11.リリーへの取材

文字数 4,466文字

「嬉しかったよ、リリーをまた見れるとは思ってなかったから」
 俺は思いがけず旧友にばったり出くわしたような気分になっていた。
「う~ん、そうでもないのよ、浦和ミュージックホールは育ててくれた劇場だし、みどりさんもまだ頑張ってるでしょう? 確かに今はあちこち旅して廻ってるんだけどさ、呼んでくれれば出来る限り来てるから、ここ数年は2ヶ月に1回くらいはここに出てるの、新人時代のあたしを憶えてて応援してくれるお客さんもいるしね、あなたは冷たい方よ」
「そりゃ悪かった、でも日本中の風俗を飛び歩いてるもんだから」
「それにしても7年ぶりはないんじゃない? あなたの前でだけ脚閉じちゃおうかと思ったもん」
「いや、返す言葉もないよ」
「嘘よ、また見に来てくれて嬉しいわ、お仕事だとしても」
「ああ、仕事じゃないんだ、これはオフタイムを使ってやってる取材」
「もう、仕事でエッチしまくってオフでもストリップ? どこまでエッチなんだか」
「いや……新しい風営法が間近だろ?」
「ああ、それ思い出したくもない……お手上げよね」
「正直なところ……考えたくもないんだが、ストリップの行く先は暗いよね、浦和ミュージックホールだって存続できるかどうか……」
「確かにそうね……そう思いたくはないけど、厳しいでしょうね」
「日本中飛び歩いてね、新しい風俗も片っ端から取材したけどさ、やっぱり俺の原点はここにあるんだよ、何時か消えてしまうかもしれないストリップ、その真ん中にいるのはなんと言っても踊り子だからさ、皆がどういう想いで踊り子してるのか記録していつか本に出来たらなと思うんだ」
「そう、そういうことならいくらでも協力する、何でも聞いて、聞きづらいなとか思わなくていいからさ」

