19.いずみへの取材

文字数 3,479文字

「再デビューが決まったんだってね、おめでとう」
 いずみへのインタビューは蕎麦屋、和風でいきたいが居酒屋では色気がない、ちょっと張り込んで蕎麦屋の2階にある小座敷で差し向かいだ。
「ありがとうございます、今度はコケない様に頑張ります」
 嬉しそうに笑うが、俺としてはいずみが踊り子を辞めると言うのは残念だ、みどりの後継者として頑張ってもらいたいところだが、当のみどりも全面的に応援していると言うのだからここは気持ち良く送り出してやらなければ。
「本当に歌、上手いよね」
「そう言っていただけると本当に嬉しいです」
 いずみの歌は、歌を聴きに来たわけではないストリップ小屋の観客も唸らせるほど、きっかけさえ掴めればスターダムにのし上がるポテンシャルは充分にあると思う、俺に何か出来ることがあればしてやりたい気持ちであることも確かだ。

「踊り子になろうと思ったのはどういう経緯なのかな?みどりに弟子入り志願したと言うのは知ってるけど」
「ええ、最初の歌手デビューの頃の話は?」
「いや、直接聞きたいと思ったからみどりには敢えて詳しく聞いてないんだ、良かったら聞かせてくれる?」
「ええ、何も隠す事はありませんから」
「歌は小さい頃から?」
「ええ、お祖母ちゃんが演歌好きで、その影響……って言うか、私が歌うと凄く喜んでくれたんです、だから一生懸命練習して」
「お祖母ちゃんっ子だったんだ」
「あの……お祖母ちゃんに育ててもらったんです」
「ご両親は……」
「まだ私が小さい頃に離婚して……母親に引き取られたんですけど、その母親も『仕事が見つかった、最初が肝心だからしばらく預かって欲しい』って祖母に預けて、そのまま……」
「仕事ってなんだったんだろう?」
「わかりません、祖母も聞いていないようで……察しはついていたみたいなんですけど教えてはくれませんでした」
「お母さんとはそれっきり?」
「それっきりです、正直なところ、両親にはあまりいい思い出ってないんです、いがみ合ってることも多くて……愛されていなかったとは思わないんですが、私がいることが両親のどちらにも重荷なんだって感じてましたから……」
「積極的には聞かなかったんだ」
「そうですね……お祖母ちゃんはいつも一緒にいてくれましたから、むしろほっとしてたような……お祖母ちゃんが良く聴いたり歌ったりしていた歌を憶えて歌うと『上手だねぇ』って褒めてくれて、それが嬉しくてたくさん憶えて練習して……」
「おばあちゃんを喜ばせたかったんだ」
「ええ……それに、もしお祖母ちゃんに嫌われたらひとりぼっちになる……そんな気持ちもあった様に思います」
「だけど、小さいうちならともかくある程度大きくなるとポップスとかに行かない?」
「ええ、ポップスも好きですよ、でも自分で歌うとどこか演歌っぽくなって……もし歌で生きて行くなら演歌だとはその頃から思っていました」
 ステージでは披露していないが、いずみのデビュー曲のカップリング曲はフォークのカバー、しかし確かに演歌になっている、といってこぶしをころころ廻すとか唸るとかという事ではなく、いずみが持っている日本的情緒と言うようなものが滲み出る感じなのだ、それを表現する歌唱力も持っている。
「ですから高校を卒業して迷わず師匠の付き人になりました、お祖母ちゃんも応援してくれて、大学に行ったつもりで4年は我慢して頑張りなさいと言ってくれました、それより一年早くデビューできて凄く喜んでくれましたけど、その半年後には心臓発作で……もう一年遅かったらおばあちゃんに私のステージを見てもらえませんでした」
 いずみは21歳で歌手デビューを果たしている、俺はその頃23歳だから演歌には興味がなくてその曲は知らない、しかしチャートの30位くらいまでは上がるそこそこのヒットではあったようだ、演歌好きなら知っているのだろうが。
 しかし、一番のヒットはデビュー曲でその後はジリ貧になって行ったことも調べてある、歌唱力は充分だし、若くてルックスもいい、演歌界にとっては期待の新星だった筈だが……。
