21.朝霧冷への取材

文字数 3,611文字

 すっピンというわけではないが、舞台用ではない大人しめのメイクの「朝霧冷」は37歳と言う実年齢よりも少しばかり老けて見えてしまう。
 
「蘭ちゃん? そんなに似てたかなぁ、もちろん意識はしてたわよ、でも『似てねぇぞ』ってやじられたこともあったくらいなんだけどな……」
 どうやら俺の思い込みだったらしい、初めて見るストリップ、ファンだったアイドル、その辺りが目を曇らせていたのかも知れない、いや、単純にまだ女性を見る目が養われていなかったと言うことか。
「第一印象って大切なのよ、そこで『なんだ、似てないや』って思われたらアウト、『へえ、似てるじゃないか』って思われればこっちのペース、そうねぇ、あなたが見た頃ってだいぶこなれてたかも知れないな、あの頃って前髪を目ぎりぎりでそろえるカットが流行ってたでしょう? 目を隠しちゃえば後はメイクで誤魔化せてたかもね、しぐさとかもテレビ見て研究したわよ、あたしの唯一の売りだったから」
「それにしてもあの頃30だったとは思わなかった」
「そうねぇ、あの髪型なら目尻はあんまり目立たないしね……あなたはその頃18でしょ?体が20代のものじゃなくなって来てるのがわからないのも無理ないよ」

 内藤蘭、7年前にはそう名乗って当時人気だったアイドル似で売っていたが、今は朝霧冷と芸名を変えている、もっとも、俺にとっては内藤蘭と言う芸名の方に馴染みがあるのだが。
 俺が初めてストリップを見た時出ていた踊り子で、二日後にもう一度見たが、それっきり見ていなかった、もっとも、芸名を変えていたし、髪形も変わっていて分らなかっただけかもしれないが。
 
「芸名? あれから割とすぐに変えたかな……あたしも30過ぎて蘭ちゃん似っていうのもおこがましくなっちゃったからさ、朝霧冷はたまたま旅先で見た朝霧が奇麗で寒かったから語呂合わせで考えただけ」

 声は初めて聞いたのだが、かなりハスキーな声で話し方もざっくばらんといえば聞こえは良いが少々下品な感じもある。
 18で初めてストリップを見て舞い上がっていたとは言え、30過ぎで髪形と化粧で誤魔化した踊り子を、当時好きだったアイドルと重ね合わせてドキドキしたのがちょっと悔しい気もする。

「ごめんね、誤魔化してて、でもあたしみたいにあんまり特徴もない踊り子だと何か売りを見つけないとやっていけなくてね」

 まあ、確かにあの時の先輩達は別に似ているとも感じていなかったようだし、年齢も見抜いていたのかもしれない、誤魔化される方が未熟だったというだけで……。

「そうね、その時その時で流行におもねってやって来たわよ、髪型とか衣装とか、使う曲もね」

 『流行におもねる』と言う表現で合点が行った、この人もこの人なりに必死だったのだ。

「踊り子になった理由? ありていに言えばお金のためよ、父親が借金残して消えちゃってね、母親は首吊っちゃったし、普通にOLしてたら返せなかったのよ」
「それって何歳の時?」
「27だったな……結構遅く入ったの、本当はソープの方が稼げそうだったんだけど、それだけはどうしても嫌でね……あの頃ディスコって流行ってたでしょう? ディスコダンスならまあまあ自信があったから」
 
 確かに蘭は白黒やまな板はやらない、遅く入ってそれらを抜きで頑張ると言うのはそれなりに大変だったのは分る。

「内藤蘭って名前に変えたのは一年くらい経ってからかなぁ……それまでは普通にセミロングだったんだけど、楽屋で少しランちゃんに似てるねって言われて、翌日すぐに美容院に行ったわ、本物はちょっと垂れ気味の目が特徴でしょう?あたしも垂れ目だから髪型で誤魔化せるかな? とも思ったんだけど、向うは垂れてても大きいんだよね、こっちは細いばっかりだからあんまり似なかったなぁ、化粧で誤魔化したけどあのちょっととろんとした感じもないしさ」
 言われて見ればそうかもしれない……。
「でも輪郭だとか口元なんかは似てた気がする」
「輪郭はまあ、似てると思うよ、でも口元はやっぱり口紅で誤魔化してた、二年くらい内藤蘭で通したけど、やっぱり無理があって止めたんだけどね」
「本気で似てると思ってたの、俺くらいだったのかなぁ」
「ふふふ、そうでもないと思うよ、後のほうなら化粧が上手くなってたから」
 それにしても誤魔化されていたことには違いない……もっとも俺自身の未熟さのせいだったんだが。

