第四十幕 戦乙女の伝説(Ⅱ) ~二方面侵攻

文字数 3,359文字

 無事に無血開城を果たしたトレヴォリの城内。宮城にてディアナ軍の首脳が集まり、臨時の作戦会議が開かれていた。

「さて、皆様。連日の戦や行軍でお疲れの事とは思いますが、今回は特に迅速さが要求されます。時間を与える事は奴等の防御態勢を整える事にも繋がります。時間は敵です」

 軍師のアーネストがディアナを含む諸将を見渡して口火を切ると、全員が頷いた。

「ああ、解ってるぜ。別に行軍の疲れなんてどうって事はねぇ。俺達はそんなヤワじゃねぇからな。むしろこれでようやく奴等との決着を付けられるって、皆逸り立ってるぜ」

 ヘクトールが豪快に笑って請け負う。彼はこの作戦中もずっと将兵達を鼓舞し、士気の維持に尽力してくれていた。

「迅速さが要求される事は承知している。それで具体的にはどのように進軍するのだ? まずは最寄りのチリアーノから着実に攻め落としていくか? 今の我が軍であれば全軍で強襲すれば確実に落とせるであろう」

 シュテファンが確認がてらの提案をする。トレヴォリからは南方面と南西方面の二つの進軍ルートが存在する。それぞれ南はチリアーノ、南西はシエナに繋がっている。どちらも州都エトルリアの衛星都市だ。距離的にはチリアーノが近く、チリアーノを落とせばその更に南にはラドクリフ軍の本拠である州都エトルリアが目と鼻の先だ。

 今回の作戦の性質上、チリアーノを落としてそのままエトルリアに攻め入るのが常道とも思える。だがアーネストはかぶりを振った。


「たしかにそれが常道でしょう。しかしシエナを放置すればそちらへの備えも残さなくてはならなくなります。折角奴等が油断して士気も落ちている格好の機会なのです。チリアーノ、シエナ両方面に同時に進軍して一気に制圧してしまいましょう」


「……!」

 大胆な戦略に場がざわつく。つまり軍を二手に分けるという事だ。敵地において戦力分散は基本的には悪手だ。アーネスト程の知恵者が何の考えも無くそんな提案をするはずがない。

「軍師も時として敵の裏をかく大胆さが必要になります。この好機を逃せばラドクリフ軍は頑強に抵抗を続け、リベリア州の統一は下手をしたらあと何年も掛かる事になります。私とて普段ならこのような提案はしません。この千載一遇の好機だからこそです」


「…………」

 総大将のディアナは再び決断を迫られる事になる。大胆な戦略で短期決着を目指すか、それとも長期戦にもつれ込む可能性が高いが堅実な戦略を取るか……。

「俺はどっちでも構わねぇが、ただまあどっちかって言えば短期決戦に賛成だな。皆暴れたくてうずうずしてるしよ。今だったら士気も高いから、あいつら想像以上の戦果を挙げてくれるぜ」

「私としては徒に決着を急ぐとどこかで躓く危険性もあるので、リスクを取るなら着実に一都市ずず落としていく方が良いとは思うが……。だが反面、今しかこのような好機が無いというのも事実。どちらにしてもお前の決断を尊重しよう」

 2人の側近の意見を聞いてディアナも決断した。


「確かにここが攻め時、決断のしどころですね。解りました。ではアーネスト様の案を採用して、我が軍はこれよりシエナ、チリアーノ同時侵攻作戦を行う事とします。皆迅速に、しかしくれぐれも油断のないよう全力で作戦に従事してください」

「ご英断です、ディアナ殿。チリアーノ南下軍はチリアーノを制圧したらそのまま州都エトルリアを目指します。シエナ方面軍はシエナを落としたらやはりそのまま南下してピストイアを押さえます」

 アーネストが淀みなく作戦の概要を説明していく。州都を含めたエトルリア郡4都市を一気に制圧し、ラドクリフ軍を完膚なきまでに殲滅する形となる。反撃の余地を許さない徹底的な制圧戦。だがこのくらいやらないとどんな反撃や妨害を受けるか分からないポテンシャルがラドクリフ軍にはあった。

 チリアーノ・エトルリア方面軍は総大将であるディアナが率い、主席軍師のアーネストと今やディアナ軍の軍事重臣となったシュテファンがその補佐につく。他にもファウストとカイゼルが従軍する。

