8.みどりへの取材

文字数 3,994文字

「私の場合、仕方がなくストリッパーになったんじゃないの、まあ、収入が魅力だった
ということはあるけど、それ以上にこの仕事に魅力を感じたからなのよ」

 気の利いたつまみを出すと評判の、ちょっと粋な蕎麦屋の小上がり。
 二本目のお銚子を傾けながらみどりはポツリポツリと話し始めた。
 当然最初のインタビューはみどりに申し込んだし、みどりも快く引き受けてくれた。

「こう見えても意外とお嬢様育ちなのよ、父はそんなに大きくはなかったけど不動産会社の社長でね、母はちょっとした旧家の出だったの、旧家と言っても経済的には苦しくてね、身分はなくてもお金のある父のところへ嫁いだってわけ、私は一人娘だったから色んな習い事させられたわよ、日舞もその頃覚えたの、お琴だとかバイオリンなんかも習ったのよ、今弾けるかって言われればもう無理だけど」
「それでなんとなく品があるんだ」
「そう? ありがと、ストリッパーに品があるなんて言ってくれるの、あなたくらいよ」
「だけど常連は皆そう言ってたよ、色気たっぷりなのにどことなく品があるってね」
「歳とともにどっちもなくなって来てるけど……」
「そんなことはないさ、ところでそんなお嬢様がどうして踊り子になったんだい? もし
良かったらその辺の事情、聞かせてもらいたいな」
「いいわよ、別に隠してないし……父は結構色好みでね、浮気が絶えなかったの」
「まあ、稼ぎがあるとそんなものかもね」
「ええ、母もその辺はあんまり気にしてなかったみたい」
「へえ、お母さんはお嬢様育ちだったんだろ? よっぽど心が広かったんだな」
「そうじゃないのよ、母も負けずに浮気性だったから……」
「はあ、なるほど」
「私が高校に上がった頃からかな、どっちにも本気の相手が出来てね、私が高校を卒業
するのを待って離婚したのよ」
「どっちに引き取られたんだい?」
「どっちにも……放り出されたわ、500万渡されて、後は自分でどうにかしろって」
「つまり、どっちにも邪魔にされた?」
「そういうことね、でも私はその方が良かったわ、せいせいした」
「でもさ、500万と言えば大金だけど……」
「父の稼ぎの割には……でしょ?」
「ああ、自活しながら大学へ通ったらぎりぎりだろう?」
「その頃はもうあんまり経営状態良くなかったのよ、父が経営そっちのけだったしね、
父が社長辞めてしばらくしてから倒産したわ」
「そうなんだ……で? 大学には?」
「行かなかった、中学からの一貫教育だったから希望さえすれば行けたんだけど……中
学、高校と演劇部でね、そっちに興味が強かったから小さな劇団に入ったわ」
「一人暮らししながら?」
「それがね、やっぱり血は争えないわよね」
「どういうこと?」
「私も男の所へ転がり込んだの、演劇部の指導をしに来てくれてたW大の学生、高2の学
園祭の時に私主役だったの、その時に全体の稽古が終わってからも残って個別指導してく
れてね、お芝居以外のことまで教わっちゃったってわけ」
「なるほど」
「その男と続いてたから、むしろこれ幸いと転がり込んだの……その時彼は4年生、18の娘と22の男が一つ屋根の下に二人で住んだんだから……」
「そりゃぁ、止まらないよな」
「もう毎晩よ、どっちかが夜遅く帰ってもしない日はなかったな……毎晩フルオープンよ、おかげで初舞台の時からオープンするのそれほど抵抗なかったな」
「彼、上手だったんじゃない?」
「どうだろう? 最初はそうでもなかったと思う、でも毎日毎日してれば……ね……結構研究熱心だったとは思う、体位のバリエーションとか豊富だったし」
「みどりも研究熱心だったんじゃない?」
「そうかもね、フェラテクはその頃磨いたの、なにしろこっちが生理中でもあっちは止まらないでしょ? そんな時の為にね、でも生理が終われば自分から夢中になって腰振ってたな、私もエッチ大好きだったから」
「お隣さんは参っただろうね」
「そうねぇ、彼の実家は経済的にまずまずだったみたいで一応コンクリートのワンルームマンションだったけどね……隣より下の人が迷惑してたかも」
「ははは、俺がお隣さんだったら聴診器買ってたと思うよ」
「ふふふ、当時はそんなこと考えなかったけど……」
「その彼とは?」
「一年ちょっとで別れたわ、彼が卒業して銀行員になった頃からすれ違い始めてね……価値観がずれて来たの、こっちは未だに劇団員でしょ? 向うはおかたい銀行員……なんとなく人間的に魅力を感じなくなってきたの、体も毎日のようには求めてこなくなったし」
「あ、それ、重要なんだ」
「私にとってはね、やっぱりエッチ好きなのね、裸で抱き合ってる時が一番愛情を感じるし、満足させてもらって向うも満足してくれたら余計に好きになっちゃうの」
「それ、なんか解る気がするよ」
