第二十六幕 ソンドリア統一戦(Ⅱ) ~女公誕生

文字数 3,270文字

 そして遂にシュテファンは敵軍を伏兵までまとめて引き連れた上で、指定のポイント(・・・・・・・)まで到達した。

「ふ……さあ、待たせたなヘクトール(・・・・・)よ。敵は全てあぶり出してきてやった。存分に暴れるがいい」

 シュテファンはそう独りごちると、部隊に合図を出した。直後敵軍から退却していたシュテファンの部隊が整然と左右に割れた。

 ――ワアアァァァァァァッ!!

 そしてシュテファンの部隊と入れ替わるように、今まで出番を待って待機していたヘクトール率いる部隊が現れ、追い縋ってきていた敵軍目掛けて正面から突撃を敢行した!

「へへへ! 待ちくたびれたぜぇ! 待たされた分、思いっきり暴れさせてもらうぜ! 行くぞ、おめぇら!」

 部隊の先頭で巨大な戟を掲げたヘクトールが、嬉々として1000以上はいると思われる敵軍に突入していく。


****


「な、何だ!? 奴等も伏兵を!?」

 驚愕したのはレオルーガ率いるフィアストラ軍だ。罠や奇襲でも中々統率を乱さずしぶとく逃げ続ける敵軍を追っていたと思ったら、急にその部隊が散開して、替わりに血気盛んな別部隊が現れて、数で勝るこちらに正面衝突してきたのだ。

 それでも数では勝っているので、何とか動揺せずに自軍をまとめると、この新たな部隊を迎撃しようとするが……

「オラオラオラァっ!!」

 最前線で巨大な戟を振るう敵将と思われる巨漢が、凄まじい勢いで自軍の部隊を切り崩していく。その鬼神の如き暴れぶりにフィアストラ兵達が明らかに怯む。そこにその巨漢が率いていた残りの兵が突入してきた。

 数では倍するフィアストラ軍が士気の差で一方的に押し込まれていく。レオルーガは激しく焦った。

「く、くそ、何だあの化け物は!? ゴルガ軍にはあんな奴がいたのか!? ええい! 怯むな、馬鹿共が! 数ではこちらが遥かに上だ! 押せ! とにかく押しまくれ!」

 正面からのぶつかり合いなので、小細工も何もない。とにかく士気を上げて敵軍を押し切るしか勝つ道はないのだ。レオルーガが声を枯らして兵を統制しようとするが……

 ――ドドドドドドドッ!!

「……っ!?」

 激しい地響きと共に左右(・・)からゴルガ軍の別働隊が現れ、フィアストラ軍の横腹に襲いかかった!

「敵を囲い込め! 一兵たりとも漏らすな!」

 別働隊を指揮するのは、先程遁走していたはずのシュテファンであった。左右に分かれて散開した後、迂回しながらフィアストラ軍の両側面に回り込んでいたのだ。レオルーガは目の前のヘクトール達への対処に気を取られてそれに気付かなかった。 


「ぬぅぅ! おのれぇ! 退け! 退けぇ!!」

 ただでさえ正面のヘクトールに手こずっていた所を左右から挟撃されては堪らない。最早このままでは潰走は避けられないと悟ったレオルーガは憤怒に歯ぎしりしながらも退却を指示する。しかし……その判断はいささか遅きに失した。

「ふ……今更遅い。言ったはずだぞ。3方向では甘い、とな」

 フィアストラ軍の逃げ腰を見たシュテファンが口の端を吊り上げる。

 唯一開いている退路である後方から逃げ戻ろうとするフィアストラ軍。しかしそこに正面……つまりは戦場の後方から迫る部隊があった。その部隊が掲げる旗は……ディアナ軍の紋章。

「ば、馬鹿なァ!? 後方にまで!?」

 レオルーガが驚愕のあまり目を見開く。


*****


「さあ、ディアナ殿。いよいよこの時が来ました。もうあなたをお止めは致しません。あなたは既に一人前の武将です。思う存分……敵軍を叩き潰して下さい」

「はい……!」

 後方から現れたディアナ軍の部隊。率いるのは君主であるディアナ自身だ。その傍らには軍師であるアーネストが控えている。


 まず統制に優れたシュテファンに囮部隊の指揮を任せ、なるべく奥地まで入り込んで隠れ潜んでいる敵を全てあぶり出す。そして仕掛けられた罠を潰しつつ、敵軍をディアナ軍が待ち構えている地点まで誘導する。

