9.まり子への取材

文字数 3,610文字

「コンプレックスの塊だったんです……私……」
 酒は飲めないと言うので、まり子とは喫茶店で話した、大きな喫茶店だが深夜でもあり客はまばら、酔って寝込んでしまっている人もいる。

「顔も体も子供っぽいでしょう? 小学校低学年の頃はまだしも高学年の頃にはもうからかわれてました、中学の頃はもうほとんどイジメで……高校1年の時でした、転機が訪れたのは」
「その転機と言うのは?」
「スカウトされたんです、カメラマンの人に」
「ロリータ雑誌……だね?」
「はい……その時16歳でもう少女モデルとは言えなくなってましたけど、『君を撮ってみたい』って熱心に言われて……ヌードだってはっきり言われてましたので迷いました」
「それはそうだろうね」
「でも結局、撮って貰いました、それまでコンプレックスの種だったのにそれを『撮りたい』って言ってくれる人が現れたんです……藁にもすがる気持ち、って言ったらその人に申し訳ないですけどそんな気持ちでした」
「それがこの写真集?」

 まり子の写真集が出ていると知り、探してみたら案外簡単に手に入った、注文するまでもなく当たり前のように書店に並んでいたのだ、ただ単に俺にロリータ趣味がなかったので知らなかっただけでその筋ではかなり知られた存在だったのだ。

「最初から写真集じゃなかったんです、最初は雑誌に5~6枚掲載されて……」
「反響が良かったんだ」
「ええ、それで続けて3ヶ月掲載されて……その時撮り溜めてたあったのをまとめたのがその本です」
 反響が良かったのはロリータ趣味のない俺にも納得できる、俺の好みから言えば幼すぎる体ではあるものの、実際の子供、ロリータとはやはりどことなく違っている、ロリータが固い蕾だとすれば、まり子は開花を待つ蕾、内側には既に匂い立つ花びらが隠されていると感じられる、開花させてみたくなる魅力を秘めているのだ。
「あそこもバッチリ写っちゃってるよね」
「ヘアがなければOKなんです」
「剃ってるの?」
「いえ……元々薄かったですけどそれも脱毛しました、黒塗りされるのは嫌でしたから」
 それもわかる、独特の日本人形を思わせる顔も相まってまり子の写真集には静謐な空気が流れている、黒い線など入ったらぶち壊しだ。
「ご両親には内緒で?」
「いえ、父はいないんです、もちろん生物学上はいるんでしょうけど母も誰が私の父親かわからないって……」
「豪傑だな、お母さんってどういう人?」
「ホステスです、その前はやっぱり踊り娘だったそうですけど」
「お母さんはまり子がヌードモデルをするって知っていた?」
「はい、相談しました、実のところ一度は断ろうかと思って、母に言えば『やめなさい』って言われて諦められるかと……」
「ところがそうじゃなかった?」
「むしろ勧めてくれました、『あなたが自分のルックスをコンプレックスに思ってるのは知っていたわ、それを払拭するチャンスじゃない、まり子は他の誰とも違う、まり子だけの美しさを持っているのよ』って……実のところ、母も童顔なんです、小柄ですし……ただ私みたいなやせっぽっちじゃなくて胸もお尻もありますけど……」
「お母さんもそういう経験……虐められたりしてたのかな」
「さあ、そう言う事は言いませんから……辛いこととかは全然言わないんです、楽しかったこと、嬉しかったことは眠っている私を起こしてでも話してくれましたけど」
「まり子はどう思う?」
「やっぱり中学、高校くらいではコンプレックスだったと思います、イジメまではわかりませんけど……でも母は童顔、小柄を武器に変えました、踊り娘時代は分りませんけどホステスとしては……だから私に勧めたんだと思います」
「だろうね……でも学校には秘密だったんだろ?」
「一応は……でもばれちゃいまして、母が呼び出し食ったんです、『おたくの娘さんがこんな破廉恥な写真を云々』と言われたら真っ赤になって怒りました」
「へえ、なんて言ったの? 興味あるな」
「『あんただってエロ本見ながらセンズリかいたことないとは言わせないわよ、まり子の写真見てセンズリかきたい男は山ほどいるの、それこそ何万人、何十万人もね、そういうものを提供する女は必要なのよ、奇麗事じゃないの、絶対に必要なのよ、性犯罪の防止にだって役立ってるかもしれないのよ、ウチのまり子はあんたよりよっぽど社会に貢献してるんだから……何よ、したり顔で偉そうに!』って……一字一句間違いないですよ、それくらい強烈に憶えてるんです」
「ははは、それは痛快だね」
「ええ、隣で聞いていてスカッとしました、それで高校は辞めました、どうせ大した学校でもなかったし、ヌードモデルを続ける方が私にとって意味があることだってはっきり意識できて迷いもなくなりました」
「それで、踊り子をやろうと思ったのは?」
「撮影の時もカメラの後ろに沢山の人の視線がある事は意識していました、でも生の視線ではないでしょう? 直にその視線を感じてみたくて……モデルをやめたわけじゃないんです、月に2回くらいは今でも撮って貰ってます」
 それは知っている、気をつけてみればまり子の写真はあちらこちらで見られる、一般向けの男性誌に掲載されることはあまりないが、ロリータ誌はもちろんのこと、SM誌、更にはカメラ専門誌にも掲載されている売れっ子なのだ。
 SMマニアが目を付けるのもわかる、手錠をかけられただけでもまり子の被虐味は際立つ、小柄で幼く見え、大人しいまり子を縛った写真を目にした時、まり子という存在そのものが縛られているように感じ、ぞくっとした。
 カメラ誌に載るのも理解できる、あの静謐な雰囲気はまり子に独特なものだからだ。
 ただ、その時は『撮って貰っている』という言い回しにちょっと違和感を覚えたのだが……。

