13.里美への取材

文字数 4,753文字

「失礼かもしれないけど、元○○クラブ会員って謳い文句、邪魔に感じることはない?」
 劇場近くの居酒屋で俺は里美と向き合っている。
 元アイドルと言うこともあり「インタビューはしゃれたバーででも」と誘ったのだが、里美は居酒屋の方が好きだと言う、本人は至って庶民的だが元アイドルの美貌は流石に目を惹く……一緒に居酒屋に入った時、若い店員がぼーっと見とれていたのが可笑しくも心地良かった。
 最初に俺はズバリと言ってみた、ストリッパーとしてのスキルとポルノでの経験が生かされた生唾物のステージを目にした俺の率直な感想なのだ。
「う~ん、元○○クラブって言ってもその時代の私を覚えてくれてる人って少ないからちょっと面映い感じはあるわ、でも私にとっては大事な思い出なの、辛いことも多かったけど……それにあの謳い文句でお客さんもひきつけられるでしょう? なるべくたくさんの人に見てもらいたいの、劇場のためにもなるし……だからやっぱりまだあの謳い文句は外せないの、嘘じゃないし」
「そうだよね」
「でもね、私、一度もセンターに立てなかったし、ソロパートすらなかったのよ」
 それは確かにそうだった……。
「個性に乏しかったのよね、後ろに並べて置くには良かったんでしょうけど前面に出れるほどの個性がちょっとね」
 それもわかる……正直なところ、当時人気を博したメンバーに比べて里美が美貌で劣るとは思えない、むしろ誰よりも整った顔立ちだと思う……しかし確かに印象に残り難いのだ、逆に「少し垂れ目」とか「唇がぽってりして肉感的」といった少し崩れた部分があれば良かったのかもしれないが……プロポーションを取ってみても同じ、里美は中背でスリムだが出るべきところは出て締まるべきところは締まっている、完璧と言って良いほどのプロポーションを持っているのだが、背が高いとか低いとか、胸が特に大きいとか小さいとかの特徴的な部分はない。
「キャラクターもね」
 里美が付け加える。
 確かにキャラクターについても同じだ、やたら元気、とか、小悪魔的な雰囲気がある、と言うような部分はない、お嬢様的、優等生的な大人しい感じ、それが里美のキャラクターと言えば言えるのだが、アピール度は低い……万人に好かれるタイプだが突出したキャラクターではない。
「私もそれに気づいてたから少し無理にはしゃいで見せたりもしたんだけど、板についてないのはVTRを見れば自分でもわかったわ、それでも幸せだったの、芸能界は夢だったから、それに私に対してじゃないとわかっていてもコンサートとかで熱狂的に迎えられるのは凄い快感だったの……それにメンバーとはみんな仲良しだったわ、ライバルとみなされてなかったのかもね」
 強烈な個性を持った人気者がセンター争いを繰り広げる中で、おっとりした里美の存在は潤滑油的なものだったのかもしれない。
「○○クラブに入るきっかけはなんだったの?」
「小さい頃からピアノと日舞を習ってたの、やらされてたって感じじゃなくて好きだったわ、特に発表会の雰囲気は大好きで、発表会で拍手を貰いたいから一生懸命練習してたの、目立たないくせに目立ちたがりなのよ」
 発表会レベルで里美が「目立たない」とは到底思えないのだが……。
「○○クラブはテレビ番組から生まれたグループでしょう? あの番組には勝手にオーディション受けて出ちゃったのよ、芸能界に憧れてたから……出てみたら発表会どころじゃない華やかな雰囲気に舞い上がっちゃった……司会してるのはテレビでよく見るタレントさんだし、スタッフはたくさんいるし、照明はまばゆいほどだし、スタジオはお客さんで埋まってるし……それでやっぱりテレビでよく見る仕掛け人がプロデュースするアイドルグループに誘われたら……もう他の事は見えなかったな、エスカレーター式の私立高だったから大学へもそのまま上がれたんだけどもうそんな事はどうでも良くなってた……」
