第二十八幕 悪の華(Ⅱ) ~意外な提案

文字数 2,356文字

 そしてそれから数週間後。情勢を注視しながら国内の安定化を図っていたディアナ軍の元に一通の書状が届いた。その書状はすぐさま君主であるディアナの元に上奏され、彼女に再び大きな驚きを齎す事となった。

「か、会談(・・)ですって!? エヴァンジェリンが……私に!?」

 場所は執務室。ディアナは驚きを通り越して唖然としてしまう。それこそ何かの聞き間違いかと思ったが、やはり報告を持ってきたアーネストがかぶりを振った。

「いえ、間違いではございません。エトルリア公(・・・・・・)エヴァンジェリン・ラドクリフからの、あなたへの会談の申し入れです。場所は両国の中間地点に当たるパドヴァ湖内のポヴェリア島にて。ディアナ殿とエヴァンジェリンの両公は帯刀せずに丸腰、互いに随伴できる護衛は1名のみという条件です。日時は今から一ヶ月以内という条件でこちらの都合に合わせるそうです」

「……!」

 どうやら本当に会談の申し入れであるらしい。未だ信じられない気持ちながら、何とか頭を切り替えるディアナ。 


「でも……あの(・・)エヴァンジェリンですよね? 一体何故私と……。どうするべきでしょうか」

 素直にアーネストの意見を求める。自分だけでは正直判断が付かなかった。アーネストは一つ頷くと意見を述べる。


「そうですね……。私としては……受けても良いのではと考えます」


「え?」

 てっきり安全面から反対されると思っていたディアナは目を丸くした。

「そ、そうですか? でも……大丈夫でしょうか? もし暗殺などを企んでいたら……」

 エヴァンジェリンがこんな申し出をしてくる理由で一番考えられるのは、まあそれだろう。だがアーネストがそんな事を解っていないはずがない。それでも尚、彼がこの話を受けても良いと考える理由は……


「もし敵の首魁がフレドリックやオズワルドなどであったなら、絶対にお止めしていました。しかしこれまでのディアナ殿の体験談や集めた情報から判断する限り、このエヴァンジェリンという女自体は……かなり思慮に欠けた俗物(・・)であると推察しています」


「え……ぞ、俗物、ですか?」

 ディアナは少し驚いた。俗物とは通常、程度の低い取るに足らない人物などに対して使う侮蔑的な表現だ。少なくともアーネストは明らかにその意図で使っている。

 あれだけ強大で恐ろしい組織の首魁であり、オズワルドら有能な人物を多数従え、今までにも散々苦しめられてきた相手だ。そのエヴァンジェリンが俗物であるという発想はディアナには思い浮かばなかった。

 しかしアーネストは事も無げに頷く。

「ええ、そうです。恐らく今回の件もそれほど深い意図はなく、ただ憎たらしいあなたの顔を見て直接罵倒したいという程度の物でしょう。逆に我等としては少しでも奴等の内実を探る絶好の機会です。エヴァンジェリンの人となりも確認できますしね。むしろ受けた方がメリットが大きいとすら言えます」

「な、なるほど……」

 自信たっぷりにそう断言するアーネストの姿を見ていると、なるほどそんな物かも知れないと思えてくるので不思議だ。

「無論罠の可能性が皆無とは言えないので、ディアナ殿の身の安全には充分配慮致します。如何でしょうか?」

「そうですね……」

 ディアナは短時間黙考する。エヴァンジェリンが本当にアーネストの言う通りの人物なのか今一つ確信は持てなかったが、反面彼の言うメリットも確かにその通りであった。

 それに正直、旗揚げ間もなくからずっと暗闘を続けてきた一味の首魁であるエヴァンジェリンが一体どんな人物なのか間近で見て、直接話しまで出来る機会は極めて貴重かもしれないと思い至った。

 多少の危険はあるかも知れないが、危険を恐れて守りに入るばかりでは何も得られない。アーネストも安全には十分配慮すると言っているし、ここは受けてみるべきだろうという結論に達した。


「……よし、決めました。会談の申し出を受ける事とします。すぐに手配をお願いします」

「ご英断です。早速手配致しましょう。それで護衛の件ですが……ここはシュテファン殿に随行頂くのが最善と存じます」

 アーネストが進言してくる。書簡には当事者同士は丸腰だが、帯刀した護衛を1名だけ会場に随伴できるという条項があった。その件だろう。

「兄上にですか? 勿論全く問題はありませんが、一応理由をお聞きしても?」

「はい。武勇面だけなら勿論ヘクトール殿が最も頼りになりますが、今回の護衛役にはただ武芸の腕だけではなく唯一の随行員として、会談を行う当事者とは別に、俯瞰した立場から冷静に状況を観察・分析できる目が必要になってきます。ヘクトール殿ではその辺りは些か荷が重いのと、最悪エヴァンジェリンの顔を見た瞬間に激昂して斬り掛かったりしかねません。それでは全て台無しになってしまいます」

「そ、それは……確かにあり得るかも知れませんね! ふふ……!」

 その光景を容易に想像できてしまって、ディアナは軽く吹き出した。

「その点シュテファン殿であれば必ずや私の期待する情報を持ち帰って頂けるでしょう。無論護衛としての武芸の腕も何ら問題ありません。以上がシュテファン殿を推す理由です」

「なるほど。アーネスト様のおっしゃる事は尤もですね。分かりました。では兄上にお願いする事とします。これは私から直接兄上にお話します」

 ディアナは納得して頷いた。アーネストの挙げる理由は確かに一理あるし、元々義兄であれば反対する理由は何もない。



 こうして誰も予想していなかった不倶戴天の敵同士、しかも極めて珍しい女性君主同士の会談が執り行われる運びとなった。

 この会談の噂は瞬く間に旅人や行商人などによって中原全土に広まり、女性同士という事もあって大いに民衆や諸侯の興味を掻き立て、リベリア州のみならず全国の街や勢力からの注目を集めるのであった。

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