 久しぶりのリリー、同い年とわかっているのでざっくばらん、場所もガヤガヤした居酒屋、ビール片手に焼き鳥や刺身、枝豆をつまみながらの取材がしっくり来る。

「リリーはさ、高卒ですぐ踊り子になったんだろ? どういう理由で?」
「あたしの場合は仕方なく、だったな、お金が必要だったのよ、手っ取り早くそこそこの金額が」
「辛い話?」
「うん、ちょっとね、でもいいよ、むしろ書いて貰いたいな」
「聞かせてくれる?」
「あのね、母の病気、その病院代が必要だったってことなの」
「お母さんの……」
「うん、実は母も元踊り娘でさ、あたしが小学生になってからはホステスやってたんだ、あたしは幼稚園行かなかったけどさ、その頃までは楽屋で育ったみたいなもんなの」
「その頃の思い出ってある?」
「これといったものはないんだけど、あたしは楽屋が大好きだったな、だってきれいなお姉さん達が沢山いて代わる代わる遊んでくれるんだもん、幼稚園なんてちっとも羨ましく思ったことなかった、でもね、小学校になるとそうは行かないでしょ? 義務教育だから、あたしは学校が終わると学童保育へ行って、それも夜までってわけには行かないからアパートに帰って母が用意しておいてくれた夕ご飯をチンして食べて、膝を抱えてテレビ見て、いつの間にか寝ちゃうの、朝は母もちゃんと起きててくれたんだけど、会えるのはほんの短い間でしょう? 寂しかったなぁ……それにね、少し大きくなると色々と雑音も入ってくるのよ、ホステスの子供、ストリッパーの子供ってね……あんなに大好きだった劇場の楽屋も嫌いになってね……勝手よね」
「俺に言わせれば偏見だけどな」
「今ならあたしもそう思う、でもまだ3年生とか4年生とか、そんな頃からそう言われて……中学ぐらいになると男の子達に好奇の目で見られてからかわれるの、『おい、ストリップやって見せてくれよ』なんてね……もう授業が終わると逃げる様に帰ったわ、で、いつもそれを母にぶつけてた、育ててくれてる恩も忘れてね」
「それは仕方がないよ、そこまで中学生にはわからないさ」
「そうかもしれないけど……高校に上がった時はほっとしたわ、そういう事情を知ってるクラスメイトがいなくなって……でもその頃から母の体はちょっとづつ悪くなってたのよ、それなのにあたしったらそんなこと全然気づかないでね……公立だとどうしても同じ中学から何人か行くでしょ? だからわざと私立を選んだの、学費がかかるとかそんなことはちっとも考えなかった」
「15やそこらだからね、それも仕方がないよな」
「そうかもしれないけど、あたしにとっては後悔の種なの、とうとう倒れるまで気づかなかったなんて……病院で母の病状聞かされて泣いちゃったわ、言われて見れば思い当たるフシたくさんあったのにって思って……」
「病状、どうだったの?」
「とにかく肝臓がぼろぼろだって、肝硬変だったの、あの病気って直るって事はないのよ、進行をなるたけ食い止めるだけ、ここまで悪くなるまで我慢してたなんて考えられない、もう少し遅かったら死んでたって……」
「それから?」
「治療を受けて退院はしたわ、自宅療養ってとこ、でもすっかりしぼんじゃった、水商売だからいつでも奇麗にしてたでしょ? それが一気に年取ったみたいになって……歳取るの止めてた反動が来ちゃったみたいに」
「張り詰めてたんだね」
「でも、母はあたしが踊り子になるの反対したのよ、すぐ良くなってまた働くからって……全然無理なのにね、お医者さんに無理だって言われて泣かれたの、ごめんねって……こっちがごめんねって言わなきゃいけなかったのに……二人で一晩泣いて泣いて……支配人さんにも来てもらってやっと認めてもらったわ」
「今は?」
「母は一昨年亡くなったわ、風邪をこじらせてね、もう体力があんまりなかったから肺炎になっちゃって、それでも肝臓に負担のかかる強い薬は使えなくて……あたしの仕事のことはあんまり良くは思ってなかったみたいだけど、あたし、結構楽しくやってたからさ、最後は仕方がないかって思ってくれたみたい」
「そうだったんだ……仕事、楽しい?」
「うん、楽しいよ、踊り上手くなったでしょ?」
「ああ、見違える様にね」
「あの頃はまだ一週間目だったもんね」
「オープンも泣きそうな顔してやってた」
「だって本当に恥ずかしくてね、それでも覚悟して開こうとすると母の泣いた顔が浮かんでくるの、だからホントに涙流してオープンしてた」
「今でも恥ずかしい?」
「恥ずかしいよ、オープンの寸前はドキドキするし、エイって気合かけないと開けないもん、だけど、それすら恥ずかしくなくなったら女として終ってない?」
「そう思う、羞恥心に耐えて開いてくれるからありがたいんだ」
「わかってるね、にっこり笑って開く人もいるけどさ、恥ずかしくない人なんかいないと思うよ」
「今でも白黒やまな板はやってないんだね」
「やってない、母との約束なのよ、それだけはやらないって」
「お母さんもやらなかったのかな」
「やってた、だってそれであたしが出来ちゃったんだもん」
「ゴムは使ってなかったの?」
「使ってたよ、でも当時のは粗悪品も混ざってたみたい、だからあたしの父親は誰なのか見当もつかないらしいよ、いつ妊娠したかは一週間くらいに特定できるらしいけどその間毎日4人を相手にしてたんだから候補は20人位いるし、責任取ってなんて言えっこないしね、今なら品質は信用できるけどそのかわりエイズとかの心配もあるしさ、あたしもあんまりやりたくない、それより踊りや見せ方を磨こうと思ってる」
「それが正解だろうな、新風営法にも対応できるかも」
「だといいけど」
「対応できればずっと続ける?」
「うん、続けるつもり、好きだもん、この仕事」
「恥ずかしいのに?」
「それがいいんじゃない、刺激があって、舞台は面白いよ、やり直しが利かないけどその分お客さんの反応をじかに感じられるしさ、喜んでもらえればあたしも嬉しくなるもん……でもさ、好きな人がいた時期があってね、その時は辛かったな、脱ぐの」
「その彼とは?」
「あんまり長くは続かなかったな、で、彼と別れた次の日に暗い気持ちで舞台に上がったんだけど、お客さんの声援に励まされてね、干からびてヒビが入りそうだった心があったかいもので満たされて来て、それが涙になって溢れちゃった、そしたらもっと声援が飛んできて、もうわんわん泣きながら踊ってた」
「良い話だね」
「うん、あの時一皮剥けた気がする」
「この世界に入った時は仕方なしだったけど、今はやりがいを感じて仕事している」
「そうだね」
「風営法を審議した議員に聞かせたいな」
「ホントホント、法律ってそういうものかもしれないけど、個々の事情とかやってる者の気持ちとか関係なしだもんね……私、7年前にストリップがなければソープ嬢かホステスになるしかなかったし、今禁止されたら失業だもんね」
「なんか狙い撃ちって感じだよな、法を厳密に適用するならソープなんか真っ先にアウトなんだけどな」
「そうよねぇ、個室でこそこそするより開けっぴろげなストリップの方がよっぽどカラッとしてるのにね」
「まったくだよ」
「ところでさ……奥さんいるの?」
「いないよ、彼女もいない、だって、いたら風俗ライターなんてやってられないだろ?」
「それもそうよね、今夜何か予定ある?」
「ないよ、どっか誘ってくれるの?」
「……ホテル行かない?」
「まな板はやらないんじゃなかったの?」
「まな板と気に入った人とエッチするのは別だもん」
「ごめん、そこまで言わせるのは男として駄目だな」
「いいのよ……OKね?」
「もちろんさ、改めて俺のほうから誘わせてもらうよ……ホテル行かないか?」
「いいよ……こんな仕事しててもまな板や白黒しないと滅多にこういう機会ないのよね、あなたは毎日なんでしょうけど」
「確かに抜いてもらうことは多いけどベッドインってわけじゃないよ、それに取材で抜いてもらうのなんて味気ないもんだよ、どっちかって言うと搾り取られてる感じさ、リリーとしっぽりベッドインなんて最高だよ」
「あのね、瑠璃よ……」
「え?」
「本名……瑠璃なの」
「リリーってそこからか」
「そう、小さい頃、瑠璃ってちゃんと言えなくて自分でリリーって言ってたの、母もそう呼んでた、それを芸名にしちゃったんだから無神経よね……でも、今夜はリリーじゃなくて瑠璃って呼んでくれる?」
「わかった……瑠璃、出ようか」
「うん」

 その夜、俺は瑠璃を独り占めにした、いつもは観客みんなのものであるリリーを……。
 舞台で見せる官能の表情や喘ぎ声……それはリリーが作りあげたものだ。
 しかし、俺の腕の中で瑠璃は素のままの表情を見せてくれ、喘ぎ声を聞かせてくれた。
 俺の腕枕で眠ってしまった瑠璃を起こす気にはなれなかった……舞台の上でのリリーはいっぱしの踊り子だが、俺の隣に眠っている瑠璃は初めて見た時の儚い美しさがまだ色濃く残っていたから。
 翌朝、俺の左腕は使い物にならなかったが……。
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