23.ノエルへの取材
文字数 3,926文字
ノエルへのインタビューはエスニック料理店で行った。
ちょっと人を寄せ付けない雰囲気のある娘なので、故郷の味で雰囲気を和らげようと考えたのだ、民族舞踊を踊っている時のノエルは親しみやすい雰囲気だったし……。
それは概ね功を奏したが、見当違いもあった。
ノエルは来日して半年あまり、会話はかなり出来るようになっていたが、読み書きはまだおぼつかない、俺もエスニック料理に詳しいわけではなく、メニューの解説を読んでノエルに説明してやるのだが、ノエルはそれらの料理をほとんど知らなかったのだ。
「国ではこういう料理はあまり人気ないの?」
「わからない……でも田舎ではあまり食べてない」
ノエルが知っていたのはフォーと魚のから揚げ、野菜炒めのようなシンプルなもの位。
それらを一通り、あとは俺でも知っている肉料理などを適当にオーダーした。
しかし、使われている素材や香辛料、調味料は故郷を思い出させてくれるものだったのだろう、それらを口にするとノエルの表情も緩んだ、あの印象的な瞳からも人を拒むような色は薄れ、口も滑らかになった。
「カンボジアではどのあたりの出身?」
「プノンペンの南、でもずっとずっと田舎」
「どうして日本に来ることになったの?」
何気なくした質問だったが、ノエルの話は思いがけなく……いや、ある程度想像はしていたが、それ以上のものだった。
「日本人にスカウトされたから……わたし、スワイパー村にいた」
スワイパー村と聞いて思わず目を見張った……風俗ライターの俺には馴染みのある地名、 カンボジアで、と言うより世界的に有名な売春村なのだ、それも少女売春で悪名が高い。
「スワイパーは故郷じゃない、12の時にスワイパーに行った」
12歳の少女が自分から行くような場所ではない、貧困に喘ぐ親が泣く泣く売った娘、親を亡くしたが親戚にも引き取り手がない娘、そんな年端も行かない、恵まれない境遇の娘達を大なべに放り込み、歪んだ欲望をどくどくと注ぎ込んで煮込んだ、そんな場所なのだ。
俺は言葉を失ってしまった。
外国人の踊り娘は大抵日本に出稼ぎに来ている、自国でも外国人相手のクラブなどのショーガール……ショーガールと言っても健全なショーではないのはお察しの通りで、彼女たちの多くは自分が全裸に近い格好で踊ってみせることで家族を養っている、そしてその中でも容姿に優れた女性がスカウトの目に止まって、より大きく稼げる外国に行く、その行き先のひとつが日本なのだ。
しかし、スワイパー村となると一回りも二周りも悲惨だ、家族を飢えから救うために年端も行かない娘を売る……主に外国人相手の売春婦にされるのがわかっていながらだ。
それも未成年どころではない、場合によっては10歳にも満たないうちから客をとらされ、歳が行って使い物にならなくなれば棄てられる、そんな場所なのだ。
俺が二の句を継げずにいると、ノエルは察してくれたのだろう、スワイパー村に売られるようになった経緯も自ら語りだした。
「家は畑を耕してた、わたしも畑を手伝ったり川で魚を漁ったりしてた、でも、お父さんが大怪我してあまり働けなくなった、わたし、きょうだい多い、女の子ではわたしが一番年上、だからスワイパーに行った」
家族を養うと言うレベルではなく、家族を飢え死にさせないために、『裸を見せて稼ぐ』レベルではなく、『存在そのものを金に代えた』……そういうことだ。
「18の時、日本人がわたしを見て、ボスからわたしを買ってくれた」
『買われた』ではなく『買ってくれた』……スワイパー村でのノエルの毎日がどんなものだったか想像がつく……その頃の事はとてもじゃないが訊けない。
少女売春で知られた村だ、12歳ならすぐにでも客を取らされただろう、今でも小柄でスリム過ぎるほどのノエル、12歳の頃のノエルは推して知るべしだ、それが連日のように歪んだ欲望のはけ口とされる、環境は劣悪、食事もそう満足なものではなかっただろう、そこでノエルは6年間を過ごして来た、いや、生き延びて来たのだ。
スワイパー村では18歳と言うのは少々歳を取りすぎている、ノエルは小柄だしルックスも良かったのでそれでも客が付いたのだろうが、売春宿側からすればノエルを買い取りたいと言う申し出は渡りに船だっただろう、ノエルを買い取ったのは風俗専門のスカウト、日本では18歳以下を風俗で使うわけにも行かないので狙うのは18歳以上だから安く済む、双方に利益のある取り引きだったのだろう。
