5.みどりのショー

文字数 2,985文字

 それから二年……毎週末通いつめた浦和ミュージックホールのことを書いて投稿した雑文が編集者の目に止まり、俺は風俗専門誌の編集部に転職した。
 鉄工所時代は給料が安いこともあり浦和ミュージックホール専門だったが、今度は仕事として様々な風俗を回った。
 時代はバブルに向かっていて景気は上向き、様々な形態の風俗が生まれ、消えて行った、店の浮沈も激しく、老舗と言われるところでも時流に乗れなければ衰退し、新興の店でも時流に乗れば一気に伸びた。
 まだ二十歳そこそこだった俺は「体当たり取材」が持ち味、元々興味が尽きない分野、五年の間夢中で新しい風俗を追い回してレポートを書きまくり、北は札幌から南は那覇まで走り回った。
 しかし、正直なところ、取材費がそれほどあるはずもなく、大半は店からの取材依頼、気に入らなくても悪く書けるはずもなく、また、男の欲望の本質が変るわけでもない、目先を変えただけの新しい風俗……若さゆえに体の疲れはそれほどでもなかったが精神的には少し倦んできていた。
 そんな時、浦和での取材があり、目先だけを変えた店でイケイケなだけの女の子の味気ないサービスを受けて、これをどう書こうか頭を悩ませながら歩いていると馴染みのある街並みを歩いていることに気づいた。
「ああ、このちょっと先にはあの劇場がある……」
 そう思うと編集部に返って記事を書かなければならないのにもかかわらず足は自然にあの劇場……浦和ミュージックホールに向っていた。
 
 劇場は5年前と変らずそこにあった。
 香盤を貼り付けた看板もそのままだ、そしてみどりの名も変わらずそこにあった。
 ただ、いつでもトリだったみどりの出番が変わっている、みどりの出番は最後から2つ目、トリは「奇跡のロリータ娘・まり子」となっている。
 みどりは既に40代半ばに差し掛かっている、容色に衰えがでてきてトリの座を明け渡したのだろうか、それとも「奇跡のロリータ娘」がよほど……。
 気になって仕方がなかったが、とりあえず編集部に戻らないわけには行かない、後ろ髪を引かれる思いで駅へ足を向けた。

 俺の仕事に決まった休日はない、それから二週間後にようやく休みを貰って浦和に向った、いつもなら休みとなれば昼過ぎまで寝ているのだが、最初のステージ、11時半に間に合うように早起きをして……。

 この5年、出稼ぎの外国人女性が爆発的に多くなった、かつてはフィリピンなど東南アジアからが主流だったがここ数年は南米コロンビアなどからの出稼ぎが多い。
 彼女達の過剰なサービスが問題となって新しい風俗営業法が国会を通り、施行が1年後に迫っている、風俗産業には強い逆風が吹く事は間違いない、それゆえここ数年は過激さが加速する一方だ、蝋燭が消える間際の炎、時代のあだ華……そんな様相を呈している、香盤に出ている日本人の名前もみどり、まり子だけだ、外国人踊り娘たちの過激なステージは新風営法の下ではおそらく続けることはできない、みどりは続けられるだろうが既に40代半ば……浦和ミュージックホールの行く末は暗い様に思える……もっとも風営法が施行されると浦和ミュージックホールだけではなくストリップ劇場全体、ひいては風俗産業全体が衰退せざるを得ないかもしれないのだが。

 5年前、いや7年前から俺は外国人の踊り子にあまり興味が持てない、みどりが言っていた想像力を働かせる余地があまりないのだ、ストレートなオープン、オナニーショーにまな板、喘ぐ声も吼えているようであまり色気を感じない、彼女達には日本人よりもシビアな事情があって出稼ぎに来ている者も多いには違いないが、そこに思いを巡らすには表現がストレート過ぎるのだ。
 平日の午前中から劇場に来ているような輩は概ね目が肥えている、応援も少なく、南米の彼女たちのショーには舞台と客席の温度差を感じてしまう。
 (何もこんなに早く来なくても良かったかな……)
 あくびをかみ殺しているうちにみどりの出番が来た。
 
 5年前と変らぬ襦袢姿……計算しつくされた踊りとストリップは以前と変らない、いや、むしろ磨きがかかっているようにも思える。
 しかし、容姿の衰えはどうしても感じてしまう。
 体型は保っているものの、肌の張りは失われ乳房も少ししぼんで垂れて来てしまっているようだ……それでも磨かれた動きと計算しつくされた構成は健在だ、しかし計算しつくされているだけに改良の余地も小さく、5年間これを続けていたとすればマンネリのそしりは避けられないかもしれない……みどりに筆下ろししてもらった思い入れのある俺には充分魅力的だが……。
 
 出べそに進み出たみどりは俺に気が付いてくれたようだ、一瞬だが妖艶にひそめた眉が開いて笑顔を向けてくれた。
 後半は少し変っていた。
 着衣のままの男優が現れ、回り舞台の縁に腰を降ろしたみどりを背後から抱き抱えるようにして愛撫して行く、と言うよりも責めて行く。
 胸をもまれたりオープンさせられて指で弄られたりしている間はまだみどりにも余裕があった、身を任せているようでいてその反応で巧みに男をリードしている用にも見える、男にとって「いい女」のみどりがそこにいた、しかし、交流100Vで作動する電動マッサージ器、通称電マが持ち出されるとたちまち余裕がなくなってしまう、この強烈な振動を生み出すためにだけ作られた機械にはいかに経験豊富なみどりでも勝てないようだ。
 男が電マをもう一本追加した頃には、みどりは放心状態、そして二本目の電マで乳房を押しつぶされるようにこね回されると激しく痙攣して果ててしまった。
 まな板のアナウンスが入る。
 俺は無論手を上げたがあいにくじゃんけんを勝ち抜くことは出来なかった、もっとも、そのおかげでショーそのものをじっくり鑑賞できたのだが。
 激しく逝かされてぐったりしているみどりにじゃんけんの勝者が覆いかぶさり、みどりはなすがままに蹂躙されてショーを終えた。

 確かに激しく感じているみどりの表情は官能的だったし、ぐったりしたまま蹂躙される姿にもゾクゾクさせられた……5年前とは違う魅力はある。
 しかし、みどりという女性に特有の魅力とは違っている様にも思える。
 そのどこまでも柔らかな体でゆったりと包み込んで男を天国に連れて行く、男のなすがままに任せているようでいて掌の上で遊ばせてくれる、男を満足させてなお何事もなかったかのように優雅に振舞える、そう言う懐の大きさ、豊かな経験、男と言う性に対する理解の深さ、そういったものがみどりの本来の魅力であるような気がするのだ。
 みどりを良く知らない客にとっては今のショーは扇情的だったかもしれないが、俺には少し不満が残った。

 俺にとっては少し痛々しささえ感じるみどりのショーの後は、いよいよラスト、「奇跡のロリータ娘・まり子」の舞台だ、浦和ミュージックホールの看板であり続けたみどりからトリを奪ったショー、これは見逃せない。
 5年間様々な風俗を取材し、数えきれない女性とお手合わせしてきたが、やはりみどりは初めての女性、そしてまだあの初体験を超える興奮に出会っていない、それ以上の価値が本当にあるのだろうか……俺が判定しても仕方がないのだが。

 
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