第二十五幕 帝都風雲(Ⅲ) ~着実な成長

文字数 2,510文字

 そしてしばらく歩いていると、ようやくこのスラムの『住民』と思しき人物達と遭遇した。しかし……

「あ、ディアナ、見ろ! 人がいるぞ! これでようやく道が聞けるな!」
「……! ルード、駄目っ!」

 喜色を浮かべてその人物達に近付こうとしたルードを、ディアナは厳しい表情で制止する。

「ディアナ?」
「下がってて、ルード」

 怪訝そうに自分を見上げるルードを庇うように、ディアナは前に進み出る。その間に『住民』達は向こうから近付いてきた。

「へへ、しばらく様子を見てたが、他に誰も護衛が付いてる様子がねぇ。何かの囮って訳じゃなさそうだな」

「ああ、どうやらいいトコの坊ちゃんが羽目外した挙句、迷子になったって所か」

「たんまりと身代金が踏んだくれそうだなぁ。あの女も売り飛ばせばいい金になりそうだ」

「そうだな。三番通りの娼館の親父が、最近娼婦が病気で立て続けに死んじまったって言ってたからな。尤もその前に俺達でたっぷりと楽しませてもらうけどな」

 悪意に歪んだ顔と会話。人相の悪い無骨な風体の男達が全部で5人。にやにやと笑いながらこちらに近付いてくる。

 どう見ても親切に道を教えてくれそうな様子ではない。男達の会話を聞いた事でルードもようやく事態が把握できたのか、その綺麗な顔を青ざめさせる。

 ディアナは歯噛みした。このスラムに入って以来誰とも遭遇しなかった理由が解った。おそらくかなり前から見張られていたのだ。そして2人が本当に迷子になっただけで、他に誰も護衛などが控えていない事を確信して、こうして姿を現したのだろう。

 相手は土地勘があり、この迷路のようなスラムの構造も熟知しているはずなので逃げるだけ無駄であろう。


 ディアナは腰に提げていた剣を抜き放った。帝国では女は通常帯剣出来ないのだが、ベカルタ流の免許皆伝者だけは例外であった。いつも肌身離さず持っている癖が役に立った。

 因みにルードにも当然疑問を持たれたので、ベカルタ流の事だけは事前に説明してあった。

 一方ディアナが剣を抜いたのを見て、男達の動きが止まる。だが……

「……へ、女が生意気に剣客の真似事か?」
「抵抗するってんならちょっと痛い目に遭ってもらうぜ?」

 男達も次々と刀や手斧などの得物を抜く。彼等が持つ刀は柳葉刀と呼ばれる幅広の刀で、中原では最も一般的に普及している刀だ。帝国ではディアナやシュテファンが持つような直剣は正規の軍人や武人が使う武器で、男達が持つような刀は裏社会の筋者や山賊などが好んで得物にするという共通認識があった。

「お、おい、ディアナ!? 無茶だ! 相手は5人だぞ!?」

 ディアナが抵抗するつもりだと見て取ったルードが青ざめた顔のまま止めようとして来るが、その顔は相変わらず泣きそうに歪んだままだ。彼を守る為にもここで戦わないという選択肢はない。

「大丈夫、こう見えてもお姉ちゃん強いのよ? ルードは絶対そこから動かないで!」
「ディアナ!?」


 ルードの悲鳴を背に、ディアナは自分から男達に向かって突撃した。少しでも戦いの場をルードから離さねばならない。

「おっ!?」
「このアマっ!」

 まさか彼女の方から向かってくるとは予想していなかった男達が一瞬動揺する。その隙を逃さずにディアナは縦横に剣を振るう。手加減をしている余裕はない。そしてついでに言うなら手加減する必要(・・)もない。相手は年端も行かない子供を攫おうとしたり、少女を強姦した挙句娼館に売り飛ばそうとする犯罪者達だ。

「おわっ!?」「ぎゃっ!!」

 剣で斬り付けられた男達が悲鳴を上げる。一方で難を逃れた男達が激昂して斬り掛かってくる。既にディアナを捕えるというのが念頭にない、完全に殺す気での攻撃だ。だが彼女も伊達にこれまで修羅場を潜ってきていない。

「ふっ!!」
 振り下ろされる相手の武器の軌道を見切って最小限の動きで躱す。そう広くも無い路地なので大立ち回りをするスペースはない。だが戦場が狭い事は今の状況ではむしろプラスに働いた。

 相手は多人数の強みを活かせず連携もなっていない為、お互いの武器がかち合ったり仲間の身体が邪魔したりで思うようにディアナに攻撃できない。

 逆に彼女は一度に2人以上を相手取らない立ち回りが容易になり、ディアナは極力冷静さを保ちながら敵を1人ずつ無力化していった。



「さあ、仲間は皆倒れたわよ!?」

 5分ほど後には、腕や肩などを斬られて血を流しながら蹲る4人の男達と、無傷だがディアナに剣を突きつけられて青ざめる1人の男の姿があった。後ろではルードが唖然とした表情で今の一幕を眺めていた。

「お、お前、一体何者だ……? 単にベカルタ流の免許皆伝ってだけじゃねぇ。実戦に慣れてやがるな?」

 男の声が引き攣る。ベカルタ流が女性にも門戸を開く流派である事は有名だが、女性の門下生で実際に免許皆伝まで至るケースは少ない上に、免許皆伝は受けてもその殆どが道場でしか戦った経験のない実戦素人だ。男達が最初、帯剣しているディアナを見ても脅威に感じていなかったのはそれが理由だ。

 しかしディアナの動きはこれまでの幾度かの実戦を経て、その経験が如実に活かされた物に替わっていたのだ。 

 ベカルタ流に限らないが、剣術の流派はあくまで基礎(・・)に過ぎない。免許皆伝でその基礎を身に着けたという扱いなのだ。そこからどう伸ばしていくかは本人次第である。


「お生憎様。これでもあなた達より強い相手と何度も戦って来てるの。さあ、あなた達もここの住人なら表通りまでの道は知ってるでしょ? 迷惑料(・・・)代わりに勿論案内してもらえるわよね?」

「……!」
 他にも仲間がいるかも知れないし、無法者もこいつらだけではないだろう。これ以上のトラブルは御免被りたい所なので、丁度いいのでこの男にそのまま案内させる事にした。

 返り血の撥ねた姿でにっこりと微笑むディアナの姿に顔を青ざめさせた男は、壊れた人形のようにカクカクと何度も首を縦に振った。

「良かった。それじゃ今から早速行きましょうか。ルード、しっかり付いてきてね?」
「あ、ああ……」

 ルードもまた唖然としながらもディアナの雰囲気に呑まれたように、やはりカクカクと首を縦に振るのだった。
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