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「なかなか見応えありましたね!
すごかったです!」

「そうか。キミが喜んでくれて、私も嬉しいよ」

「えっ……」

「今日のチケット、本当のことを言うと
バイトの先輩に無理を言って譲ってもらったんだ。
誘ったら、来てくれるかなと思って」

いつもと同じ無表情ではあるが、
気のせいか頬が赤い気がする。
これってもしかして……。

「キミは空手部主将だし、こういう格闘技のことも
わかるだろ?
普通の子じゃ、あまり話を聞いてくれなくてね。
だから……」

「白谷さん……」

ドカッ!!

「!?」

油断したところで大きく足払いされ、バランスを崩す。
地面に倒されると、すかさず脚を取られ四の字固めの
体制になる。

「うぉっ……し、白谷さんっ!
い、痛いッス!!」

「はははは!! 打撃系じゃないからなぁ!!
関節技も覚えたほうがいいと思うぞ!
普通の友人・知人には、技をかけられないからな!!」

「くっ……!」

堂々といじめるって、つまりは肉体言語!?
今日誘ってくれたのも、このためか!!
しかし、道端でこの体制は恥ずかしすぎる。

格闘技を見て興奮してるのかもしれないが、
ここは路上だし、俺たちを白い目で見てる人が
たくさんいる。

「やめてくださいっ!!」

「おっ?」

力技で抜け出すと、俺はずり落ちそうになった
ズボンを引き上げる。

「っとに……白谷さん!
あんたは少し周りの目を気にしてください!!」

「………」

怒ったのか?
白谷さんは黙ったまま、俺をじっと見つめる。
その瞳に、だんだんと水が溜まっていく。

「うっ……」

まさか、これはっ……!!

「うわぁぁぁんっ!!」

な、泣いた!?
なんで!?
普段めちゃくちゃで意味不明なヤバい人が
泣いた!!
この間は酒瓶割って、振り回そうとしてたくせに!
俺がちょっと怒っただけで泣いた!!

ど、どうしよう……。
周りの人が俺を見て、こそこそ話している。
かわいいわけではないが、
白谷さんも女の子ではある。
女の子を泣かせた俺は、何も知らない人たちから見たら
ひどい男だ。

ともかく泣き止ませないと。

「な、泣かないでください!!
そのっ……言い過ぎましたよ!!
すみませんって!」

「うぅっ……ぐすっ」

マジかよ……。
面倒くせぇ……。
なんで俺、こんな女に振り回されてるんだ?
仕方ない。ここは謝って穏便に済ますしかない。

「泣かないでください。
今日は誘ってもらえて嬉しかったんですから。
また誘ってくれるといいなって思うほどで」

「……ほう」

「え?」

「キミ、なかなかのフェミニストだな。
私を立ててくれるとは。
ちなみに私の涙は、気分次第で自在に出せる」

ガッデム!!
ウソ泣きかよっ!!

「たまにバイトでな、『泣けば1000円くれる』って
仕事もあるんだよ。
だから、すぐ泣けるよう、日ごろから訓練してる」

だから、アンタのバイトはなんなんだ!!
それに訓練って……。
はぁ、もう嫌だ、この人……。

「もういいです。俺、白谷さんには一生関わらないで
生きていきますんで」

「……そう。じゃ、ここでお別れだ」

「あっ……」

白谷さんはバンダナをほどきながら、
あっさりと俺に背を向ける。

これだけ俺を振り回しておいて、
さっさと退場だなんて……。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

俺は考えるよりも先に、白谷さんの手をつかんでいた。

「まだ何かあるのか?」

白谷さんは冷たい目で俺をにらむ。
そんな目で、俺を見るなよ。
俺は……。

「俺はやっぱり、白谷さんのことが気になる!」

「関わらない人生を送るんじゃなかったか?」

「前言撤回します。俺が見てないと、あんた他人に迷惑かけるでしょ。
怖いんですよ! いつか逮捕されるんじゃないかって」

「逮捕されたら、キミに迷惑がかかるのか?」

「……だ、大学の名前に傷がつきます!
だから……」

早まったと、今なら思う。
なんで俺はこんなことを言ってしまったんだろう。
でも、口から発した言葉は帳消しにはできない。
俺は白谷さんの目を見て、はっきりと告げた。

「お願いします。ずっと、俺の目の届くところにいてください!」

バカだな、俺は。
これが恋なのかどうかもわかっていない。
だけど、彼女のそばにいないとダメだ。
他の誰でもない。
俺じゃなくちゃ、ダメなんだ。

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