17.淑江への取材

文字数 5,429文字

 淑江へのインタビューは喫茶店、酒は全く飲めないわけではないが、すぐに酔ってしまうそうで、ちゃんと受け答えできるかどうか心配だと言う、印象通りの生真面目さを感じる、それとともに気の小ささも感じてしまうのだが……。
 
「何度も聞かれてるとは思うけど、どうして踊り娘になろうと思ったの?」
 答え飽きてるかなとは思うのだが、やはりそれから聞かない訳にはいかない。
「長くなりますけど……いいですか?」
「うん、全然構わない、むしろできるだけ詳しく聞きたいんだ、小さい頃から引っ込み思案だったの?」
「はい、私、二つ年上の姉がいるんです、私と違って姉は活発で頭も良くて、いつでもみんなを引っ張って行くタイプでした」
 私と違って、と前置きする辺りから淑江の性格が見えてくる。
 かすかに生まれ故郷だと言う栃木の訛りを感じるのも朴訥な印象を強くする。
「お姉さんとは仲良かった?」
「特別良いとも悪いとも……姉は私なんか余り眼中になかったかも」
 なんとなく想像がついてくる、そのままを淑江に投げ掛けてみる。
「もっと歳が離れてれば可愛がってくれたかもしれないし、憧れたかもしれないね」
「さあ……どうなんでしょう?」
「頭を押さえつけられてるって感じた事は?」
「それも別に……」
「そう……比べられて嫌だったってことは?」
「それはありました、姉はいろんなことで代表になってましたから……小学校で式典の時とか良く壇上に登ったんです、そうするとクラスのみんなが私の方を見て……中学一年の時、姉は生徒会長でしたからそういう事はしょっちゅう……」
「お姉さんが目立って誇らしかった?」
「……かもしれません……でもなんだか恥ずかしい方が先に立って……」
「クラスメートに振り返られるのが?」
「ええ、自分がちっちゃく感じられて……」
 だいぶ見えてきた、淑江は知らず知らずのうちに萎縮していたようだ、しかし、そうなる要因もあったはず……。
「ご両親はどんな人だったの?」
「両親とも中学の教師をしてました、今も多分」
「厳しかった?」
「父は体育の教師でしたから、悪い事をすれば怖かったですけど、あまり細かい事は……母は社会科の教師で……」
「お姉さんを見習えとか言われなかった?」
「あ、それはしょっちゅう……」
 ご両親としては淑江を励ましていたつもりなのだろうが、結果的に頭を押さえつけていたようだ。
「反発はしなかった?」
「反発ですか? 別に……だってそう言われるのももっともだったから」
 どうも頭を抑えられていた反動だけでストリッパーになったわけではなさそうだ……なるほどこれは長い話になるなと思ったのだが、淑江の話はそこから急転回を始めた。
「高校3年の終わり頃でした、街で男の人に声をかけられて……」
「声をかけられるくらい初めてじゃなかったんじゃない?」
 淑江は確かに「引っ込み思案の眼鏡っ娘」だが、かなり整った顔立ち、大人しい感じの娘が好きなら惹かれる男も多いと思う……。
「はい、でも知らない男の人に声をかけられるとなんだか怖くって……でもその時は知ってる人だったから……」
「どういう知り合い?」
「姉の彼氏だったんです、姉のことで話を聞いてもらえないだろうか? と言われて喫茶店に」
「どんな話だったの?」
「それまで知りませんでしたけど、一ヶ月くらい前に喧嘩して、それから会っていないと」
「ふぅん……仲を取り持って欲しいと?」
「いいえ、面と向かってサヨナラを言うつもりだったけど、電話にも出て貰えないし、私から伝えて欲しいと」
「なるほどね、お姉さんって相当気が強いんだね」
「自分に絶対の自信を持ってましたから……」
「そんな風だね……それでお姉さんには?」
「伝えました、一瞬表情が強ばったみたいに見えましたけど、『あ、そう』とだけ」
「強がりかな?」
「はい……その時もそう感じましたし、後でそれが間違いなかったって思い知りましたけど……」
「後で?」
「姉の返答を伝えることになっていましたから、もう一度彼に会って……その時に『君の方がずっと可愛いよ』と言われて……」
「なるほど、判る気がするね」
「私も姉の彼氏だった時から素敵な人だな、と思ってましたから……」
「つきあったの?」
「はい」
「肉体関係は?」
「付き合い始めて割とすぐに……」
「想像だけど、彼は君を抱いて『素晴らしい』と言わなかった?」
