文字数 1,423文字

――そして食事会当日。
みゆきさんは駅からタクシーで来るらしい。

本当は迎えに行くと言ったのだが、
なぜか断られた。
それが俺の余計な心配になる。

奇抜なカッコ、してこないだろうな……?

俺がきつく言ったから、みゆきさんも意固地になってる
可能性もある。
どっちにしろ、不安だ。

時間は夕方の6時10分前。
ピンポン、とインターフォンが軽やかに鳴った。

「はぁい!!」

料理を作り終えたおかんが、飛び出そうとする。
俺はそれを止めた。

「いきなり母さんが出てもびっくりするだろうから、
まずは俺が出る!!」

「そんなこと気にしないわよ! ほら、待たせちゃ悪いでしょ!!」

くっ、俺が先に出て、服装チェックをしようと思ってたのに……。
こうなったら、みゆきさんを信じるしかない。
びくびくしながら、俺は玄関のドアを開けた。

門の外に立っていたのは……。

「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」

「まぁ! 素敵な方じゃない!!」

「み、みゆきさん!?」

そこにいたのは、着物姿できちんと髪をセットしたみゆきさんだった。
俺はびっくりしすぎて腰を抜かした。

「この肉じゃが、本当においしいです。
崎くんは毎日こんなおいしいご飯を食べることができて、
本当に幸せですね」

「みゆきちゃんったら、お上手ねぇ」

さっそくダイニングに通されたみゆきさんは、
いつもとまったく違う話し方でおかんやおとんと話している。

めっちゃくちゃ居心地悪ぃ!!
誰、この人!!
俺の知ってるみゆきさんじゃない!!

「ちょっと幸ちゃん!」

「なんだよ、母さん」

食後のお茶を出す手伝いをするため、
一度キッチンに出向くと、おかんが嬉しそうに耳打ちしてきた。

「みゆきちゃん、すごくいい子じゃない!
あんたが鼻折られたなんて言ってたから
不安に思ってたけど……なんかの間違いだったんでしょ?
楽しく話してて、偶然肘が当たったとか!」

「あはは、ま、まぁね……」

本当はガチで肘鉄を食らわされたわけだが……
まぁ、おかんに好かれてるみたいだし、いいか。
そういうことにしておこう。

食後のお茶を出すと、みゆきさんはおもむろに口を開いた。

「本日ご招待いただいて、本当に嬉しく思っています。
今度は崎くんにもうちの親に会っていただきたいですわ」

「ええ! もちろんよね? 幸ちゃん」

「え……」

一瞬考えた。
今日のみゆきさんはいたって常人に見える。
が、その親御さんだ。

普段の彼女の行動を容認している方々だし、
お義母さんはヨーグルトかけご飯を発案するほどの人。
お義父さんの部屋着はネグリジェだ。
……大丈夫なのだろうか。

「崎くん、来てくれますよね?」

「うっ!!」

みゆきさんが、いつもなら絶対見せないような笑顔を
俺に向けている。
怖い。怖すぎる。
付き合う前のあの意味不明な怖さとは違う圧力を感じる。

「は、はい……」

「それが終わったら、今度は両家でご飯でもどうかしら?」

「ええ、喜んで」

おかんとみゆきさんはにこやかに会話している。
今回ふたりを会わせたのは失敗だったかも……。
そう思いつつ、食事会は幕を閉じた。

「……というわけで、次はキミがうちに来る番だ」

「わかってますよ。今度の日曜ですよね」

道場からの帰り道、牛丼屋で食事しながら
みゆきさんは俺に確認する。

「ああ。ちなみに事前に言っておくが……
うちの家はどうやらおかしいらしい」

「そんなことわかってますよ」

「ならいいが」

みゆきさんは残っていたご飯をかきこむと、
みそ汁を飲みほした。
このみゆきさんの警告を軽く受け流した俺は、
バカだった。

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