「浦和ミュージックホールって、正直なところメジャーではないよね、まり子のネームバリューなら浅草とかにも出られるんじゃない?」
「それほどのものじゃないですけど、確かに他にも出てはいます、浅草とか新宿とかにも……ただ、試験管を使ったショーはあまりメジャーなところでは出来ないんです、それと陽子さんがここに出てるから……」
「真性M女ってキャッチフレーズの踊り子さんだろ? 名前は知ってるけどまだ見てないんだ」
「たまにしか出てないから……普段はAVの方なんですけど、撮影の合間に……時々は生のショーに出てお客さんの反応を肌で感じたいんだそうです」
「香盤表に気をつけることにするよ……その人とはどこで知り合ったの?」
「SM雑誌の撮影で……それからここで陽子さんのショーを見て、自分もやってみたいと思ったんです」
「でも試験管を照らされたりしている時って本当に恥ずかしそうだけど」
「本当に恥ずかしいです、涙が出ることもあります」
 それは確かにこの目で見ている。
「じゃぁ、なぜ?」
「初めてヌードの写真を撮って貰った時、やっぱり涙が出るほど恥ずかしかったんです、でも何度か撮影を重ねて自分が求められていると感じたら、もっと脱ぎたい、もっと曝け出したいって気持ちになって……その延長でああいうショーになったんです……SM雑誌に出る様になったのも同じ理由からです」
「もっと脱ぎたい……か……全裸よりももっと……」
「涙が出るほど恥ずかしい姿を曝け出すのは自分ひとりでは出来ないんです」
 なんとなく解る、全裸になって性器さえも晒してしまえば表現上その先はない、しかしまり子はもっと脱ぎたいと言う、全裸よりももっと、となればそれは内面を晒すことになる、性的にもっと深くまでと追求するならば、羞恥に顔を歪めながらも快感に悶える姿を見せるしかない、そうやってより深い性的興奮を読者や観客と共有しようとしている、そういうことなのだろう。
 膣の内部まで晒し、感じてしまっている姿を見せなから羞恥に涙する、あのショーはまさにそれだ。
「そこまで自分を追い込むんだ……」
「コンプレックスの裏返しなのかもしれませんね」
 初めて笑顔を見せてくれた……気持ちが和むような柔らかな笑顔だった。

 今後どういう方向に進むのかを考えたことはないという、今のまり子は心の底に積もり積もっていたコンプレックスや受けてきたイジメを裏返しにすることで輝いているのだとは思う、引っかかっていた『撮って貰っている』という言い回しも最後の一言で腑に落ちた。
 コンプレックスを全て吐き出して心の平穏が得られた時、可愛いお嫁さんになっているような気もする、なにしろ彼女でなければならない男はいくらもいるのだから……。
 初めて『奇跡のロリータ』というキャッチフレーズを目にした時は眉唾だったが、確かにそうなのかもしれない、彼女もみどり同様、天から遣わされた女性、天女なのだと……。
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