2.プロローグ

文字数 890文字

 久しぶりに「あの場所」を訪れてみた。
 俺が風俗好きになるきっかけになったストリップ劇場がかつてそこにあった。
 そして風俗ライターとなって5年ほど経ち、生まれては消えて行く最先端の風俗を追い掛け回すことに少し疲れた俺が惹かれたのもその劇場、表面的な目新しさ、過激さを追いかけていた俺が風俗で働く女性たちの内面に目を向ける様になるきっかけを作ってくれた。

 数年前に閉鎖されたことは知っている、最後の公演にも立ち会い、ネオンが消える瞬間も見守った。
 その頃既にかなり老朽化した建物だった、周囲にはビルが立ち並び、そこだけが時間に取り残されたような様相を呈していたのだが、閉鎖後、大衆演劇の劇場になると聞いていた。
 その劇団も解散して、とうとう建物も無くなることを知って訪れてみたのだ。
 
 建物は既に解体され、木杭とワイヤーで囲まれた空き地に「建築計画のお知らせ」という看板、どうやら5階建ての商業ビルになるらしい。
 こうして更地になってみると思いの外狭い、ここに劇場があったのかと思うほどだ。
 記憶を辿ってみる。
 ここに入り口があり、ここ入場券売り場が……愛想の良いおばさんの姿が浮かび上がる。
 あの辺りがロビーで、その先が客席、するとステージはあの辺りか……花道がこう続いてその先には出べそと呼ばれる回転する丸いステージ……楽屋はあの辺りだったはず……今もある隣のビルとのわずかな隙間を私服姿の踊り子たちが通って楽屋入りしていたっけ……。

 俺は木杭にもたれかかると煙草を咥えて火を点けた。
 ニコチンが頭の芯にかかった靄をすっと晴らしてくれると、踊り子たちの姿が、声が甦って来る。

 あの楽屋での取材がなければライターなぞとっくに辞めていた……細長い、10畳ほどの楽屋に溢れかえっていた踊り子たち、華やかな衣装に身を包んで出番を待つ踊り子たち、裸で楽屋に戻り、バスローブを羽織って一息つく踊り子たち、化粧の匂い、色鮮やかな衣装、談笑する声……。

 上を向いて煙を吐き出すと、青空の中に広がって消えて行く。

 彼女たちは今どうしているのだろうか……。
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