「色気がなかったんです、演歌ですからやっぱり立ち振る舞いや表情に色気がないと……そんな頃、師匠もちょっとしたスキャンダルに巻き込まれて……テレビやラジオ出演もすっかりなくなって地方廻りが始まりました、それでも最初のうちはデビュー曲を覚えていてくれるお客さんもいてお客さんも入ってくれたんですが、一年、二年と経つうちにだんだんお客さんも減ってしまって……」
「みどりに会ったのはその頃?」
「ええ、忘年会シーズンに大きな温泉ホテルでのショーに呼んでいただいて、そこのラウンジにみどりさんが出ていたんです、楽屋が一緒でお話しする様になって、みどりさんのショーを拝見しました」
「何か感じるものがあったんだ」
「自分に欠けているものが全部そこにありました……ホテルでのショーですからオープンとかまな板とかはなかったんですけど、お客さんも惹き付けられてました、私もすっかり惹きつけられちゃって……ストリップって奇麗なものだなぁって……みどりさんって色気だけじゃなくて品もありますでしょう?」
「それで弟子入りを志願した?」
「ええ、それまでは人前で裸になるなんて考えもしてませんでしたけど、洗練されて完成された芸だと感銘を受けましたから、自分もそんな芸を身に付けたいと思いました」
「みどりはその時何て?」
「『あなたは歌と言う芸があるのだからそちらで頑張りなさい』と」
「そう言うだろうなぁ……それでも諦めなかったんだ」
「ええ、おこがましいようですけど、『歌手ってCDも大切ですけどやっぱりステージが命だと思ってましたから、ステージで魅せるようにならないと歌手としても中途半端だと思うんです、ですからお客さんを惹き付けることが出来る色気を学びたいんです』って」
「それっておこがましい?」
「だってストリップ一筋の人には生意気に聞こえません? 歌手として一皮剥ける為にストリップを教えてください、なんて」
「まあ、踊り子さんたちって懐が深いからね、そうは思わないだろうけど……結局弟子入りさせてくれたんだ」
「『ストリップに師弟関係も何もないけど、もし本気なら浦和ミュージックホールに出られるように話してあげる』と……それでプロダクションに断りを入れて歌手を廃業して浦和に来たらちゃんと歓迎してくれました、1回目の興行が始まる前には稽古もつけてくれました」
「プロダクションを辞める必要はあったの?」
「いえ……でも自分の中でけじめをつけないと……それに劇場のストリップではオープンもしなくちゃいけないとわかってましたから、退路を断たないと出来ないような気がしたんです」
「真面目だね」
「いえ……だっていつか歌手に戻りたい、そのための修行だと思っていたんですから、やっぱり生意気です、でもみどりさんだけじゃなくて皆さん良くしてくれて……」
「一生懸命なら認めてくれるよ、踊り子ってそういう懐の深さを持ってるんだよね」
「ええ、再デビューが決まって踊り子を辞めると決めた時も送別会までしてくれて……」
「そういう意味ではいい職場だよね」
「ええ、本当に」
 
 21歳の頃のいずみのステージがどんなものだったのかは知らないが、今日見たいずみのステージ、最初に一曲だけ歌った時の様子はストリップの経験がしっかり生かされているように思えた。
 着物を脱いだりはだけたりするわけではないが、所作の一つ一つが滑らかで美しく、指先にまで情念が感じられる、表情一つとっても過剰に色気を演出するわけではないが、もしいずみを抱きしめたときにこんな表情をされたら堪らないだろうなと思わせるだけのものがあった……それだけに踊り娘を辞めてしまうのは返す返すも惜しいのだが……。

 いずみの再デビュー曲はやはり30位くらいまで上がるヒットになった、一度テレビで歌う姿を見たが、今度はジリ貧になることはないだろう、必ずしり上がりに人気を得ていくだろうと確信が持てた。
 そして、俺にとって、と言うより、おそらくみどりにとって何より嬉しかったのは、一年間の踊り娘修行を隠そうとせずに、むしろ誇らしげに語ってくれていたことだ。
 実のところ、俺も記事に『踊り娘修行で一皮も二皮も剥けた歌手』と書いている、まあ、1/100、いや1/1000くらいだろうが、いずみを後押しできたんじゃないかと思っているんだが……。
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