 シエナ・ピストイア方面軍はヘクトールが総大将となり、次席軍師のクリストフの他、ゾッド、合流したディナルドがその麾下に割り当てられた。

 兵力は約1万いるので、ディアナ側が約6000、ヘクトール側が約4000という割り当てとなった。ディアナは君主であるし、州都エトルリアを攻める事になるので少し多めに配分されたのであった。


*****


「ヘクトール様、ご武運をお祈りしています」

 距離的にシエナ方面軍が先にトレヴォリを出立する事になり、その見送りにディアナが出向いていた。

「おう、任しとけ! すぐに2県ともぶち抜いて、逆にお前のエトルリア攻めを援護してやるぜ」

「そ、それは頼もしいですね。でもくれぐれも油断はしないで下さいね?」

 その厚い胸板を叩いて請け負うヘクトールに、ディアナは若干の懸念を感じて引き攣った笑みを浮かべる。


「ははは、ディアナ殿、何もご心配は要りませんぞ。儂とクリストフ殿が付いております故、ヘクトール殿やゾッド殿が暴走しそうになったらしっかり諫めてやりますからな」

 そう言って笑うのは今まで別動隊を率いていて、先般合流したばかりのディナルドであった。再び本隊とは別れて行動する事になる彼に、ディアナは申し訳ない思いで頭を下げた。

「合流したばかりだというのに再びこのような割り振りになって申し訳ありません、ディナルド様。どうか宜しくお願いいたします」

「いやいや、構いませんとも。それが勝利のために必要とあれば、どのような命令にも従うのが軍人ですからな。その代わりヘクトール殿ではありませんが、こちらはこちらでしっかり戦果を挙げさせて頂きます故、論功行賞は期待しておりますぞ?」
 
 敢えて冗談めかした頼もしい言葉に、ディアナも安心して微笑んだ。

「ええ、勿論です。ご期待ください!」

 そしてディアナに見送られてヘクトール達は、まずは南西のシエナを攻略すべく進軍していった。それを見送りつつ、ディアナ達本隊も急いで再進軍の準備を進める。

 そして数日と経たないうちにディアナ達も南のチリアーノへ向けて進軍する準備が整った。



「ディアナ様、行ってらっしゃいませ。ご武運をお祈りしております」

 数日前にヘクトールに掛けた見送りの言葉を今度はディアナ自身に掛けるのは、この街の太守に据え置かれたドメニコであった。

「ありがとうございます、ドメニコ様。この街の事を宜しくお願いします」

「勿論でございます。私もディアナ様が一刻も早くこの中原に安定をもたらせますよう祈っております」

 そう言って満面の笑みで頭を下げるドメニコを、馬上から複雑そうな表情で見下ろすディアナ。

「……ドメニコ様。以前この街にはナゼールという悪徳高利貸がのさばり、私の知人もその詐欺被害を受けました。解決にこの私自身が出張った経験があります。聞くところによるとそれ以前にも、ミハエルという金融商による街の富を狙った大掛かりな詐欺に遭いかけたとか。ご自身の安寧を求めるのは構いませんが、それには太守として最低限の義務が伴うという事を肝に銘じて頂きたく思います」

「……っ!」

 ディアナの指摘と挙げた名前に、ドメニコの顔が冷水を浴びせられたように一瞬で青ざめる。

「は……そ、それは、その……お恥ずかしい限りで……。勿論二度とあのような不埒者どもに街を好きにはさせません。いえ、それだけでなくディアナ軍の領地として恥ずかしくない統治を行うと誓います!」

「……期待していますよ?」

 地面に額を付けんばかりに額づくドメニコを見下ろしながら敢えて冷たい声音でそう言うと、ドメニコの身体がビクッと跳ね増々深く平伏するのであった。 


 ドメニコに充分釘を刺してから、ディアナ軍本隊も南のチリアーノ目指して出立する。因みにトレヴォリの守備兵から一部を接収して、代わりにディアナ軍の本隊の中から同じ数をトレヴォリの守備兵として残してある。

 ドメニコの降伏を受け入れたディアナだが、勿論信用や信頼というものはある程度時間や実績が必要になってくる。まだドメニコの事を完全に信用した訳ではないので、万が一を考えての保険のようなものだ。ドメニコに対する警告や抑止の意味もあった。
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