「ご両親はなんて?」
「大反対だったわ、家の両親って二人とも教師でね、芸能界なんていかがわしいってくらいに固かったの、私にピアノと日舞を習わせてミッション系のちょっとは知られた私立学校に入れて……大体両親の思い通りになってたのね、あまり意識はしてなかったけど……それがいきなり大学には行かない、芸能界に入る、でしょう? カンカンだったわ、でももう私は決めてたの……○○クラブは絶対に成功すると思ってたわ、スポットライトと歓声を浴び続けたかった……毎日忙しかったけどそのとおりになって幸せだったわ」
「そんなに好きだった芸能界を辞めるきっかけって……?」
「最初から薄々気づいてたのよね、スポットライトは私に当たってるんじゃない、歓声は私にかけてくれてるんじゃないって事は……でも最初のうちはメンバーも少なかったし、真ん中じゃなくてもスポットは浴びてたわ、でも新メンバーがどんどん入ってくるでしょう? その度に私は端っこへ……スポットは全体をなめる時でないと当らないし、歓声の中に自分の名前を聞くこともなくなってきて……それでもしがみついてたんだけど、最初の頃のメンバーが一人、また一人と欠けて行ったでしょう? 最後には一期生は二人だけになっちゃってたの、何度もセンターに立ってた娘と私だけ、その娘から『ソロになろうと思うんだけど』って相談された時に、もうここに私の居場所はないなって思ったの」
「で、里美もソロになった」
「一応ね……一期生はみんな一応ソロデビューさせてもらえたの、ネームバリューだけはあったから……貰った曲は奇麗なバラードでね、気に入ってたけど『多分だめだな』とも思ったわ、インパクトに欠けてたから……ピアノ習ってたから楽譜どおりに正確に歌うことはできたけど情感たっぷりに歌うとかはできなかったし……思ったとおり売れなかったわ……そんな時にポルノから声がかかったの」
「その時『普通の女の子に戻ろう』とは思わなかった?」
「思わなかったな……両親とはもう連絡も取ってなかったし……言いそうな事はわかってたから……『ポルノなんてとんでもない』……違う?」
「う~ん、俺は風俗ライターだからね、ポルノ女優がアイドルよりも地位が低いとは思わないけどご両親からすればそうだろうね……だけど、ポルノって顔も名前も晒すわけだから、それ相応の覚悟がないとやれないだろう? よく思い切ったと思って」
「結局諦め切れなかったの、アイドルがダメなら女優に……って思ったわ、でもそのスキルがあるわけじゃないし、『元○○クラブ』を外したら名前もそれほどは知られてなかったし……誘いがあったのはポルノだけ、そりゃ悩んだわ……でも両親と決別してまで選んだ芸能界だったからもう後には引けないって気持ちがあったし、ポルノからタレントに転身したケースもあったから藁にもすがる気持ちでOKしたのよ……今考えると他の女優さんたちに失礼だけどね」
「そう言うからにはポルノ界で思うところがあった?」
「うん、あった……ポルノ女優って大きく分けて二通りなのよ、一方では芸能界への足がかりとしか考えてなくて、お声がかかったり、かからないだろうってわかったらさっさと辞めちゃう人がいて、その一方ではプロ意識を持ってやってる人もいた……でも、ポルノ女優って『鮮度が命』みたいなところがあるでしょう?」
「確かにそれはあるね、残念ながら……」
「やっぱり新人がどんどん入って来て一年やそこらで辞めて行くのよ、そのくせプロ意識を持ってやってるベテランでも知名度がなければギャラで差をつけられたりしてた……でも頑張ってるのよね、お金が必要な事情を抱えてる人もいたし、ポルノが好きで頑張ってる人も……私は元アイドルの端くれだったからデビュー作では随分と高いギャラをもらえたし撮影でも気を使ってもらって積極的なプロモーションも……、でもずっと少ないギャラでハードな撮影を強いられても一生懸命な人もいて……正直あまり気が進まない感じで仕方なく入ったポルノ界だったけど、一生懸命やらなくちゃ申し訳ないって思うようになって……」