 そこまで来たらもう勝ったも同然。待ち構えていたヘクトールの部隊が満を持して突撃。敵軍を引っ掻き回している内に、シュテファンの部隊は迂回して両側面から挟撃。敵軍を包囲する。

 そして敵軍が堪らず後方から逃げ出そうとしたら、そこで最後の総仕上げ。ディアナ自身が率いる部隊の登場だ。シュテファンが率いていた兵の一部も合流して総勢500ほどの数となったディアナ隊は、四方を取り囲まれて動揺、混乱するフィアストラ軍に止めを刺すべく攻撃に移る。

 全ては軍師アーネストが描いた絵図の通りに進んだ。ディアナにとっては自身が直接参戦する初めての本格的な戦。緊張はそれ以上の激しい精神的高揚によって相殺される。


「皆さん! この一戦で決着を付けます! 私に続けぇっ!!」

 ――ウオォォォォォォォッ!!

 見栄えの良い派手な鎧に身を包んだ美少女君主が剣を掲げて号令すると、その麾下の兵士達は異様な盛り上がりを見せて、士気は最初から上限まで振り切れた状態となった。

 そして最高の士気を維持したまま敵軍へと一気に突撃する。3方向から包囲攻撃を受けて潰走寸前だったフィアストラ軍は、退路を塞がれた上で止めを刺すかのように現れた最後の敵部隊の攻撃によって完全に瓦解する。

 ディアナは激情のままに、当たるを幸い敵を斬り倒していく。敵兵も破れかぶれの反撃を試みてくる者もいたが、ディアナはその攻撃を全て躱して的確に返り討ちにしていく。また周囲の兵士もディアナを守るべく奮戦する。


 死にものぐるいで戦っている内に、気がついた時にはもう周囲から戦いの音は止んでいた。フィアストラ軍の兵士は全て地に倒れ伏すか、その場でひざまずいて降伏しているか、もしくは散り散りに遁走していて、完全に崩壊していた。

 敵将のレオルーガも混戦の中、流れ矢に当たって戦死していた。対してディアナ軍は囮を努めたシュテファンの部隊で多少の被害は出たものの、全体として見れば微々たる損害であり、完勝と言って良い結果であった。


(か、勝った……。私達……私、戦に勝ったのね……!)

 ディアナはまだその実感が沸かずに呆然としていたが、近づいてきたアーネストの声に正気を取り戻す。

「ディアナ殿、素晴らしい戦果でした。我が軍の完勝です。さあ、勝ち鬨を上げましょう。あなたの役目ですよ」

「……! アーネスト様……ありがとうございます! そうですね! 私達は勝ったんですね! 皆さん! よくやってくれました! 皆さんの奮闘のお陰でこの戦に勝利する事が出来ました! この戦の功労者は間違いなく皆さん一人一人です! これからも私と共に戦っていきましょう!」

 ――ウオォォォォォォォッ!!!

 大地と大気を揺るがすような大音量の勝鬨が、戦場となった地に響き渡った。





 フィアストラ軍の主軍を殲滅したディアナ軍。その間にもう一方のルートを北上していたディナルド率いる部隊がフィアストラの街へ到達。

 降伏を拒絶し籠城する太守エルンストに対して攻城戦を仕掛け、ディナルドの巧みな采配の元、敵の妨害を物ともせずに城門を打ち破り、なだれ込んだ兵士達がエルンストを討ち取る事に成功した。 

 ディアナ達が街へ到着した時には、既に城壁にはディアナ軍の旗が掲げられていた。


 尚、ゴルガが手薄になったと見て、ゴルガ県と県境を北に接するガルマニア州のインスブルグ県の太守が侵略部隊を送り込んできたが、防衛に残っていたゾッドとクリストフが見事撃退に成功していた。クリストフがアーネスト顔負けの作戦を立て、それをゾッドが卓越した武力で実行しての勝利だったらしい。この2人は意外と良いコンビのようであった。


 ともかくこれでディアナはゴルガ、ペリオーレ、フィアストラと、ソンドリア郡を構成する3県を領有する事となり、晴れてゴルガ伯からソンドリア公へと昇格する条件を満たした。

 朝廷から辞令が降りれば史上最年少、しかも帝国では極めて珍しい女性の〈公爵〉が誕生する事となるが、やはり帝都の朝廷からは異例の速さで皇帝直々(・・・・)の承認が降りた。

 ここに正式にソンドリア女公(・・)ディアナが誕生する事となった……
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