文字数 2,356文字

――そして、当日。
今日は俺がみゆきさんの家に行く日だ。

「手土産も持ったし、清潔感のある服装だし……。
まぁ、まだ『娘さんをください!』って言いに行くわけじゃ
ないからスーツではないけど……」

だけど緊張はする。
彼女の親に会う緊張。
そして、彼女の親もヤバいのではという不安がよぎる。

だ、大丈夫だよな……?
みゆきさんの家がおかしいのは、たやすく想像できることだ。

俺はみゆきさんに言われた通り、マンションの1006号室へと
向かった。

ピンポーン。

「はい、白谷です」

インターフォン越しに低い声が聴こえる。
お義父さんだろうか?

「あの、崎ですが」

「少々お待ちください」

バタバタと音がすると、みゆきさんがドアを開けてくれた。

「よく来たな、サキ。親が待ってる」

「は、はい!」

びくびくしながらスリッパに履き替えて、
リビングへと向かう。

そこに待っていたのは、見た目普通の夫婦だった。
お義父さんはシャツにチノパン、お義母さんは白いニットにロングのスカートだ。

「ここで問題です。どちらが父で、どちらが母でしょう?」

「えっ!?」

見たまんまじゃないの!?
どう見てもチノパンがお義父さんだよな。
スカートはお義母さんで。

いや、待てよ?
お義父さんの部屋着はネグリジェだ。
ここは女性に見えるロングスカートの方が
お義父さんかもしれない。
だけど、どう見ても女の人だし……。

うおおっ、俺はなんて返事すればいい!?
これ、間違えたら印象最悪だぞ!?

「ぶっぶ~。時間切れ。
正解は……」

「私が父だ」

チノパンの男性がぼそりとつぶやく。

「オレが行幸の母ちゃんだ!」

白ニット、ロングスカートの女性は、
すそをめくりあげて足をテーブルの上にどん、と乗せた。

な、なんだよ!
見たまんまじゃないか!!
みゆきさん、驚かせやがって……。

まぁ、お義母さんの一人称が『オレ』なのは若干気にはなるけど。

「まぁ、座れや! サキ。
行幸から話は聞いてんぞ!!」

「………」

お義母さんはガハハと笑いながら
座るように勧める。
お義父さんは無口だ。

「はぁ、どうも」

ソファに座ると、みゆきさんが二人を紹介し始めた。

「父は今、仕事が多岐にわたり過ぎていて本職がわからない状態だ。
それで母は……」

みゆきさんはお義母さんをちらりと見ると、
珍しくため息をついた。
一体どうしたっていうんだ?
不思議に思っていると、言いづらそうに口を開いた。

「自称・ミュージシャンで全国各地を放浪している。
最近までは単なる趣味思ってたけど、ガチなミュージシャンだった」

「それってどういう意味ですか」

「白谷実幸(みさち)、『リトルポリスマン』の現・ボーカルだ!!」

「えっ……『リトルポリスマン』って、前にみゆきさんが
一週間でファンになって、大阪遠征した、
あのカラオケで表示できない歌詞の!?」

「そっ!」

お義母さんはにこにこしながら首を縦に振った。

みゆきさんは頭を抱えている。
こんな彼女、珍しい。

「まさかあのボーカルが母だとは……
気づかなかったんだ」

「普通気づきません!?」

「メイクっていうか、顔面白塗りだったから、
まったくわからなかった」

「あははっ!! 行幸のやつ、
ホンットまぬけだよな~!!」

「………」

ざっくばらんすぎるお義母さんに、
ずっと無口なお義父さん。

確かに変な家族だ。
覚悟していったが、斜め上を行っていた。

「さっそくメシにしようぜ!!
オレが珍しく料理したんだ!!」

「お、お義母さんがですか!?」

この人だよな、ヨーグルトがけご飯を作ったのは。
そんな人間の作った料理を食べるだなんて、
どんな拷問だ!!

「……案ずるな、サキ。
母の料理は処分しておいた」

「えっ、マジかよ! 行幸!!
今日のは超腕によりをかけてたんだぜ!?」

「あの、トイレットペーパーを使った、
謎の物体なら捨てた」

「と、トイレットペーパー……ですか?」

「ああ、あれな。
ほら、トイレットペーパーって
水にぬれると湯葉っぽくね?
だから、醤油で煮込んでみたんだけど……
行幸が捨てたのか~」

みゆきさん、ナイスです。
トイレットペーパーって、もはや食い物じゃないだろ!!
日用雑貨を料理するなんて、誰も思いつかねぇよ!!

「……俺が、あとで食ってやる」

「マジかよ、ダーリン! さすがだぜ!!」

「………」

お義母さんはお義父さんの背中を、バシンバシンと
叩いた。
すげぇ……大人しいのに、漢だな、お義父さん。
トイレットペーパーの煮物を食うって……。
よっぽど奥さんのことを愛してるんだろうか。

「このように、父が母を甘やかすもんでな。
なかなか苦労した子供時代を過ごさせてもらった」

「心中お察しします……」

珍しく覇気のないみゆきさんを、俺は慰めた。

「カンパーイ!!」

みゆきさんの料理が運ばれてくると、
全員にビール缶が渡された。
プシュッと開けると、乾杯して口をつける。

「……サキくんはお酒、平気なのか?」

お義父さんがしゃべった。
俺はそれが少し嬉しくて、大きくうなずいた。

「多少は……道場で付き合わされることも
ありますし。普段はあまり飲まないんですけどね」

「……そうか、仲間が増えて嬉しい」

「ですね……」

俺はお義父さんに賛同した。
なぜかって?
お義母さんがかなりの酒乱だったからだ。

「おっしゃ、行幸!! ギター持ってこいや!!
お前はベースな!!」

「しょうがないな、母は」

「ベンベケベケベケベンっと~!!」

お義母さんは窓を開けっ放しにすると、
アンプの音量を最大にしてギターを弾き始めた。
みゆきさんは付き合いで、ベースを弾いている。
何、この母娘……。
いくら10階の部屋が全部自分の家でも、
近所迷惑だろ。

みゆきさんは酒乱のフリをした
単なる迷惑女だが、
お義母さんはどうやら天然っぽい。

俺、いつになったら帰れるんだろう……。
不安に思いながら、夜は更けていく。
結局その晩は帰らせてもらえず、
また一部屋借りて、そこで寝ることになった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み