文字数 1,733文字

「うっす。もしかして待たせたか?」

「いえ……勝手に30分ほど早く来ただけなんで、
気にせんでください」

会場の最寄りの駅で待ち合わせしたのだが、
どういうわけか昨日一睡もできなかった。

結局時間を持て余して、30分も早く来てしまった
自分って一体……。

「そんなに楽しみだったのか?
総合格闘技」

「楽しみでしたけど……それよりも
不安でいっぱいでした」

「は?」

白谷さんは首をかしげる。

前回、別れ際に彼女はこう言った。

『今度はまぁ、堂々といじめるから』

また今日もこの人に振り回されるんだろうか……。
不安だ。不安すぎる。
きっとドキドキしてるのも、この不安な気持ちからなんだろう。

「それにしても、今日は女子高生が多いですね」

「ああ、何かのライブがあるのかもな。
この駅はライブハウスも近いし……」

「え? 普通に進学フェスタとかそういうんじゃないですか?」

「キミ、あれ本物の女子高生に見えるのか?
ツインテールにセーラー服を着た3次元の女は、
大抵コスプレだ」

……なんだ、その偏見。
本当の女子高生に失礼だろ。

飽きれながら、会場のアリーナまで歩く。

「そうだ。物販寄っていいか?」

「あ、はい。俺も何か買おうかな。
タオルとか……」

物販の列に並んで30分。

時間短縮のために、別々に買い物をすると、
物販ブースから出たところで落ち合う。

「タオルなら稽古でも使えるしな。
それにしても、白谷さん来ないな……」

「おう、お待たせ」

「!?」

白谷さんの手には、販売されているグッズすべてが
あった。

「ど、どうするんですか!?
そんな買い込んで……。
そのラバーバンドとか、絶対普段使わないじゃないですか。
ま、まさか転売する気じゃ……」

「転売? バカ言うな。
イベントのグッズは全コンプリートするのが
常識だろ。
私はライブやイベントでのグッズは、
常に全部購入することにしてる」

何、その自分常識……。
全部購入する資金力もすごいけど、
置き場とかどうするんだろう。

「……ちょっとわきにそれていいか?
グッズを整理したい」

「は、はい」

通路の端に寄ると、白谷さんは
リュックに細かいグッズを詰めた。
そして、購入したばかりのTシャツを手に取ると、
堂々と着替えを始める。

「し、白谷さん! こんな場所で服、脱ぎ始めないで……」

「大丈夫だって。ちゃんと下にはタンクトップ着てるし。
それに、こういうTシャツをイベントで着なきゃ
意味ないだろ?」

そう言うと、手早く『KILL』とでかでかと書かれたTシャツに着替え、
迷彩のバンダナを頭に巻く。
腕にはリストバンド、顔にはウィル・スミスがかけてそうな
サングラスだ。

「よし、行くぞ!」

「………」

こんなカッコの女子と歩くの、嫌だ……。
少し距離を取りながら歩いていると、
白谷さんは太った男性に声をかけられた。

「おおっ! 白谷殿ではないですか!
今日もイケてますな!」

「えっと、石黒くんか。久しぶりだな
今日も来てるとは思っていたが……奇遇だ」

知り合い……なのか?
というか、彼女と気さくに話せる人間っていたんだ。

ぽかんとしていると、
白谷さんは俺に石黒と呼んだ男性を紹介する。

「こちら、石黒くん。レベルは5だ」

「レベル……?」

「イベント参戦年数のことだ」

「へぇ……」

そんな言い方をしているのは、多分彼女と石黒さんくらいだと
なんとなく感じた。

「で、こっちは崎くん。
レベル0だが、格闘家としてのポテンシャルは高い。
同じフィールドの仲間だ」

「な、なんですか、フィールドって」

「大学のことだけど」

「そ、そうッスか……」

何、この中二病。
すげぇ面倒くさい……。

石黒さんは眼鏡をくいっとあげると、
俺をじろりと見る。

「ほうほう……確かにいい体をしておりますなぁ。
細いようで筋肉もある……何を会得しておるのですか?」

「会得……? えっと、空手をやってますけど」

「彼は高校の時から空手を始めたようだが、
なかなか熱心に稽古をつんでいるらしい」

「将来に期待ですな!」

「あははは……」

よくわからない会話が飛び交う。
俺は笑顔で誤魔化そうとしたけど、
あることに気がついてしまった。

……俺、白谷さんに高校の時に空手始めたって
行ったっけ!?

自分の席へと向かう石黒さん。
それに軽く手を振る白谷さんの横顔を見て、
「やっぱりこの人、ヤバいかもしれない」と
再度確認をした。

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