「あたしのショー、どうだった?」
「流石にベテランだと思ったよ」
「うまく逃げたね、わかってるのよ、自分でも……今時ディスコダンスなんて古臭いし、歳相応の色気はなかったでしょう?」
「う~ん、確かにディスコは……」
「もっとしっとりした踊りも練習したのよ、でもさ、結局根がガサツなのよね、しっとりした色気って出せないからまたディスコに戻したのよね……自分でもわかってるんだ、アップテンポの踊りじゃ若い娘には勝てないし、かと言ってしっとりした感じも出せない、どうしたものかなぁ……」
「ラストのオナニーショーは良かったよ、俺だけじゃなくて廻りも引き込まれてた」
「アリガト、まあ、あの部分は自信あるのよね」
「本気で逝ってただろう?」
「うん、マジでね、そうじゃないとやっぱり嘘臭くなるし」
「そこじゃないかな」
「え? 何が?」
「前半もさ、無理に若く見せようとしてるからいけないんじゃないかな」
「だけどディスコダンスだよ」
「だからさ、別なダンスを考えたら?」
「しっとり系は無理だったって言ったじゃない」
「いや、それ以外にも考えられると思うよ」
「たとえば?」
「エスニック系とかは?……エジプト調とかインド調とか……」
「ああ、なるほど……」
「多分、20代の踊り子には出せない雰囲気とか出るんじゃないかな、しっとり和風って雰囲気じゃないのはわかるけど、オナニーショーで見せた恍惚の表情とかは30代ならではのものがあったと思うから」
「うん……いいヒント貰っちゃったな、考えてみるよ……」
「一年後の朝霧冷が楽しみだな」
「一年後ねぇ……やってるかなぁ」
「寂しいことを言うんだね」
「実際、今でもギリギリなのよね、まだ借金は少し残ってるからもう少し頑張らなくちゃいけないんだけど、ストリップを取り巻く状況も良くないしね」
「風営法だね?」
「そう、オナニーショーが出来なくなったら生命線絶たれちゃうもん、それをエスニック調のダンスでカバーしきれるかって言うと難しい気がする」
「それは努力次第じゃない?」
「努力はするつもりだけどさ、一年経つと一年分年歳取るのよね、今だって胸もお尻も緩んで来てるでしょう? カバーしきれるかどうか……」
 
 頑張れば大丈夫だよ、そんな言葉をかけて別れたが、冷ヘのインタビューはストリップの厳しさを再認識させられた。
 踊り娘にもスポーツ選手と同じような部分がある、若さは大きな武器、若さにある程度の経験が伴ってきてベストの時期を迎える、そこからゆっくり下って行くか転がるように下って行くかは当人の努力だけでは決まらないのだ。
 スピードを武器にしていたピッチャーはスピードが衰えれば通用しなくなる、それまでに緻密なコントロールや鋭い変化球を身に付けていれば生き残れるが、そうでなければ引退や解雇が待っているだけ、そしてコントロールにせよ変化球にせよ、努力なしに身につくものではないが、努力すれば確実に身につくというものでもない……。
 そしてルール。
 もし野球でフォークボールは禁止、とされたら消えて行くしかないピッチャーは沢山居るだろう、ストリップではそれが風営法だ。
 冷をプロ野球のピッチャーに例えるなら、社会人野球出身の遅いプロ入りでスピードはそこそこ、それを補うために何度もフォームを変え、目先を変えて中継ぎとして何とか一軍に残ってきたようなもの、そして決め球はもうすぐ禁止されるフォークボール……。
 
 ストリップのファン層は暖かく踊り子を見守る懐の深さを持っていると思う。
 今日の冷のステージ、俺だけではなく観客の反応からして、ピンチでリリーフに出てきたピッチャーが一点を失い、なおもランナーを出したが最後は決め球で切り抜けた……そんなものだったように思う。
 そして冷から決め球のフォークボールであるオナニーショーが奪われたら……それでも生き残ろうとするにはよほどの努力が必要だし、その努力が報われれるとは限らないのが現実、みどりの様に40を大きく超えて未だにトップで居られるのは異例の存在なのだ。

 軽々しく『頑張れば大丈夫だよ』などと言ったことが少し後悔される。
 しかし、特別な資質を持たないまでもここまで頑張って来た冷のような踊り娘を応援したい気持ちに偽りはないつもりなのだが……。
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