第十一幕 残留せし病巣(Ⅰ) ~二心の剽軽者

文字数 3,131文字

 クレモナでの騒動も収まり平常を取り戻したディアナ軍は、上洛と天下統一という命題に向けて軍備に内政にと大忙しの状況であった。

 一時は最有力勢力にのし上がったディアナ軍であるが、そう間を置かずしてフランカ州ではリクール軍が、イスパーダ州ではトリスタン軍が、そしてトランキア州ではガレス軍との大戦を制したマリウス軍が急激に台頭してきて、領有都市数のアドバンテージはほぼ無くなりつつあった。

 また最大都市である帝都を有するサディアス軍も国力では他の有力諸侯に全くひけを取らず、盤石の体制を整えようとしていた。

 それだけではない。これまで有力な勢力が現れずに、小勢力の小競り合いで混沌としていたガルマニア州とスカンディナ州においても州統一の兆しが見え始めていた。

 周辺の勢力も徐々に固まりつつある。その前にディアナ軍もリベリア州内を盤石にしておかなければならない。やらねばならない事は山のようにあった。

 そんな状況の為、ディアナ軍の重臣達も州内の各所に飛んで忙しく働きまわっている状態であった。そして、折しもシュテファンやアーネストら側近たちが軒並み遠出しており不在という状況において、ディアナの元をとある人物(・・・・・)が訪れていた。



「……もう一度確認しますが、我が軍に仕官(・・)したいというのですね? あなた(・・・)が?」

 州都エトルリアの政庁を兼ねる『ミラネーゼ宮』。先の戦乱の傷も癒えて、むしろより壮麗さを増したこの宮殿の謁見の間において、ディアナは居並ぶ臣下達の前で平伏する1人の男に冷たい視線を投げかける。

 ディアナの視線を受けて男は増々深く平伏する。

「ははぁっ! その通りでございます。いや、勿論過去には色々と不幸な行き違い(・・・・・・・)はございましたが、それはもう戦乱の世の悲しき日常というものでございますれば。ディアナ様はそのような悲しい乱世を終わらせるべく戦っているのでありましょう? なればこそ一度は敵対した私であっても必ずや迎え入れて下さると確信して参りました。昨日の敵は今日の友、の精神ですな!」

「…………」

 その男……元ラドクリフ軍の将であるレオポルド・ジャン・サルバトーレは、なんとも軽薄な口調と態度で抜け抜けとのたまい再び平伏する。


 エヴァンジェリンの手下として何度もディアナの前に立ち塞がり、彼女の命を狙った男である。その飄々とした性格もあってディアナとしても到底好感など持ちようがないし、普通なら良くて門前払い、過激な君主であればその場で捕らえて処断の沙汰でもおかしくはない間柄であった。

 だが……いみじくもレオポルドの言っている事は正論(・・)でもあった。戦乱の世であれば敵対するのは当たり前。ディアナはその戦乱の世を否定し、終わらせるべく戦っている訳で、乱世における敵対だけを理由に彼を拒絶したり処断したりすれば、それはディアナ自身の掲げている命題を自分で否定する事になってしまう。

 逆に例え以前は敵対した間柄であろうとも、向こうが恭順を示してくるのであればそれを受け入れる事で度量の深さを示し、また彼女の本当に乱世を終わらせるべく戦っているという事実に説得力を持たせる事が出来る。悔しいがそれは認めざるを得なかった。

 メルヴィンのような明確な敵対行為を為さずに恭順を示している以上、ディアナとしては彼を拒絶する理由(・・)がないのだ。だがレオポルドという人物を多少なりとも知っている身からすれば、どうにもこの男は信用が置けなかった。

 絶対にあり得ない話だが、仮に恭順を示して仕官を希望してきたのがあのオズワルドであれば、ディアナの個人的な感情は抜きにして少なくとも信用する事はできた。あの男にはディアナとは絶対に相容れないが強い信念(・・)というものがあるからだ。その信念のもとにディアナに協力するという結論を出したのであれば、少なくともあの男はそれを裏切るような真似はしないはずだ。彼女としてもそれは認めていた。