「真面目だね」
「それは私の取り得ね、そこだけは胸を張って言えるわ……だから撮影現場で我侭は言わないようにしてたの、正直なところ処女ではなかったけどあんまりセックスの経験はなかったからポルノの撮影ってきつかったわ、でも私よりもずっと安いギャラでもっとハードな撮影してる人の事考えたら文句言えないって思って、シナリオに書かれている事は経験がなくても拒まないようにしてたの、おかげで大抵の事は経験したし、あの経験は今でも役立っていると思う」
「確かにそうだね、正直、里美のポルノって見てなかったけど今度見てみるよ」
「ええぜひ、でもレンタルでいいわよ、ギャラ制で印税って入らないから」
 里美が悪戯っぽく笑って見せる、シビアな話が続いていただけに場が和む。
「ポルノに三年って結構長いよね」
「そうね……まだ続けるつもりだったんだけど、仲の良かったベテラン女優さんがSMの撮影で体壊して辞めることになったの……私の後から入ってきた元アイドルは一年で辞める時に引退記念作なんて撮ってたのに、長いことポルノ界に貢献してきたベテランには無茶な撮影を強制して壊れたら使い捨て……そんなところに幻滅を感じてたのね、そんな時ストリッパーの役をやることになって参考にと思ってこの劇場でストリップを初めて見たの……これだって思ったわ」
「わかる気がするよ」
「多分○○クラブ時代だったらそう思わなかったと思うけど、アイドルで挫折してポルノ女優も経験した私にとっては天職に見えたわ……スポットを浴びて奇麗な衣装を身につけて踊る、そして男性に癒しと興奮を……客席とステージの一体感も素敵だと思った、アイドル時代のコンサートってファンと一体のふりしてるけどプロデューサーや舞台監督の押し付けなのよね、アイドルもそれを演じてるだけ、でもストリップには本物の一体感があったから迷わず飛び込んだわ、幸い快く受け入れてくれたし」
「それは当然だよ、里美ほどの美形で知名度もあるなら、どの劇場も喉から手が出るほど欲しいに決まってる、」
「ふふふ、ありがとう……私のステージ、気に入ってくれたみたいね」
「ああ、すごくね、ずっと続けるんだろう?」
「そのつもり」
「ところで、風営法が間近に迫ってるけど……」
「ああ、それは頭が痛いわ……」
「里美なら法律の縛りの中でもやっていけるさ」
「うん、ぬるくなるのは仕方ないけど、辞めるよりずっと良いと思ってる、続けられる限り続けようと思うの」
「そうだよ、ストリップの灯を消さないためにも頑張って欲しいな」
「うん……それにしても、ここはいい劇場ね、みどりさんやリリーちゃんには学ぶことも多いわ」
「特にみどりは大ベテランだしね……実を言うと俺、みどりに筆下ししてもらったんだ、まな板でね」
「へえ、みどりさんってこの街のセックスシンボルよね」
「ああ、マラ兄弟は沢山居るはずだよ、この居酒屋にもきっと何人か居ると思う」
「本当に……それにしても初体験がまな板? 度胸あるわぁ」
「連れて来て貰った先輩に押し出されて上がっちゃったみたいなものだけどね」
「それでも出来たんだ」
「そこがみどりの……」
「凄いところよね……あの絶妙なストリップといい、柔らかな色気といい……初めて見た時から、わぁ、素敵だなって思った、まだまだ及ばないけど私の目標だわ」
「ああ、ぜひ二代目みどりになってよ」
「うん……みどりさんに追いつけると思えたらね、その時はあの謳い文句外すわ……」
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