第1話 事象の地平面
文字数 2,581文字
―ガァーン!!
「六十年じゃなかったのか! 六十年じゃ!」
体格の良い男性が、項垂れながら両腕で目の前のコンソールパネルを激しく叩いた。
その横には美しい黄金色に輝く髪色の女性が、涙を流しながらうつむいている
「クリス、受け入れがたい事だが、これは事実だ」
「嘘だ! 娘が、クレアが、クレアが待っているんだ」
「もう一度! もう一度…」
「クリス!」
背が高く浅黒い男性が、激しく動揺するクリスと呼ばれる男の肩を掴み、コンソールパネルに掛けた手を制止した。
「クリス、もう充分見返した、何度も、何度も」
「我々全員が、お前と一緒に」
「だが… 」
ピッ ピッ ピッ
目の前にあるサブモニターが何かの数字を表示している。
[ ELAPSED TIME:2,400 years ]
約二千年前、彼らが過ごした数時間前にそれは、突然起きた。
… ピ ピ ピ ピ ピ ピ
けたたましく警報音が鳴り響く!
―WARNING! ―WARNING! ―WARNING!
―ガガガガガ!!
ピィ! ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
『グラヴィティ警告!』『グラヴィティ警告!』
『航路前方、0.01パーセク先でブラックホールが発生、0.006パーセク範囲の物質が引き込まれています』
『カーター! 回避できないのか!』
『
―ガガガガガ!!
何かの船内らしき部屋が激しく振動し、その周囲にある全ての物が空中に散乱してゆく。
『ブラックホールに引き込まれます!』
『どうした!』
突然の事態にクルーから無線が入る。
『0.01パーセク前方の中性子星が崩壊!ブラックホールに変わりました!』
カーターは激しく揺れる船内で、その鉛色の身体をパイロットシートに押さえながら無線に応えた。
『カーター! スラスターを全開にしろ!』
『ブラックホールに突っ込むのか!』
『スリングショットだ! あいつの重力を使い、その反動で抜け出す!』
『無茶よ!』
『クローディア! 他に方法はあるのか! このままだと、あいつの中心に引き込まれるぞ!』
カーターが座るパイロットシートにクリスが近寄り、黄金色の髪をなびかせたクローディアがその後を追ってきた。
―ガガガガガ!!
『カーター! 確率は!』
『現状は30%です』
『別の推進力があればもう少…』
『わかったカーター』
『クローディア、30ならやってみる価値はあるだろ』
クリスはクローディアをなだめ、パイロットシートに座り、
『クローディア、コアブロックに退避しろ』
退避するよう指示し、激しく揺れる船内でクリスとカーターは急いで脱出シミュレーションを計算し始めた。
―ガガガガガ!!
クリスの額に汗がにじみ出す。
『どうだ!カーター』
幾つかのモニターが浮かび上がる中から、カーターはシミュレートした結果を取り出し、それをクリスに見せ、静かにクリスの顔を見た。
『…』
クリスはカーターの方に顔を向け、じっとカーターの目を見つめると、小さく頷き無言でカーターに応えた。
ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
『よし』
『全員コアブロックに移動しろ、あそこなら装甲は分厚い、最悪ブロック単体でも航行可能だ』
『急げ!』
ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
『グラヴィティ警告!』『グラヴィティ警告!』
―ガガガガガ!!
クリスとカーターは、複数のモニターを表示させながら急ぎ作業を進め、コアブロック内部を映すサブモニターにクルー全員が、移動完了した表示が点滅すると、クリスはそれを横目で確認する。そしてメインパネルでの操作を終えると、大きく息を吸い、カーターを見つめた。
『カーター… すまない』
『私はロボットです、それを受け入れられます』
『また会いましょう、クリス』
クリスはカーターを抱き寄せ、
『生きてたら、重力の狭間で会おうぜ』
言葉を掛け終えると、クリスはメインパネルから離れ、コアブロックへと急ぎ退避してゆき、
カーターはクリスを見送ると、
船のコントロールを始めた。
ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
―ガガガガガ!!
船体がさらに激しく揺れ、その
そして、漆黒の闇に星の光を巻き込みながら、巨大な暗黒の球体がその姿を現し、
ゴォォォオオォォォ…
不気味な音を立てながら、徐々に近付いて来る。
ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
―ガガガガガ!!
カーターがその暗黒の球体を避ける様に光の線を追い掛け、機首をゆっくり右に向け出すと、船体はバンクしながら右旋回を始めた。
―ALERT!! ―ALERT!!
『船体圧力荷重警告!』『船体圧力荷重警告!』
『耐荷重限界150%』
ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
―ガガガガガ!!
―ALERT!! ―ALERT!!
『船体圧力荷重警告!』『船体圧力荷重警告!』
『耐荷重限界200%』
ギィィイィィ…
悲鳴のような音が船内に響き渡る。
ゴォォォォォォォォ!!!!…
星々が流星のように 流れては消え
時間と共に それは速さを増し
黒い闇へと 落ちていった
ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
Horizon…
全ては 動いているが
全ては 止まっていた
<ピッ>
≪ GRAVITY MEASURING SYSTEM ≫
≪ Unknown ≫
<ピッ>
≪ GRAVITY MEASURING SYSTEM ≫
≪ Unknown ≫
<ピッ>
≪ GRAVITY MEASURING SYSTEM ≫
≪ Unknown ≫
『クリス』
『さよならです』
『えっ』
『カーター!』『カーター!』
クローディアがモニターに映るカーターに近寄る。
―ゴォォォッッッ!!!
激しい衝撃と共に、一瞬にしてメインブロックが コアブロックの後方に消えて行った。
と同時にコアブロックが加速、
―ゴォォォッッッ!!!
ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
―ALERT!! ―ALERT!!
『船体圧力荷重警告!』『船体圧力荷重警告!』
『耐荷重限界300%』
ゴォォォォォォォォォォォォ…
コアブロックは、メインブロックをブースターにして、
事象の地平面から逃れて行った。
『カーター…』
ヒューマノイドであったカーターは、自らを犠牲にブラックホールの重力圏からクルーを脱出させ、
彼らを救った。