「でしょ? 踊ってる時もね、私が脱ぐのを喜んでくれて応援してくれる人がいると思うとすごく嬉しいのよ、まな板もそう、じゃんけんに参加してくれる人が多いとそれだけで嬉しいし、ちゃんと満足させてあげたいわ、だけどその人が感じさせてくれるともっと嬉しいのよ」
「みどりに一人前にしてもらった男も多いんじゃないかな、俺もだけどね」
「そんなことないわよ、童貞でまな板に上がる度胸のある人はまずいないわ、初めてだと知っていてお相手したのはあなただけよ」
「先輩に押し出されたからだよ、一人じゃとてもその勇気は出なかった……でも、あの経験がなかったら今の仕事はしてないだろうな」
「最初はそうでも次からは自分で上がってくれたでしょ?」
「ああ、だって最高の初体験だったからね、まあ、まな板って言うのは別にして、みどりに筆下ししてもらうのは理想的だと思うな」
「ホントに?」
「ああ、挿れるまではうまくリードしてくれるだろ? それでいて挿れてしまえばこっちに主導権を渡して身を委ねて来てくれる、恥をかかないように最初にフェラで一本抜いておいてくれたのも有難かったし」
「そんなに気を遣ってるわけじゃないのよ、私のしたい様にしてるだけ……でも私もあの時は感じちゃったわ」
「本当に?」
「うん、まな板に上がってくれるのおじさんが多いでしょ? 若い人、それも18歳で初めてだなんてそれだけで嬉しいものよ、あんなに硬くそそり立ったモノは久しぶりだったわ、フェラで何とか勃起してもらって騎乗位で腰振って何とか搾り取るのが普通よ、自信がある男の人でもいざステージに上がっちゃうとね……でもあの時は騎乗位で腰振ってるうちに堪んなくなっちゃって上になってもらったでしょ? それで思い切り突き下ろしてもらって……舞台だって忘れそうだったわ」
「俺もそうだったなぁ」
「次からは色々と試してたでしょ」
「ごめん、雑誌とかで見たことを色々やってみたくて」
「ううん、それが良かったの、感じさせてくれようとしてるのが伝わって来て嬉しかったわ」
「いや、こっちがやりたかったことをやらせてもらってただけさ」
「そうかもしれないけど、あたしにとってもやって欲しかったことなのよ、セックスでは優しくいたわるだけが優しさじゃないと思う、思いっきり感じさせようとすることも優しさなんじゃないかな」
「照れるな……ちょっと話を戻すけど、踊り娘になろうと思った直接のきっかけってある?」
「劇団でね、ストリッパーの役をやることになって研究の為に見に来たのが今の劇場よ、その時に思ったのよ、これは私の天職じゃないかって」
「確かに天職だったね」
「ええ、全然後悔してないわ、私を目当てに見に来てくれる人がいるんだものね、女冥利に尽きるわ、『女』そのものを演じる魅力もあるし、何より見に来てくれる人とのふれあいが楽しいの、ひと時でも日常を忘れて楽しんで貰えれば……」
「まさに踊り娘になる為に生まれてきたみたいだね」
「ええ、それほどのものかは別にして、踊り娘にならなかったらつまらない人生だったでしょうね、平穏かもしれないけど刺激もないわ、だから『もうお前は要らない』と言われるまで続けるつもりだったけど……状況は良くないわね……」
 新しい風営法の施行が間近なのだ、みどりの言葉に何も返してやれなかった……男の想像力に訴えるみどりのショーはまだ何とかなるかもしれないが、ストリップ会全体の衰退は免れそうにない。
「その後の事は?」
「今は考えてない、その時になったら考えるわ、女一人なら何とか食べていけると思うの、でも踊り娘でなくなったらもうそれは私にとって余生よ、おまけみたいなもん」
「だれかいい人はいないの?」
「いるわよ、たくさん……劇場に来てくれる人皆が私にとって大切ないい人……」
「正に踊り娘の鑑だね」
「そんな大層なものじゃないわ……でも……ねえ、今夜だけ私の特別ないい人になってくれない?」
「俺でいいの?」
「それはこっちの台詞……もう私は45よ、こんなおばさん相手にしてくれる?」
「そんな事ない、俺にとって未だにみどりは特別だよ」
「ねえ、あの時の……足を持ち上げるやつ……」
「ああ、喜んで……」

 その夜はみどりと二人、ベッドの中で過した。
 踊り娘のみどり、45歳……彼女はこの世の女性ではない、数多の寂しい男の為に天から遣わされた天女……みどりを腕の中に抱きながらそう思った。
『使い古したあそこでごめんなさい』
 いざ挿入しようとした時、みどりはそう言った。
 とんでもない。
 使い古されたのではない、何百、何千の男に愛されて来た、そしてこれからもまた愛され続けるだろうあそこなのだ。
 心ゆくまでみどりを味わい、またみどりに味わわれた後、みどりは安らかな寝顔を見せてくれた。
 その寝顔に天女の面影を、俺は確かに見た……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み