日本人が踊り娘になる理由はいくつもある、その中には家族の医療費や借金などののっぴきならない理由もある、踊り娘としての生活がどうかは別として、そういった理由は日本では『不幸』なことと捉えられる、しかし、ノエルにとっては、日本で踊り娘になる事は『幸運』なことだったのだ、だから『買われた』のではなく『買い取ってくれた』なのだ。
ノエルの挑発的な瞳、あれはこんな境遇から来ているのだと思い知らされた。
12歳で欲望のはけ口にされれば男に良い印象を抱く筈もない、かといって反抗的でも生きて行けない、まずは観察が必要なのだ。
「日本の人もたくさん来た、でも優しい人が多かったから日本に行けると聞いて嬉しかった」
児童買春に変わりはないのだから褒められたことでないことは間違いないが、日本人は優しかったと聞けば少しは救われる。
倒錯した性的嗜好と言うものはエスカレートしやすいものだ、しかし、日本人はそれを剥き出しにするのに抵抗感があるからストレートには行動に移さないのだろう。
とりわけ少女が倒錯した性的嗜好の対象にされた場合、体が小さくて軽く力も弱いのであまり抵抗が出来ない、欲望を剥き出しにした男の前に放り出されるのは、蛇の前に放り出されたネズミのような心持だったのだろう。
ノエルの告白の重さに耐えかねて、俺は話題を変えた。
「前半のダンスは民族舞踊なんだろう?」
ノエルの瞳に柔らかい光が宿った。
「村のお婆さんから教わった、わたし、あれしか踊れなかった」
「村祭とかで踊ったの?」
ノエルは深く頷いた。
「魚漁りのダンス」
「日本にもああいう踊りはあるんだよ、ちょうど同じような籠を持って踊るんだ、男性が躍る事が多いけどね」
ノエルは(ああ……)と納得したような表情を見せた、最初に踊った時から暖かい反応があったのだろう、その理由を初めて知ったようだ。
「ところで、ノエルって本当の名前?」
「ううん、本当はノル」
「なるほど、ちょっとだけ変えてあるんだ」
「ノエルってクリスマスのことだって聞いた、ノエルって名前好き、日本のクリスマス大好きだから」
ノエルの来日は12月と聞いている、おそらく国ではクリスマスを祝ったこともなかっただろうし、街がイルミネーションに彩られるようなこともなかっただろう。
浦和ミュージックホールのクリスマスの様子はみどりから聞いている、年末は忘年会シーズンでストリップ小屋も書入れ時だから大々的なパーティとは行かない、それでもシャンパンを開けてデリバリーしたピザやオードブル、フライドチキンなどで内輪の小さなパーティーは開くそうだ。
踊り娘達はざっくばらんで分け隔てがない、共にショーを見せて稼ぐ仲間と言う意識が強いのだ、都心から少し外れた浦和、そして人情家でもある支配人が仕切る浦和ミュージックホールならなおさらだ。
12歳で家族と別れ、過酷な境遇を生き延びて来たノエル、いや、ノルにとってはそれだけでも夢のように暖かな時間だったのだろう、そう思うと日本に生まれた事は幸運なことなんだと思い知らされる。
ノエルのショーにはまな板や白黒はない、おそらくは彼女の心情を察した支配人がそうさせているのだろう。
「後半はヘヴィメタルだよね、国でも流行ってたの?」
ノエルは小さく首を振った。
「日本に来て初めて聴いた」
「じゃ、何故それで踊ることにしたの?」
「ダンスはできなかったし、みどりさんが勧めてくれたから」
なるほど、ノエルの境遇では村祭以外で踊るようなこともなかっただろうし、洋楽に親しむ機会もなかっただろう、決まった振り付けで踊らせればお遊戯になってしまう、そしてノエルの顔立ち、肢体にはあの激しい踊り、動きがぴったり来る。
「初めて聴いた時は激しくてびっくりしたけど、すぐ好きになったよ、自然に体が動いた」
過酷なスワイパー村で生き抜いてきた少女だ、内に秘めた強さにヘヴィメタルが呼応したのかもしれない。
ノエルの日本人にはない魅力を引き出したみどりの慧眼はさすがだ。
「今はとても幸せ」
ノエル、いや、ノルはそう言った。
踊り娘には自ら進んでなる者も少なくはないが、ノルの場合は明らかにそうではない。
しかし、12歳で売春宿に売られ、将来に何の希望も見出せなかった境遇から比べれば天国なのかもしれない……願わくばノエルをノルとして愛し、大事にしてくれる男が現れんことを……。
インタビューの間、俺がつい口にしそうになって慌てて飲み込んだ言葉がある。
『家族と会いたい?』
スワイパー村に足を踏み入れた時点でノルはそれを諦めざるをえなかっただろう、そして今は遠い異国の地にいる……それでもここで、この日本でノルが心の平穏を得られているのであれば、それをかき乱すような事は言うべきではない。
