんな苦痛耐えるかっつの! ああ、TVはブラウン管と共に死んだ!」

 理沙が、爆発した感情を鎮静させるように、また目の前にある信者の死体の腹をボスッと力強く蹴った。

「クソが! そんなの御免だ! ネット廃人になんかになるのも死んでも御免だ! 私は自由を手に入れるぞ! 奴らの祭りは成功させない。もうこうなったら渋谷に行くぞ、マー坊!」

「渋谷って、何か根拠でもあるんですか?」

「さっき昇麻が口を滑らせたじゃん、

って。絶対で確実な情報じゃないけどそれに賭けるしかない。今すぐ出発して、火がつかないうちに全て終わらせる!」

「しかし、それが教団の意思とは無関係の昇麻のただの個人的な発言だったら? 巨大魔神ってキーワードも道玄坂には結びつきません!」

 理沙が深刻な顔で答える。

「だけど残念ながらってやつでもう私達には時間も情報もなし! こうなったら一か八か道玄坂に向かうしかない! 信者のご一同が銃器を持って待ち構えている事を願って」

 と、その時、安奈が激痛の声を挙げながら、床にうずくまった。

「痛いいいいいいいいいいいいっ!」

「ど、どうしたんだ、大丈夫かい!」

 しかし、その須藤の声が届いているとは思えないほど安奈が地面の上で激しく体を痙攣させ始めた。

「な……ま、待って、これを……」

 須藤は動転しながらも己の上着を脱ぎ、震え続ける安奈の体に羽織らせる。

 その光景を目を細めて見ながら、理沙が尋ねた。

「あー……ところで、あんたら女子高生なに? いや、今更だけど……」

 真澄が恐怖で曇った顔で答える。

「……私達、信者達に拉致されて閉じ込められていました。その間、教祖に打っているものと同じ液体を注射されて続けて……それ以外の事はもうなんと言って良いもの……」

 と、言っている最中に、突然、真澄も安奈同様に激しく体を痙攣させはじめ、勢いよく元木の足元に倒れた。

「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!」

「え……」須藤が唖然とした顔で声を漏らした。

 元木が強く両拳を握りしめる。己が錯乱するのを抑えるかのように。

「……く、くそ、こうなったら口裂け女と新人は道玄坂へ行ってテロを止めろ! 俺は救急車を呼んでこの女子高生二人を病院へ連れて行く! それが今このクソッタレた状況の一番いい解決法だろ?」

 元木の提案に理沙が力強く頷く。

「だと思うね。となれば悪いけど私達は早速現場に向かわせてもらうよ!」

「ああ、頼んだぞ、キ〇ガイどものテロを許すな! 一人でも被害者を出させるんじゃないぞ。皆まとめて頭ボコボコにして、牢屋にぶち込んじまえ! いいな!」

「了解! それじゃマー坊。道玄坂まで行ってキ〇ガイどものおふざけを止めるぞ! また運転よろしく!」

「は、はい!」

 理沙と須藤は次の現場に直行するため揃って頭を振ると、猛ダッシュで車に向かって走りだす。

 その際、理沙は血と暴力の衝撃に慣れていないはずの須藤が精神的に疲弊していないか、その顔色をチラと確認するが、意外にまだ何とかついていきている。

「よし、いいぞ、マー坊。さすが男の子だ! んでもってもっと気合入れて急げ!」

「ああ、しかし、携帯が奴らに預けたまま行方が不明な事が悔やまれます。あれさえあれば報告と応援が呼べるのに」

「おお、それってこれの事?」

 言い、理沙が走りながらポケットから二つのスマートフォンを取り出した。

「え……これ、いつの間に取り戻してたんですか?」

「はあ? この私がキ〇ガイにスマホ様を預けるわけないじゃん。会場の扉が閉まる前にあの不気味笑顔の信者の懐から奪い返してた。ちゃんとマー坊の分もね」

「いやいや、まったく……手癖が悪いんだから……罰が当たりますよ」

「今は神様の罰を受けている暇はないね! もうテロのカウントダウンが始まっているかもだし!」

****************************************

 ゆっくりと目的地に向かうキャンピングカーの中で真師の介護役を務めている若き信者・藻菊が真師の筋肉が朽ちたその細い腕に赤い液体を注射した。

「真師様、時が来ました。祝祭が、街の人々に祝福を送る前の最後の注射となります」

「うむ、これまで言われるままこの薬を投与してたが、祝祭が始まる時間までに本当にこの老いた体に大神の強大な力が宿るだろうか?」

「はい、あの薬品会社の連中の言った事に偽りがなければ、十分な効果が期待できます」

 真師は弱弱しく咳き込むと、車の天井向かってほほ笑む。

「楽しみだ。大神が私の体に憑依したあかつきにはその人を超越した力で巨大魔神と共にこの世を破壊しつくすぞ。私と同じ薬を投与された聖なる処女四人も一緒にな……」

 藻菊は四人の女子高生のうちすでに二人が村で死に絶え、残りの二人も刑事を名乗る異教徒の悪魔に連れ去られた事を、祐華の命令どおりに心に秘めたままにしている。
 祭事の前に真師様の御心を乱してはいけないという祐華からのお気遣いだ。

 実際、中途半端な薬の投与のままの、あの女子高生達の体がどうなるかはまったく予想がつかない。もう真師様のお供をするどころの話じゃないというのが現状だ。

 と、その時、真師が突然、小さなしゃっくりをしたかと思うと、大きく、そして長く息を吐きだし、目を開けたまま動かなくなった。

「こ、これは!……は、始まったのか?……真師様の変身が、大神の復活が!」

そして、その状態が数秒間続くと、真師の肉体が小刻みに痙攣をはじめた。

「き、来た! つ……ついに来た! 我が教団に切願であった真師様の体に大神が憑依なされる時が、そして真師様が紅き大神に変身なされる時が来たのだ!」

 真師が激しく痙攣し始めると共にその小さな体が膨張を始めた。そしてその体の変化に順応できなかった体の骨がきしむ音を立てながらあちこちと折れた。

「ああ、戻ってくる、大神が真師の体を借りて再びこの世に戻ってくる!」

 だが、その動きも数秒後には終わりをとげ、それを最後に真師はただの意識を失った老人と化し、動作を見せるそぶりさえもなくなった。

「え?……」

 キャンピングカーが静粛に包まれる。

「し、真師様……」

 藻菊が恐る恐る声をかけるが、真師は返事を返すどころか人形のように固まって動かない。

「え、もしもし真師様?……」

 藻菊がそおっと声をかけると、真師の髪の毛が勢いよく抜け落ちだし、肌の色が死体のように黄ばみ始めた。

「うわああああ、そそそそそそ、そんな、ち、違う……こ、こんなはずじゃない。これでは真師の体が破壊されただけじゃないか!魔人に相応しい強靭な体に変異すると聞いたのに!  あ、あの薬品会社の連中、騙したのか! そ、そんな! このままでは祝祭と大神の復活が失敗に終わって……これじゃ巨大魔神の元までたどり着けないじゃないか……」

 唖然自失とした顔で言うと、藻菊は天を仰ぎ、恐怖と憤怒の感情をこめて叫ぶ。

「ああああああ、何をなされているのですか、大神! もう巨大魔神の待つ最終地へ向かわなくてはいけない時間だというのに。早く真師様の体に憑依して復活し、巨大魔神と共にこの偽りだらけの世界を大火で包んでくださいませ!」
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