「……そのとおりです、どうしてそう思うんですか?」
「まあ、それは少し置いておこうか……それで彼に君ものめりこんだ?」
「はい、とても優しくしてくれましたから初めての時もそんなに痛くはなくて……その時からもう感じていて……」
「慣れた頃にはもっと?」
「はい……私って自分でも恥ずかしくなるくらい感じるんです、彼が夢中になってくれると嬉しくてもっと感じて……いつも最後にはぐったりするくらいに……」
「彼が求めることには何でも応じたんじゃない? どんなに恥ずかしくても」
「……ええ……」
「そこだよ、素晴らしいと言われたんじゃないかと思ったのは、もっとも君のショーを見たから判るって言うのもあるんだけどね」
「そうなんですか?……」
「きっと俺が彼だったとしても夢中になったと思うな、君みたいに大人しい娘を口説くのって積極的な娘を口説く時よりずっと気を使うけどそれも男に取っちゃ喜びだね、言葉や態度に気をつけながら薄紙をはがすみたいに丁寧にしなくちゃいけないけどね」
「面倒ではないんですか?」
「手間がかかることは確かだけど、面倒ではないね、そのプロセスが楽しいって言うか……そうやってベッドインまで漕ぎ着けたら思いっきり優しくするな、そこで嫌われたら全てが水の泡だからね……その結果、初体験なのに感じてくれたと判ったらもう抱きしめずにはいられないよ」
「私、そんなに魅力があるとは……」
「いいや、男にとって自分の手で花を咲かせた女性ってのは格別なんだよ、元が固い蕾なら尚更ね……そうして手塩にかけた女性が並外れて感じるようになってくれるって言うのは自分が咲かせた花が大きく開くって言う事だから」
「……でも、私、自分があんなにエッチだとは思ってませんでした……」
「持って産まれた資質もあったかもね、それと長いことお姉さんやご両親に頭を押さえつけられてたから余計に大きく咲いたのかも知れないよ……男にとっては自分に対してだけならどれだけエッチでも嬉しいものなんだ、君みたいに生真面目で大人しいのに自分に対してだけはどこまでもエッチになって受け入れてくれるって言うのは最高さ」
「そういうものなんですか?」
「要するに君は自分が思っていたよりずっと魅力的な女性だったんだよ、縮こまっていただけでね……でも結果的には彼とは別れたんだろう?」
「はい……私が高3の時、大学4年生でしたから就職して東京に……」
「それだけ?」
「…………」
「あ、ごめん、話したくなければ……」
「あ、そうじゃないんです、少し頭を整理しないと……」
「ゆっくりでいいよ」
「はい……高校を卒業してすぐの頃、彼とのことが姉にわかってしまって」
「ああ、それは修羅場になりそうだね」
「そうですね……随分罵られました」
「眼中にもなかった妹に彼氏を取られたって?」
「はっきりそうは言いませんでしたけど……」
「でもお姉さんの性格からするとそう思ってたと思うんだろう?」
「……はい……」
「俺もそうだろうと思うよ……その時ご両親は居たの?」
「はい」
「まさかお姉さんの味方はしなかったよね」
「姉も彼と肉体関係があった事をカミングアウトしたようなものでしたから……苦虫を噛み潰したような顔で聞いていましたけど……結局姉に謝れと……」
「それはおかしいよな」
「私もそう思いました、姉は彼の電話にも出なかったんです、姉の方は気持ちを残していたとしても、彼の気持ちはもう姉からすっかり離れてましたから」
「そのとおりだと思うよ、そう言った?」
「言いました……姉は真っ赤になって部屋に篭ってしまって……その時です、母が姉に謝れと言ったのは、私はどうしてその必要があるのかと思って父の方を見ると、父は高校生のクセに不純交際などもっての外と……」
「姉さんは大学生だったから良いってわけ?」
「それっておかしい、と思いました」
「俺もそう思うよ」
「そのまま家を飛び出しました」
「気持ちはわかる」
「後先考えないで電車に飛び乗って……手持ちのお金でたどり着けたのが浦和までだったんです」
「帰りの事は考えなかったんだね?」
「はい、帰るつもりはなかったですから……本当は東京までたどり着きたかったんですけど」
「彼のところへ?」
「はい……電話したんですけど、留守電になってて……もう夜遅かったですから仕方なく公園で……」
「そうか、金はもうなかったんだもんね」