インタビューを終えて彼女と別れてからもずっと気にかかっていたことではあるが……。
ちょっと人を寄せ付けない雰囲気のある娘なので、故郷の味で雰囲気を和らげようと考えたのだ、民族舞踊を踊っている時のノエルは親しみやすい雰囲気だったし……。
それは概ね功を奏したが、見当違いもあった。
ノエルは来日して半年あまり、会話はかなり出来るようになっていたが、読み書きはまだおぼつかない、俺もエスニック料理に詳しいわけではなく、メニューの解説を読んでノエルに説明してやるのだが、ノエルはそれらの料理をほとんど知らなかったのだ。
「国ではこういう料理はあまり人気ないの?」
「わからない……でも田舎ではあまり食べてない」
ノエルが知っていたのはフォーと魚のから揚げ、野菜炒めのようなシンプルなもの位。
それらを一通り、あとは俺でも知っている肉料理などを適当にオーダーした。
しかし、使われている素材や香辛料、調味料は故郷を思い出させてくれるものだったのだろう、それらを口にするとノエルの表情も緩んだ、あの印象的な瞳からも人を拒むような色は薄れ、口も滑らかになった。
「カンボジアではどのあたりの出身?」
「プノンペンの南、でもずっとずっと田舎」
「どうして日本に来ることになったの?」
何気なくした質問だったが、ノエルの話は思いがけなく……いや、ある程度想像はしていたが、それ以上のものだった。
「日本人にスカウトされたから……わたし、スワイパー村にいた」
スワイパー村と聞いて思わず目を見張った……風俗ライターの俺には馴染みのある地名、 カンボジアで、と言うより世界的に有名な売春村なのだ、それも少女売春で悪名が高い。
「スワイパーは故郷じゃない、12の時にスワイパーに行った」
12歳の少女が自分から行くような場所ではない、貧困に喘ぐ親が泣く泣く売った娘、親を亡くしたが親戚にも引き取り手がない娘、そんな年端も行かない、恵まれない境遇の娘達を大なべに放り込み、歪んだ欲望をどくどくと注ぎ込んで煮込んだ、そんな場所なのだ。
俺は言葉を失ってしまった。
外国人の踊り娘は大抵日本に出稼ぎに来ている、自国でも外国人相手のクラブなどのショーガール……ショーガールと言っても健全なショーではないのはお察しの通りで、彼女たちの多くは自分が全裸に近い格好で踊ってみせることで家族を養っている、そしてその中でも容姿に優れた女性がスカウトの目に止まって、より大きく稼げる外国に行く、その行き先のひとつが日本なのだ。
しかし、スワイパー村となると一回りも二周りも悲惨だ、家族を飢えから救うために年端も行かない娘を売る……主に外国人相手の売春婦にされるのがわかっていながらだ。
それも未成年どころではない、場合によっては10歳にも満たないうちから客をとらされ、歳が行って使い物にならなくなれば棄てられる、そんな場所なのだ。
俺が二の句を継げずにいると、ノエルは察してくれたのだろう、スワイパー村に売られるようになった経緯も自ら語りだした。
「家は畑を耕してた、わたしも畑を手伝ったり川で魚を漁ったりしてた、でも、お父さんが大怪我してあまり働けなくなった、わたし、きょうだい多い、女の子ではわたしが一番年上、だからスワイパーに行った」
家族を養うと言うレベルではなく、家族を飢え死にさせないために、『裸を見せて稼ぐ』レベルではなく、『存在そのものを金に代えた』……そういうことだ。
「18の時、日本人がわたしを見て、ボスからわたしを買ってくれた」
『買われた』ではなく『買ってくれた』……スワイパー村でのノエルの毎日がどんなものだったか想像がつく……その頃の事はとてもじゃないが訊けない。
少女売春で知られた村だ、12歳ならすぐにでも客を取らされただろう、今でも小柄でスリム過ぎるほどのノエル、12歳の頃のノエルは推して知るべしだ、それが連日のように歪んだ欲望のはけ口とされる、環境は劣悪、食事もそう満足なものではなかっただろう、そこでノエルは6年間を過ごして来た、いや、生き延びて来たのだ。
スワイパー村では18歳と言うのは少々歳を取りすぎている、ノエルは小柄だしルックスも良かったのでそれでも客が付いたのだろうが、売春宿側からすればノエルを買い取りたいと言う申し出は渡りに船だっただろう、ノエルを買い取ったのは風俗専門のスカウト、日本では18歳以下を風俗で使うわけにも行かないので狙うのは18歳以上だから安く済む、双方に利益のある取り引きだったのだろう。