 だが目の前のこの男には、どうにも一本筋の通った信念というものが感じられなかった。信念のない者はいざという時に容易く裏切る。しかしそのような直感的な理由だけで拒絶すれば、傍目には以前の敵対関係を理由に拒絶しているようにしか思われないのが悩ましい所だ。


「……クリストフ様はどう思われますか? 彼の仕官を受け入れるべきでしょうか?」

 ディアナは脇に控える次席軍師のクリストフ・ヨハン・ダ・コスタに助言を求めた。今は主席軍師のアーネストが仕事でゴルガに出向いており不在である為、代わりにクリストフが助言役を務めていた。

「ふむ、私としては……お受けしても構わないのではと」

「……! おお、流石はクリストフ殿! 聡明なご判断ですな!」

「……ご判断の理由をお聞きしても?」

 レオポルドの調子よくおだてる声を無視して、ディアナはクリストフにその判断を確認する。

「ディアナ様ご自身も理解しておられましょうが、ここで彼を悪しざまに拒絶すればディアナ様の名声に傷がつく事になります。それよりもかつての敵も懐に入れる度量の広さを示した方がメリットが大きいでしょう」

 やはり彼もその点に着目していたようだ。ディアナは頷いた。

「確かにそうですね。しかし私には彼という人物自体がどうにも信用できないのですが」

「おお、ディアナ様! それは余りにも酷なお言葉! 持って生まれた人間の(さが)は変えようがありませんぞ!」

 芝居がかった仕草で大仰に嘆くレオポルドを無視してクリストフもまた首肯した。

「仰る通りです。レオポルドよ、ディアナ様に信用して欲しくば何か見返りはあるのだろうな? 別に貴様を迎え入れる事は構わんが、ディアナ様に何らかの見返りが無ければ精々が一兵卒止まりだぞ? それは解っていような?」

「おお、クリストフ殿! 勿論ですとも! 私もかつて敵対したディアナ様に何の見返りもなく重用して頂けると思う程愚かではありません。もし私めを取り立てて頂けるのであれば……未だにこのリベリア州内に潜伏しディアナ様のお命を狙う不届きもの……あのユリアン(・・・・)の居所をお教え致しましょう」

「……っ! ユリアン……やはり(・・・)あの男が、ここ最近の事件の裏にいたのですね?」

 ディアナは得心して頷いた。何となくその予感はあった。彼女に対して妄執を抱いている節があったあのユリアンは、エトルリア陥落の際にその死体は発見できなかった。あの男がそう簡単に自分を諦めて隠棲などするはずがないという確信があった。

 恐らくナゼールやゾラン、そしてメルヴィンらの背後にいたのはユリアンだとは思っていた。今その確証が得られた訳だ。

「如何にも如何にも。私にも仲間になって貴女に復讐すべしという誘いがありましたが、最早時勢や趨勢がどちらにあるかは誰の目にも明らか。私は負けると解っている側に付く気はありません。それよりはユリアンの情報をあなたに売る方が賢い選択だと思いましてな」


「ふむ……」

 ディアナは一度思案した。あっけらかんと正直すぎるレオポルドだが、これはもうこの男の性質だと思うしかないだろう。言っている事やその内容に、流れ的にも不自然さはない。クリストフも賛成している事もあってディアナは決断した。

「……良いでしょう。ではユリアンの情報と引き換えにあなたを迎え入れる事と致しましょう。ただし重用するのは実際にあなたの情報に基づいてユリアンを討ち果たせた後とします。それが条件です」

「おお! 賢明なご判断、まことに感謝致しますぞ、ディアナ様! 勿論失望はさせませんとも! 実際に討伐軍を差し向ける際は、この私自ら道案内をさせて頂きましょうぞ!」

 レオポルドは喜色を浮かべて再び深く平伏した。しかしそんな彼を見下ろすディアナの瞳は冷たいままであった……
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