「夜もふけてくると寒くて……心細くて……公園の隅で震えてたらいかにも不良っぽい男の人たちに声かけられて……」
「危ないね」
「はい、危なかったです……その時に通りがかって『何してるんだ!』って……」
「誰?」
「支配人でした」
「ああ、なるほど」
「迫力ありました」
「まあ、ああいうところの支配人ともなるとチンピラ位は圧倒できないといけないのかもね」
「でも親身になって話を聞いてくれて……家に泊めてくれたんです」
「紳士的だっただろう?」
「はい、一人暮らしだと仰ったので……その……」
「分るよ、一発やらせろ、くらい言われるかもって思ったんだろう?」
「はい、もしそうでも公園で輪姦されるよりずっとマシだと思って……でも本当に紳士的でした」
「それがこの劇場との繋がりだったんだ」
「はい……でも翌日、彼と連絡が取れて……」
「迎えに来てくれた?」
「はい……そのまま同棲を」
「彼とは?」
「二年一緒に居ましたけど……彼の海外転勤が決まった時、付いてきてくれとも待っていてくれとも言われなかったんです」
「まだ結婚とか考えたことがないから、その辺の機微は良くわからないけど……」
「彼に他の女性がいたとは思わないんです、一緒に暮していればそれくらいわかりますし、優しく接してくれていました、でも、私と結婚する気はない……それはなんとなく分ってましたからさほどのショックではなかったです」
「それで支配人を訪ねた?」
「はい」
「でも、その辺は少し短絡的に思えるけど……大変だろうけど、一人暮らしして次の恋のチャンスを待とうって思わなかったの? 彼が結婚してくれないなら全てを失ったみたいに感じたわけかな?」
「寂しいとは思いましたけどそこまでは……何故と言われると自分でも良くわからないんです、ここのショーを見せていただいて踊り娘さんたちともお話して、良いなぁ、こんな生き方もあるんだなぁって思って」
「それだけで?」
「結局私って凄くエッチなんだと思います、あの劇場で男の人が興奮してくれると嬉しいし、思い切り感じちゃいますから……私のショー、いかがでした?」
「うん、物凄く感じてることが伝わってくるから興奮するよ、でも……」
「分ってるんです、芸がないことくらいは」
「正直に言わせて貰うと、風営法が施行されたらどうにもならないんじゃ……」
「それまでに芸を磨くとしても時間はあまり残ってませんね」
「だったら余計に……」
「大丈夫です、まだオドオドしちゃう癖は直りませんけど、随分強くなったと思います、二年前だったら彼と別れるなんてことになったら絶望したかもしれませんけど、冷静に聞けましたし……今はやりたい事をやってるんです、ストリップが出来なくなったらポルノ女優かソープ嬢になるかも知れませんし、全然違う仕事をするかも知れません、もし私がやって来た事を全部承知の上でお嫁さんにしてくれる人が現れれば行くかも知れません……私、今、親からも姉からも、それから彼からも離れて自由になれたんです、自分の人生は自分で責任取れるつもりです、もし傷心の末に自殺、なんてことになったとしても自分で選ぶことですから……でも、多分そんなことにはならないと思います」
 確かに強いかもしれない……柳の枝は風にそよぐけれど強い風で折れたりはしない、そんな強さを感じる……。
「あの……ケーキを食べたいですけど、注文してもいいですか?」
「あ、ああ、それは気が付かなくてごめん」
「お金は私が……」
「良いって、随分長い間話を聞かせてもらったから、それくらいは奢らせて」
「そうですか?」
 生真面目さは小さい頃から変わらないようだが、にっこり笑った顔は柳のようにしなやかだった。
 生きたい様に生きる、と言うのは頭を押さえつけられていた反動からかもしれないが、今の淑江は幸せそうに見える……おそらく彼のことも既に心の中で清算が付いているのだろうし、ご両親やお姉さんへの恨みも抱えていないに違いない……。
 
 自由に生きる……聞こえは良いがそれを貫こうとすれば強さも必要だ。
 踏みつけられても踏みつけられても何度でも起き上がり、その重石が取れた今、可憐な花を咲かせている。
 
 ケーキを口に運んで嬉しそうに微笑む「引っ込み思案の眼鏡っ娘」はそんな魅力的な女性だった。

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