日本人が踊り娘になる理由はいくつもある、その中には家族の医療費や借金などののっぴきならない理由もある、踊り娘としての生活がどうかは別として、そういった理由は日本では『不幸』なことと捉えられる、しかし、ノエルにとっては、日本で踊り娘になる事は『幸運』なことだったのだ、だから『買われた』のではなく『買い取ってくれた』なのだ。
ノエルの挑発的な瞳、あれはこんな境遇から来ているのだと思い知らされた。
12歳で欲望のはけ口にされれば男に良い印象を抱く筈もない、かといって反抗的でも生きて行けない、まずは観察が必要なのだ。
「日本の人もたくさん来た、でも優しい人が多かったから日本に行けると聞いて嬉しかった」
児童買春に変わりはないのだから褒められたことでないことは間違いないが、日本人は優しかったと聞けば少しは救われる。
倒錯した性的嗜好と言うものはエスカレートしやすいものだ、しかし、日本人はそれを剥き出しにするのに抵抗感があるからストレートには行動に移さないのだろう。
とりわけ少女が倒錯した性的嗜好の対象にされた場合、体が小さくて軽く力も弱いのであまり抵抗が出来ない、欲望を剥き出しにした男の前に放り出されるのは、蛇の前に放り出されたネズミのような心持だったのだろう。
ノエルの告白の重さに耐えかねて、俺は話題を変えた。
「前半のダンスは民族舞踊なんだろう?」
ノエルの瞳に柔らかい光が宿った。
「村のお婆さんから教わった、わたし、あれしか踊れなかった」
「村祭とかで踊ったの?」
ノエルは深く頷いた。
「魚漁りのダンス」
「日本にもああいう踊りはあるんだよ、ちょうど同じような籠を持って踊るんだ、男性が躍る事が多いけどね」
ノエルは(ああ……)と納得したような表情を見せた、最初に踊った時から暖かい反応があったのだろう、その理由を初めて知ったようだ。
「ところで、ノエルって本当の名前?」
「ううん、本当はノル」
「なるほど、ちょっとだけ変えてあるんだ」
「ノエルってクリスマスのことだって聞いた、ノエルって名前好き、日本のクリスマス大好きだから」
ノエルの来日は12月と聞いている、おそらく国ではクリスマスを祝ったこともなかっただろうし、街がイルミネーションに彩られるようなこともなかっただろう。
浦和ミュージックホールのクリスマスの様子はみどりから聞いている、年末は忘年会シーズンでストリップ小屋も書入れ時だから大々的なパーティとは行かない、それでもシャンパンを開けてデリバリーしたピザやオードブル、フライドチキンなどで内輪の小さなパーティーは開くそうだ。
踊り娘達はざっくばらんで分け隔てがない、共にショーを見せて稼ぐ仲間と言う意識が強いのだ、都心から少し外れた浦和、そして人情家でもある支配人が仕切る浦和ミュージックホールならなおさらだ。
12歳で家族と別れ、過酷な境遇を生き延びて来たノエル、いや、ノルにとってはそれだけでも夢のように暖かな時間だったのだろう、そう思うと日本に生まれた事は幸運なことなんだと思い知らされる。
ノエルのショーにはまな板や白黒はない、おそらくは彼女の心情を察した支配人がそうさせているのだろう。
「後半はヘヴィメタルだよね、国でも流行ってたの?」
ノエルは小さく首を振った。
「日本に来て初めて聴いた」
「じゃ、何故それで踊ることにしたの?」
「ダンスはできなかったし、みどりさんが勧めてくれたから」
なるほど、ノエルの境遇では村祭以外で踊るようなこともなかっただろうし、洋楽に親しむ機会もなかっただろう、決まった振り付けで踊らせればお遊戯になってしまう、そしてノエルの顔立ち、肢体にはあの激しい踊り、動きがぴったり来る。
「初めて聴いた時は激しくてびっくりしたけど、すぐ好きになったよ、自然に体が動いた」
過酷なスワイパー村で生き抜いてきた少女だ、内に秘めた強さにヘヴィメタルが呼応したのかもしれない。
ノエルの日本人にはない魅力を引き出したみどりの慧眼はさすがだ。
「今はとても幸せ」
ノエル、いや、ノルはそう言った。
踊り娘には自ら進んでなる者も少なくはないが、ノルの場合は明らかにそうではない。
しかし、12歳で売春宿に売られ、将来に何の希望も見出せなかった境遇から比べれば天国なのかもしれない……願わくばノエルをノルとして愛し、大事にしてくれる男が現れんことを……。
インタビューの間、俺がつい口にしそうになって慌てて飲み込んだ言葉がある。
『家族と会いたい?』
スワイパー村に足を踏み入れた時点でノルはそれを諦めざるをえなかっただろう、そして今は遠い異国の地にいる……それでもここで、この日本でノルが心の平穏を得られているのであれば、それをかき乱すような事は言うべきではない。
インタビューを終えて彼女と別れてからもずっと気にかかっていたことではあるが……。